第50話 欲の魔女⑧

 欲の魔女は唇を震わせ語り出す。


「だって、私は魔女なのよ、魔女は畏怖される……怖いの、怖いって言われる、そうゆう存在なのよ……だから、魔法を使えない人間と一緒に暮らすなんて不可能よ。魔法を使えない人間にとって、魔法を使える私達は恐怖の対象でしかない、正体を明かして、今まで通りにできるなんて本気で思ってるの?」

「それは……」


 出来るとは思わない、それはこの世界に来た時から分かっている。


「だから!」


 魔女は言葉の勢いのまま、ルルルンに詰め寄る。


「私と一緒にここで暮らせばいい、そうすれば人間達と関わる事もない、静かに暮らせる、貴方がいれば私だって孤独じゃない、だからこの際見た目が女でも構わない!だから私と一緒になってよ!」


 きっとこの世界の人間全員がライネスのように理解してくれるわけじゃない。常識レベルで浸透している魔女への差別意識は簡単に変えられない、そんなことは前の世界で吐きそうになる位見て来た。


 ルルルンは思い、考える、この世界にとっての魔女とは、魔法とはいったい何か。

 溝は深いのは間違いない、どうにもならない事なのかもしれない、しかし、ルルルンの脳裏にライネスの顔が浮かぶ。


「ライネス……」


 ライネスは理解してくれた、魔法がイコールで悪ではない事を。対話をすれば分かりあえると自分が証明したではないか。

 ルルルンは諦めの言葉を握りつぶし、魔女に思いをぶつける。


「魔女が怖いなんて、実際に会って話せば変わるかもしれない」

「キレイごとじゃんそんなの!なまじ力があると頭がお花畑になるの?」

「聖帝騎士団にも話せば分かる奴がいる、だから」

「そんな小さな話をしてるんじゃない!!あなたは何も分かってない!」

「分かってないけど、それでも理解してくれる人はいるって事実を知って欲しいんだ!」

「それでも、魔女が悪ってレッテルは無くならない!!」

「それでも!!!!俺は、お前の事を悪い魔女だなんて思えない!」


 その一言に魔女の表情が変わる。


「なにそれ、貴方は普通の人間じゃないでしょ!!同じ立場だからそんな……そんな事言えるだけ!!!私に悪意が無くても、魔法で誰かを傷つけてきた、世の中はそれを許さない」

「自分を守るためにやった事だろ?」

「そんなの証明できない」

「ちゃんと話せば分かってもらえる」

「ただ結婚したいだけの発情女でも、私は魔女なの!魔法が使える女は許されない!!世界はそう思ってくれない!」

「世界がそうでも、そんなの俺には関係ない!お前は魔女だとしても悪じゃない!」

「あなたには関係なくても、世界はそうならないって話をしてるの!!!」


 2人の思いは平行線を辿り、結びつかない、そもそもの考え方、価値観が違うのだ。あまっちょろい希望だけを口にするルルルンに魔女の怒りは収まらず、捲し立てるように言葉を吐き出す。


「世界は良し悪しで魔女を判断しない、世界の理を乱す存在は悪、生まれ持った力は邪悪なものなの、異質なの、この世界の人間じゃない貴方には理解できない!できる筈もない、望んでいない力のせいで男を愛する事すら許されないなんて、そうゆう、そうゆう風にこの世界はできてるのよ!!」

「そんなこと」


 ルルルンの否定の言葉に被せるように、魔女は続ける。


「わかる?魔女である事は呪いなの、生まれた時から私はずっと差別され、嫌悪され、憎まれ続けた!私は何もしていないのに!魔法が使えるだけで、そうだった!!これを呪いと言わなくてなんて言うの?ねえ?呪いじゃない!こんなの、私はずっと違うって言ってきた、他の魔女とは違うって、ずっと、ずっと!でも……」


 魔女は思い出す、かつて自分が受けた仕打ちを、自分のせいで両親まで差別され、結果自分は捨てられた記憶を、悪い魔女かそうじゃないかなんて重要ではない。


「どれだけ叫んでも、世界は私の言葉を聞いてくれなかった……」


 魔女は悪なのだ。決まっている事、自分はそういう存在で、これからもずっとそうなのだ、だったら魔女らしく悪であればいい。それでいい、今までだってそうしてきた、だからこれからもそうするだけ、魔女は呪いなのだから。


「私は、ずっと、呪われた悪の、悪の……魔女なのよ!!」


 強い語気で言い放たれた言葉のはずなのに、それはとても悲し気で……。


「だったら」


 彼女の思いを否定する。


「なんでそんな顔するんだよ」

「なにが!?」

「「悪の魔女だ」なんて、そんな顔して言う事じゃないだろ……」


 彼女の言葉を受け止めたルルルンは、正直な思いを伝える。世界に絶望している人間の顔じゃない、声じゃない、それは見た事のある。


 かつてヨコイケイスケの手から零れた、救えなかった人達の顔だった。


「そんな顔?あなたを脅迫して楽しんでるだけよ、勘違いしないで」

「自分の事、魔女だなんて、そんな顔で言うなって言ってるんだ!」

「なにを?」



 ―――――そうだ、そんなことは分かってる、答えは最初から出てる。



『最初からそのために、世界一の魔法使いになったんだ』



 ルルルンは彼女の手を取り、無理やりに自分の方へ引き寄せる。

 不意をつかれた彼女はバランスを崩し、ルルルンの胸へ顔をぶつけるように倒れ掛かる。


「え?」


 突然の行動に対応できない欲の魔女を強く抱きしめ、ルルルンは力強く告げる。


「俺と一緒に来い、俺が必ず、必ず!魔女とか魔法とか、そんなことで差別されない世の中を『俺が』作ってやる!!」

「!?」

「そんなくだらない価値観、絶対に俺が変える!!約束する!!絶対だ!!」


 それは、ルルルンの、ヨコイケイスケの生きる意味、くだらない世の中の格差を無くす!魔法を人が喜ぶ事の為に使い、世界を魔法の力で発展させる。そのために会社を作り、少しでもその目的を果たすため、自分は努力してきたのだ。

 目の前に、その差別に目をつむって諦めている人がいれば、それに手を差し伸べなくて何が格差を、差別を無くすだ!何が人の為の魔法だ!!

 ルルルンは、欲の魔女の「世界の仕組みに諦めている」そんな目を見て、勝手にしろと突き放すことはできなかった。


「ちょっと……なんで……え?」

「だからもう、そんな顔するな」


 ルルルンの胸の中、妖艶な雰囲気は霧散し、顔を真っ赤にした魔女と呼ばれた女性は、少女のように激しく狼狽していた。


「それって結婚?」

「違う!」


 そこはちゃんと否定した。

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