第14話

 美しい小鳥のさえずりが、聞いたこともないメロディを奏でる。ここはまた、ヤマトの世界だ。そう思うと、心は軽やかになる。

「やあ、起きたかい?」

 ジュペに声をかけられ、起きてきたのはシュリだった。

「ああ、おはよう。ヤマトがいないようだけれど?」

 シュリはきょろきょろと、友の姿を探した。

「外に出て行った。散歩でもしているんだろう」


 シュリはちょっと不機嫌そうな顔をして部屋を出て行った。表に出ると、ヤマトはこちらに背を向けて剣術の訓練をしていた。上半身を露わにしている。盛り上がった筋肉は汗で光っていた。シュリに気づいたヤマトは手を止め、

「おはようございます、シュリ」

 と言ってこちらを振り返った。彼の顔を見ることが出来る、そう思ったが、こちらを向いた彼の顔だけがどうしても見えない。光の子、ヤマトの顔はまるで太陽のように眩しかった。


「おはよう。剣術の訓練なら、わたしにも声をかけてほしかった」

「申し訳ございません。お疲れのご様子だったので、声をおかけしませんでした」

「わたしたちはそんな仲なのか? いつも一緒なのが友というものだろう」

「そうでしたね。これからはお誘いしますよ」

 ヤマトはそう言って、微笑んだように見えた。それでもシュリはまだ不機嫌な感じだった。


「腹が減った」

 子供がすねるよう顔でシュリが言うと、

「そうですね。もう、朝食の用意が出来ているころでしょう」

 と言って、ヤマトは剣をしまい、手拭いで汗を拭った。それからきちんと服を着て、

「では、参りましょう」

 とシュリを促し歩き出した。身体は大きくても、シュリはまだまだ子供のようだ。むっつりとした顔でヤマトの後ろをついて歩く。

「ヤマト、ここから君を見ていたよ。また君と勝負してみたい」

 シュリはジュペが、ヤマトにそう話しかけるのを、不快な面持ちで一瞥した。ヤマトとジュペが仲良くなることがあまり気に入らないようだ。二人を見る目に嫉妬の色が見える。


「その機会があれば是非」

 ヤマトもうれしそうだ。大広間のテーブルには王がいて、

「そろったな。食事の用意を」

 と給仕の者に言った。あたたかな焼きたてパンに、焼いた肉、フルーツの盛り合わせがテーブルの上に並べられた。スープ皿に野菜のスープが注がれる。

「では、いただきましょう」

 王は指を組み合わせ、祈りのポーズをとった。しかし、お祈りの言葉はなく食べ始めた。これがここでの習慣のようだ。昨日の食事の時も、皆が同じようにしていた。

「こんな素敵な朝にお話しするのは気が引けるのですが、闇がすぐそこまで来ています。この国の中にもぐりこんでいる。人々の心の中に……」

 ヤマトはそう言って、シュリの方に顔を向けた。シュリは目をそらし、床を見つめた。


「それはどういう意味だ?」

 王には理解できなかったようだ。

「闇の正体は憎しみ、恨み、妬み、悲しみ。あげればいくらでもある人の感情の負の部分です。誰でも持っているもの。それをある力が増幅させている。それらのすべてが塊となって僕らを襲ってくるのです」

 ヤマトはシュリの中にある嫉妬という負の感情を感じ取っているのだろう。ヤマトはまた、シュリを見た。


「それとシュリとは何か関係があるのか?」

「ええ、彼は何か勘違いをしているようです。シュリ、あなたは僕のことを怒っている。しかし、それは間違いです。あなたは僕の友であり、大切に思っている。新しい仲間が増えることで、僕たちの関係は変わらない」

 シュリは何でもお見通しのヤマトに見透かされたことに顔を赤らめた。怒っているようにも見える。


「わたしには、お前が初めての友だ。不安だったのだ。ジュペとお前が仲良くなって、わたしから離れてしまうのではないかと。また、独りになってしまうと……」

 そう言うとまたうつむいて、唇を噛みしめた。それを見て、ジュペはシュリの肩を軽く叩き、

「バカだなぁ。そんなことがあるわけがないじゃないか。お前にとって私はなんだ? 友ではないのか? 仲間じゃないのか? 私たちは固い友情で結ばれているのだ。それを忘れてはいけないよ。たとえ出会ったばかりであっても、運命によって引き寄せられた仲間なのだ」

 そう言って、シュリの身体を強く抱きしめた。シュリは涙を流し自分の愚かさを反省しているようだ。王はそれをあたたかい眼差しで見ている。

「闇の力が及んでいるのです。もうこの国は浸食され始めています」

 ヤマトは窓に目を向けた。


「そのようだな。どうすればいい?」

 ジュペが言った。

「それは朝食を平らげてからだ」

 王の言葉に促されて、静かに食事を済ませると、給仕の者に片付けさせた。

「やるべきことは一つしかありません。闇を討つことです。もう一刻の猶予もありません。旅の支度はできています。すぐにでもここを出発しなくては」

「急な話だな。今すぐでなければいけないのか?」

「ええ。あなたさえよければ、今すぐに」

 ジュペは少し考えてから、王の顔色を窺った。

「もちろん、光の子が言うのだからな。今すぐ支度をしよう。お前たちも、部屋へ戻り支度をしなさい」

 ヤマトとシュリは部屋へ戻った。


「ヤマト、わたしを赦してくれるか?」

 シュリがおもむろに口を開いた。

「何を赦すというのでしょう? 僕はあなたのことを信じています。あのようなことを考えたのは闇の力のせいなのです。シュリも僕を信じてください。これから先、闇の力に負けてしまいそうになっても、仲間を信じてください」

 ヤマトはまっすぐにシュリを見つめた。眩しく光るその顔からは、表情が見て取ることはできない。


「わたしたちがここを出たあと、この国はどうなってしまうのだ?」

「たぶん、闇にのまれてしまうでしょう。国王の身が心配ですが、手立てはあるようです。ここに伝わる伝説によると、この城には闇に対抗するための鏡があるということです。きっと、それが役に立つことでしょう」

 ヤマトがまた、窓の外に目を向けた。灰色の雲が空を覆いはじめ薄暗くなっていた。これも闇の仕業なのだろうか? しばらく二人は沈黙して、空を見ていた。そこへ、ジュペがガシャガシャと派手な音を立ててやってきた。


「やあ、おまたせ」

 彼は今すぐにでも戦うという意気込みのようだ。甲冑で身を包んでいる。

「ジュペ様。まさか、その恰好で旅をするのではないでしょうね?」

 さすがにこれは、ヤマトもあきれているようだ。

「やっぱり、これじゃ無理だな」

 ジュペはそう言うと、甲をはずした。

「王が君たちにも来るようにと言っていたよ。王の間に」

 甲をわきに抱え、ジュペが王の間に向かうと、二人もその後に続いた。きっと、旅立ちのあいさつをするのだろう。


 王の間にある立派なイスに腰かけていた王は、彼らが部屋に入ると立ち上がった。

「ついにこの時が来たのだな。お前たちの前に立ちはだかる大いなる試練は、仲間と共に力を合わせて越えねばならぬ。ときには、真実が見えなくなることもあろう、しかし、惑わされてはならぬ。すべては闇の見せた幻だ。やつらは人の心に巣くう。人というものは皆、負の感情を持っておる。そこに闇が入り込むのだよ。しかし、負の感情を持たぬ者がただ一人だけおる。それがヤマト、お前だ。わしに分かることはそのぐらいだ。必ず闇を討ってくれ。わしらもここで闇と戦う」

 王は彼らに近づき、一人ずつ抱きしめた。

「無事に戻ってくることを祈る」

 ジュペはその言葉にうなずき、

「父上も私が戻るまで、どうかご無事でいて下さい」

 と、目を潤ませていた。

「ドクーグ国王、あなたの大切なご子息をお預かりいたします。必ずこの世界を救って見せます」

 シュリは胸に手を当てて誓った。


「国王様。光の子である僕が、命を懸けて二人の王子をお守りいたします。それが僕の役目なのですから」

 ヤマトの白く光る顔には、決心の色が見えるような気がした。

「ヤマトよ。お前は……」

 ドクーグ国王は、ヤマトを悲しいような、哀れむような表情で見つめた。彼の背負っている、重く大きな運命を思ってのことだろう。

 三人は要塞の国ドクーグをひっそりと旅立った。城から見送るのは国王のみ。そして、通門の警備兵キジが敬礼して、彼らの旅の無事を祈った。三人は暗雲の立ち込める中を東に向かって歩いた。

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