第2話

「どうしたのです?」

 ヤマトは鎌を静かに置いて、柄の部分は手に持ったまま外に出た。

「いいから、早く!」

 シンシンに手を引かれ、ついてゆくと、貧乏長屋には不釣り合いな立派ななりをした人たちが、馬に乗って大通りの方からやってきた。どうやら、城の者らしい。

「どう、どう」

 馬を止めて、ヤマトの前に居並んだ。三頭の馬にはそれぞれ兵士が乗っている。一番前にいるのは、見事な髭を蓄えた初老の男。三人は馬から降りた。


「何事でしょう?」

「鍛冶屋のヤマトよ。これより王の命にて、城で剣を作ることを任命する」

「お断りします。ところで、あなたは誰なのでしょう?」

「おお、これは失礼した。わたしはセシルと申す。王のご命令には、何人も背くことは許されないのだ。お前もそれぐらいは分かっておるのだろう?」

「僕は剣を作りません。たとえこの首が飛ぼうとも」

 ヤマトの言葉に、業を煮やした部下の一人が、剣を抜きヤマトに向かって振り下ろした。

「物騒ですね」

 ヤマトは、手にしていた鎌の柄でそれを振り払った。相手が本気でなかったとしても、これほど俊敏な反応を見せたことに、一同が感嘆の声を漏らした。セシルが部下を征し、下がるよう命じた。


「さすがだな。お前の父はいい鍛冶屋だった。この国の中で、彼の右に出る者はいなかった」

「あなたは父をご存じなのですね? それも当然のことです。僕の家が、代々王家の剣を作ってきたことは存じていますが、それは先代までの話。父は他界したのですよ。剣のせいで、戦いのせいで。いいですか? 剣は人を斬るための道具です。そんなものが、この世の平和につながるわけがありません」

「お前の腕がいいのは評判だ。どの鍛冶屋も、やはりお前には適わない。わたしから直に頼む。このとおりだ」

 セシルは貧しい人々の見守る中、ヤマトに深々と頭を下げた。

「師匠様。こんな子供に頭を下げるのはおやめください!」

 二人の部下が、セシルを抱えるようにして、それをやめさせた。

「セシル様。あなたがどれほど懇願されても、僕は考えを改めません。どうかお引き取りを」

 ヤマトはそう言って、彼らに背を向けた。そのとき、部下のうちの一人が、ヤマトの背に向かって剣を振り下ろそうとした。それをセシルが剣の鞘で受け止め、ねじ伏せた。


「馬鹿者! 無防備な者の背を斬りつけようとは言語道断。お前のような者は必要ない。わたしの元から去れ! 今すぐだ!」

 男は跳ね上がり、馬に乗って去っていった。

「驚かせてすまなかった」

「いえ、僕は大丈夫です。たとえ後ろから攻撃されようとも、彼ぐらいの腕ならかわせますよ」

「たいした自身だな。あれでもわたしの二番弟子だ」

「そうでしたか、すみません。あなたを侮辱するつもりで言ったのではありません」

「気にするな。あの者は精神が強くないのだ」

 セシルの後ろに黙って控える男。彼は終始無言のまま立っている。


「彼は一番弟子ということでしょうか?」

 ヤマトも、彼が気になるらしかった。

「そうだ。名をソンシと申す」

「彼は口がきけないのですか?」

「そうではない。ただ、寡黙なだけだ。しかし、わたしには忠実で余計なことはしない」

 ヤマトは顔をソンシに向けた。

「なあ、ヤマトよ。わたしはこのまま城に戻ることはできないのだよ」

「そうでしょうね」

「わたしと取引をしないか?」

「それはどのような?」

「お前の剣の腕を見てみたい。お手合わせ願えないか?」

「勝負をかけてということですね?」

「ああ」

「あなたが勝てば、僕はあなたの望むように、では僕が勝ったら、僕の望みを叶えてくれるということでしょうか?」

「もちろんだ」

 二人とも妙に自身があるようだ。セシルが剣を持ち、

「では、勝負」

 と言った。


「セシル様。僕は剣を持っておりません」

「ソンシ」

 セシルが一言声をかけると、ソンシは自分の剣を黙ってヤマトに差し出した。

「ありがとう」

 礼を言われても、ソンシは表情一つ変えなかった。

「では、セシル様。かかってきてください」

 この勝負が始まるころには、長屋の住民のほとんどが出てきていた。

「そちらからまいれ」


 ヤマトは剣を構え、セシルの胴めがけて横から斬り込んだ。カキンッという高い音を響かせて、セシルの剣がそれを受け止めた。

「よかったです。受け止めてくれて。あなたに怪我をさせては申し訳ないですから」

「本気でかかって来い。わたしのことを心配する必要はない」

 セシルは受け止めた剣を跳ね返そうと力を込めているようだ。歯を食いしばっている。ヤマトの顔は見ることができない。そのうち、ヤマトの剣が滑るようにスライドして、セシルの剣から解放された。

 観戦している住民たちは、それまでざわめいていたが、真剣勝負にくぎ付けで、声を出すことさえも忘れてしまったかのように静まり返っていた。

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