第6話

 僕は渡り廊下を歩いている。豪邸といっても日本の職人が建てた家だ。保温材もあり、通気性もある程度抑えられ、かといって蒸した息苦しさもない。魔獣の素材といっても木目が必ずあり、見た感じでは変わらない。ただ足を踏み込んだ床の跳ね返りが異常に高い。どしりとした重みもすぐ分散するため、変な感覚があった。






 薄暗い灰色の壁紙を一面にしき、天井には小さな電球が通路に点々と並んでいた。




 僕は院長しつへ向かっていた。足音がならない。きしまない。少しばかり残念に思うけど、壁に指をつけ、すべらせていた。この豪邸の広さは下手な宴会すら余裕でこなせるほどのものだ。また防音室も一応あるため、音楽が好きなものは2階の奥部屋にいけば歌もできる。






「あたしはどこにもいかない!!ここしか居場所がないからです!!」






 少女もとい15歳の院長の声が響いた。院長室から聞こえるけど、いくのにまだ距離があった。ただ目先のため少し歩けばつく。豪邸といっても120坪程度のもの。都会の土地はともかく田舎の土地に価値はない。切り捨てられた地方の土地の使い道など戦える人材の一時的宿泊地としての価値しかない。




「あたしはここから動きません。この子達の安全をいくら貴方たちが保証しても絶対に」






 だから誰も買わない。




「今、ここがどんな状況か知ってる?都会の状況を知っていますか?親がいない子の本当の立場をしっていますか?保護者がいない子供なんて餌食。力のないものは労働するしかないし、結果を出せない人は切り捨てられてた」








 どんな話をしているのやら、院長室には多少防音材は入れてあるはずなのだ。ただ魔法的要素もなく、日本家屋ができる最大限の防音シートが壁の内側に張られている。ただ魔獣の素材の建物、防音シートの新品素材はない。坂東市ないの無人の家屋から引きずりだしたものらしい。さすがに僕もそういう内部の材料までは頭になかった。




 職人が手配してくれた。






 そんな努力の中でも音が通路まで届く。この院長の声を聴いてなのか、本来ならうるさいはずの豪邸が静かだった。いつもは子供が豪邸を走り回り、遊びまわり、縁側で庭を見つめる子供や、庭でヒーローごっこをするものたちがいるはずなのだ。






 それが一切ない。






「なるほどね」




 僕は静かに納得した。




 少しだけ寄り道をし、通路上の一つの扉を開けた。がちゃりとドアノブをひねった先にあるのは一つの部屋。2人ほどの子供を一つの部屋に割り当てた7畳の部屋だった。家具の一部、カレンダーやカゴなどは適当に買ってきた。むろんこれは僕が適当に柏市あたりの中古やで買ってきた。節約のため院長が自作した形の不揃いな4足のテーブルが中心に置かれている。敷布団やかけ布団は折りたたまれ部屋の片隅。




 院長が自作したへたくそな本棚。形もバランスも悪いもの。その中には崩壊前の絵本もある。またテーブルの上にあったのは、院長が自作した絵本。汚い絵で描かれた怪物、花さか太郎とかいうもの。少し絵本の題材が混じっている気もするけど、現代っ子は昔ながらの絵本は知らなくても仕方ないかな。










 そんな部屋に子供が沈痛な面持ちで一人座っていた。男の子だ。10歳ほどの男が正座で座り、ひざのズボンを握りしめていた。




 また壁に背をあずけ、耳を抑える男の子もいた。9歳ほどだ。ただ早生まれと遅生まれの関係でしかないくて、学年上は同学年のものだった。








「どうしたの?」




 僕が尋ねる。






「なんでもないです」




 正座で必死にかみしめる男の子が答えた。僕に頼らない。僕に泣き言を言わない。僕をあてにしない。その代わり家があり、食事があり、必要最低限の金は容易される。あとはそれを利用して院長が何とかしてきた。僕は一切手伝っていない。






 安全もある。




 その確保は僕がした。




 でも子供の面倒をみたのは間違いなく、通路に響き渡る院長自身だ。








「その割には空気が重いね」




 気軽にいう僕に対し、それでも男の子たちは答えなかった。院長に定めたルールを子供たちは理解していた。子供がそういう他人に対しての思いやりを手にするのはもっと後のはずだ。これは大人からしてみると難しいのだけど、子供が他人を思いやれるのは意外と後なのだ。






 入り口のふちに体重をかけ、僕は見つめた。








「なぜ?」






 答えは知ってる。それでいて聞いている。






「なんでもないです。僕たちで頑張ります」






 正座の子が答えた。その一つ一つの動作には重みがあり、口を開くたびに目元から感情の涙が垂れた。






「ふうん」






 子供が他人を思いやれる能力を得る時間は非常に長い。小学生の高学年いや中学生あたりではないと非常に難しい。それを得ているのは、きっと院長を大切に思っているからこその思考だ。きっとこの子達は人のことを思いやれる能力は今はない。その年齢じゃないし、人間の機能として後からできる能力。時間がないと思いやれないのだ。人間という存在は。






 院長を大切に思うからこそ、院長が怒られないようにしている。






 それでいて、感情を我慢する。








「院長がいなくなると思ってるんだ?」






 その言葉に正座の子でなく、壁際の子が顔を勢いよく上げた。それでいて、一瞬きっと睨み、だが僕を見て、抑えた。下唇をかみしめ、それで顔を手で隠した。感情を必死に抑えた。誰のためか。僕のためじゃない。




「・・ちがいます」




 壁際に座る子が沈むように答えた。僕の質問を無視はしない。そこの力関係を子供に僕は教えていない。僕に負担をかければ、迷惑がかかるのは誰かと考えたのかもしれない。本人じゃわからないけども。






 院長のためだ。院長が怒られないために子供はできることをしている。




 それでいてこの生活を誰が維持しているのか。院長が食事を用意してもいるし、子供たちの管理もしているし、掃除もしているし、庭の管理もしている。




 だがそれを許す環境は誰が与えたものか。






 家も食料も与えたのは僕。この家を用意したのは、子供の環境を作るためだ。でも僕は子供が好きじゃない。他人が好きじゃない。平穏が好きなだけの人間なんだ。そんな僕の心を動かしたのが院長だ。




 自分の人生を押し殺し、弱い子供のために己の未来を尽くす子供。




 そんな人間に迷惑をかけたくない子供。




 あの優秀で格好のよい院長であればだ。僕がしていること、やっている重さをきちんと教えているはずだ。現に僕に泣き言を子供がもらしていない。年齢2ケタに達したばっかりの子供がこの躾だ。




 これでも僕は院長を尊敬している。心の底からだ。子供であるかもだけど、15歳かもしれないけど。今を必死に生きてる。失敗してもできる限り努力をしている。






 こんな荒れ果てた世界。崩壊した世界でだ。




 うらやましいかぎりだよ。




 少しばかり興が冷めてしまった。






「どうしたい?」




 尋ねた。






 子供はどう答えるか待っていた。静かに沈黙が訪れた。数分待っても答えは出ず、僕は部屋の奥に入った。テーブルの絵本を手に取った。




 花さか太郎






 絵本は画用紙いくつも折り畳んだものを透明テープで貼り合わせていた。ページを開けばそれこそ慣れ親しんだ内容が組み合わさった独特のもの。




 慣れない作業なのが手に取るようにわかった。




 読んでいくうちに、努力した形跡がいくつも残っている。








 桜の花が咲かなくなって、皆が困ってます。太郎という老人の村には一つの桜が咲いていました。もともと人が少なくて寂しい村だったけど、桜のおかげで人が来る様になりました。桜が咲かないところの人々は、遊びにきて毎日がお祭りのようでした。そんなところに突如鬼たちがやってきました。鬼たちには幸せも楽しいことも分からない。なので幸せそうな人がどうして笑顔なのか聞くと桜の花があるからさと答えました。


 鬼たちには桜を見ても楽しいことが分かりません。笑顔の意味がわからないのです。




 誰に聞いても桜があるから明るく楽しいんだと答えるだけ。




 鬼たちはわからなくなり、仲間外れにされた気分になります。




 みんなが笑い、楽しんでいても鬼は仲間になれません。




 だんだん、悔しくなって桜を盗んでしまいました。




 村から桜が無くなった。そのことで村の人々は悲しみます。遊びに来ていた他の人々も桜がないから来なくなります。




 毎日がお祭りだった村はまた静かな村になってしまいました。桜もなくなり、皆が悲しくて泣いています。




 かなしみのなかでもやらないといけないことがあります。おしごとです。老人は山で木を取りに行き川で洗濯をひとりでしていました。川で洗濯しているとどんぶらこと桃が流れてきます。その大きな桃にびっくりした老人は急いで川の中に入りました。桃を拾って持ち帰りました。




 この桃を村の広場に置いて人々を集めました。




 大きな桃が川から流れてきたぞ!老人が叫ぶと人々は驚きのあまり泣くのをやめて笑顔になりました。




 みんなで食べよう!




 老人は独り占めをしません。人々と一緒に笑顔になりたかったのです。






 桃を切ると美味しそうな香りがしました。




 村の人々全員に切って渡し、老人は言いました。






 いただきます!




 老人が言うと皆がいただきますと言いました。




 とても美味しくてみんなが笑顔になりました。






 桜がなくても笑顔になれる。




 遊びに来る人々がいなくても明るくなれる。






 それをしった村の人々は悲しむのを我慢しました。泣くのをやめました。それでも盗まれた桜が帰ってきて欲しいと思うのはやめれませんでした。




 老人は思いました。




 桜を取りかえそう




 鬼退治の旅に出るのでした。きびだんごをつくって旅に出ます。その途中に犬に出会いました。お腰につけたきびだんごをくださいと言われました。旅の仲間になってくれるならと一個渡しました。きびだんごをもらった犬は仲間になってくれました。次に猿に出会いました。きびだんごをください。老人は言います。仲間になってくれるならと一個渡しました。今度はキジが現れました。同じようにきびだんごを上げました。仲間になってくれました。




 仲間が増えて、ついに鬼ヶ島につきました。




 鬼ヶ島には盗まれた桜がありました。




 桜は人を笑顔にします。なのに鬼たちは明るくありません。盗んだのに、幸せじゃありません




 鬼は老人に聞きました






 「なんで桜があるのに楽しくないの?」




 桜を取り返しにきた老人は鬼に言います。




「皆と見るからたのしいんだよ」




 桜はひとを集めてくれる。みんなで笑うと楽しくなるんだ。桜は綺麗。みんなのえがおもとても綺麗。






「きれいなものがいっぱいだと嬉しいよ」






 老人は思いました。鬼も仲間にしようとしました。




「桜はみんなの宝物。盗んだらダメだよ」






 おじいさんは鬼を怒りました。鬼はごめんなさいと謝りました。そうすると盗まれた桜が光りました。すると桜の木の近くに宝箱がありました。






 鬼にきいてもわかりません。老人は宝箱を開けると中には砂が入っていました。なんでだろうと思いました。宝箱から砂をこぼしました。すると土から花が生えてきました。






 老人は宝箱の砂をかけました。鬼ヶ島にたくさん砂をかけました。鬼ヶ島はお花がいっぱいで、きれいになりました。








 お花がいっぱいあるのを見て、老人はわらいました。猿もキジも犬も皆わらいました。みんなが笑うので鬼たちもわらいました。わらうと楽しくなりました。






 老人は言いました




 皆んながいるから楽しいんだよ。






 鬼たちは桜を返すことを約束しました。老人はわらいました。今度は村のみんなと遊びに来るよ。そうして鬼たちと村の人たちは仲良くなりました。








 老人は旅をしました。桜が生えない木に砂をかけました。桜が咲き、皆は笑顔になりました。




 みんながえがおだと僕も楽しい。






 そうやっておじいさんの旅は続くのでした。おしまい。




 


 これは院長の文字で書かれたものだ。何度も書き直しては消したのだろう。薄い下書きの跡が残っていた。鬼のイラストだって下手くそながらも下書きの後がたくさんあった。本棚を見ればちゃんと原本の絵本があった。






 子供のために絵本を作る。






 院長を観察しようと思っていた。パンプキンによる魔獣の大襲撃のさなか親を失った弱者。そんな命を拾おうとした。それより自分の生存すら危ういのにだ。






 自分の現状を理解できない愚かものであれば、切り捨ててる。八千代町の食料生産能力は落ちている。自己責任を押し付ける形をとって、必死に体制を立て直しているところなんだ。弱者を救済するための保護システムなんてインフラの崩壊とともに終わった。




 それができてるのは認めたくないけどパンプキンだけだ。悪の組織にして、反抗勢力を作らない政策のもと行われた統治システム。




 坂東市にヒーローはいない。能力を覚醒する危機事態をパンプキンは遠ざけているし、弾圧も一切していない。魔法少女も同じだ。そんな状況を一切作っていない。もし生まれたとしてもきっとパンプキンを倒したりしないだろう。労働も管理条件も悪質でありながら、従う相手を切り捨てない体制は、独裁であろうと支持された。働けなくても飯を食わせている以上、文句もつけれまい。




 軍事力は僕たちのほうが圧倒的に上なのに、政治力はパンプキンに負けている。




 人口6000人を食わせて、働かせて、住居を与えて、行政がなくても回るシステムをたった一体の魔獣が作り上げた。






 そんなの人の手には不可能なんだよ。現に僕が用意した環境。それを院長が自分の青春を犠牲にして作り上げた孤児院のもの。人間は目の前にしか手が届かない。自分の人生を尽くして初めて、身近なものを育てられるんだ。




 それを知っていた。だからパンプキンによる大侵攻後、早々に打ち出した。




 親のいなくなった子供は他の人々に任せる。面倒を見てくれない場合は残念ながら見捨てる。




 人がいなくなったことによる事態が非常に重かったのだ。




 その決定を院長が反対し僕に立ち向かった。




「あたしは地獄を知っています。家族を捨てる地獄、夢を捨てる地獄、大人や他人を信じれない地獄、命が簡単に消える現実も、友達が友達じゃなくなる事も全部知ってます」




 院長の言葉がリフレインする。






「そんなときだからこそ捨てちゃいけないものもある。こんな時代に生まれたことを悔やんでも、全然先に進まない。親がいないんだから子供でもできることをさせます。小さな子でもできることを必死に教えます。物覚えがいいこには仕事もさせます。だからあたしにチャンスを。子供達を助けるチャンスをください」






 管理を誰もしないなら自分が犠牲になる。






 あの言葉は軽い気持ちではなかった。この僕の心を動かすほどにだ。自慢じゃないけど僕は心が動かない。基本ティターのいうことや僕が普段相手にする人間タイプの怪人ぐらいしか興味がない。人の言葉なんてチラシ裏の落書き以下だと思っていた。




「いうのは簡単だけど、やるのは非常に重いことだ。人の命を背負うのはね、それこそ人生をささげないといけない。君は僕が拾った以上、生かすけど、他のことは背負えない。さすがに僕たちも面倒を見切れない。子供というのは非常に手間がかかるんだ。わかるよね?」






「あたしは、もう地獄を見たくないだけ。人生をささげるぐらいで済むならかまいません」






「後悔するよ?」






「きっと後悔の連続。あたしの人生はそういうものなんだと諦めてます。後悔も子供もまとめて背負う」




「僕は何もしない。君が困っても倒れても死にかけても何もしない。子供に関わらない。君が助けを求めてもだ。また子供が僕に助けを求めてもだ。それなら場所だけは作ろう。安全な場所と必要な食料、水もだ。あとは全部君が管理するんだ」






 あの時の僕は確かこう言ったはずだった。






「他人の子供のために、自分を捨てる覚悟はあるの?」




「今お願いしていることが覚悟の証です」








 僕の大切な記憶の一つ。絵本を閉じた。過去から今に意識を戻した。




 絵本をテーブルにおいた。




「もう一度聞こうか、どうしたい?」






 僕は子供二人に尋ねた。帰ってきたのは無言だった。だが子供二人の表情は確かに僕に訴えかけていた。院長はここにいてほしいという願い。それを伝えないのは僕と院長のルールがあるからだ。






「君たちも賢いね」




 関心した僕は、素直に伝えた。子供たちにこれ以上聞くこともないため部屋を後にした。部屋をしめて通路に出たあと、耳をかべにあてた。






「これでいいんだよな?」




「院長に迷惑はかけちゃだめだ」






 この二人の声を聴き、僕は自分の頭を搔いた。




 僕は院長室へ向かっていく。あいにくかかわるつもりはない。だが院長は少なくても役目を果たさなければいけない。そのくぎを刺しに行った。だが気配が変わっていた。院長室から人が動く気配があった。ちょうど院長室の扉の前にいた僕は気配を隠していた。だからかそのまま近くの通路の角に戻って隠れた。




 その後、部屋から出てくる数人。






 大剣を背負った男、年齢は20代前半であり、髪を赤く染めていた。ぎらついた眼孔は幾千もの戦いをいきた戦士のものだった。胸部にプレートメイル。各関節に金属の当て、赤の耐熱性のシャツ、魔獣素材だろう。黒のズボンも同様の魔物素材だろう。




 冒険者だ。装備した大剣はダンジョンで手にしたものか、魔獣の素材か魔物の素材で作り上げたであろう一品。そのこもった魔力をみればわかる。






 そいつが最初に出た後、通路で待機。開けたドアをそのまま支え、別の人間が外へ出てきた。




ひ弱そうな男だった。眼鏡をかけて、手首には腕時計。だぼだぼの茶色のコートはおり、ボタンを全部しめている。それでいて院長室を見る際の目つきに一瞬鋭さがあった。足取りは甘く、戦闘職ではない。




 ただ高い時計、ブランドものの帽子をかぶっている。最近東京ではやっている国内ブランドの帽子。新作であることから、これは商人だろうか。






 次に神職の服をきた少女が現れた。純粋な金髪のようにみえる、その容姿はハーフだろうか。背丈も小さく、商人と比べても二回りほど低い。大剣を持つ男がドアを支えているためか、お礼をいって通路へ出た。部屋を出る際、院長室に向かって頭を下げていた。






 黒の魔法服を装備した男は毒気のない柔らかい容姿をしていた。錫杖によく似たつえをもっていたが、何事もなく通路へ。次に気軽な装備をした女性だ。大人のようであり、ハーフパンツと肩口までの袖の服をきていた。てへへと頭を抱えて通路へ出てくる以上、探索者、シーフだろう。腰口に短剣のついたベルト、弓を背負っている。




 仲間が出てきたのか、大剣持ちの男はドアを支えるのをやめた。自然に閉まることはないため、閉めようとした商人の動きが止まった。




 中から出てきた男、まぶたの上下に切り傷のある凶悪そうな男が通路へ。また深層の令嬢と思える容姿の女性も通路へ出てきた。黒の短髪であり、薄く角のたつヘアスタイルの凶悪そうな男。銀髪が肩口まで伸び、しゅっとした目元。強調もせず薄い唇。それでいて肌に潤いがある令嬢。






 二人とも表情がシビアであり、今回の客を激しく警戒していた。






 先ほどの部屋のすぐ角に戻ってのぞき見をしていた僕。






 気配を本気で隠していたのにも関わらず、凶悪そうな男と令嬢が僕に気づき、同じタイミングで大剣もちも気づいた。






「わーお」






 僕は顔だけ出していた形をやめた。仕方なくジャージ姿で応対することにした。






「院長にふられましたかい?」






 最初に切り出した僕の言葉に反応したのは冒険者ではない。商人のほうだった。気弱そうでありながらも一瞬僕を値踏みした目。だがすぐさま表情を取り繕っていた。僕の姿をみて、どう判断したのか気になるところ。






「初めまして、私は商人の相庭と申します」




 両手をふくらはぎにそえたお辞儀をされた。腰を直角にまげて下げてくる。






「孤児院の用務員、浅田と申します」




 僕も同じことをして返した。僕が名乗ったのは偽名。






「浅田さん、この八千代町より都市のほうが年頃の少女に向いていると思いませんか?あの年代だ。親もいない中で、人の子供を育てている。この苦労は大人である浅田さんが一番よく思っていることでしょう?この町は人がいない。大人がいなければ子供は育てられない。子供が子供を育てるなんて悲劇だ」




「同感ですな」




 僕も同じ意見だ。子供が子供を育てるなんて地獄そのもの。




「子育てには都市が一番だ。教育機関もそろってるし、お店もたくさんあります。交通網ですら整備されてます。就学に就職に生活にと人間らしく生きるのは都市しかない。都市ならきっと手助けをしてくれますよ。親のいない子供ぐらい行政がしっかりと」






「ええ、ようわかります。ここまでの話をお聞きすると院長と子供を都市に連れていきたいとのことですな」






「ええ」




 商人はうなずいて見せた。それでいて一瞬見下す気配を見せた。僕の姿をみてだろう。ジャージ姿のおっさんで、用務員。院長が子供で豪邸を田舎とは持っている。また院長室から出た2人の存在。




「そうなると儂はどうなるんだろう。ついていっていいんかな?」




 僕があざとく尋ねると、商人は苦笑いを浮かべた。冒険者も大体が苦笑いをうかべた。あくまで必要なのは院長と子供。いや院長だろうな。






 現在の都市、東京は入場制限がある。入るだけなら表向き誰でも可能だ。ただ住むならば誰かの紹介が必要だ。また実力があるものだけだ。戦闘技能や生産技能をもつ人間は住むに値する。地方のヒーロや魔法少女、冒険者ランクもD以降は住むことが許される。




 つまり弱者の居場所はない。






「実力があれば都市に住めますよ」




 割り込んだのは探索者、シーフの女性だ。商人が一瞬表情を曇らせたのをサポートしてきた。かぶせてきたのは援護か。




「そうなると実力がない儂はいらないってことか」




「はは」




 シーフは誤魔化したように笑う。




 僕は口元に指を置いた。




 ただ大剣もちの男は僕をずっと凝視していた。他の冒険者はともかく、大剣持ちは僕相手に油断をしてこない。少しばかり厄介さを感じた。






「孤児院の子たちがいなくなったら、院長がいなくなったら誰がわしを働かせてくれるんやろ。おじさん、受験もしてこんで遊んできたから何もできんよ。こんな世の中になるなら高校ぐらいいっときゃぁよかった」






 僕は弱弱しく独り言ちた。額に手をあてて、青ざめた表情を作り出す。その様子をみて、商人は笑みを浮かべている。冒険者たちも馬鹿にする気配を出していた。聖職者が口元に手を当ててるだけだ。特に悲劇さも感じない。シーフが笑みを浮かべていた。その裏にあるのは見下すものだ。魔法使いの男は何を考えているかわからない。




 大剣持ちだけは僕を凝視している。






「では必要なのは院長と子供だけでいいんですな。他には何もいらないんですな」






 僕は多少口元を抑えた。表情を険しくしたまま言った。






「ええ、それだけです。いい大人が年頃の少女におんぶにだっこじゃ恥ずかしいと思います。これを機に別の仕事を見つけては?」




 シーフが花開く笑みを浮かべている。それでいて毒を吐く。常識をはく。






「この町の悪いところは仕事がないところ、ようやく平和になったというのに、今度は無職かぁ。世知辛い世の中じゃて」








 僕は肩を落とし、背を向けた。その僕の背に当たるのは冷酷な気配。商人のもの、シーフのもの、好奇心がまじった魔法使いのもの。あわあわと慌てる聖職者のもの。






「この孤児院がなくなれば、ここの強い人たちはどうなるんじゃろ」




 ゆっくりと歩き出す僕。






「一緒に東京いくんかな」




 呼吸をはさみ、演技を繰り返す。




「どう思います?商人さん。冒険者さん。院長と子供だけの用事でこんなところへ来るなんておかしなことじゃありませんかね」






 僕は背を向けたまま言った。それに答えたのが商人だ




「ほかに来たい方は実力があれば来れます」




 その言葉には含みがあり、僕に用事はない。だが本当に必要なのは院長とその武力。孤児院を警備するものたちだろう。




 だから思わず嘲笑してしまった。その瞬間僕の背中に強い殺気が届く。この鋭い感覚は本物だ。本気の演技をした僕を油断せず警戒した大剣持ちのものだった。




 だから振り向いた。






「それだけでここの武力が手に入ると思っているのか?ばかばかしい」






 嘲笑したまま、片手を向けた。指を鳴らせば、即座に凶悪そうな男の怪人が駆けだした。それを冒険者たちが一瞬警戒し、迎撃に向かうも壁を蹴り、天井をかける動きには対応が追い付かない。ただ大剣もちは追いついただろう。それをしなかったのは動けば令嬢の怪人が背後にいたためだ。










 僕のもとへ天井から着地した凶悪そうな男。すでにロングソードを引き抜いていた。通路の奥側の令嬢の怪人もロングソードを引き抜いている。院長室からは静まる気配がある。きっと他の怪人は中にいるはずだ。Dランク相当の怪人が護衛についているだろう。








「どうだい、こいつらの目的は君たちのようだよ」






 凶悪そうな男、つまるところ僕のほうの幹部怪人に聞いた。






「つまらなそうなので、遠慮したいですな。それと儂の口調を真似せんでくれますか?」






「だって君の口調、僕の容姿だと相手の油断を誘えるんだもん。あはは」






「それなら仕方なし」






「どうせこの辺の噂を聞いてきたやつらだろうし、大したことないね。目的は君たち、あとは院長が年頃の女の子だからだろう。だませるとおもったのかな。保護者のいない子供なんてしても誰も援助するわけないじゃん。東京だって生活保護を廃止して、ベーシックインカムに乗り換えたというのにね」






 僕が続ければ、凶悪そうな男もつづけた。






「なれば、院長に恩をかぶせて孤児院をやらせるか。もしくは東京で事業を起こさせるぐらいでしょうか。いや子供じゃ事業は無理じゃろうし、そこはあの商人が手助けをすることでしょうな。名義と資金は提供すると思いますぞ」






「なら成功しないね。ああそういうことか。失敗させて借金を負わせたいんだ。君たちを手放すとか考えたのかな。いや東京の商人は人の感情まで損得にいれているだろう。あの人感情の隠し方はへたくそでも、計算高そうだし。孤児院の年頃の少女につく強い武力たち。その強さは善性によるものであって、少女に気前よく力を貸した。窮地に陥る少女を助けるとふんで、借金の催促。だが払えない。そうなると君たちが動く。都合よく君たちを使いたいと見た」






 そうしたら今度は通路奥の怪人、令嬢が答えた。






「手助けをしなければ、院長を奴隷に落とすことも考えれます。あの容姿で年頃の女性です。きっと買い手に欠かすことはない。東京に親が都合よくおらず、若くて奇麗な容姿を考えれば人身売買すらも計算にいれていることでしょう。それを隠しながら、我らをうまく使うと見ました」






 僕はうんうんとうなずいた。






「君たちはどう思う?」




 僕が冒険者たちに視線をむければ、敵視の目で帰ってきた。商人は無言のまま、僕を見ている。こいつらが欲しいのは武力組織。院長だって綺麗どころだ。そうじゃなければ東京の商人がここに来るわけない。






 八千代町の人口だってついに100人を切った。死んだわけじゃなく、みんな別のところへ逃げた。






 魔獣と怪人による被害が多かった。その対策が武力組織の町内警備だ。魔法少女による風評被害もある。






 それで平和を作った。乱すものは武力によって駆除してきた。




 この商人がしていることは平和を壊すものだ。




 僕は人差し指を立てた。






「まあ君たちの意見は必要ないよ。僕たちが都合のよい真実を作るからね」


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