第19話 魔女の恋

音羽が初めてヨキとプライベートで会った時、ヨキは満面の笑顔で、恋の話をした。


「こんなに心が温かく、キラキラした恋は、初めて!

誰かに話したかったの。

音羽さん聞いてくれる?」


ヨキは、26歳で、その時は、音羽は、ヨキのことを才能があるけれど、普通の20代の女の子だと思っていた。

ひとまわりお姉さんの音羽は、若い子の恋の話を、にこやかに聞いていた。


ある日、ヨキは、何気なく通りかかったライブハウスに立ち寄り、そこの店長に、出来たばかりの自分のCDを渡した。

ライブハウスは、ブッキングを募っていて、何組かのバンドが、ブッキング料を払って、演奏をする。

お店は、飲み物を提供し、そのドリンク代とブッキング料が、収入となる。

あらゆるレベルのバンドが、ライブをするけれど、お店は、集客のために、実力のあるシンガーやバンドの飛び入りライブを企画していた。


「初めて、店長のツヨシさんに会った時、瞳の色が、グリーンがかった薄茶で、綺麗な色のカラコンだなって思ったんだけど、実はそれが、裸眼だったのよね。

アースカラーの瞳よ。

こんなに瞳が美しい人、初めて見たの。

心がフワーッて、色めいて、世界がピンクがかったみたいになったの。

一目で恋に落ちたの。

ずーっとプラトニックな恋愛なの。

信じられないけど、それが幸せなの。」


音羽が聞いたヨキの話は、聞いてる方が恥ずかしくなるくらい、恋する乙女の話だった。



ツヨシは、ヨキのCDを聴いて、感動し、すぐに連絡が入った。

ヨキの歌声、歌唱力に驚き、飛び入りライブに出演してほしい、と電話がかかってきた。

ヨキも、また、ツヨシに会えることが嬉しくて、すぐに出演を決めて、ライブハウスで歌った。


ツヨシは、ヨキの歌のファンになった。

ヨキには、ファンも付いているから、集客も出来る。

だから、毎週の様にブッキングすることになった。

普通、ブッキングは、電話で済むのだけれど、ツヨシは、ヨキに会いたくて、予約の為に呼び出した。

ヨキもツヨシに会いたくて、呼ばれると来店した。

それは、2人のデートだった。

2人で作詞作曲をして、お互いの作った曲を伴奏し、歌って、楽しく幸せな時間を重ねていった。

2人でいる時、ヨキは、最高の安心感につつまれ、なんとも居心地のいい空気だった。


ツヨシは、ハワイアンスピリットに魅せられていた。

年に一度、ハワイに行くために、日々の仕事を頑張っていた。

ハワイの自然の中に神を見いだす、フラの精神が好きで、ケアリーレイチェルなどのハワイアンの曲をよくウクレレで伴奏しながら歌っていた。

また、神々の話、宇宙の真理の話が好きで、

例えば、古事記に出てくる神の話や、パラレルワールドの事、天使の話をよくした。

自分は、ライトワーカーだから、この地球で何か役割がある、とも言っていたし、

何か問題があると、「大天使ミカエルに頼んで、何とかしてもらうわー。」と、口癖の様に言っていた。

そして、ヨキには、

「お前、本当は天使だろ?オレ、知ってるから。本当のこと言って。な、天使ちゃん。」と言っていた。


ヨキは、ツヨシのする話は、もちろん全て知っているし、自分もライトワーカーだから、普通なら話は、弾む筈だけれど、

日本に帰ってきてから、ヨキは、魔女であることを、絶対に誰にも明かさないと決めていた。

だから、そういう話になると、

「わたし、そういうスピ系の話は、苦手だから、わからないから、、もうやめよ。

それよりこの歌、、、」といつも、ピシャッとその話を断った。

それでも、ツヨシは、ヨキのことを天使と呼び、「手を繋ぐのも緊張する、、、天使とは。」と言いながら、繋ぐ手には、汗が滲んでいた。


ヨキは、内心、思っていた。

「天使って、、、。

本当は、魔女。

しかも最近まで雀士だし。

雀士から、天使ってめちゃくちゃ格上げ、、、笑う。」


とはいえ、ヨキは、天使と呼ばれることが、すごく心地よく、好きだった。



そんな2人のプラトニックな関係は続きながらも、お互いの存在は濃く、絆は強くなっていった。

2人で、ユニットを組んで、ライブをすることもあったし、お互いのこれからのキャリアのために準備も共にした。


ヨキは、あるタイミングが来た時に、起業すると決めていた。

そのタイミングというのが、やってきた。

ツヨシが、店長をしていたライブハウスを、オーナーがツヨシに譲りたいと言って来た。

その時、2人はお互いの保証人になり、それぞれ融資を受けた。

2人は、それぞれのこれからの成功を誓い、共に応援し合いながら、走り出した。


その頃、音羽は、自身のビジネスが忙しく、しばらく、ヨキのボイトレレッスンを休んでいた。


その間に、ヨキは、起業していたのだ。


ツヨシのライブハウスで、ヨキが歌う時は、案内をもらい、可能なら顔を出した。


たまたま、ツヨシの経営するライブハウスが音羽の家と近く、そこで、ショークワイアメンバーの募集をしていた。

音羽の住むマンションのポストにフライヤーが入っていたのだ。

よく見ると、ショークワイアの取りまとめ役と、レッスンの担当がヨキになっていた。


「へぇー、クワイアか。楽しそう。ヨキが先生なら行ってみようかな。」

音羽が、そう思いながら、フライヤーを眺めていると、ヨキから電話がかかってきた。


「音羽さん、最近会えてなかったけど、どうされてたの?お仕事まだ忙しいですか?

実は、わたし、起業してオフィスを構えたの。

良かったら、遊びに来てください。

あと、手伝ってほしいことがあって、、聞いてほしいことも。

また会った時話すね。」



音羽は、早速ヨキのオフィスに顔を出した。

ヨキは、音羽の顔を見るなり、嬉しそうに話し出した。

「イベント事業を始めたの。

早速、企画があって、ショークワイアを結成するから、音羽さん、メンバーになって欲しいの。」



音羽は、何だか楽しそうな響きに、即答した。

「ぜひ」



ヨキは、ずっと舞台一筋の人。

指導もできるし、イベント関係の業者とのコネクションもある。

音羽が一員となったショークワイアも、ちょっとしたイベントに呼ばれることが、多々あったし、

その他のイベント企画の仕事もドンドン入ってきて、ヨキの事業は、あっという間に拡大していった。


ヨキには、音羽が感心するほど、商才がある。

本人のアクティブさもあるけれど、ものすごく引きも強い。

イベント企画で、1番の問題は集客だけれど、ヨキの企画するイベントには、いつも沢山の人が集まっていた。


音羽が、ショークワイアで歌う時も、必ずたくさんの観客がいた。

集客のできる主催者のパーティーなどの企画に呼ばれるからだ。


ヨキには、文字通り基礎体力があり、圧倒的な生命力と、ここぞという時のタイミングを逃さない第六感を兼ね備えてると、音羽は感じていた。


音羽は、何度かは、ヨキ本人に、

インスピレーションを受信してるよねとか、スピリットガイドからも、ちゃんとメッセージ受け取ってるよね、という話をしてみたが、

いつもヨキは、そういう話は、分からない!と、すぐにシャッターを下ろした。

音羽は、その手の人を嗅ぎ分けることに自信を持っていたけれど、ヨキの態度を見ていると、自分の勘違いだったかな、と思わされるほど、ヨキは、上手く隠していたのだと思う。


そういう意味でも、さすがは魔女だ。

歴史的に見ても、魔女狩りは繰り返されていたし、自分の正体をバラしてはいけないという本能があるのだろう。



ヨキの会社が右肩上がりになる一方、ツヨシのライブハウスは、ドンドン景気が悪くなっていった。

ツヨシにとっては、時代は残酷で、バンドブームが去り、空前のダンスブームが、若者の間で台頭して来た。

その流れから、音楽好きな人たちは、ミュージカルの教室や劇団に入って、歌とダンスで表現する広い舞台を目指した。

また、ヒップホップが、人気となり、人々は、ライブハウスからクラブへと流れていった。

少し前までは、バンドを組んでライブをするという、若者たちの興味、趣味が、移行していったのだ。


ヨキは、ツヨシが、経営に悩み、病んでいることに気づいていた。

ヨキは、ツヨシに、自分の考えを言ってしまった。

「わたし、保証人になった時点で、ツヨシさんの借金も、自分は全額返す覚悟をしている。

それが、保証人になるということだから。」


このことは、流石にツヨシには、こたえた。

自分が、天使の様にかわいいと思っている、10歳は歳の離れた女の子に、これを言われたことで、彼の何かが崩れた。

ツヨシは、絶対それだけはしないと誓っていたことをした。

それは、両親に、借金を肩代わりしてもらうことだ。

それで、全てを終わらせた。

お店をたたみ、就職をし、ヨキに、「別れて欲しい」と言ったのだ。


ヨキは、ツヨシのタワーを見ているのだと知った。

タワーというのは、タロットカードのある一枚の絵柄で、塔が崩壊するカードだ。

たしかに、見た目も良いカードではないけれど、全ての終わりは、新しい次の段階へのスタートだ。

だから、良いカードととるべき場合も多い。

ヨキは、日本に帰ってからは、タロットカードやオラクルカードは片付けたままで、全く触っていなかったし、この時も、タロットカードを実際に引いたわけではないけれど、

運命の輪という、崩壊、浄化、覚醒、統合という一連の宇宙の流れの中のスタートである崩壊をツヨシに見たのだ。


そのことを知っている魔女ヨキは、人の旅路の始まりを邪魔する様な野暮なことは、絶対にしない。

「神であろうと魔女であろうと、人の覚醒の邪魔は出来ない。」と心の中でヨキは静かに叫んだ。


「わかった。お互い頑張ろうね。わたしも、ちょっと、好きな人が出来て、ツヨシさんに言わなきゃって思ってた」と、悲しい嘘をついて、身を引いた。


ツヨシは、号泣しながら、

「本当に?よかった、、、

天使に好きな人が出来たんだね。

幸せになってほしい。

好きな人と一緒にいるのが一番だ。

あーっ、本当に、よかった、、」


ヨキは、自分の悲しみが、ツヨシに伝わる前に、その場から去り、良い波動だけをツヨシに向けて送った。

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