第12話
「ヤマト、お前はすべてを知ることが出来るのだろう? この国に何が起ころうとしているのだ?」
「すべてのことを知ることが出来るというのはただの言い伝えにすぎません。しかし、この国に起ころうとしていることは分かります。この国だけではなく、この世界に起ころうとしていることをお話しします。伝説とされていた光と闇の戦いが始まったのです。この国にもいずれ闇が迫って来るでしょう。それも今日、明日というところまで危機は迫っているのです。これからはこの闇に対抗する手立てを考えなくてはなりません。闇は光を恐れます。夜が来たら光を絶やさないで下さい。松明を燃やし、警備を怠らないように。闇に触れてはなりません。何が起こるか分かりませんが、大変危険です。王はとにかく明るい場所にいてください。僕たちはまだ旅を続けなければなりません。ここはそのための食料を求めてきたのです」
「分かった。十分な食料を持たせよう。しかし、今日はここでゆっくりと休んでいきなさい。そうとう疲れているように見える」
ヤマトは先を急ぎたいようだったが、王子はうなずいて、
「はい。そうさせていただきます。ありがたい申し出ありがとうございます」
と王の誘いを喜んで受けた。
「シュリ、ここであまり時間をとっていては多くの犠牲がでるでしょう。お疲れのようではありますが、先を急がなくてはなりません」
ヤマトの言葉に、王子はすねたように、
「分かっている。しかし、まともな食事も取っていない。睡眠だって必要だ。わたしはお前のように頑丈ではないのだ」
と言った。これにはヤマトもしかたなく折れた。
「分かりました。今夜はここで過ごすことにしましょう。ここへ闇が近づいています。もしかしたら今夜、何かが起こるかもしれません」
その言葉に、王は不安げな表情を見せた。
「光の子、我が国のために、わが国民のためにできれば闇が去るまでここにいてほしい。出来ぬ相談だと分かっているが……」
王は深いため息をついた。
「僕もできるならそうしたいです。どこの国、どこの人々も同じように尊い。すべての人を救いたい。けれど、僕の身体は一つしかないのです」
「うむ。わしはお前が気に入った。ヤマトよ、大きな宿命を背負い、多くの試練がお前を待ち構えている。それでも、前に進まなければならない。お前のためにわしができることはある。なんなりを申すがよい」
「ありがとうございます。お言葉に甘えて、まずは、シュリに何か食べ物をお与えください。彼はおなかが空いているようです」
ヤマトがそう言ったとき、タイミングよく王子の腹の虫が鳴いた。王は笑って、食事の準備を家来に命じた。部屋のドアの前でひっそりと立っていた男はその命に従い部屋を出て行った。
「さて、食事の用意ができるまで、お前たちのことをもっと聞かせておくれ」
王はにこやかにそう言った。そのとき、部屋のドアがノックされた。
「父上、お呼びでしょうか?」
ドアの向こうで少年の声がした。
「ああ、入りなさい。珍しい客人がわしを訪ねてこられた」
「失礼します」
と言って少年が中へ入ってきた。彼は王にそっくりな優しい顔立ちをしていた。
「さあ、ここへきて彼らにあいさつをしなさい」
そう言われて彼は王の傍らに寄り、
「初めまして、私はドクーグ国王の息子、ソルジ・ア・ジュペと申します」
そう言って軽く会釈した。
「ジュペよ、光の国ケシュラの王子、シュリと光の子、ヤマトだ。伝説の勇者がドクーグを訪れてきた。今まさに伝説が現実になったのだ」
「はい」
ドクーグの王子はその優しい顔をきっと引き締めた。やはりこの国でも光と闇の戦いは伝説となっていた。誰もが知っている物語。そして、誰も知らない物語。王子はこれから起ころうとしていることに不安を抱いていることだろう。
「私が勇者のお供をするのですね。準備は出来ています。わが王国の王子たるもの、そのために鍛錬を続けてきた。この戦いがいつ起ころうとも、この国最高の剣士として腕を磨き上げております。勇者シュリ、光の子ヤマト、私をこの旅の共としてお連れ下さい」
「わたしは構わないが、ヤマト、これはどういうことなのだ?」
「はい。伝説は国ごとに少しずつ違っているようです。ケシュラでは伝えられていないけれど、どうやら、闇を討つには仲間が必要なようです。その一人が彼なのでしょう。最高の剣士ジュペ」
「最高か。その腕を見てみたいものだ。ヤマトに敵うのだろうか?」
その言葉に、ドクーグ国の王子はプライドを傷つけられたらしく、鋭い眼光でケシュラの王子を睨みつけた。彼は優しさの中に強さを持っているように見える。
「シュリ、あなたは言葉を選ばなければなりません。言葉はときに人をひどく傷つけます。ジュペ様はきっとご傷心になられたでしょう。僕からお詫び申し上げます。あなたの眼力には、優しさと強さを感じ取りました。最高の剣士であるあなたに僕の力は及びません」
ドクーグの王子はそれでも納得がいかないようだった。まかりなりにも、ドクーグで一番の剣士であることを自負している。その彼を超える者が、目の前にいると言われたのだ。
「ヤマト、 私とお手合わせ願いたい。よいだろうか?」
ヤマトはその返事をしかねていた。それまで黙って見ていた王は、
「ヤマトよ、断ることは構わない。しかし、ジュペの気持ちを察してやってくれ」 と言った。それを聞いて、ヤマトはうなずいた。
「分かりました。準備は出来ております」
「ではさっそく、闘技場へ案内しよう」
王がそう言って、部屋を出た。そのあとをドクーグの王子、ケシュラの王子、そして最後にヤマトが続いた。廊下を歩くと、城に仕える者たちが、脇により頭を下げた。表へ出ると、
「シュリ、お前とわしは高みの見物としよう」
王はそう言ってシュリを闘技場の観覧席へと連れて行った。ヤマトとジュペは剣を構えて見合っていた。
「ジュペ様、このままお見合いしていても決着はつきません。僕からいきますよ」
ヤマトはいつものように軽口をたたいて相手を挑発した。しかし、ジュペはそれに反応は見せない。ヤマトが間合いを詰め、剣を振り下ろした。斬るつもりというより、相手の手の内を探るような動きだった。それを察してか、ジュペはまだ剣を振らない。ヤマトを観察するようにじっと見つめている。二人は見つめあいながら少しずづ動いていた。タイミングを計っているようだ。ヤマトも今までとは違い、口をつぐんだ。おしゃべりをしていられないという感じに見える。今の彼には余裕がないのだろう。ジュペが動けば、ヤマトも動く、互いに隙を見せられない。二人の動きが止まったかと思ったら、ジュペがヤマトに向かって走り、斬り込んだ。キィンッという音がして二つの剣がぶつかった。ジュペはそのままギリギリと力でヤマトを抑え込もうとしている。ヤマトも負けじと押し返す。身体はジュペの方が大きいが、互角に張り合っている。勝負がなかなかつかなかった。お互いが本気であることも見てわかる。
「もうよかろう」
王が彼らに呼びかけた。
「お互いの力を確認するためなのだから。そろそろ、食事をしないか? シュリが腹を空かせておるのだ」
ヤマトとジュペは剣を下ろし鞘へと収めた。
「シュリの言うとおり、お前はなかなか強い。しかし、私は負けない自信がある。今度勝負するときがあれば、必ず勝ってみせるぞ」
「望むところです。僕はあなたを傷つけずに負かせて見せますよ」
二人は腕を絡ませ、うなずきあった。それはお互いを認め、友となった証なのだろう。
ドクーグ国王の食卓へと招かれた。それはケシュラで見た、あの豪勢な食事風景とは少し違っていた。広いテーブルには先ほど帰ったと思っていたキジが席に着いていて、その他にも幾人かの男女がいた。彼らは身分もそれぞれ違うように見える。そして、王を見るなり立ち上がり、
「お待ちしておりました」
と一同頭を下げた。
「おう、おう。集まったな。皆に紹介しよう。ケシュラの王子、勇者シュリと、光の子ヤマトだ。お前たちは幸運だ。彼らに会うことができるのだからな」
おお、と低いどよめきと感嘆の声が上がった。王と王子はテーブルの端、この場合は上座というのだろうか? その定位置についた。王の近くに席が空いていて、ヤマトとシュリはそこに座るように言われた。
「伝説の勇者か。では、王子は彼らについていかねばならないのだな?」
そう言ったのは、ひげで顔の半分は隠れている、まるで山男のような人だった。
「ああ、そうだ。名誉なことだ。われら王族の誇りである」
王はそう言いながらも憂いのある表情を一瞬見せた。それも当然だろう。光と闇の戦いで、息子が命を落とすかもしれないのだから。
「ジバ、俺たちも覚悟はできている。この国をみんなで守ろう。ジュペは世界を救うために戦うのだから」
その言葉に彼らは拳を突き上げ、誓い合った。この国を守ろうと。ジバと呼ばれたのはどうやら、ドクーグの王のようだ。身分の低い者に名で呼ばれるとはどういう関係なのだろうか?
「紹介がまだだったな。ここに集まっているのは、わしの古くからの友人たちだ。一人ひとり紹介することもなかろう。さあ、食事をしようじゃないか」
食卓に着いている者たちは、楽し気におしゃべりをして、食事を楽しんでいる。
「ヤマト、お前は光の子であることをどう思っている?」
そう話しかけたのは、白ひげの老人。まるで、仙人のような白い衣服を身に着けている。
「質問の意味が分かりません」
「お前は、この世界を救う救世主なのだ。それを名誉と思うのか、それとも、つらい宿命と思うのか?」
「救世主は僕ではありません。シュリです。僕は彼を守護する者。それを名誉だと思うこともなく、つらいとも思いません。ただ、それが僕に課せられた宿命ならば、それを全うすることしか考えられないのです」
白ひげの老人はうなずいて、
「そうか、お前はそのために大切な何かを奪われてしまっているのだな」
と謎めいたことを言った。
「僕が何を奪われたというのです?」
ヤマトの声は、なぜか不安定な響きを持っていた。
「それはいずれ分かるであろう」
ヤマトのとなりに座っていたシュリは、その会話を聞いていたようだが、何も言わなかった。
「ケシュラの王子、名は何と言ったかしら? わたしったらすぐに忘れてしまうのよ」
シュリのとなりに座っていた、煌びやかな女の人が甲高い声で言った。
「シュリ」
「まあ、いい名だわ。ケシュラで美しい白い花が確かそういう名前だったと思うわ」
彼女はさらに声のトーンを上げた。
「はい。わが国でしか咲かないとても美しい花の名です」
「素敵だわ。ケシュラの王は、あなたをとても愛しているのですね」
他人ごとなのに何だかとてもうれしそうだ。
「愛……」
ヤマトがぼそりと言った。彼の表情は見ることが出来ないが、その言葉に動揺しているようだ。
「ヤマト? どうしたのだ?」
ヤマトはまだ何かつぶやいている。シュリの声は聞こえていないようだ。
「そっとしておきなさい。彼は今、自分の知らない言葉にぶつかったのだよ。すべてを知ることのできる光の子。その代わりに失ったものは大きい」
白ひげの老人は何を知っているのだろうか?
「さあ、腹は満たされたかな? 子供の時間はもうおしまいだ。部屋に行って休みなさい。これからは大人の時間だからな」
王は三人の少年たちにそう言った。
「はい」
と返事をしたのはもちろんヤマトで、二人の王子は小声で文句を言っていた。
「子供じゃないのに……」
「もう大人だよ」
それが王にも聞こえたのだろう、
「何か言ったか?」
と声をかけて、厳しい目で二人を見た。
「いいえ。なんでもありません。おやすみなさい」
ジュペが王にあいさつをすると、王は立ち上がり、ジュペのほほにキスをした。
「おやすみ」
続いて、シュリを抱きしめ、ヤマトも抱きしめた。シュリは照れたような、はにかんだ子供らしい笑顔でおやすみなさいを言った。ヤマトは硬直して直立不動。彼はこういうことに慣れていないのだろう。しかし、ただ恥ずかしいというような反応には思えない。
「今日は、私の部屋で休むように用意してある。部屋はいくつもあるけれど、君たちの話を聞きたいんだ。いいだろう?」
「もちろんだとも。わたしのこと君だなんて呼ぶのはよしてくれ。シュリでいい。ジュペと呼んでもいいかい?」
「うん。うれしいよ。新しい友達ができた」
二人はうれしそうに腕を絡ませた。ヤマトは黙って二人のあとをついて歩いた。廊下をしばらく歩くと、いかにもというほど派手な飾りふちの大きなドアの前に来た。
「さあ、ここが私の部屋だ。入ってよ」
ジュペはうれしそうにそう言った。彼は王子という立場であるがゆえに孤独だったのだろう。それはシュリも同じことだ。二人の王子は不満を言い合い、打ち解けていった。ヤマトはすすめられたイスに腰かけたまま、じっとしていた。
「ヤマト、大丈夫か?」
シュリに声をかけられ、我に返ったように、身体をピクリと震わせた。
「はい。ご心配なく。ジュペ様にお話ししなくてはいけませんね。僕たちは、ある男を追ってここまで来たのです。彼の名はソンシ。闇の洗礼を受け、ケシュラの王の命を狙ったのです。彼は今、東の方角へ向かっています。そこに闇があるのでしょう。ソンシはただ操られているだけにすぎません。彼を助けてやらなければならないのです」
「そうか、分かったよ。光の子ヤマト。私は君に興味がある。剣の腕も長けている、そして何より、すべてを知ることができる。光と闇の対決はどうなる? やはり、光が勝つのだろう?」
「なんと答えたらいいか分かりません。ただ言えることは、僕にも分からないことがあるということです」
期待はずれといった感じで、ジュペは肩をすくめた。
「ヤマト、お前は闇を見たことがあるか?」
「ソンシが闇の力を使いました。それと、僕たちが宿場町を出たとき、空中で黒い風に襲われました。闇というのはすべてを飲み込んでしまう、邪悪で重たい空気なのです」
ジュペは理解したというふうにうなずいた。
「今日は何だか疲れたよ。いろいろあったからね」
シュリはもう、まぶたが重くなってきているようだ。それも当然だろう。夜が明ける前にヤマトに起こされ、闇の追ってから逃げるために、宿屋の窓から空飛ぶ壁掛けに乗り飛び出し、風に襲われ地に落ちて、そこから何時間も歩き、この要塞の国ドクーグにたどり着いたのだから。一国の王子がこれほど過酷な旅をすることなんて、そうそうないことだ。
「私のベッドを使ってくれ」
ジュペはそう言って、天幕のついた立派なベッドを指差した。
「ありがとう。そうさせてもらうよ」
疲れ切ったシュリは、ヨタヨタ歩きベッドへ倒れ込んだ。
「おやすみ、シュリ」
ヤマトは優しい声で言ってから、ジュペと向き合った。
「あなたはどこで寝るのですか?」
「奥の部屋に二つ、客人用のベッドがあるからそれを使うよ」
彼は豪華なベッドの向こうにある部屋へ顔を向けた。続き間になっている部屋には、同じベッドが二つ並んでいた。
「そうですか。もうおやすみになられますか?」
「いいや、私は疲れていない。まだお前の話を全部聞いていない」
「何をお聞きになりたいのでしょう?」
「すべてだ。私は幼いころから、光と闇の戦いの話を聞かされてきた。王家の者が勇者の仲間になって戦うことを教えられ、その日が来ることを待ち望んでいた。しかし、伝説の物語はいつ起こるか分からない。まさか、私の代で伝説が現実のものとなるとは、きっと、それはずっと昔から決められていたことに違いない。ヤマトが光の子として生まれ、シュリが光の国の王子として生まれた」
ジュペは感慨しきりに語った。
「そうだと思いますよ。剣士はあなたでなければいけません。そして勇者はシュリでなければならない」
ジュペはうなずいた。自分の思っていたことに間違いないと確信したのだろう。
「ヤマト、お前は違う世界とつながっているというのは本当か?」
「唐突な質問ですね。しかし、その言い伝えも間違いではないのかもしれない。まだシュリにも話していないことですが、僕はよく夢を見ます。その夢には、異国の少年が必ず出てくるのです。彼はいつも僕に背を向けていて、顔は見たことがありません。何とかして彼を救ってあげたいのだけれど、夢ではしょうがないのです。けれど、もしかしたら、ただの夢ではないのかもしれない思うようになりました。あなたが言ったように、彼の世界は実在して、僕がその世界に影響を与えることが出来るのかもしれないと……」
ヤマトは独り言のようにつぶやいた。
「きっとそうだよ。何とかその少年に話しかけてみたらどう? 届かないと思うから届かないんだ」
「そうしてみます。今日は僕も少し疲れました。休んでもいいでしょうか?」
「ああ、すまなかったね。シュリと同じくらい、お前も疲れているんだね。もう寝るといい。私も湯浴みをしたら寝るよ」
「はい。では、先に休ませていただきます」
ヤマトは奥の部屋へ行き、ベッドに横になった。
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