第49話 欲の魔女⑦
一人動揺するルルルンに、欲の魔女が「好意を抱く異性がいるか?」という直球な質問の答えを催促する。
「ねぇ答えて?好きな人いる?」
「好きな人は……」
なぜか言葉が詰まる、口から出る言葉は決まっているのに。
「いない」
「だったら!」
「でも俺は『女』だ!」
いないの言葉に、明るい表情を見せた魔女の言葉を遮るようにルルルンが間髪入れずに断言する。
びしっと手を突き出し、自分は女アピールをするが、欲の魔女はその手を優しく握り、自分の胸に持って行く。
「ちょっとぉ!!!???」
掴んだ指と指のあいだから肉がこぼれる、柔らかなそれは、ルルルンの冷静さを破壊するのには十分であった。
「あっ……」
「うぇえぁ!」
甘い声に驚き、慌てて胸から手を放すが、ルルルンは顔を真っ赤にして、豊満な胸を隠す事のない魔女と距離をとる。
「あれ?女なら、恥ずかしがること……ないじゃない?」
「いや、だから、女でも恥ずかしい人だっている……だろ!」
苦しい言い訳をする魔法少女に、魔女は追い打ちをかけるように。
「それにあなた」
欲の魔女はルルルンを指さし、想像していなかった言葉を投げる。
「この世界の人間じゃないでしょ?」
それはあまりにも意外、意外すぎる一言で、ルルルンの思考は一瞬停止する。
「な??」
「うーん、そう!別の世界から来た異世界人って感じでしょ?」
ルルルンの素性をあっさりと言い当てる。あまりにも核心をつくその一言はルルルンを激しく動揺させる。
「……す、すごい想像だな、異世界とか、そんなわけないだろ?」
隠し切れない動揺は表情で見て取れる、話題を逸らす話題をフルパワーで思案するが、思いつかない。そんなルルルンなど構う事なく魔女は話題を続ける。
「そうねぇ、別の世界で貴方は男で、その世界では優秀な魔法使いだった、って感じじゃない?」
「なんでそう……思った?」
「観察とほんの少しの勘」
「そんなので分かるのか?」
「喋り方とか仕草とか、全然女のそれじゃないもん、あなた嘘下手すぎぃ」
出会って僅かな時間で、ここまで見透かされるものなのか?魔法を使った形跡もない、自分の魔力感知を潜り抜けることは不可能なはず、本当に観察と勘で正体を看破したのだとすれば、この魔女は相当な切れ者である。
自分の落ち度には全く触れずルルルンは欲の魔女に対して最大級の賛辞を贈る。
ふざけた雰囲気で見失いそうになっていたが、改めて目の間の女は魔女なのだと、ルルルンは再認識する。
「上手に人間世界に溶け込んでるって思いこんでるみたいだけど、この世界からしたら、魔女だからね、貴方」
「……自覚してるよ」
「あ、異世界のとこはもう否定しないんだ」
あっさり認めるルルルンに、フーンと鼻をならして魔女は姿勢を正す。
「しない、もうこうなったら対当の立場でお前と向き合う」
「じゃあ、やっぱり男なんだ」
「……そうだ」
ルルルンは覚悟を決め正体を明かす。
「今は色々あって、こうだけど、元々は男だ」
「むふふふぅ、やっぱり!すごいじゃん、私!私すごい!見る眼ある!」
魔女は自らの判断に自画自賛を送り一人で盛り上がっている。
「魔法だけじゃなくて、男だって事も隠してるんだ」
「言う必要がないし、言ったところで妄想にしか思われない」
「自分の素性も、魔法が使える事も隠して普通に暮らしてるんだ」
「そうだ」
「なんでそんな事するの?」
魔女は食い気味にルルルンに問いかける。
「なんで?魔法が使えることが分かれば魔女扱いされるだろ?」
「別にいいじゃん、そんなの貴方にしてみれば雑音でしょ?」
「雑音って……」
「だって、バレたところで、騎士団と敵対してめんどくさいってだけじゃない」
「いや、世界の悪みたいに扱われるのは」
あっけらかんと何が問題なのかと、魔女はルルルンの言葉を否定する。
「あなた、隠れてヒーローごっこをしたいの?こっそり世界の敵である私達魔女を倒して回るの?それで良い事をしたって、えー!あなただったの!すごーいって褒めてもらいたいの?」
「違う」
「じゃあお金が欲しいの?地位が欲しいの?魔法を使える事を隠して、幸せな生活を悠々自適に送りたいの?」
つらつらと魔女はルルルンの人間性を測ろうと、質問を続ける。
「違う!」
その言葉に嘘は無かった。
「じゃあやっぱり……あなたも結婚したいの?魔法が使えたら魔女扱いされて結婚できないもんね、あれ?でも男か?」
「いや、それは絶対違う」
そこはきっぱりと否定する。
「じゃあ何のために?隠し事をしてまで、普通の人間に紛れて生活をしてるの?」
「お前だってこそこそしてるだろ!」
「私がこそこそしてるのは、結婚したいから!以上」
「ぐぅ!」
言い返せない、ルルルンの言葉には嘘はない正体は隠すべきだ、その考えは間違いではないと考えている。しかし、そこに信念があるかと言えばそうではない、漠然としている。この世界に対して、漠然とした思いしか持てていない。だからこそ、正体を明かすわけにはいかないのだ。
「俺はまだ、この世界に来て数ヶ月しかたってない、ハッキリ言えば、今はこの世界を見定めてる状態だ」
「偉そうに、上から目線ね」
「自分の力を自覚してるからこその判断だ」
「魔法が使えるのに、なんでそんな回りくどい事しちゃうの?魔法で記憶を全部書換えちゃえばいいのに」
「記憶操作の魔法は完璧じゃない、大きな書換えは、時間が立てば必ず戻る」
魔法は万能じゃない、その場を取り繕うのであればそれでいいかもしれない、しかし、この世界で生きると決めたからには、安易な選択は避けたい。
「魔法の力だけでは世界は変わらないって知っているからだ」
ルルルンは己の無力さを認識している、どれだけ優秀な魔法使いだとしても、人の根本を変える事は難しい、無理に力で押さえつければ必ず反発が起こる、それでは何も解決しない、ルルルンが望むのは対話による解決。
だからこそ、魔女への偏見がこの世界の常識ならば、その常識を覆す、あのライネスが理解してくれたのだ、せめて自分に関わる人達だけでもと、ルルルンは自覚ある薄っぺらい理想を語る。
「だからこそ、今はまだこの世界の人間達と共に暮らしていきたい、自分の立ち位置がはっきりするまでは、余計な混乱をこの世界に与えたくないんだ」
「綺麗事だねぇ」
「そうだとしても、今は自分の出来る事をやるだけだ、目の前の救える人達を救うのが、今の自分の役目なんだと思ってる、そのためにこうやって君と対話しにきた」
この数ヶ月で知り合った人たちの優しさや、暖かさ、抱えている悩みや、世界の歪み、全てを救えるとは思っていない、でも、自分の手が届く範囲だけでも救いたい。ルルルンはそう考えていた。そしてそれは、ライネス達だけはなく、魔女である目の前の女性も例外ではない。
「でもさぁ、もしあなたの正体が魔女だってバレたらどうなっちゃうのかな?」
「脅す気か?」
「正体を知っても周りのみんなは貴方を普通の人間として見てくれる?」
「それはわからない、なんでそんな事をする?なんのメリットもないだろ?俺が記憶魔法を使えるのを知ってるのになんでそんな事?」
「ただの嫉妬よ!!」
むくれた顔をして魔女はルルルンにそっぽを向いた。
「なんだそれ……」
「魔女のくせに、普通にして、普通に人間扱いされて、なんなのよ」
魔女は拳を強く握る。悔しいのか、その握る力は目に見えるほど強く……震えていた。
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