第七図 けしやう

 それより二、三日の後、歳の頃十五、六程と見ゆる女房が門前にあぐねているのを見留みとめた。宮中につかえる人とも思われずいぶかしくなって、招じ入れて誰何すいかすると「わらわみやこうち真日長まけながすまうものにて」と申しある。いささか見込み外れの心地がして、外見そとみとて貴人あてびとつかえる女房とも見えず如何いかがわしく思われて「御宿所は何方どちらでしょうか」「御名みなは何と申されるのですか」などとけば「名は『けしやうぶみ』と申します。然るべき御身分でわらわを御存知ない御方は御出おじありますまい」と言うではないか。

 「否早いやはや何ともお珍奇めづらしい御名みなでいらっしゃる。何方どなたがお付け申されたのでしょう」と問うたところ、この女房はこのように言うのであった。

 「『けしやうぶみ』とは、疇昔そのかみ、仁徳聖帝のしろしめ御時おおんときに、そば近くお仕えする侍女まかたちおそれ多くもみかどをお慕い申し上げて、その色をあらわにすることなく人知れずひそかに心寄せていると、忍ぶ想いが忍摺しのぶずり摺衣すりごろもの乱れ模様の如くに心の奥に荒れ狂うて如何いかんともしがたくなってしまった故事ふること由緒いわれを持ちます。みかどはかかることひたたにも思い寄らで御坐おわしますので、彼女は想いわずらう余り、何とかしてそれとなく想いをお伝え申し上げようと考え至って、今よりもなおおの顔貌かおかたち艶立えんだちてうるわしうなれば御叡情おきもちをお掛け下さるやも知れぬと、曩時のうじおおよそ為されておらなんだ化粧けそうはじめたのです。白粉おしろいべに色粧いろめかし、まゆずみを清らに引いておもてを作り、それまでとは見違えるような尤態あですがたとなってお仕えするようになると、かしこくもみかどはこの侍女まかたち御心みこころ惹かれてこれをご寵愛遊ばされ、程なく后立きさきだちと相成あいなりました。爾来しかつしよりして、人を想うことの葉を懸想詞けそうことばと言い、これをふみに書いてるをば懸想文けそうぶみと申すのです」と。

 私が「未だおわか身空みそら何故なにゆえそこまでにしのことなど御存知なのですか」と心撼こころうごかされていると、女房は「我が名でございますもの、知らでかろうはずのございましょうや」と言って還らんとするので、そう言えばと私は往日さきつひ結文むすびぶみのことを思い起こし「先だって大内おおうち皇嘉門こうかもんの前にてこれを捃摭ひろうてより、落とし主の誰人たれひとなるか気に掛かり、夙夜ひねもす忘られずおります」と言うと「そのようなこともございましたか。さすれば宜しき折にでもその落とし主を此方こなたにお連れ申し上げなん。そのお心積もりで御坐おわしませよ」と言うので、私は嬉しうなって季諾きだくなれかしと念を押すと、女房は嫣然にっこりとそれにうべなうて還って行ったのであった。

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