第5話

 セシルとヤマトはお互いに牽制しあい、相手がどう出るか見計らっているようだ。周りの者は、息を吞んで見つめる。先に動いたのはセシルだった。剣は弧を描くように空を切った。ヤマトはセシルが動いたとき、すでに間合いから外れるように飛びのいていたのだ。

「さすがだな」

「あなたこそ。それほど速く剣を振るうとは、一瞬焦りましたよ」

 ヤマトが涼やかな声で言った。本当に焦っていたのだろうか? セシルの動きを読んでいたに違いない。


「この勝負、早く決着をつけてしまっていいでしょうか?」

「ほう、それほど自信があるというのか?」

「いえ、あなたは本気じゃないようですから。僕を斬るつもりはないのでしょう? 僕もあなたを傷つけたくはありません。どうでしょう、僕があなたの剣をその手から落として見せましょう。あなたを少しも傷つけずに。あなたは僕の髪を縛る紐を切り落として見せてください」

「よかろう。ではいくぞ」

 戦いは再開された。今度は、互いの目的のものだけを狙い、剣を振る。シュッと剣が何かをかすめたような音がした。セシルの剣がヤマトの服を斬ったようだ。彼には怪我はないだろうか?


「どこを斬っているのでしょう?」

「お前こそ、剣はまだわたしの手にあるぞ」

 剣と剣が当たる、キンッと高い音が何度も響いた。どちらもまだ、目的は達成できていない。セシルは常にヤマトの髪の紐を狙う。ヤマトの作戦勝ちになるだろう。どう考えても、後ろに束ねた髪の紐は狙いにくい。しかし、セシルとしても、優秀な剣の使い手として、少年であるヤマトと同じ条件では、プライドが許さないだろう。

「僕が勝ったら、本当に僕の願いを叶えてくださいね」

 ヤマトは戦いながらこんなことを言った。ここからは相変わらず、彼の顔は見えないが、きっと余裕の表情を浮かべているに違いない。

「無論だ。同じことを言わせるな」

 セシルは剣をヤマトの顔に向けた。

「すみません。しかし、失礼ながら、あなたにどれだけの権力があるのか、図りかねたものですから」

 ヤマトは向けられた剣を弾いた。

「お前はわたしに何を望もうというのだ? まさか、権力が欲しいというのではあるまいな」


 セシルの剣がまたヤマトを襲う。黒髪を縛る紐にはなかなか届かない。二人は少しずつ離れ、距離をとった。

「権力とは、あなた方のような人が欲しがるもの。あなたはここにいる者たちをご覧になられましたか? 粗末なものを身につけ、粗悪な長屋に住まう。その日の食べ物にも困るような暮らしぶりを」

 ヤマトは剣の動きを止めた。

「何が言いたいのだ?」

 セシルもまた剣を下ろし、ヤマトを見つめる。

「僕はただ、彼らに仕事を与え、まともな住まいを提供し、十分な食べ物を得ることができるように計らってほしいと願うだけです」

「お前には欲というものがないのか? 他の物を望むこともできるというのに」

 ヤマトはサッと剣を構え、

「同じことを二度言わせるつもりですか? 僕が勝ったら聞き届けて下さい」

 そう言って、セシルの懐に飛び込んでいった。そして、セシルが剣を振る前にそれを叩き落とし、あっという間に決着がついてしまった。


「まいった。わたしの負けだ」

 セシルは負けを素直に認めて、ヤマトに握手を求めた。

「お前と剣を交えたこと、うれしく思う」

「僕の方こそ、あなたのような剣士に認めていただけたことを誇りに思います。これから城に戻られるのでしょう?」

「ああ、お前との約束は守るつもりだ」

「はい。僕が聞きたかったことは、あなたは城に戻って、何か罰を受けるのではないだろうかと」

「お前が気にすることではあるまい」

 セシルは会釈すると、馬にまたがり行ってしまった。


「ヤマト!」

 シンシンがヤマトの身体めがけて走り込んできて抱きついた。

「よかった。どこもケガしてないよね?」

「ええ。怪我はありませんよ」

 シンシンはほっとした表情で彼を見上げた。

「あんた、大それたことしたもんだね。あとでどんな目に遭わされるか分かったもんじゃないよ。逃げた方がいいんじゃないかえ?」

 そう言ったのは、ヤマトにはさみの手入れを頼んだぼさぼさ頭のおばさんだ。

「なぜでしょう? 僕が逃げる必要はないと思います。しかし、僕のせいであなた方に迷惑がかかるのならば、僕の方から城に出向きます。しばらく会うことができなくなるかもしれません」

 ヤマトはそう言って、仕事道具だけ持って、城に向かおうとした。

「ちょっと、あんた、本気かい?」

さっきのおばさんがヤマトのことを心配そうに言った。

「ええ、頼まれていたことですが、今すぐにはできそうもありません。本当にごめんなさい」

「まあ、それは何とかならーね。こっちのこたー気にするな。それより、自分をもっと大事にするんだよ。ここへは帰ってくるんだろうね?」

「はい、必ず」

 そう言って、ヤマトは城へと急いだ。

「急がねば」


 何を急ぐことがあるのだろうか? それはヤマトにしか分からない。裏通りを抜けて、賑やかな表通りに出ると、その道は城へとまっすぐ続いていた。大通り駆け抜けるヤマトを、あきれたように目で追う者、訝し気な視線を向ける者もいた。そんな目を彼は気にすることなく走り続けた。大通りが終わるところに、城を囲む堀があり、そこにかかる橋が下ろされている状態だったが、今まさにその橋を上げようとしている。

「待ってください」

 ヤマトは胸の高さまで上げられた橋に飛びつき、傾斜のついた橋をすべり下りた。

「何者だお前は!」

 二人の門番が長槍をヤマトの喉元に突き付けた。

「こんな入り方、僕だってしたくはなかったのですよ。ですが、橋が上げられてしまってはどうしようもなかったのです」

「そんなことは聞いていない。お前のような者がこの城に入ることは許されない。命が惜しければ、今すぐここから出ろ」

「それはできません。僕は王の命によりここへ来たのですから。あなた方はそのことを知らなかったのでしょうか?」

 二人は顔を見合わせ、何やら考えているようだった。


「僕の名はヤマト。城で剣を作らなければならないのです。先ほど、セシル様が戻られたでしょう? あの方たちは、馬に乗っていましたが、僕は徒歩で来たので、少々遅れてしまいました。さあ、ここを通してください」

「鍛冶屋のヤマトか? それなら話は聞いている。黒い髪の少年」

 怪しげなものを見るようにヤマトを見て、ひとりの門番がそう言った。

「分かってもらえたようですね。僕は急いでいますので」

 ヤマトはそう言うと、二人の門番の間をすり抜けて城内へと入って行った。門番たちはあわてて彼を追う。

 城の中をヤマトは疾走していく。彼が向かった場所は大広間。そこは謁見の間だろう。戻ったばかりのセシルはそこで今日にことを報告しているに違いない。大きな扉の両サイドには、屈強な男が二人立っていた。

「何奴。ここはお前の来るところではない」

 鋭い切っ先をヤマトに向け、そのまま喉を掻っ切ってしまいそうだ。

「失礼」

 そんな刃をヤマトは軽くかわして、目の前にある重厚感のある扉を押し開けた。

「待て、こら!」

 男たちはあわてていたようで、つんのめるように広間へと入った。王はさすがに動じる様子もなくヤマトを見つめた。王は他の人たちと違い、金色の髪をしている。王の前に跪いていた初老の男がこちらを向いた。


「ヤマトではないか? なぜここにおるのだ」

 ヤマトの行動が理解できないのだろう。

「セシルよ。もう下がってよい。わしはこのヤマトと話がしたい。そこの二人も下がってよいぞ」

 王の言葉に従い、セシルと男たちは広間から出て行った。そして、広間に残っている者は、王とヤマト、王の斜め後ろにひっそりと、まるで空気のように控えているやせた男だけになった。


「ヤマトよ。もっと近くへ寄れ」

 ヤマトは王の前まで進み出ると跪き、

「先ほどのご無礼をお許しください。セシル様がなんとおっしゃられたかは存じませんが、王のご命令に従い、ここで剣を作るために参りました」

 そう言って頭を下げた。王は立派な髭をなでつけ、にやりと笑った。恰幅のいい体つき、大きなイスにどっしりと構えた姿には威厳がある。

「おお、そうか、喜ばしいことだ。先ほどセシルより報告を受けたが……。まあ、行き違いがあったようだ。それより、お前は剣術に長けていると聞いた。わしにもその腕を見せてみよ」

 ヤマトは一度、顔を上げたが、また頭を下げ、

「お見せするほどの価値はありません」

 ときっぱり言った。


「それはわしが決めること。王に背くことは出来ぬのだぞ」

「はい。仰せのままに」

 ヤマトは頭を下げたまま答えた。王は立ち上がり、手を二度叩いた。すると、扉の向こうで見張りをしていた先ほどの二人の男が男たちが入ってきた。

「ではヤマトよ、闘技場へ参れ。あ奴らが案内する、ついて行くがいい」


 王はそう言うと、奥へと入って行った。あの影のような男を従えて。ヤマトは屈強な二人の男にはさまれ、表へと連れ出された。緑豊かな庭、そして、いくつかの彫像物が置かれている。木々がじゃまでない程度に植えられていて、少し行くと、開けた場所に出た。目の前に見えてきたものが闘技場だろう。白いカーブのある壁に、入り口が一つ空いていて、それは黒い穴のように見える。男たちは立ち止まることなく、ヤマトをつついて先に進ませた。穴を抜けると、そこは円形の広場だった。周りは観客席にぐるりと囲まれている。一か所だけ広くなっていて、そこには立派なイスが置かれている。もちろん、そこが王の観戦する場所だろう。王の観戦場所の前まで連れてくると、男たちは任務を終えたらしく、暗い入口へと戻って行った。足音がしたのか、ヤマトがふと先ほどの見た、王の席に目を向けた。そこには王と、やせて影のような男と、セシルが入ってきたところだった。そして、王はその立派なイスに座り、そのとなりには簡素なイスがあり、そこへはセシルが座った。やせた男だけは、やはり王の斜め後ろに立っていた。


「ヤマトよ。お前は剣を持っていないのだろう。お前にそれを貸してやろう」

 あの暗い入口から、先ほどの男の一人が入って来て、赤い布に包んだものをヤマトに渡した。それを開けてみると、柄に宝石がちりばめられた高級な剣だった。ヤマトはそれを手に取り、じっと見つめ、王の方を見上げた。

「これは父の作ったものです」

「そうだ。お前の父がわしのために作ったものだ」

 鞘から剣を抜き取ると、きらりと光った。布と鞘を受け取った男は、そのまま戻って行った。

「見事なものだ」

 王は独り言のようにそう言った。ヤマトは手入れの具合を見るように剣を小手で返してはそれを眺めていた。

「よかったです。これで人の血が流されることはなかったようですね」

 ヤマトのその言葉に、セシルが何か言いたげにイスから少し腰を上げた。

「お前はわしのことを勘違いしておるのだな? 戦いは好かないし、人を傷つけることも好まない」

「しかし、戦争は起きるのです。他国による侵略を防ぐために武器が必要なのだと王はそう言いました。そして、父がどうなったか……」

「それは、わしも申し訳なく思っている。まさか、ただの鍛冶屋が命を狙われるとは思わなかったのだ。大事な友を失って、わしも心を痛めた。だからこそお前をこの城に住まわせるつもりで、一度連れてきた。しかし、幼かったお前は、どうしても嫌だと言って、城を飛び出してしまった」

「ええ、覚えています」


 セシルはヤマトが王と対等に言葉を交わしていることが信じられないというような表情で見つめていた。そのとき、土を踏む音が聞こえてきた。先ほどの入り口とは反対の方に、同じ入り口があり、その暗がりの中を誰かが歩いて来る。そこから姿を現したのはソンシだった。

「おお、来たか。ヤマト、お前の相手はこのソンシだ」

 ヤマトはソンシの方を見て、

「またお会いしましたね」 

と声をかけた。もちろん、ソンシはそれには反応を示さなかった。

「準備はいいかな?」

 王はそう言って、二人を交互に見つめ、そしてうなづいた。

「よし、それでは始め!」

 その号令に、ソンシが動いた。剣を真上から振り下ろした。ヤマトがそれを横に飛んでよけた。それを読んでいたのだろう、ソンシはヤマトのよけた方から今度は真横に斬り込んだ。よけなければ身体は真っ二つになるだろう。しかし、ヤマトは驚くほどの跳躍力でそれを飛び越えた。それぞれが大きな動きで、ダイナミックに戦う姿は大いに見どころがあった。王も満足そうにそれを眺めている。その戦いは、ソンシが攻撃して、ヤマトがそれを受ける。その逆はなかった。周りの者には、ソンシの執拗な攻撃に、ヤマトがまったく手が出せないように見えているだろう。剣と剣がぶつかり合うキンッという高い音が響く。


「ソンシ殿、これでは決着がつきそうにありませんね」

 気の抜けないこの戦いで、ヤマトはソンシに話しかけた。返事はもちろんない。

「僕はあなたを傷つけるつもりはありません」

 ヤマトの声は、上で観戦している王の耳にも届いたらしい。

「ヤマトよ、これは真剣勝負だ。しゃべることは禁ずる!」

 ヤマトはそれまで小さく剣を打ち返していたが、次の瞬間、ソンシの剣を強くはじき返した。二、三歩ソンシは後ずさりして、すかさず剣を構えた。しかし、ヤマトは何を思ったのか、その場で、王に向かって片膝をつき、

「申し訳ありません」

 と頭を深々と下げた。戦いのさなか、こんな無礼な態度に、たとえソンシでも怒りを覚えたに違いない。背中から攻撃することは、師匠であるセシルに禁じられているはずなのに、ヤマトの背中を斬りつけようと剣を振り上げた。そして、勢いよくそれが振り下ろされるとき、ヤマトはその姿勢から、くるりと振り返り、剣でソンシの剣をなぎ払った。不意を突かれたのだろう。しっかりと握られていたはずの剣が、簡単に飛ばされてしまった。


「勝負ありましたね。少々ずるいことをしてしまいましたが、剣士たるもの、油断は禁物ですよ」

 王の表情は冴えなかった。

「これで、ご満足いただけたでしょうか? ルールはなかったので、これもまたルール違反にはならないでしょう?」

 してやられたという感じで、

「そうだな。お前の勝ちだ」

 そう言うと、王は城内へ向かった。

「お待ちください。一つ、申し上げなければならないことがございます!」

 ヤマトは去って行こうとした王の背中に向かって叫んだ。

「なんだ?」

「ソンシ殿のことですが、彼には闇の者の血が流れております」

 王はその言葉に振り返り、

「それは誠か?」

 とソンシに向かって問いただした。ソンシは王に顔を向けて初めて声を出した。

「そのようなことはございません。私は人の子です。西の国に生まれ、父も母も人でございます」

「うむ。ヤマトよ、お前はなぜそのようなことを申すのだ?」

「それが事実だからです。しかし、今はその証拠をお見せできません。いずれ、何が真実か分かる時が来るでしょう」

「そうか、わかった。夕食の時間まで、お前は部屋で過ごすがいい。案内の者について行け」


 王はその場から立ち去った。セシルも王について行った。ソンシはもう闘技場から姿を消している。ヤマトがなぜ突然そんなことを言ったのか、今は誰にも分からなかった。ヤマトを部屋まで案内するのは、さっきの者よりさらに一回り身体の大きな男だった。王は彼を警戒しているのだろう。ヤマトにあてがわられた部屋は、石の壁と床、ひんやりとした空気、まるで牢獄のようだった。部屋に入ると、ドアが閉められ、ガチャリと鍵のかかる音がした。彼は閉じ込められたのだ。しかし、ヤマトは気にする様子もなく、簡素なベッドに腰かけ、持ってきた仕事道具を取り出した。小さな窓からは、ほんのわずかな光が差し込んでいた。もうすでに、ひは西に傾いているようだ。カチャ、カチャと音がして、彼は道具の手入れでもしているらしい。

 窓から差し込む日の傾きが、時間の経つのを示している。ヤマトは無言のままじっと道具の手入れを続けていた。すると、廊下から数人の足音が聞こえてきた。ヤマトの部屋の前でその音は止まり、鍵がガチャリと外された。ドアがゆっくりと開かれ、そこに立っていたのは、あの身体の大きな男と、セシルだった。


「ヤマトよ、王から食事の招待だ。ついてこい」

 セシルはやけに固い表情だった。昼間の一件のせいだろう。黙って歩くセシルと大男の後ろを、ヤマトも黙ってついて行く。大きな扉の前まで来ると、やはりそこにも二人の男が立っていた。従者たちは互いにアイコンタクトをしているらしく、うなずきあっている。扉が開かれ、セシルは中へと入った。ヤマトもそれに続いた。中はキラキラした大きなシャンデリアがいくつもぶら下がり、部屋の真ん中には長いテーブルが一つ置かれている。その端にやっぱり立派なイスがあり、そこに王が腰かけていた。もちろんあの影のような男は無言のまま、いつものように斜め後ろに立っている。王のそばに見たことのない少年が一人席に着いていた。ここからでは遠くて顔ははっきり見えない。分かるのは輝く金色の髪だけだ。


「やあ、来たね。さあ、席に着きなさい」

 王にそう言われ、王と反対側に用意されたイスのところへ行った。ヤマトとセシルは向かい合うように席が置かれている。二人が席に着く前に、王は座ったまま、

「これがわしのせがれだ」

と言って、少年を紹介した。

「僕はヤマトと申します」

 ヤマトはその少年に深くお辞儀をした。少年は何もしゃべらなかった。

「この子は人と接するのが苦手でね。名はケシュラ・シュ・シュリ。わしの後継者だ」

「一目見て分かりました。王によく似ておられます」

「そうか」

 王は一言そう言うと、手を二度叩いた。

「儀礼的なことはそのくらいでいいだろう。今は食事を楽しもうではないか」

 部屋のサイドにあるいくつかのドアから、給仕の者がそれぞれ料理を運んできた。長いテーブルに次々と並べられるそれらの数々。たった四人の食事にしては多すぎる。


「さあ、存分に食せ」

 そう言うと、王は目の前に置かれたワインを一口飲み、料理に手をつけた。それを確認してから、王子ケシュラ・シュ・シュリも食べ始めた。私語など一切なく、ただ、黙々と食べる。それは太郎の世界の『もみの木』での食事風景と似ていた。

 そろそろ、満腹になったのか、王がまた手を叩いた。今度は三回。すると、給仕の者たちがまた現れ、テーブルに載ったすべての食事を運び去った。その人たちと入れ替わるように、四人の給仕が盆を持って入ってきた。ヤマトとセシルのところへ運ばれたものはガラスの器に盛られたジェラートだ。王と王子には何が運ばれたのかよく見えないが、フルーツが盛られているようだ。デザートが済むと、王が立ち上がり、

「味はいかがだったかな?」

 とヤマト、セシルに向かって感想を求めた。

「はい。よいお味でした」

 セシルがそう答えた。王はヤマトを見つめて、感想が述べられるのを待った。

「とてもおいしかったです。しかし、たくさん作りすぎではありませんか? 僕のいる長屋に住まう者たちは、食べ物を買うお金も十分に稼げません。彼らも国民です。王の助けが必要です」


 王は急に機嫌を損ねたように、眉を上げて、

「そのようなことを述べよとは言っておらん。不愉快だ」

 そう言って、怒って部屋を出て行った。それをじっと見つめていた王子が、ヤマトの方を見てかすかに笑った。

「ヤマト、面白いやつ。話には聞いていたが、なるほど、長い黒髪に黒曜石のように輝く黒い瞳。この国では珍しい容姿だな。しかし、王を怒らせるとは、たいした奴だ。それとも、ただの阿呆なのか?」

 王子もそれだけ言うと、部屋をあとにした。

「ヤマト、ついてまいれ」

 セシルはヤマトを外へと連れ出した。日は落ち、月明かりがセシルの厳しい表情を照らし出していた。そこにはあの大男も、陰のような男もいない。二人きりだということをセシルは確認するようにあたりを窺った。


「よく聞け。ここはお前の知っているところとはだいぶ勝手が違う。思ったことを口にすることは、ときに命の危険にもつながるのだ。王の機嫌を損ねるような発言は控えるべきだ」

「ご忠告ありがとうございます。しかし、僕はどこにいようと僕なのですから。正しいことをしているだけです」

「もちろん、お前が正しいことは、誰の目にも明らかなこと。だが、お前は自分のことをもっとよく考えるべきではないのか?」

「あなたもそんなことを言うのですね」

 暗がりの中でヤマトは遠くを見つめているようだ。

「ヤマト、昼間のことだが……」

「はい」

「なぜあのようなことを言ったのだ」

「それは、今は言うべきではないということでしょうか?」

 セシルはヤマトが何を言いたいのか分かりかねた様子でいる。

「それとも、ソンシ殿が闇の者であることにお気づきになられなかったと?」

「そのことは事実なのか?」

「ええ。間違いありません。僕を信じることができなければ、無理してそれを受け入れる必要はありませんよ。いずれ分かる時が来ます」

「お前は一体何者なんだ? なぜ、そう断言できるのだ」

「僕はただの鍛冶屋ですよ」

 ヤマトがそう言ったとき、外廊下の柱の陰で何かが動くのを見た。ヤマトとセシルはそれに気づいた様子はない。

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