第29話
僕は眠っていた。太郎の身体の中なのか、ヤマトの身体の中なのか分からなかった。僕の世界でも、ヤマトの世界でも僕は内側でしか見ることが出来なかった。なぜだろうか? 僕は消滅してしまったのか? まあ、それでもかまわない。ヤマトと僕は二人で一人。結局どちらかが消える運命だったんだ。ならば、僕が消えるのは自然なことだ。こうして、内側から二つの世界が見られるのならそれでいい。ヤマトと一緒に冒険して、困難を乗り越えて、仲間と友情を深めて……。いや、違う。本当はそうじゃない。求めていることはそれじゃない。僕はまだ生きたかったんだ。内側にいたら僕は死んだも同然だ。今まで自分の命なんてどうでもよかった。死んでもよかった。それが自分の本心だと思っていた。でも今気づいた。僕は生きたいんだと。なぜだろう? 涙が出てくる。おかしいな。僕は内側にいるんだ。物理的に涙なんて出るはずがない。顔を拭うと涙で手が濡れた。
「起きているのか?」
ジュペの声だ。僕に話しかけているのか?
「ああ」
「眠れないのか?」
「いや、長く寝ていた」
「太郎か?」
「うん」
「話したいことがあるなら聞くぞ」
「いや……」
「そうか」
会話はなんだかぎこちなく、僕がそうさせているのは分かっていた。彼は僕が泣いていることに気付いて、気遣っているのだろう。ジュペは僕が話さないからか、それ以上は何も聞かなかった。僕はどうしたらいいのだろうか? 怖かったんだと思う。自分が消えることが。でも、ヤマトが消えれば、彼らが悲しむのではないかと思うと、それも嫌だった。なんでこんな理不尽なことが起こるのだろう? 僕は異世界で冒険することに憧れを抱いていた。戦う術を身につけ、何事にも動じない強い精神力をもって……。そうだ、僕には欠けていた。戦いは何のためか? この世界を救うのは何のためか? 愛する者を守るためだった。僕は誰のために戦っているのか? シュリとジュペは家族のため。ゴドーはサーヤのため。ユーリは全ての人々の幸せのため。愛のために戦っているんだ。僕には何もなかった。この世界が闇に覆われようと、ここに僕の愛する者はいない。僕の世界でも……。愛って何だ? 違う。知っているんだ。僕は愛を知っているけど、それを避けてきたんだ。怖かったんだ。誰からも愛されない自分が。僕は間違っていた。愛されていないんじゃなかった。愛されていることを知ろうとしなかっただけだったんだ。僕は確かに母から愛をもらっていた。愛されていた。辰輝も早百合も、僕を大切に思ってくれている。これも愛だ。辰輝が言っていた。キーワードは『愛』だと。愛を望む想いから闇が生まれる。新しい仲間のユーリ。彼は愛について語った。語り部の氏族は平和で愛に満たされて、皆健やかに暮らしている。愛に臆病な僕でも、彼らのように愛に満たされて生きることは出来るのだろうか? 僕の世界にいる、二つの世界をつなぐ者の心の闇はどうすれば無くなるだろうだろうか? これ以上こちらの世界への闇の浸食は防がなければならない。向こうの世界にいるヤマトがうまくやってくれるだろうか? 辰輝がついている。彼なら何か上策を思いつくに違いない。愛を知らないヤマトが向こうの世界へ行ったのは愛を知るためなのか? 辰輝はヤマトに愛を教えてあげられるだろうか? そもそも辰輝は愛を知っているのか? 辰輝の家庭環境は詳しくは知らないが、幼い頃に父が他界し、母は子育てに疲れ、両親に辰輝を預け失踪した。その後、祖父母に育てられたが、次々他界し、親戚が辰輝を施設に預けに来たとのことだった。祖父母から愛され大切に育てられてきたことは間違いない。だからこそ彼は、あんなに明るくポジティブなんだろう。それを微塵も疑ったことはなかったが、愛を知れば、闇も生まれる。彼に憂いはないのだろうか? 光の子ヤマトが、感情を持たない理由は、愛の裏には闇が潜んでいるから。しかし、ヤマトは感情を取り戻しつつある。こちらの世界の伝説では、闇を討つというのは、光の勇者の剣で闇を斬ることだ。でも、人の負の感情から生まれた闇が、そんな一太刀で消えるものなのだろうか? いや、伝説の通りに従うのが正しいのならば、それを疑っては上手くいかない。ヤマトなら迷わない。疑わない。信じた事に真っ直ぐだろう。こちらの世界にいるのが僕でいいのか? ヤマトはなんと言っていた? 東へ向かう。そこに闇の帝王がいる。闇は勇者の剣で斬る。彼の言ったことを信じて、僕はただ、突き進めばいい。そうだよなヤマト。
「考え事をしていたんだ。ヤマトと違って僕は、考えないと不安で先に進めないんだ。でも、今考えがまとまったよ。こちらの世界で僕がやるべきことは最初から決まっていたんだ。ヤマトが成し遂げようとしていることを成す。それが正しいんだという結論に至った」
「そうだな。それが正しいと私も思う」
自分の考えが肯定されたことはとても嬉しかったし、自信につながった。
「おはようございます」
語り部のユーリが部屋に入ってきた。そうか、ここはロンダの屋敷の一部屋だった。客人の宿泊用に用意された部屋だという。ユーリはゴドーと一緒に隣の部屋で寝ていた。
「おはよう」
「あれ? お寝坊さんがいるみたいですね」
シュリはまだ、すやすやと静かな寝息を立てていた。
「そろそろ起こすか」
ジュペは掛け布団を一気にはがして、ベッドへダイブした。
「シュリ! 起きろよ」
ベッドは弾みで大きく揺れた。
「何事だ!」
シュリは驚いて飛び起きた。
「はははっ。やっと起きたな。寝ているのはお前だけだぞ」
「もっと普通に起こせよ。びっくりするじゃないか」
シュリはそう言いながらも、楽しそうに笑った。
「お前ら、朝から騒々しいぞ」
ゴドーが顔を出して言った。
「飯の用意をしてくれたそうだ。お前らも早く来い」
「はい」
僕らは声をそろえて返事をした。なんだか僕も楽しくなってきた。ここでは僕は仮面をつける必要はなさそうだ。人の顔色を窺うこともなく、彼らのようにふざけ合うことも許されるんだ。けれど、これまで、そんなことはしてこなかった僕には、彼らのようには出来そうもない。
「ほら、太郎も行くぞ」
ジュペが僕の腕をとって歩いた。向こうの世界でも辰輝だけはこんなふうにしてくれていた。懐かしくて嬉しかった。
「うん」
食堂には若く綺麗な女性が十人ほどいた。僕らの席も用意されていて、
「こちらへどうぞ、食事の用意が出来ていますから、お召し上がりください」
席に着いて、食事の前の儀式を待ったが、その必要はないようで、皆普通に食べ始めた。ここにはロンダの姿がなかった。
「ロンダさんは、いないようですが?」
「あいつはまだ寝ているだろう。朝が苦手だと言っているが、そうじゃない。あいつはここにいる女たちを守るために、夜通し起きているんだ」
「それは大変だね」
それだけここは危険な場所なんだ。ゴドーの昔話で聞いた、少女のロンダがそのまま大人になったんだ。信念を曲げす、不運な少女たちを救い、守ってきたんだ。なんてすごい人だろう。最初に出会ったときの、少し怖いと思うくらいの気迫は、これだったんだ。
「食事は済んだかい? もう立つんだろ?」
食事を終えて、部屋で支度をしていると、ロンダが顔を出した。
「ああ、世話になったな」
「これを持っていきな。通行証と食料だよ」
「すまんな」
「遠慮する間柄でもないじゃないか」
と言ってロンダは笑った。久しぶりに会って、もっと話したかったはずだが、彼女は余計なことは言わなかった。旅立つ旧友を、
「行ってらっしゃい」
と送り出した。本当に強い人だと思った。いろんな思いを抱えて、いろんな感情を内に秘めて、彼女は旅立つゴドーを見送ったのだ。ゴドーもまた、ロンダの思いを受け止めているように思う。多くの言葉を交わさなくても、人は想いを伝え、受け止めることが出来るんだ。それだけ深い信頼が彼らにはある。
「ユーリ、君はいくつなの?」
「十三歳です。旅に出てまだ一年。未熟者ですよ」
「いや、立派だよ。僕は十二歳だ。君のように一人で旅に出るなんて、僕には出来ないよ」
「太郎は光の子だよね? 君は何でも知ることが出来て、光の力を持っているんだよね? どうしてそんなに自信がないの?」
「光の子はヤマトで、僕は向こうの世界の者だよ。今は入れ替わっている。僕はただの普通の子供として育ってきたから、ヤマトのように強い精神力もないし、戦う術も持たない。けれど、今は僕がこちらの世界に、ヤマトが向こうの世界にいるんだ。これには意味があると僕は思っている」
「そうなんだね」
新しい仲間の語り部のユーリは、物腰が柔らかく、心地よい声に癒される。
「ゴドー、ここはどんなところなの?」
僕らが歩いているところは、田畑が広がる農耕地帯だった。
「ブロウという名の農村。ここはボルディア家の領地だ」
「ボルディア家? 貴族ですか?」
「パスナという王国の君主が確か、アレクサンドル・ブレア・オブ・ボルディア。アレクサンドル三世だ。その第四皇子の領地がここということだ。ただの農村ではない。この辺りではまだ、領地をめぐって争いも起こるからな。農民は時に民兵して召集されることもある。そのために訓練もしているんだ。だから、ギャングの街が近くにあっても、ここには手を出す輩はいない。俺たちのようなただの旅人も、この領地は簡単には通り抜けは出来ない」
ゴドーの言いたいことは、すぐに分かった。前から馬に乗った騎士が数名やって来た。
「お前たち、ここをボルディアの領地である事を知っているのか?」
一番前にいた髭の騎士が言った。
「はい。私たちは旅人です。ここの通行を許可願いたい。これが通行証です」
いつも粗暴な言葉遣いのゴドーが、こんなに丁寧に話すとは、少し驚いた。
「拝見する」
騎士が通行証と、それに添えられた手紙を確認すると、それをゴドーに返し、
「ついて参れ」
と僕らを先導して、大きな建物の前まで来た。
「武器を荷物を置いていけ」
奥へと通されたが、武器を持った兵士が数人いて物々しい。
「領主がお前たちに会いたいとのことだ。しばし待て」
僕たちのことが手紙書かれていたのか? それにしても領主が知るには早すぎる気がする。しばらくして、領主の男が入って来た。
「やあ。君たちが光の勇者ご一行だね。まあ、座ってくれ。茶の用意を」
と言うと、ドアの向こうで待っていたのか、すぐに給仕の者が茶を運んだ。
「君たちが来る前に、ロンダからの手紙を受け取っていたんだよ。伝説の光の勇者がここを訪れてくれるとはね。僕も嬉しいよ。ああ、すまないね。自己紹介もしていなかった。僕の名はアルフレッド。まあ、知っているだろうがね。君たちの事も知りたいな」
「私はゴドー。魔術師です」
ゴドーが自己紹介した。
「私はソルジ・ア・ジュペ。剣士です」
「わたしはケシュラ・シュ・シュリ。光の勇者です」
「僕はユーリ。語り部です」
こんな自己紹介は初めてだった。みんな少し照れながら言っている。最後は僕だ。どうやって話そうか?
「僕は太郎です。向こうの世界から来ました。来たと言っても、この身体はこちらの世界のヤマトのもので、中身が入れ替わっているのです」
「ほう、それは興味深い。詳しく話してくれないか?」
僕は光の子についてと、闇の生まれるわけ、二つの世界についてを、アルフレッドに説明した。
「なるほどな。不思議な話しだが、君が話してくれたことが現実に起こっているということなのだな。まあ、伝説が現実になるのだから、そのような奇妙な現象が起こることもあるだろう」
そう言って、アルフレッドは茶を一口飲んだ。
「さあ、茶が冷めぬうちにどうぞ」
香ばしい香りで後味の良いお茶だった。
「この村を抜けても、しばらくは僕の領地だ。安心して進むといいよ。先を急いでいるのに、足を止めてしまってすまなかったな。君たちに興味があってね。まあ、伝説の勇者には誰だって、興味はあるだろう。闇に襲われた国々の話しはここにも届いている。早く闇を討てなければ、被害はもっと広がるだろう。君たちにしか出来ないことだと知っていても、何も出来ずに手をこまねいているのはもどかしい。しかし、君たちに運命をかけるしかない。これを持っていきなさい。僕に出来ることはこれぐらいしかない」
渡された物は、金貨の入った袋と、紋章のついた木札だった。
「ありがとうございます」
農村の向こうは活気のある街だった。いろいろな露店が出ていて、みんな商いに勤しんでいる。
「ここは商業の街、ルズリーブルクだ」
「栄えているな。これもアルフレッドの手腕なのだろう」
ジュペは感心したように言った。領地が栄えるも、廃るも、領主の手腕にかかっている。
「すごいな。ここなら何でも手に入りそうだ」
シュリは興味深そうに露店の品々を見て歩いた。
「何も買わないぞ。荷物になる」
ゴドーに言われて、シュリは少しすねたように、
「分かっている」
と答えた。それを見てユーリが、
「すべてが終わったら、またここへ来たらいいよ」
とシュリに優しく微笑んだ。その笑顔にシュリの仏頂面も和らぎ、
「そうだな。なら、早く終わらせてしまおう」
と言いながら笑顔を返した。ユーリの笑顔は魔法だ。言葉も微笑みも人の心を癒してくれる。なんとも不思議な少年だ。
なんだか前方で、ざわめきが聞こえる。
「不正な商売の取り締まりだろう」
ゴドーが言った。近づくと、宝石を売る露天商が、兵士に腕を取られ、怒鳴られていた。
「お前、売り上げをごまかしたな! 未納の税金と、懲罰金の支払いを命じる。そして、許可証を剥奪する」
「そんな! それは勘弁してくださいよ。もうしませんから」
「それは出来ぬ。この処分に不服があるならば、正式に不服申し立てをせよ」
兵士は宝石商の男から、許可証を取り上げ、店を畳むよう命じた。
よくある光景なのか、道行く人々はその出来事に関心を示さなかった。
「行くぞ」
僕らがこの街を通り抜けるのは簡単だった。兵士に止められることもなく街を出た。
「この先には川がある。橋のない広い川を船で渡る」
ゴドーの言うとおり、向こう岸の見えない大きな川にたどり着いた。僕らは船賃を渡し、割と大きな船に乗った。向こう岸に渡る人たちは大勢いて、商人が馬車ごと乗り込むこともできた。
「すごいなぁ。これが川だなんて」
シュリは、広い川と大きな船を珍しそうに見ている。ジュペは意外とおとなしくしていた、というより、少し怯えているように見える。
「ジュペ、どうしたの?」
「こんな大きな川は始めて見た。お前は怖くないのか?」
確かに、僕もこんな広い川も、大きな船も初めてだった。
「言われてみたら、少し怖い気もするよ。初めての体験だからね」
恐れることは恥ではないと僕は思う。もし、この状況で襲われたらどうなるだろう? 川に落ちたら助からないかもしれない。常に危機感を持っている必要はある。
「この川にはね、伝説があるんだよ」
ユーリは語り始めた。
その昔、川には美しい龍が棲んでいたという。艶やかな鱗は日の光に照らされれば白く光り、夜の月に照らされれば青く光る。この大きく豊かな川の水を守る守り神して崇められていた。その噂を聞きつけた東国の王が傲慢な欲を出し、その龍を捕獲せよと家臣に命じた。兵をあげ、大群で龍の捕獲のためこの川へと出陣した。それを知った山の神が怒り、山は大噴火を起こし、山のふもとにあった強欲な王の国は一夜にして滅んだという。出陣していた強欲な王の兵士たちは、国が滅んだことも知らずに川へと辿り着き、龍の捕獲を試みるため、船で川へ漕ぎ出でた。水の神は兵士たちの使命を知ってか、悲しみの涙を流しながら現れ、優しく諭した。
『我を捉えることなど、人には出来ぬ。主の命に従う運命、哀れな者たちよ。帰る国はもうありはしないというのに』
龍はそう言うと、大きな波を立てながら、深い水の底へと姿を消した。龍の立てた波は大きくうねり、兵士たちの乗っていた船は水に飲まれ沈んだ。その悲しみの日から、龍は姿を見せることはなくなったという。
「その龍はまだこの川に棲んでいるのかな?」
「古い伝説ですよ。本当に見た人がいたのか、それを証明することは誰にもできない。だって、今生きている人は誰も見ていないんだからね」
「いるさ」
ゴドーがぼそりと言った。
「なんだって?」
「俺は見た。もうずっと昔にな。空気の澄んだ寒い夜の事だった」
ゴドーは水平線に目を向けて語りだした。
俺がまだ旅に出たばかりの頃だった。この川に着いた時、龍神の伝説を耳にした。誰もその姿を見た者はいないのに、なぜ伝説を信じているのか。本当にいるのなら、俺は自分の目でその姿を見てみたいと思った。龍神を崇め信仰する者たちは三年に一度、龍神祭りを開催するという。その祭事が明日という日の晩に、前夜祭が行われた。この川越街には多くの行商人や旅人が訪れるが、この祭り目当ての者も多く来ていた。街の大通りで、模造した青い龍を多くの人が担いで、泳ぐように躍動感あふれる舞を見せた。太鼓やお囃子がさらにその舞に迫力を与えていた。俺はそんなお祭り騒ぎなどには興味はなかった。騒々しさから逃げるように一人川へと向かった。どこまでも続く広い川は、岸からでは川なのか海なのかも分からないほどだった。俺は小さな風の渦を起こし、その風に乗り川を上から眺めていた。その日はひときわ大きな青い満月だった。海のように広い川は凪いでいて、月が水面に映り幻想的な美しさだった。それに見惚れていた俺は、水底の気配に気づくのが遅れた。水面が急に盛り上がり、水面の月もかき消された。その大きな存在に気付き俺は高く昇った。
『我もこの美しい月に引き寄せられた』
龍は水から顔を出し、月を眺めた。
「お前も月を美しいと思うのだな」
『人の子よ。我の姿が見えるのだな』
「なぜそう言うのだ?」
『人には我が見えぬから』
「そうではない。お前は龍神として崇められ、伝説となっている。見える者もいるのだ。しかし、今は見える者があまりにも少ない」
『そうであったか』
「淋しいのか?」
『そうかもしれぬ』
「今日は俺がここにいる。淋しくはなかろう。いつかまた、ここを訪れた時、お前に会いに来よう」
『また、美しい月が見えるといい』
俺は龍と言葉を交わし、守れぬ約束をした。
「龍神祭りの街はこの川向こうだ」
この川幅がどれくらいかは分からないが、二時間以上は乗っていただろう。やっと対岸に着き、乗客がぞろぞろと降りて行った。大きな船だが、これほど多くの人たちが乗っていたのかと思うほどだ。
「降りるぞ」
僕らも船を降りた。
「腹が減ったな」
シュリが言うと、
「そうだな。どこかで食事をとろう」
とジュペが言った。この街は多くの人が行き交うだけあって、多くの商店や食事処があった。
「ここにしよう」
ジュペが選んだ店に入ると、強面の男がぎろりとこちらを見た。店の人のようだが、愛想が悪いどころか、危険な感じがする。僕はゴドーを見た。彼はそれを気にするふうではなかったから、きっと大丈夫なのだろう。僕らが席に着くと、強面の男が無言で水の入ったコップを五人分置いた。
「食事をとりたいのだが、何があるかな?」
ジュペは臆することなく言った。
「いらっしゃい。あら、珍しく可愛いお客様ね」
強面の後ろから小柄な女性が現れた。強面は黙って奥へと入っていった。
「ごめんなさいね。彼、無口なの。料理は彼が作るの。メニューはこれといってないけれど、お肉とお魚、それと野菜、何がいいかしら?」
「私は肉が食いたい。シュリは?」
「わたしは魚と野菜」
「僕は肉と野菜。ユーリは?」
「僕は肉と魚と野菜も食べたいね。果物はあるかな?」
「ええ、ありますよ。旬の物を用意するわね。そちらの方は?」
「俺は何でもいい」
「分かりました」
しばらくして、野菜、果物、肉に魚の料理が運ばれてきた。あの強面には似つかわしくないが、見栄えの良い盛り付けだった。
「おいしそうだね」
ユーリが言うと、強面が睨んだ。ユーリはその視線を気にしていないようだ。
腹が満たされたところで、小柄な女性が皿を片付けに来た。
「ねえ、あなたたち、旅をしているの?」
「はい」
「ここは初めて?」
「僕は初めてです。この街では龍神のお祭りがあると聞きました」
「ええ、そうなのよ。三年に一度ね。今年がその年になるのだけれど、最近、旅人から、よくない噂を聞いたのよ。あなたたちも知っているのかしら。闇の話しを」
「はい。残念ながら、闇がこの世界を侵食しています」
「あなたたちも闇から逃げてきたの?」
「いえ、僕たちは闇を追いかけています」
「あなたたち、もしかして……」
ゴドーがそれ以上しゃべるなと僕を征した。小柄な女性もそれを察し、言葉を止めた。
「勘定を」
ゴドーが言うと、ジュペが紙幣を一枚渡した。
僕らは無言のまま店を出たが、ゴドーからは殺気が漂っていた。先ほどの店の客には目つきの悪い者たちがいた。僕らの敵かは分からないが、闇の者でもなかった。自分が軽率だったことを反省した。僕らが何者で、何を目的で旅をしているかを、話していい相手ではなかったのだ。
「ごめんなさい」
ゴドーは鼻を鳴らすだけで何も答えなかったが、怒っているふうでもなかった。
「謝らなくでもいいさ。大したことじゃない」
ジュペは僕の肩に手を置き言った。
「闇の話しはみんなどこかで耳にしていると思うよ。僕も旅の途中で闇に襲われた街を見た。みんな怯えているんだよ。為す術もなく、ただ逃げるしかないからね。だから伝説の勇者を求めている。誰が勇者なのか知りたがっているんだよ。勇者が来てくれたら自分たちは救ってもらえると思っている。勇者を見つけたら足止めしたいと思うでしょ? でも、足を止められてしまったら、闇の浸食は止められなくなる。僕たちはまだ旅の途中だからね」
ユーリは僕の間違った行動を咎めず、優しい言葉で諭した。
「そうだったね。闇の帝王はまだずっと向こうにいるんだ。先を急がなくてはいけないね。ユーリありがとう」
ユーリは優しく微笑んだ。本当に心が癒される。
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