第2話 筋肉パワー

「ほう。やはり王都というだけあって活気があるな」


 建物は平家じゃないものが立ち並んでいるし、人々が多く行き交っている。出店の数から察するに、トレイ伯爵領よりも賑わいがあるようだ。


「な、なんだ!? いきなり人が出てきたぞ!?」

「どうも」


 仰天している様子のおじさんに、とりあえず挨拶をしておいた。

 やはり、いつの時代も礼儀は大事だからな。


 〈地図作成マッピング〉によれば、今いる通路をまっすぐ行き、広場を越えたその先にレミリオン魔法学園があるらしい。


「詳細な時間を知りたいな」


 そう思い、俺は〈魔法収納マジックポケット〉を発動して懐中時計を取り出す。ふむ。まだ午前八時か。


 しかしだ。また周囲の人々に奇異の目で見られるではないか。


 そこで、一つの疑問が浮かぶ。


 もしかして、一般市民は『下級魔法しか使えないし、見たことがない』のではないのだろうかと。

 魔法には、いくつか階級がある。


 下級、中級、上級、最上級、超上級とだ。

 俺はどの魔法も網羅しているが、それは人生が二度目であり賢者だからである。


 トレイ伯爵やロットは中級魔法を使っているのを見たから、少なくとも貴族間では驚愕されることはないだろうが……。


 まあ魔法自体、かなり高度な技術を要するから一般市民が下級しか使えないのは当然といえば当然か。


 下手に驚かせるのも迷惑だろう。

 走りで向かうか。


 大通りを走り、広部へと向かい、やっとレミリオン魔法学園付近までやってきた。

 やはり魔法を使わないとなにかと不便である。


 目の前には、まるでお城のような絢爛とした形をしている建物がある。多分ここが件の学園だろう。

 早速中へ入り、受付をしたいところなのだが――


 ふと、家々の隙間。路地に目がいった。

 そこには一人の銀色の長い髪を後ろでまとめた少女と、へなへなとした体躯をした男がいた。


 壁に腕を押さえつけられ、少女は身動きが取れない状態になっている。


「しかし――どうして周囲は見向きもしないんだ?」


 人もかなりの数が往来しているのだから、気がついた人は何人かいたはずだ。

 いや、今はそんなことどうだっていいか。


「た、助けてください……」


「おい待て。彼女、嫌がっているだろう」


 男の腕を掴み、圧をかける。

 一瞬、男は怯んだがすぐに顔を真っ赤にして怒鳴りつけてきた。


「うるせえ! コイツは貴族でな、オレたち平民の敵なんだよ!」


 はあ。確かに少女の衣服は煌びやかで豪勢ではあったが、貴族の娘だったのか。


「だが、それでも女の子にしていい行為ではないぞ」

「はぁ? お前ももしかして貴族なのか!? ならこうしてやる!」


 言いながら、男は拳をこちらに向けてきた。

 ……遅い。


 俺は拳を掴む。


「なっ……! 貴族は緊急時以外平民に手をあげてはいけないんだぞ!」


 なるほど。そんなルールがあるのか。

 六百年前より随分と緩くなったものだな。


 それに、このようなルールがあるから平民は下級魔法以外見たことがない感じか。なるほど、理解できた。


 というか、今がその緊急時だと思うのだが、どうして彼女は抵抗しないのだろう。


 だが――


「俺は貴族じゃない。燕尾服を来ているだろう」


 言って、俺は指の骨をいくつか折ってやった。


「あ、あがっ!?」


 男はうずくまり、痛そうにうめいている。

 呆気に取られた様子の少女の手を引いて、ここから離れることにした。


「あ、あの」

「ん。もう大丈夫だからな」


 彼女は申し訳なさそうに、青い瞳を向ける。

 

「私、ユリと言います。ごめんなさい、助けてもらっちゃって……」

「ガルドだ。いや、いいんだ。それよりも、どうして魔法を使わなかった。法はよく分からんが、少なくとも緊急だっただろう」

「怖くて動けなくなっちゃって……。それよりも、ガルドさんは一般の方なのに、どうしてそんな力を?」


 さすがに賢者だから……とは言えないよな。

 とりあえず、適当にごまかしとくか。


「筋トレだ。筋肉は全てを解決するからな」

「は、はぁ」


 どうにか納得してくれた……のか?

 怪訝な表情をしているから定かではない。


「とにかく、俺はレミリオン魔法学園の受験に申し込みしなければならない。すまないが、ここでお別れだ」


 すると、ユリは不思議そうにする。


「え、確かに一般の方も受験することはできますが……。一般人が使える魔法では少し厳しいかと……」


 やっぱりそうか。

 事実、平民は下級魔法しか扱えないらしい。


「大丈夫だ。それも筋トレでどうにかなっている。言っただろう、筋肉は全てを解決すると」

「すごいですね……! 興味深いのであとで話を聞かせてください!」


 興味を持たれたらしい。

 しかし、彼女はあとでと言ったな。


「実は私もここを受験するんです。でも……自信がなくて。私、貴族なのに魔力量が少なくて弱いんです。だから親には嫌だとギリギリまで反抗したのですが……」


 だから俺と同じように、期日ギリギリにここにやって来ているというわけか。


 そして、試験に受かるかどうか不安なのだな。


 しかし、彼女を見ているとどこか不憫で仕方がない。

 男に襲われるし、無理やりしたくもない試験をさせられるし。


「よし、分かった。手を出してみろ」

「? 分かりました」


 募集要項に書いてあったのだが、ここは合格すると寮で暮らすことになるらしい。

 なら、彼女に力を与えて合格させ、親元を離れさせてあげよう。そして、なにかあった際も、自分で対処できるように。


「〈魔力贈与マジック・ギフト〉」


 ユリの体に、俺が持つ魔力を流し込む。

 パッと、彼女の手のひらが明るくなり、


「あ、あれ。急に力が湧いてきました! これって一体!?」


 もちろん答えは決まっている。


「筋肉パワーだ」


 やはり困惑するユリ。


「……ありがとうございます。しかしいいんですか? 私に、えっと、筋肉パワーを与えても」

「問題ない。俺にはまだ筋肉パワーが残っているからな」


 別に与えたのは微々たる魔力だ。

 それに、一日も経てばすぐに回復するから一切問題ない。


 そして、俺たちは学園内に入り、受付を済ませる。

 想定はしていたが、ユリと俺とでは担当教師の対応が違った。


 まあ、それは仕方がない。

 実力で示せば問題ないだろう。


「それじゃあ、明日正午ちょうどにここへ来い」

「分かった」


 向こうが威圧的な態度で来るのだから、俺も敬語は使わなくて構わないだろう。

 さて、今日は金もないし野宿かな。

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