第4話 みんなの気持ち

 ■暫定4位

 タリス侯爵令息ニコライの場合


 ニコライはタリス侯爵家の3男として生まれた。

 茶色い髪と瞳を持ち、得意な剣術を活かして王都騎士団に入団したのは15歳の時。

 幼馴染でもあるロード侯爵の長女であるサラに婿入りし、ロード侯爵家を継ぐ予定だ。


 婚約者のサラは美しかった。

 水色の髪と瞳を持ち、顔立ちは可愛いと言うよりは美しいがしっくりくる表現だ。

 とても大人しく、時折冷たく見られがちのサラだったが、笑うと雪解けのように心を穏やかにしてくれる。

 そんなサラをニコライはとても気に入っていた。


 ニコライは貴族特有の美しい顔立ちをしており、日々の訓練により鍛え上げられた肉体は大層ご令嬢達に人気だった。

 沢山のお誘いはあれど、自身の婚約者よりも惹かれる令嬢が居なかったのが幸いし、彼は剣術に磨きをかける事に日々勤しんでいた。


 そんなある日、学園に転入してきた男爵令嬢を見た瞬間、頭が真っ白になった。


『何て可愛いんだ……』

 コロン嬢。

『名前まで可愛い』


 実はニコライ、小動物が大好きだった。

 屋敷では家族に内緒でこっそり子猫やうさぎ、リスを飼っていた程だ。


 それからニコライはコロンを観察すると言う名目で彼女の側に侍った。


 濡れた大きな瞳はまるで捨てられた子猫の様。

 フワフワのピンクの髪の毛は撫でれば最高の手触りで、小さい口で一生懸命食べる姿は、まるでうさぎだ。


『かわいい……』


 その可愛い唇が自分の唇に触れた時、ニコライは頭は沸騰するかと思った。


『かわいい、かわいい、かわいい、かわいい』


 ニコライは夢中でコロンの唇を吸った。

 それから程なくして、2人は深い関係になった。


 ニコライは覚えたての行為に夢中だった。

 周りに目障りなライバルがいたが、自分だけを見て欲しくて、そして早く2人きりになりたくて沢山のプレゼントを贈りデートに誘った。


 その間幾度となくサラから手紙が届くのだが、ニコライはそれどころではない。

 コロンの相手で忙しいのだ。

 小動物は寂しいと死んでしまう。

 幼馴染などいつでも会える。

 ましてや婚約者だ。婚姻すれば一生同じ家で暮らすのだ。


 手紙は開封されることなく机の隅に放っておかれた。


 コロンとの出会いから半年、ニコライは彼女と幾度も抱き合った。

「ああ、可愛い可愛い私の子猫」


 そして2人は今日も抱き合う。

 今のニコライは、頭の片隅にすら婚約者の姿は無かった。


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 ■暫定3位

 バハルト伯爵令息アイルの場合


 アイルはバハルト伯爵の長男として生を受けた。

 バハルト家は代々魔術師の家系で、アイルも例に漏れず魔術の才があり、将来は王国筆頭魔術師と噂される程の魔力を秘めていた。

 黒髪に黒い瞳。

 若干同年代の令息よりも小柄ではあるが、魔術を行使するのには特に問題はなかった。


 婚約は10歳の時。

 相手も同じ魔術師の家系であるシルベス伯爵家の令嬢ノエルだった。

 黒い髪と紫の瞳を持つ美しい少女。

 魔力の多い2人の子は、さぞ優秀な魔術師になるだろう。


 アイルとノエルは道を同じくする者同士、とても気があった。

『婚約者』と言うよりは『同士』と言う言葉がしっくりくる間柄で、お互い日々切磋琢磨していた。



 最近転入してきた男爵令嬢が珍しい光の魔法を使うらしい。


 そんな噂を聞きつけたアイルは、件の男爵令嬢コロンに近付いた。


 希少と言われる光魔法を行使する彼女に、アイルは純粋に興味を持ったのだ。

 その際ノエルには止めておいたほうがよいのではないかと忠告を受けたのだが、アイルは自らの探究心を止める事は出来なかった。


 側で見るコロンはまるで小動物のようにか弱く、同い年とは思えないほど童顔だった。

 アイルが光魔法に興味があると告げれば、コロンは惜しげも無く披露してくれる。

 貴族令嬢とは思えない気さくさとスキンシップの多さにアイルは驚いたが、それもしばらくすれば慣れた。

 いや、むしろ守ってやりたい、そう思うようになっていた。


 婚約者のノエルは同士でありライバルである為、常に同じ目線で物事を見ている。

 歳の近い女性に感じた事の無い感情にアイルはひどく動揺した。


 ある日、アイルはコロンに誘われるままに人気の無い校舎の裏庭を歩いていた。

 コロンはおもむろに振り向き、アイルの手を取ると突然自分の胸に当てた。


 むにゅっ

 突然の感触に、アイルは慌てて手を放そうとするが、

「私、アイル様の事が好きです。婚約者がいても構いません。1度で良いのです。どうかご慈悲を下さいませんか?」


 そう言うとコロンはアイルの手を制服の上からではなく、中に誘った。


 ぱくぱくと真っ赤な顔をしてアイルは動揺する。

 いかに天才魔術師の卵と言えど、このような形で女性を相手にしたことなど無かった。


 そうこうしている間にコロンの唇がアイルの唇に触れる。

「アイル様……好きです」


 アイルは何も考える事が出来なくなり、コロンを力任せに抱きしめた。

 胸に当たる豊満な感触。

 コロンは巨乳だった。

 そして婚約者であるノエルは微乳だった。


 アイルは初めての感触に下半身に熱がこもる。それからは何が起こったのか理解出来なかった。


 どちらかと言うとコロン主導の元、初めてを散らしたのはアイルだった。


 アイルはコロンにはまった。

 正確にはコロンの身体にはまった。


 今まで魔術の事しか頭に無く、勉強に明け暮れていたアイルにとって、天地がひっくり返る程の出来事である。


 勉強も手につかなくなり、ノエルとも疎遠になっていく。


 アイルは思った。

 これはきっと一過性の病気の様なモノだ。

 すぐにこの熱は冷めるだろう。

 そうすれば、また以前と同じ生活が戻ってくる。

 いつも通りノエルと魔術の勉強に励み、お互い更なる高みを目指す。

 きっとまた忙しくなるはずだ。

 だから今はまだ、この熱に浸っていよう。


 あれから半年。

 アイルの熱はまだ冷めない。


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 ■暫定2位

 カールド子爵令息ゾルンの場合


 カールド子爵の長男であるゾルンは、自分の婚約者であるカルディナ伯爵令嬢のリリが嫌いだった。

 何が気に入らないのか。

 その答えをゾルンは持ち合わせていなかったが、何かが気に入らなかった。


 家の都合で勝手に決められた婚約であるし、そもそも顔が好みでは無い。

 ゾルンの友達は、『あんな美人な婚約者がいて幸せ者だな』と口を揃えて言うが、ゾルンにはその意見に全く賛同出来なかった。


 あの女が美人だと?

 確かに良く見るとパーツは整っている方だとは思うが、顔を隠すように大きなメガネを掛け、いつも野暮ったいサイズの合わない土色のドレスを着ている。

 艶が無くパサついた髪に、何を考えているのか分からないうすら寒い笑み。


 真の美人と言うのは洗練された女性であるロキシー王女殿下やマリア様の事を言うのだ。

 リリが彼の方達に敵う訳ないだろうが!

 そもそも俺は年上が好みなのだ!


 ゾルンは母方の女顔を受け継いだ、絵に描いた様な色男だった。

 物腰の柔らかさと女性に対する細やかさ。

 彼のデートの相手は日替わりで、途絶える事を知らなかった。


 そんなゾルンにリリは会うと曖昧な笑みを浮かべてくる。

 そんなリリがうっとうしくて堪らなかった。


 俺に会えるだけでも感謝しろ。

 自分がもてないからって鬱陶しい。

 悔しかったら俺を虜にするくらい美しくなってみろ。


 リリ本人には言わないが、いつも心の中で彼女を罵っていた。


 伯爵家相手に子爵家から婚約解消のお願いをするなど到底出来ない事が、ゾルンにはとても口惜しかった。


 ある時、ゾルンはリリから婚約解消を望むような事をすれば良いのではないのか?と考えるようになる。


 そしてゾルンは噂の転入生であるコロンをターゲットにすると、彼女の側に常にいるように心掛けた。


 年上では無いが、顔もまあまあ好みだし、何より身体が素晴らしい。

 他の令嬢と違って慎みが無く、簡単に身体を開くのが特に魅力だ。


 自分も楽しめるし、彼女の取り巻きは高位貴族だ。あっと言う間に噂になるだろう。

 そうすればカルディナ伯爵の耳にも入る。

 婚約解消も時間の問題だ。


 それから半年。

 ゾルンの思惑通り、リリは自分から離れていった。

 特に婚約解消の話に進展は無いが、きっとそのうち叶うだろう。

 その日を楽しみに、ゾルンは今日もコロンに愛を囁くのだった。



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 ⬛コロンの気持ち


 コロンの母親は娼婦だった。

 ボリュームのある赤毛と豊満な身体を持ち、性格は豪快で大胆不敵であった。


 彼女の口癖は、

「手に入れたい男がいたら身体を使え。どんなにすました男でも、女の裸には敵わないもんさ。そうすれば贅沢が出来る」


 コロンは、小さい頃はその意味が分からなかったが、家に何人もの男が母目当てに訪れ、そう言う場面を見ている内に何となく理解するようになっていた。


 コロンが光魔法を使えるようになった15歳の時、男爵がコロンを養女に迎えた。

 コロンが最後に見た母の姿は、貰った金貨を数える後ろ姿だった。



 学園に転入してからもコロンは母の言葉を守り、気に入った男性がいたら直ぐに身体で落としていった。


 最初は何度か失敗したけど、やはり母の言う事は正しかった。


 気が付くと、コロンの周りには優しくて見目の良い男性が集まるようになっていた。

 気を良くしたコロンは、今日も一目惚れした男性に声を掛けるのだった。

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