しっぽ

高黄森哉

三階から見える景色

 三階の窓から見える景色、グラウンドには、水溜りの水面が鏡のように、秋の高い高い、空を反射している。こんなことをしているだけで、青春が終わってしまうような気がしてならなかったが、とりたててこれ以上、することはなく、だから退屈なのではないだろうか。風も吹かなければ、雨も降ってこない、声を掛けられないし、足音も聞こえない、どうしてこんなにも本物の学生生活は、起伏が無いのだろう。今まさにそこに、青春の感動する、お話の始まりのしっぽが、あるのかもしれないが、僕が掴むことは、不可能のように覚えた。せいぜい、取り逃がしたことに、十年後くらい先に気が付くのが精一杯で、この瞬間にその兆候を発見するのは、仕組みとして発生しえないのだと。

 

 それが違ったようで、僕が後ろを振り返ると、視界の端っこ、青春のしっぽが消えていく。ピンク色をしていてミミズのよう、ヒトみたいに体毛が無くて、グロデスクな、ネズミのしっぽ。それ所謂、青春の尻尾。


 右端に消滅したので、右に続く廊下を見渡したが、人っ子ひとりいない。そのまま取り逃がして、後悔するのが嫌で、そうすれば一生、取り返しがつかない未来がはっきりと見えるので、僕は全速力で走りだした。


 階段を下ったと目星をつけ、人混みを突っ切る。その時に、廊下を走ってるおかしな人だと思われたが、僕はかまわなかった。かまうものか、恥という自分の中にしかない幻想を捨てた、報酬が青春だ。冴えない、とても大人とは思えない、大きな人の言っていた、さわぐことは虚勢だという説も真っ赤な嘘で、騒ぎ恥をかくことが勇気なのだ。その説の正体は、勇気がなくて、足踏みしたまま、春をお終いにしてしまった、経験不足敗者の願望でしかない。若さの愚かさを肯定できない人間は、例外なく愚かであり、その遅れてやって来た愚かさは、遅れてきたがゆえに、腐敗してとても使い物にならない。愚かがゆえ、その事実にも気づけない。その根拠なんて、ありふれ過ぎていて、いらない。


 学校の端っこに付いた時、僕は、泣きそうになった。行き止まりだ。多分、しっぽは、上に向かったのだ。諦めて後ろを向くと、しっぽは、視界の端にふっと消えた。青春は、まだ僕を、見捨ててはいなかったのだ。よかったと安堵する。


 走り出したら、止まらない。既に授業が始まった教室の列の横を、疾走し先生に怒られる、止まらない。職員室の机を、スキップの要領で飛び越える、止まらない。二階から飛び降りて、グランドに出る、止まらない。緑のカーテンを制作するために垂らしたかもしれない、あみあみを伝って、屋上に出る、さすがに止まる。


 屋上に青春は、いそうでいなかった。またもや、取り逃がしたのだ。あれで最後だった。『僕の青春は、あれで最後でした!』。今度、こそ泣いた。


 大粒の涙を、学生服に吸わせていると、青春が、情けをかけてくれたのか、僕の肩を叩いてくれた。滲んだ視界の端に、再びしっぽを見つける。僕はうれしくてうれしくてまた泣いた。うしろに回ったのかもしれないと思い、後ろを振り返ると、視界の端に消える。ぐるぐるぐるぐると、何度も何度も回転して、ようやく尻尾がいったい今まで、どこに潜んでいたのか、知った。上体を捻って、背後を確認すると、やはりそうだ、自分のお尻に青春の尻尾が生えていた。


 このなんでもない日々こそが、何事にも代えがたい青春で、気だるさの中に、緩さの中に、締まらない物語の光が、燦然としていた。秋の寒さに吠えると、息は白く、靄になった。白い霧の儚さが、僕の未来の濃度を、暗示しているようだった。それでも、それはそれで良かった。大切な時期に、愚かになり切れてよかった、身体の芯からしみこむようであった。


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しっぽ 高黄森哉 @kamikawa2001

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