舞踏会当日

「ロザリーヌ様っ。そろそろお時間が……。どれをお召しになりますか?」


「あーーー」

 とロザリーヌは目を閉じ手を天に向け仰ぐ。

 キャシーは何事かと見守る。この世界に魔法使いや特殊能力を持つ者など居ないはずである。


「これにするわっ」

 ただインスピレーションに任せただけであった。


 ロザリーヌは緑のアンティーク調のドレスを纏い、髪はサイドにフィッシュボーンにし、エメラルドの髪飾りをつけた。


 舞踏会が開かれる広間には既にたくさんの貴族令息、令嬢で溢れていた。

 メリア騎士がロザリーヌを護衛し、来賓を出迎えに入口へ立つ。


「今宵は階段に近づかないでください。」

 と背後から小さく囁いたのはダミアン騎士。

「はいっ」


 ダミアンも何かと物騒なロザリーヌの周りを警護している。しかし肝心な主犯格が見当たらない。


「あれ、お兄様 リリアはどうしたのですか?」

「ああ、リリアは体調が悪いからと欠席した」とフィリップ王太子が疲れた顔で言う。

「…………」

「最初の曲だが、本来なら私とリリアが踊るが今日はシモン王子の為の舞踏会だ。ロザリー、シモン王子とダンスを頼む」

「はい。お兄様」


「それから……そのドレスはなんだ?」

「え?」

「あ、いやなんでもない。赤が似合うと思ったんだがな……。」

「あ……」


(赤?まさかあの大人っぽい赤はフィリップ様の……あちゃ。それにしてもリリアはどうしたのかな。シモン王子の紅茶の件……)

 ロザリーヌは薬師の店でちらっと耳に入ったリリア専属メイドのポルテが睡眠薬を買いに来た話を思い出していた。


 広間に戻ると、令嬢達がロザリーヌを囲む。


 珍しく一番に口を開いたのはマルチーヌであった。愛らしい丸顔に強烈なくせ毛の赤毛を今日はアップにしている。


「今日はグリーンで統一素敵ね。姉から渡されたのこのドレス。ありがとう。ちょっと小さいけど無理矢理着れたわ。気に入ったの。」


 妙にゴスロリの赤と黒を混ぜたドレスが似合っていた。


「え?お姉さんって?」

「ん?知らない?メリアよ。メリア タルテ」

「えーっ!!!」

「じゃメリア騎士は男爵令嬢?!ってこと?」

「そうなの。でもほら、令嬢なんてやってられっかってね。」

「そうだったの。メリは素晴らしいわ。強くて優しくていいお姉さんをもったわね。マルチーヌ ありがとう。ドレスたくさんくれて」


 二人が話すのに気づいたメリが勢いよくマルチーヌを摘んで行く。男爵令嬢である事を隠したかったのだろうか。


 だがそのすきに何食わぬ顔でロイスがやって来た。

 ロザリーヌは、誘拐未遂やパルル襲撃の真相を知らない。


「久しぶりだな。ロザリー」

 生理的に受け付けないロザリーヌは軽く挨拶をし去ろうとするも、ロイスはまた手を掴む。

「あの誘拐はお前をパルルの醜男に嫁がせないためだったんだよ」

「え?」

 振り返ったロザリーヌは、なにか話そうとしたがすぐにダミアンにより遮られる。


「ロザリーヌ様、こちらへ」

 とダミアンはロイスを睨み、ロザリーヌの背中に手を添え移動する。

「ロイス様とは関わらない方が宜しいかと」

「あ、はい」



「ロ ロザリーヌ王女」

 と前にシモンが立った。ダンスタイムである。

 手を取られ広間の真ん中へと歩く。

 それを見た来賓達はみな二人の結婚を意識する。


 ダンスが始まると照れを隠すようにシモンが話し出す。

「ロザリーヌ王女 ぼ 僕の その……贈り物は……えっと、ド ドレス……です」

「あ……すいません。送り主が分からず……白でしたか?ピンク?」


「ああそんなに……他にも。すいません 僕が自惚れていました……白 です」

「ああ ご ごめんなさい。また次の機会に是非……。」


「い いや気にしないで……はははは はははは」

 気にせずには居られない薄気味悪い笑い声であった。


「シモン様 本当にありがとうございました。守ってもらって、送っていただいて」


「あ いえ。必ずまた来てください。パルルに。」

「はい」


 ダンスの終わり、シモンはロザリーヌをそっと抱き寄せた。これが最初で最後の包容になどならない事を祈って。


 令嬢達の前に戻ると、ジャネットがすきっ歯で笑顔を向けている。

「あらっロザリーすっかりターゲット変えたの?第二王子じゃ物足りないでしょっ」


 パトリシアもシラケた顔で頷いた。

「私に譲ってほしいくらいよ。あの銀髪の王子様。ところで、微笑みの女神様は?」


 みなリリアが居ないのを不思議がっていた。

「ロザリーっ、清楚なふりして実は裏でしっかり懲らしめてるんでしょ。あー怖いわ。さすがロザリーヌ王女様。おみそれしました。」


「そんなことしないわ……。」



「ロザリー!ロザリー!兄上とは踊るのまずいでしょ。さっアンリーお兄様と踊ろう」

「……いえ、お兄様 是非こちらの御令嬢のお相手をお願いします」

「やだよ。なんでピンクのドレス着なかったの?」

「え」


(……この緑のドレスはじゃ誰から……まさかロイス……最悪)


 ロザリーヌは急に緑のドレスが不気味になったのと、リリアの様子が気になり広間を後にする。

 メリア騎士を探すも見当たらない。

 メリアは、ロザリーヌにロイスを寄せ付けないよう頑張っていた。




 仕方なくひとり出たロザリーヌ、リリアの部屋へ向かう途中ダミアンが付いてきた。


「ロザリーヌ様 どうかされましたか?」

「リリアが大丈夫か気になって。それにこのドレス……もしかしたらロイス様からかと……」


 その言葉にダミアンが急に声を張って言った。


「ロザリーヌ様にはその美しい瞳と同じ色がお似合いです」

「あ、ありがとうございます。そういうダミアン騎士も美しい緑の瞳ですね。私より深い色……」


 それでもまだ、きっと一番値の安いその緑のドレスの贈り主に気付かないロザリーヌにダミアンは続けた。

「すいません。私がこんなことを。メリからドレスが無いと聞いて……立場をわきまえず……」


「え……ダミアン騎士」

「…………」

「ありがとう。一番好きだから着たのです。このドレス……良かった」


 ダミアンはそう言ってホッとした様な笑顔をみせるロザリーヌに照れたように頭をかいて俯いた。


「あっリリア様の部屋に?」

「ええ、駄目かしら……」

「ではお供します」

「はい お願いします」

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