第五図 うはなり

 紅暾あさひち、昏夢こんむうちあらわれし場処へと向かうて見ると、御堂みどうの前の桜の枝はむごたらしく打ち折られていた。のみならず前栽せんざいの梅も又、下枝しずえのみ残して上枝ほつえ一枝いっしとてなく、桜の枝と入り乱れて落ちつくしている。梅はこぼれて桜は散り、今や紅白のはなびら晨粧あさげしょうした凄寥せいりょうたる庭を目方まえに私は唯々ただただ呆然と立ち尽くすしかなかった。

 このこと倩惟つらつらおもんみれば、花々に強く心惹かれ想うようになった私にこたえて、人ならぬ花もおのが想いを伝えてきたものかと慈憐じれんを禁じ得ず、さきに契りしは紅梅の衣を着ていたから前栽せんざいの梅、後の色白く可憐なりしは桜に相違なかろうと察せられ、幾ら考えたとてしきことにて、畢竟つまるところ落花難上枝らっかはえだにのぼりがたく破鏡不重照はきょうはかさねててらさず」と夫婦恋つまごいおわるを悟るのであった。

 このようなことからして、後妻うわなり打ちとか言うことが今に申し伝わって来たのであろうか。


✿❀✿❀✿❀✿❀✿❀✿❀✿❀✿❀✿❀✿❀✿❀✿❀✿❀✿❀✿❀✿❀✿(前篇了)

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