第42話 逢引?

 ルルルンは、ライネスにぐいぐいと手を引かれ、マギリアの街を歩く。

 事務所候補の物件を二人で周り、あれやこれやとやりながら、何件か内見するも結局決定的な感触は無く、予算に見合う候補先は決まらなかった。


「やっぱり一番のネックはお金だなぁ……」

「大体の相場は分かったのだけでも進展だ、あとはその目標に向けて頑張るだけだからな」

「起業の道は中々遠いねぇ」

「地道に頑張れ、私でよければ休日が合えば付き合うぞ」

「え?それ、超助かるよ」


 実際土地勘があるライネスがいると、かなり助かる。ルルルンにしてみると、不動産屋で与えられた資料の場所を探すのだけでも一苦労なのだ。

 焦る話ではないが、分かりやすいお金という問題で動きだせないもどかしさに、ルルルンはどうしたものかと天を仰ぐ。


「まあ、のんびり行こうケイスケ」


 ルルルンはライネスから意外な一言をかけられた事に少し驚く。


「ライネスからそんな風に言われるとは思わなかったなぁ」

「そうか?私はそんなに生き急いでいるように見えるか?」

「いや、そこまで言ってないだろ」

「ケイスケの顔にそう書いてあった」

「ライネスの場合、人一倍努力してるって言う方が正しいかな」

「上手い例えだな」


 初めて出会ったライネスは、余裕が無い印象というのがルルルンの本音だ、それこそライネスの言うように、生き急いでいるような激情が感じられたが、交流を深めてからはそういった印象は少しずつ薄まっている。ライネスの中で魔女についての考え方が変わったからなのか、ルルルンの影響なのか、自分自身が魔法を習得したからなのか、彼女の中で何か変化があったのは間違いないのだが、それはまた別の話。


「ライネス様~」


 小さな子供がライネスに駆け寄ってくる。


「私ね、最近剣のお稽古を始めたの!」

「そうか、それは素晴らしい……」


 ライネスは嬉しそうにその子の頭を撫でる


「ライネス様みたいに強くなりたいから、毎日剣を振ってるの!!強くなってみんなを守りたいから!!」

「手を見せてくれるか?」

「はい」


 少女の手は剣の素振りをしているのか、多くのマメができていた、ライネスはその手のひらにそっと手を添える。


「素敵な手だ、君はきっと強くなれる」

「ほんとに?」

「本当だ、家族を守るため、訓練を怠るな」

「はい!!!」


 バイバーイと少女は手を振り家族の元に戻っていく、家族は会釈し、ライネスはそれに応え手を振る。


「イケメンすぎない?」

「なにがだ?」

「いや別に」


 傍から見れば、本当にただのイケメンでしかない、美しい顔立ち、振る舞い、全てが完璧だ。


「ライネス様、こんにちわ」

「こんにちわ」

「ライネス様ごきげんよう」

「ごきげんよう」

「ライネス様」

「ライネス様!!」


 二人が歩いていると、街の人達はライネスに挨拶をしたり、感謝をしたりと、とにかくよく声を掛けられる。ライネスがいかにこの街にとって重要で、尊敬される存在なのか、改めてルルルンは実感する。


「どうした?」

「あ、いや、ライネスはやっぱりすごいなって」

「別にすごくない」


 ライネスは謙遜するが、自分が認めているすごい奴が、やっぱりすごい奴だと実感できることがルルルンには誇らしかった。


「こんな風に一緒に歩いた事なんかなかったし、改めて知るライネスのすごさって言うか、みんなに信頼されてるんだなぁって」

「そうだな、信頼か……確かに信頼されているという事は、誇らしいと思う、我々のやっている事への正当な評価なんだろう……だが半面、それを裏切ってしまえばその信頼は地に落ちる、一瞬でな。私たち騎士団の信頼は、勝ち続けなければ支えられないいびつな物なんだよ」


 その話を聞いて、ルルルンはかつての自分を思う、世界一の魔法使いと期待され、期待され、世界に持て囃されたが、魔法が使えなくなった瞬間、その期待は裏切りに変わり、世界からさげすまれた。世間とは悲しいかなそんなものだ、だがそれを理解してなお、ライネスは世界のために職務を全うする。ルルルンはその意気を心底尊敬し、応援したいと思っていた。


「なあ、ライネス」

「なんだ?」

「俺、魔女の件関わらないって言ったけどさ、もし関わったら怒るか?」


 思ってもいない事にライネスは面食らう。


「どうした?なにか心境が変わったのか?」


 あー、と言い淀むが、ルルルンは話を続ける。


「この前のシアの件でさ、魔女の眷属が俺を明確に狙ってきたんだよ、魔法の事がどうもバレてるっぽい」

「そうか……カインからの報告を聞いて、そうじゃないかとは思っていた」

「ライネスと初めて会った時に懲らしめた眷属が、魔人機の鎧を着てカインと戦っていた、あいつが俺の魔法の事を魔女に報告したんだと思う、認識阻害魔法をあいつにはかけていなかったから」

「そういうことか」

「魔女に目をつけられたんだろうな」


 神妙な空気が二人を覆う。


「シアを巻き込んでさ、これはまずいなって思ったんだ」

「気持ちはわかる」

「含みあるね」

「その件を踏まえても、ケイスケの姿勢としては「魔女討伐はしない」でも自分の周りに迷惑がかかるのは望むところではない……だから、対話を試みたい、だろ?」


 全てお見通しなのか、ライネスはルルルン考えを代弁する。


「迷惑かけたくないから、個人的に魔女と会って色々と話しをしようかと思ってる」

「できる相手ではない」

「俺は……そう思わない、この前来た魔女に近しい眷属は少なくとも会話する余地があった、魔女側にもなにか思惑がって、それが行動原理になってるはずだ、じゃなきゃ俺をわざわざ狙ったりしないだろ?」

「それでも賛成はできない」


 そう言われると思った。


「魔女討伐、本当にやるのか?」

「!?」


 思いがけない言葉に、ライネスが驚いた表情を見せる。


「何故それを知っている?」

「あー、たまたまね」

「ミーリスか?まったく……」

「最初に疑われるとか、どんだけ信頼ないんだよミーリス」


 はぁ、とため息をつくが、ライネスは隠すことなくルルルンの目を見据える。


「ここ数日、街で【欲の魔女】の被害が出ている」

「欲の魔女?」

「お前にカインを付けたのは、その件もあったからだ」


 初耳であった。ルルルンは驚き、ライネスに確認する。


「ケイスケが狙われてた一件が終わった今もなお、街で魔女被害が出ている」

「眷属じゃないのか?」

「違う」


 ライネスは明確に否定する。


「言い切る証拠は?」

「魔導器が使用されれば必ず痕跡が残る、だがその形跡がない、被害にあった男性は全員魅了の魔法がかけられていて、未だに意識が混濁している状態だ、それと、例外なく被害者は魔女についての記憶を失っている」

「記憶の改ざん……絶界の魔法だな」

「前ケイスケが見せてくれた魔法に近いと思う」


 記憶の改ざんや魅了の魔法は絶界魔法に位置する。超界を超える魔法、この世界の魔法の価値観からすれば、魅了魔法を使う=眷属とは考えられない。


「目的は?」

「分からない、被害にあっているのは全員男性というだけで、共通性は何もない」

「無差別に魅了してその後に記憶を消してるって事?」

「分からん、欲の魔女は昔から行動に謎が多い」


 『欲の魔女』この世界に存在する4人の魔女の一人。目立った殺戮行動などはなく、魅了魔法で他人を操る、目立つ殺戮はないが、目立つ行動が多い、目的は不明の謎が多い魔女である。


「なるほど、それで聖帝様に討伐を命令されたって事ね」

「命令ではない、神託だ」

「で、どうするの?ほんとに討伐って話になるの?」

「それが神託だ、変更はあり得ない」

「そうか……まぁそうだよね」


 この世界にとって魔女は敵、討伐の必要があれば聖帝騎士団が動く、それがあたり前の流れなのだ。


「いつ頃?」

「それは答えられない、近く行われる予定だ」

「居場所は分かってるのか?」

「詳しくは答えられないが、おそらくの場所は分かっている」

「おそらく結界魔法で隠されてるよ」

「そのことも認識している、あたりのついている箇所を4大隊で虱潰しに探す」


 自分なら直ぐに見つけられるのに、そう心の中で呟くが、ライネスにとって自分たちで決着をつけたい問題なのだろう。無粋な真似は慎むべきだと、ルルルンは何も言わずライネスの話を聞く。 


「後は騎士団が全力で見つけるだけだ」

「じゃあ、すぐにカチコミかけて戦いになるって訳じゃないんだな」

「発見次第、大隊で討伐に向かう、なんだカチコミとは?」

「そっか、すぐには騒動にならないんだな……」


 ルルルンにとって、討伐が今日明日ではない事が分かれば、情報としては十分だった。


「ケイスケは私たちを止めないのか?お前なら大隊相手でも簡単に妨害できるだろ?」

「止めないよ、てか止められない」


 ライネスの邪魔はしたくない、それがルルルンの本心だが。


「止めないけど、俺は俺で勝手に動くから」


 我は通すと宣言する。


「……ケイスケ」


 ライネスが何かを言いかけて途中で止めるが、ルルルンが察したのか間を置かずに言葉を続ける。


「大丈夫、ライネスにも誰にも騎士団にも迷惑かけないから」

「そうか……」


 話しながら歩いていると、二人が逢引を始めた広場に到着する。


「……それじゃあ、私は教会に戻る」

「うん」

「ケイスケ」

「なに?」

「……

「ライネスも」

「あぁ……」


 どこか寂し気で、どこか分かりあっているやり取り、二人の間に見えない駆け引きがいくつもあった。お互いがお互いを尊重しているが、思いや目的は違う、否定はしないが応援は出来ない。ライネスの口にした「無理はするな」が精いっぱいの言葉

 ライネスが去ると、ルルルンは意を決した表情で呟く。


「行くか」

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