嘘で塗り固める未来…

 朝食の時間。


 パンを口に運ぶエルナンドの隣でリリアは手を伸ばさずじっと座っている。


 その不思議な光景にビオラとレオナルドは目を合わせた。

「食べないの?リリア」

「エルが食べさせてくれるのを待っているのです」

「は?」


 それを聞いたエルナンドは嬉しそうにリリアの口にりんごを運ぶ。


「…………」ビオラは目が点になっていた。



 ◇◇◇


 リリアが少々奇妙ではあるが、エルナンドに甘える日々に満足した彼は婚約を発表すると言い出した。



 そして、バミリオンの王宮主催社交界を週末に控えた夜。


 二人は小さな劇場へ出掛ける。


 馬車の中リリアはじっと虚ろげにエルナンドを見つめる。


「リリア おいで」

 エルナンドの胸に頭を預けるリリア。

 しかし、その顔はしらけている。相変わらず痛々しい傷跡と打撲を隠す為ボレロを羽織っていた。



 薄暗い舞台の前にはひな壇になった客席。

 一番後ろに腰掛けた二人の隣には一人の男が座っていた。


「綺麗だね」とリリアに声をかけてくる。

「え、あ どうも」

 男はリリアに胸ポケットから赤い薔薇を一輪取り出し手渡した。


 リリアの頬に挨拶のキスをし、男はステージへ上がる。


 彼はここのフラメンコダンサーであった。


 ただのパフォーマンスの一環であろうそのやり取りが気に入らないエルナンドは、舞台には目もくれずカウンターへ行き酒を飲む。そこへまた女性陣が群がる。

 エルナンドは、宮殿の外では慣れた様子で得意げに女性と会話する。

 その話術でリリアに語れば少しは状況が変わったかもしれないが、もう後の祭りである。


 リリアは気にせず舞台を見ていたが、踊りを終えたダンサーが再び隣に座った。

 エルナンドが近くにいないこともあり、二人の関係など知らないダンサーはリリアの髪に触れたりしては談笑する。


 それを見たエルナンドが血相を変えて歩み寄る。また怒りを買ったようであった。


「何してるの。せっかく今夜は楽しいと思ったのに。帰るよ」


 と引っ張り出した。


「あんなことしたら、僕が怒るの知ってるでしょ」

「どうして怒るの?私が大切?」

「君は僕のものだからだ」


 宮殿へ戻り、エルナンドはそのままリリアを部屋へ連れ帰る。


「リリア ごめんなさいは?」

「私はエルと同じことをしただけ」

「なに その言い方。僕を否定してるの?」

「エルは私から何が欲しいの?」


「リリア 君は僕を好きでいてくれたらいんだよ」


「…………」


 無言で軽蔑したようにエルナンドを見るリリアはまた捕まれお仕置きを受ける。


 しかし、涙一つ流さずリリアはうっすらと笑みを浮かべた。


「ごめんなさい エル。エルに嫉妬してほしかったの。他の女の人と楽しそうにして欲しくなかったの」


 そんな言葉を聞いたら、やっぱりエルナンドは泣きながらリリアを抱きしめた。


「ごめん。リリア。もうしないって言ったのにごめん」


 リリアは毎度甘えては、良からぬ行動をしてみたりして怒らせていた。


 その繰り返しに、依存したのはエルナンドであったようだ。




 ◇◇◇


 そして迎えた王宮社交界


 ビオラはリリアに来賓を迎えながら耳打ちする。


「あんた、本気?正式に婚約者になるの?」

「私はもう嘘を繰り返すのはやめます」

「……なに嘘って?」

 ビオラは静かに語るリリアにゾクッとして首を傾げた。


 会場に来賓が集まり、生演奏が響く。


 壇上の王が見守る中エルナンドが緊張気味に前に立つ。

 ビオラが来賓に挨拶をする。

「エルナンド王太子の正式な婚約者となったリリアを皆様にご紹介しますわ」


 あえて、スチュアートの名を言わなかったが噂が知れ渡り会場はざわついた。


 エルナンドの前にリリアが歩いて行く。


 ビオラは音を!と生演奏者に合図を送る。ざわつく空気をかき消そうと早くダンスタイムへ無理矢理持っていこうとした。


 手を差し出したエルナンドの手を取らず、リリアは

 グローブと、羽織っていたボレロを床にはらりと脱ぎ落とした。


 そして、ドレスをぐいっと下げたのだ。

 背中が露わとなり、そこには痛々しい傷とアザ。


「私はヴァロリアで悪事を犯しましたが、そんな私でもエルナンド王太子の奴隷を続ける度胸はありません。嘘で塗り固める未来はいらない……」



 胸だけを腕で隠しながらまだドレスを下まで下ろそうとするリリア。


 異様な光景に会場は静まり返る。

 そこへコツコツと近づく革靴の足音が響く。


 リリアの背中からジャケットを掛けたのはレオナルドであった。


「前あげろ ドレス ほら」


 そのままレオナルドは、リリアの肩を抱き連れて行く。


 エルナンドは立ち去るリリア達を立ち竦み見ていたが、ざわつく人々のささやき声と視線に耐え切れず、ビオラに助けを求める様に怯えた目を向けた。


 ビオラは一人、場を取り繕うと手を叩くが、王は大して気にしていない。


「さ!皆―――――飲め!踊れ!!」と王が叫んだ。





 レオナルドはリリアを連れ自室へ戻り、鍵をかける。


「気が狂ったか?」

「どうして止めたのですか」

「もう 充分じゃないの。痛めつけるのもいい加減にしろ」

「エルをいじめすぎましたか」

「その背中、腕、心だよ!ほんと きちがいか」

「…………」

「今夜、このままリリアはレオナルドに寝取られました。はいっちゃんとドレスを着なさい」


「…………?」

「君と、エルの為だ。お前たちは怪物だ」


「…………でも」

「なに?俺を心配してくれてんの?大丈夫だ。既に俺はめちゃくちゃエルナンドに嫌われている。今更だよ」


「婚約破棄されたかったんじゃないの?」

「……ひとりで成し遂げたかった」

「……成し遂げる……目標か その志、他に向けようよ。ビオラに一言いうか、あの時フィリップ様についていけばよかったのに 悪女か馬鹿かはっきりしろよ」


 何も言わないリリアをブランケットで包んだレオナルド。

 リリアをブランケットごと抱きしめ「もういいんじゃない?」

 その感触はバミリオンに来て初めて感じた安心感であった。

 堪えながらもあふれる涙に震える肩。



 ドンドンドンドン


「リリア!リリア!居るんでしょ!ここに」

「ちょっとエル 止めなさい。とりあえず部屋に行きなさいっ」

「エルナンド様、落ち着いて」

「エルナンド様!!!」


 騒がしい扉の向こうを笑い、レオナルドはリリアをじっと見つめる。

「本当に寝取ろうか?……嘘だよ。こっちがお断りだ、こんな傷だらけの怪物。」

 と微笑む。その瞳は悪戯な物言いとは違い優しいものだった。

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