第9話
目が覚めたのは朝だった。僕は寝ていたのか? 部屋を見回すとそこはヤマトの部屋だった。これは夢なのだ。ヤマトは大きなベッドで寝かされていた。剣を作るということは、体力と精神力と生命力をフルに使うのだろう。あんなに逞しい彼が、ぐったりと横たわったままでいるなんて。
「ヤマト、目は覚めたか?」
部屋に入ってきたのは王子だった。
「はい。僕は眠ってしまっていたようですね。すみませんでした」
「何を言っている。お前に休めと言ったのはわたしだ。腹が空いたであろう。今、食事を運ばせた」
「シュ・シュリ様。僕に気を遣わないで下さい。あなたはこの国を継がれるお方」
ヤマトがそう言うと、王子は少し機嫌を損ねたのか、怒ったような顔で、
「シュ・シュリ様と呼ぶのはやめろ。シュリでいい。お前も知っているだろう。『シュ』というのは主、つまり王という意味だ。わたしはお前の友なのだ。そうだろう?」
「僕がシュ・シュリ様の友? 僕は身分の低い者です。あなたのように高貴なお方の友にしていただく資格がありません」
「友になるのに資格など必要ではない。知っているか? お前の父はわたしの父、ケシュラの王の友なのだ。父はお前に話さなかったのか? ケシュラ・コウ・ハヤテが他国の密偵の手にかかって命を落としたとき、父がどれほど悲しんだか。そして、どれほど怒り、自分を責めただろう。幼かったわたしの目に、父のその姿が鮮明に焼きついた。友を想う父の心が見えたのだ」
ヤマトはそれを黙って聞いていた。部屋の外では、給仕の者が、いつ料理を運び込んだらいいかタイミングを見計らっているようだ。
「ああ、そうだった。食事を運べ。冷めてしまう」
ヤマトの前にテーブルが置かれ、料理が並べられた。
「しっかり食べるのだ。このあと、お前には剣の練習に付き合ってもらうのだから」
「剣? 僕にはできません。セシル様に手ほどきをお願いしたらいいですよ」
「もちろん、セシルとソンシも呼んである。食事が済んだら、闘技場に来い。分かったな」
王子の一方的な言い方にヤマトはただうなずくしかないようだ。静かに食事を済ませると、給仕の者は素早く片付けて部屋から出て行った。ヤマトは一人になり、何やら考えているようだ。
「本当に父が王の友だったとは……」
意外な事実を、まだ信じられずに戸惑っているのだろう。彼は立ち上がり、闘技場へと向かった。そこにはすでにセシル、ソンシ、それと王子とケシュラ王がいた。王子はセシルと剣の打ち合いをしていた。ソンシはをれを無表情で見ている。王はあの立派なイスに座らず、下におりて王子らを近くで見ていた。
「遅れて申し訳ございません」
ヤマトがそう言うと、一同がこちらを向いた。
「ヤマト、見事な剣だ。さすがハヤテの子。身体はもうよいのか?」
「はい、ご心配には及びません」
「そうか、では、さっそくシュリの相手をしてやってくれ」
王がそう言うと、セシルが自分の剣をヤマトに持たせた。
「王子のお相手を」
これは命令で断ることは出来ないと目で訴えている。
「分かりました。では、こちらからまいります」
ヤマトは王子に向かって剣を振り下ろした。王子はそれを剣で払い、ヤマトに向かって剣をつ突いた。ヤマトはそれをかわして跳躍した。それは信じられないほどのジャンプ力で、王子の頭上を飛び越えた。
「王子様。こっちですよ」
驚きのあまり、王子は後ろに立ったヤマトを振り返ることもできなかった。やっと、彼は振り向き、剣を構えた。
「本当の戦いでは負けていましたよ。常に敵に後ろを取られないようにしなければなりません。予想外な行動に目を奪われていては、そのたびに命を失います」
王が手を叩き、この手合わせは終わった。
「ヤマトよ、見事だ。シュリよ、この者はお前と運命を共にする。彼を信ずることが大切だ。お前は独りよがりで、忠告にも耳を貸さない時がある。だが、ヤマトならお前のよき友となろう」
王はヤマトが王子の友になることを公認したようだ。
「はい、父上。ヤマト、友になるということは身分を超えるということなのだ」
その言葉に王も満足げにうなずいた。
「はい、シュ・シュリ様」
王子は少し不機嫌そうにヤマトを見たが、何も言わなかった。ヤマトも相変わらず、シュ・シュリ様と呼んでいる。
「ヤマト、少し話がある。後でわしのところへ来い。セシルも一緒に」
王はそう言って闘技場をあとにした。
「何の話だろう?」
王子は自分が呼ばれなかったことを疑問に思ったようだ。
「まだ、練習は終わっていません。ソンシ、お前が王子のお相手をしろ」
セシルの言葉に、ソンシは黙って従った。剣を構え、真正面から斬り込む。王子は剣でそれを弾いた。キンッという高い音が響いた。同じように何度も剣と剣がぶつかり合う。見ていて面白くなかった。単調で、意外性もなく、本当の戦いで通用するとは思えない。
「やめい。ソンシ、次は横からも斬り込め」
また、単調な攻めと防御が繰りかえされた。これは剣を使う者の基本動作。王子の腕はまだ実践で通用しないだろう。
「ヤマト、わたしは少し後で行く。お前は先に行って、王と話をしていてくれ」
ヤマトはうなずくと、王の間に向かった。
王は一人で待っていた。もちろん、傍らには影のような男がひっそりと立っている。
「ヤマトよ、お前に聞きたいことがある」
ヤマトは王の前に跪き顔を上げた。
「はい」
「ソンシのことだが、あやつが闇の者というのは本当なのだな?」
「はい。ですが、まだ彼の意志がの強さが勝っていて、覚醒はしていません。彼を救ってやらなければなりなせん」
王は黙ったまま考えているようだ。ヤマトにしか分からないことばかりで、容易に理解し難い。部屋の扉が開けられ、セシルが入ってきた。
「もう話は終わってしまいましたか?」
「いや、まだだ」
セシルは王の前へ来ると、そこへ跪いた。
「そんな儀礼的なことはよい。それより、ソンシのことだが、あやつはやはり闇の者。目を離すでないぞ」
セシルはちらりとヤマトを見ると、
「わたしには信じられない。あいつを十年みてきたのだ。闇と関係があるとは思わない」
そう言った。
「セシル様、残念ながら、ソンシ殿はどこかで、闇の洗礼を受けています。王にも話したことですが……」
そのとき、乱暴に扉が開かれ、ヤマトの言葉が遮られた。そこに現れたのは、今噂していたソンシだった。
「ソンシ、無礼ではないか。ここは王の間だぞ。お前の来るところではない」
「セシル様、お待ちください。彼に近づいては危険です」
ソンシは黒い靄のようなものを身体に巻き付かせていた。それは部屋中を縦横無尽に飛び回り、ヤマト、セシルの身体にも巻き付いてきた。まるでそれは黒い蛇のようだ。ヤマトは王を振り返り、
「ご無事でしょうか?」
と尋ねた。見ると、黒い霧は王を避けている。王の後ろで、いつも影のように立っている男が、今は前に出て、両手を広げ邪悪なるものから王を守っている。彼の能力の一部が、明らかになった。それは目に見えない結界を張ること。結界は自分と王を包み込み、邪悪な黒い霧を寄せ付けない。
「ああ、わしは大丈夫だ」
ヤマトはそれを見て安心したのだろう。ソンシに向かって歩き出した。
「ヤマト、こいつはわたしがけりをつけよう」
「いけません。彼は闇に支配されているだけです。彼の魂はまだ中にあります。きっと救う手立てはあるはずです」
セシルは剣を抜き、ソンシに向けていた。ヤマトはその剣に触れ、収めるようにと言った。
「しかし、こうなってからでは遅いのではないか? 王の命を狙っておるのだ。こいつはなかなか手ごわいぞ」
「ええ、今の彼は完全に闇にコントロールされています。心に迷いも揺らぎもなく、ただ目の前の者を倒す強敵です。僕も彼を傷つけずに抑える自信はありません」
そう言って、何やら、精神集中の作業に入ったようだ。じっとして動かない。彼の身体からは白い靄のようなものが立ち昇り、それは強く光を放ち始めた。
「開眼!」
彼が一言そう言うと、彼の前方から強い光が放たれ、身体から出た光は膨らみ、それは部屋中だけでなく城全体を包んだのではないかというほどだった。
「おお」
王とセシルは感嘆の声を上げた。しかし、闇に支配されたソンシの声は違った。地の底から響くようなゴーゴーという低いしゃがれた声で、わけの分からぬことを叫んで部屋中を飛び回った。それはもう人ではない。黒い風となって暴れた。そして、最後に窓を破って外へ飛び出したのだ。ヤマトから発せられた光は彼の身体の中に戻るように消えていった。しばらく口を開く者はなかった。ようやく、王がヤマトに向かって言った。
「これが光の子の力か。見事であった」
「僕はただ、光ることしかできません。まだ彼を救ってはいない。未熟で申し訳ありません」
「そうだな。しかし、あの男を救えなくても責められることはない」
ヤマトは王の言葉には反応しなかった。この騒ぎを聞きつけた家臣たちが、部屋へと集まってきた。
「何事でございますか?」
そう口にした者が、この事態に口をつぐんだ。部屋の中はまるで竜巻に襲われたようだ。中央に吊るされたシャンデリアは粉々になって、部屋の隅にあり、壁が剥がれ落ち、王の立派なイスは木っ端微塵となっていた。
「見ての通り、風に襲われたのだ」
家臣の者たちは、わけが分からず戸惑いの表情を浮かべた。そこへ王子も駆けつけ、
「父上、ご無事でしょうか?」
とあわてた様子で部屋に入ってきた。
「扉の前で、二人の家臣が首の骨を折られ絶命していました。誰があんなことを……」
「うむ。それは向こうで話そう」
王子の質問に答えることと、これからどうすべきかの重要な話し合いのため、王はセシルとヤマト、シュリを連れて奥の間に移動した。
「お前に話すことはたくさんあるが、まず、扉の前で二人の男を殺したのはソンシだ。あやつは闇の洗礼を受け、今、その力に操られておる。ヤマトそうだな?」
「はい。続きは僕がお話ししましょう。彼は僕たちを、王の命を狙っていました。しかし、僕の光を受け、一時退散するしかなかったようで、部屋中を暴れまわったあと、窓を破って出て行きました。僕と王子は彼を追わなくてはいけません。なぜなら、彼が向かった先には、必ず闇の帝王がいるからです。僕たちが倒さなくてはならない相手です」
何もかも知っていて、きっぱり断言するヤマトは誰から見ても普通ではないと感じるだろう。
「お前には分からないことはないのか?」
王はそうつぶやいた。
「もちろんありますとも。僕は神ではありません。すべてのことを知ることなどできません」
当たり前のことだが、彼が言うとそれは謙遜ではないかと思ってしまう。
「ヤマト、わたしはお前と一緒にソンシを追うのだな?」
王子の言葉にヤマトはうなずいた。
「そうか、伝説のようにお前たちは旅に出るのだな。すべては予言されていたということか」
独り言のように王はつぶやいた。
「行くのだな……。ヤマト、お前にこれをやろう」
セシルから渡された物は剣だった。
「これは人を斬ってはいない。ただの剣だが何もないよりはいいだろう。何に出くわすか分からないからな」
剣を受け取ったヤマトはそれを腰に差した。
「これもまた、父の作ったものですね」
「ああ、よく分かったな」
それにはヤマトはうなずくだけだった。
「わたしは旅の支度をしてくる。ヤマトも早く支度を済ませるのだ」
王子はさっそく出かける準備に行った。ヤマトは王とセシルに軽く頭を下げてから部屋を出た。作業場のある部屋へ戻ると、仕事用の道具袋を腰紐にぶら下げた。支度と言ってもそれ以外は何も持たない。彼はベッドへ腰かけ外を眺めた。そこへ、王子がやってきて、
「何をのんびりとしているのだ。早く荷物をまとめよ」
ヤマトは王子の方を向き、
「もう支度は出来ていますよ。それより外が騒がしいのですが、十頭の馬とたくさんの荷物はなんでしょう?」
「出かける準備に決まっているではないか」
「闇を討つための旅をするのです。僕たちが闇の動きに注意をはらうように、闇の者もまた、僕たちの動きを窺っています。あんな隊列をなして行くのでは、狙ってくださいと言っているようなものです」
王子は少々機嫌を損ねたように、眉を上げた。
「では、お前はどのように旅をするつもりだ?」
「僕とあなたの二人きりで行きます」
王子はその言葉を聞いて、それまでの意気込みが急に縮んでしまったようだ。
「そう……」
一言、消え入りそうな声で言ってから部屋を出て行った。彼はそのまま外に出て、待たせていた馬と、お供に連れて行くはずだった者たちを解散させた。それから、またヤマトの部屋に戻ってきた。
「まあ、なんだな。従者を連れずに旅をするなど考えもしなかった。わたしは世間知らずだな」
そう言って王子は軽く笑った。
「申し訳ありません。あなたには不自由でしょう。しかし、今はそんなことを言っている場合ではないのです。この世の運命がかかっているのですから。従者は連れずとも、僕があなたをお守りいたします。ご安心ください」
王子はヤマトを信じるしかなかないと思ったのだろう。黙ってうなずいた。そのとき、ドアをノックする音がして、
「今いいかな?」
そう言って入ってきたのはセシルだった。
「わたしも旅のお供をしたいのだが……」
ヤマトは立ち上がり、セシルの前に来て、
「それは困ります。王をお守りする者がいなくなります」
セシルは何やら考えているのか、少し間をおいて、
「しかし、王の身を守る者ならほら、あいつがいるではないか。名はなんといったかな? そうだ、ケイ。彼がいる」
「あの影のような男のことですね。彼は防御の術には長けているようです。特に闇に対しての結界術が優れている。しかし、戦う能力はないようです。あなたもをそれはご存じでしょう?」
「それはそうだが、お前について行きたいのだ」
「なりません。あなたはここで王をお守りするのです。あなたでなければ守れない。王にはあなたが必要なのです。僕の言っていることはお分かりですね。ここに残ってください」
これだけ強く言われたものだから、セシルも旅は諦めるしかなかった。二人の会話を、王子は黙って聞いていた。
「では、今すぐに出発しましょう」
ヤマトはそう言って部屋を出た。三人は王の間へと向かった。二人の男の死体は片付けられ、部屋の中のガラスやはがれた壁、いろいろな残骸はなくなっている。王の間の奥の部屋に王はいた。そこで旅の出発を告げた。
「そうか、行くのだな。早すぎるような気もするが……」
「いえ、遅すぎるぐらいです。ソンシをすぐにでも追いかけなくてはいけなかったのです。彼の覚醒が思ったより早かった。僕の誤算です」
「シュリ、お前にこれを授けよう」
王はそう言って、壁掛けを王子に渡そうとした。
「しかし、これはわたしが即位するときにとおっしゃっていたではありませんか」
「うむ。状況が変わった。ヤマトよ、これで刺してみよ」
王は何をしようとしているのだろう? また魔法の壁掛けの力を見せようというのか?
「はい」
ヤマトは王から短剣を受け取り、王の持っている壁掛けに短剣を刺した。身体ごとぶつかるように壁掛けに短剣を突き刺したから、王の身体にまで刺さったかのように思えた。
「父上!」
「大丈夫じゃ」
「ええ、王には刺さっていませんよ」
ヤマトの持っていた短剣は先が曲がっていた。もちろん壁掛けは傷一つない。
「これは王家の者が持てば力を発揮する。使う者の心に反応するのだ。今これはわしの身体をこの短剣から守るために鋼のように硬くなったのだ。普段はただの壁掛けだがな」
魔法の壁掛けの力はまだいろいろとありそうだ。王子は壁掛けを受け取った。
「ところでヤマト、ソンシがどこへ向かったか分かるか?」
王の質問にヤマトはうなずいた。
「では行くがよい。シュリよ、お前の無事を祈る。お前も自分の命を大切にするのだぞ」
王と王子はかたく抱き合った。二人が離れ、王はヤマトに向かって大きく手を広げた。何を求められているのかは理解している。けれど、彼は初めて戸惑いを見せた。
「ヤマトよ」
王の方からヤマトに近寄り彼を抱きしめた。
「お前は光の子。しかし、人の子でもあるのだ。それを忘れてはならない。お前の父の死はわしに責任がある。友であったハヤテの子。今はわしの子同然だ。早くこうしてお前を抱きしめてやりたかった。ここはお前の居場所だ、必ず戻ってくるのだぞ、シュリと共に」
王はそう言うと二人の息子を送り出した。王子は旅の間、身分を悟られないように、平民の服を着た。そして、王は彼らに少しの食料と、金貨を持たせた。旅立ちは他の者には知らせず、王とセシルに見送られて、二人はケシュラを出た。日はちょうど頭上に来たところだった。歩き始めて数時間、他国へとつながる道を歩き続けた。その道を行き交うのは商人がほとんどで、旅人らしき者は彼ら二人だけだった。
「確かこの先には宿場町があるはずだ」
「そうですか。僕にはどこにどんな国や街があるかは知りません。ただ分かるのは、ソンシの通った道だけです」
王子は歩くことに慣れていないのだろう。近くの木にもたれかかって、
「少し休まないか?」
とヤマトに提案した。
「ええ、そうですね」
二人は木陰に座り、遅めの昼食をとることにした。彼らが旅立つとき、王が持たせた食料はそれほど多くはなかった。
二人の前をまた商人の隊列が通り過ぎた。ケシュラは豊かな国で、毎日こうして商人たちがやってくるのだ。彼らは荷馬車やロバなどで商品を運ぶ。旅の途中、盗賊に襲われる危険があるためか、用心棒がついているらしい。武器を持ったい厳つい男が、鋭い目つきでヤマトたちを一瞥した。
「わたしたちはいつ、ソンシに追いつくのだ?」
「まだ旅は始まったばかりですよ。この先に何があるかは分かりません。さあ、もう出発しましょうか。先は長いですから」
ヤマトはそう言うと立ち上がり、歩き始めた。
「わたしを置いて行くな」
王子はあわててヤマトのあとを追った。
「お前は疲れないのか?」
「ええ、まだ歩き始めたばかりですから。シュリ様、これくらいで疲れていては旅ができませんよ。どこかで馬でも手に入れましょうか?」
「そうしたいな。けれど、宿場町で手に入るものだろうか?」
王子は情けない声でそう言った。身長はヤマトより大きいのに、もうすでに音を上げているとは頼りない。胸を張って意気揚々と歩くヤマトとは対照的に、王子はとぼとぼと歩く。はたから見れば、ヤマトが主でその後ろを行く王子が従者のように見える。王子は目立たないように平民の服装をしているものだからなおさらだ。道は長く続いた。そろそろ日が傾き始めたころ、道の先には建造物が見えてきた。あれが宿場町だろうか?
「おお、やっとここまで来たか。あともう少しだな」
王子がそう言ってから宿場町に着くまで、さらに一時間かかった。もう日は西の地平線に半分隠れていた。
「宿を探しましょう」
ヤマトはそう言うと、宿屋の看板が下がっている戸口へと足を速めた。
「すみません、今晩泊めていただきたいのですが」
宿屋のおかみさんが戸口まで出て来て、二人をじろりと見た。
「あんたら、金は持ってるんだろうね?」
二人が子供だと知ると、疑るようにそう言った。
「金ならある」
王子はおかみさんの言い方に少々腹を立てたようにぶっきらぼうに答えた。
「なら、先払いだよ。二人分で二千ジーニだ。食事付きなら二人で三千ジーニ」
ジーニというのはどうやらこの世界の通貨らしい。王子は使い古した麻袋から、一枚の金貨を取り出しおかみさんに渡した。彼女は意外なものを見たような顔をして、それを表裏と返して見た。
「あんたら、これをどこで手に入れたんだね。これはケシュラの金貨だ。こんな価値のあるものを何であんたらみたいな子供が持っているんだ」
「僕らはケシュラから来たのです。ケシュラ国民ですから」
「ほう。それでこの宿場町に何しに来たんだ?」
「答える必要などないだろう。わたしたちは客だ」
王子がそう言って、おかみさんの詮索をやめさせた。彼女はそのあとぶつぶつ言いながらお釣りを数え、ヤマトに手渡した。王子の偉そうな態度に腹が立ったらしい。子供のくせに、そうつぶやくのが聞こえた。
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