第3話 発明品の真骨頂

「あら、どうやって使うの?覗くだけかしら?」

 ロキシーはしばしオペラグラスを眺めた後、レンズを覗きこんだ。


「ええ、そうですわ。オートフォーカ……自動焦点付きですので、通常の物よりも見やすいですわ」

「うわ~よく見えるわね。これだけでも十分価値があるのだけれど……でも特に変わった所は無さそう……あら?」

 レンズを覗いていたロキシーが、ある事に気付いて声を上げた。


「彼等の足元に赤くて太い糸が見えるでしょ?」

 マリアが解説する。


「ええ。コロン嬢のスカートの中から出ているわね。1、2、3、4本。その糸が彼等の……その……下半身に繋がっているわ」

 正確に言うと股間部分に。


「ええそうね。それともう1つ。彼等の額を見て下さいませ」

「額?……あら?何か赤い数字が書いてあるわ」


「持ち手の右上にボタンがあるでしょ?それを何回か押せば拡大出来るわ」

 ロキシーは言われた通りボタンを数回押す。

「あら、大きくなって見やすくなったわ。え~っとジンは6、ニコライ殿が4、アイル殿3、ゾルン殿2……これは何の数字かしら?」

 ロキシーはオペラグラスから目を離してマリアに尋ねた。


 マリアはふふふふと笑いながら辺りを見回し、瞬時に音声遮断の魔法を展開する。


「実はここに装着してあるレンズ、魔力を視覚化する事が出来るの」

 マリアはロキシーの手の中にあるオペラグラスを指差した。


「え!凄いわ!」

「今日陛下に献上した物は単に魔力の視覚化、分析する事の出来るレンズなのだけれど、これは私の都合で更に改良した物なのです」

「改良?」

「ええ、実は先程見えた赤い糸は、魔力の繋がりを視覚化した物なの」

「え!?」

 ロキシーは驚いた。

 当然である。

 普段人間が生活していて、魔力が繋がる事など殆ど無い。例外があるとするならば、それは身体を物理的に繋げた時だけである。


 ロキシーは再度彼等をオペラグラスで覗く。

 成程、彼等から出た赤い糸は全てコロンに繋がっていた。


 これは……。


 流石のロキシーも混乱した。

 詰まるところ、彼等は既にそのような関係にある、と言う事だ。

 彼等全てに既に婚約者がいるにも関わらず、である。


 ロキシーは、苦虫を噛み潰したかの様な顔でマリアを見る。だが当のマリアは、嬉しそうにほほ笑んでいる。


「何てこと……」

 ロキシーはソファーに力無く倒れこんだ。


 婚約者がいる身で他の令嬢とそのような関係に……。

 なんと嘆かわしい…。。


 王族としてロキシーはいたく彼等に失望した。


 彼らの婚約者が知ったらどう思うだろう。愛妾にするにしても、婚姻後にするべきものである。誰の目があるかも分からないこのような公の場で、婚約者そっちのけで愛を囁き深い関係になるなど言語道断である。


「あら?でも額の数字は何かしら?」

 はたっと思い出したかの様に、ロキシー顔を上げてはマリアに尋ねた。


 オペラグラスから覗いた彼等の額の真ん中に、それなりの大きさで赤い数字が書かれていた。


「良くぞ聞いてくれましたわ。何せこれは私が一番拘り抜いた所ですもの」

 マリアのあまりにも嬉しそうな顔に、ロキシーは若干の不安を覚えた。


「まずそのレンズに対象者、つまりコロン嬢の魔力を覚えさせます。方法はまあ追々」

 ロキシーは素直に頷く。


「すると対象者の魔力の繋がりが糸で視覚化出来るのだけれど、実は糸の太さにも違いがあるの」

「分かるわ。魔力の濃さの違いね」

「ええ。でも視覚でいちいち太さの違いを見分けるのがとても困難だから、分かりやすく額に数字で表すようにしたの」


「え、つまり……」

 ロキシーは嫌な予感がした。


「魔力の繋がりの濃さと言うのは、いかに対象者と心地良く交わったかによるから、まあ平たく言えば『対象者、つまりコロン嬢が思う、彼らの閨のテクニックランキング』ね」


 ニッコリとマリアは今日一嬉しそうな顔でほほ笑んだ。

「ちなみに回数とは比例しないわ」

「何てこと!」

 ロキシーは両頬に手を当てて項垂れた。


「後は数字と糸の色だけれど、相手方もコロン嬢を慕っている場合は赤色、拒否している場合は黒色に見えるようにしているの」


 つまりここにいる全員とコロンは両想いなのだ。なんとおめでたい!


 良く見ると、ロキシーの肩が小刻みに震えている。


「大丈夫?ロキシー」

 ロキシーには刺激が強すぎたかしら?

 マリアは項垂れたロキシーに声を掛けるが、

「ぷっ……ぷぷぷ……ジンが6だなんて……ぷぷぷ最下位……ぷぷぷ」

 どうやら笑いを堪えているだけのようだった。


「ロキシー。笑っていられるのも今のうちですわ」

「え?」

 顔を上げたロキシーにマリアがニヤリと笑う。


「ほら、ロキシーの婚約者、グランデ帝国皇太子、ガイア様の弟君であらせられる第2皇子のキース様が現れましたわ。そのレンズでじっくりと観察して下さいまし」

 ロキシーは不思議に思いながらも、自身の婚約者ガイアの弟であるキースをオペラグラスで観察した。


「……………………5」

 ロキシーはボソリと呟きうなだれた。

 テンションは駄々下がりである。


 キースの下半身には他の令息と同じようにコロンから赤い糸が続いており、額には無常なランキングが記されていた。


「テクニックって、兄弟で似るものなのかしら……」

 ロキシーはぽつりと呟いた。

 弟キースのせいで、兄ガイアはとんでもない風評被害を被っていた。


「気を落とさないで下さいませ。私の婚約者よりも上ではありませんか」

「慰めになっていませんわ。6と5なんて五十歩百歩です」

「確かに」

 2人は同時に頷いた。


「遊学にしてもはめを外し過ぎですわね。これはガイア様にご報告せねばなりませんわ」

 ロキシーはうんざりした顔で彼らに目をやる。


 この世界は、女性が自らピルを飲むことでのみ避妊が可能となる。

 つまり、完全にコロン任せでそのような行為を行っている事が見て取れるのだが、もし、万が一にでも子供が出来た場合、目も当てられない状況が待っている。

 避妊薬とて100%ではないのだ。

 何よりも血筋を重んじる王族と貴族達。


「もしコロン嬢がジンやキース様の子を身ごもってしまったら……」

 ロキシーはブルッと身震いする。


「そもそも身ごもっても、誰の子か分からないのでは無いかしら」

「……」


 ロキシーの瞳がすうっと細められ、次第に温度を失っていく。

 たった今、ロキシーの中でただの愚弟だったジンの存在が、完全に敵とみなされたようだ。


「こうなると、キース様の強制帰国もありえますわね。ロキシーの婚約に差し障りが無ければ良いのですが」

「何はともあれ父に相談してみますわ。その際には証拠の提出をお願いしますね。マリア」

 低く冷たい声でロキシーは言う。


「喜んで」

 マリアはしっかりと頷いた。


「それにしても彼女、半年前に転入してきたばかりだと言うのに既に6人と……」

 汚らわしい物を見るかのように、ロキシーはコロンに視線を向ける。


「あらロキシー、現時点の最下位が6だからと言って、合計が6人とは限りませんわよ。10や20がいらっしゃるかも知れませんわ」


 確かに、順位だけでは総勢何名いるのか分からない。


「ちなみにあれの総称は異世界語で『逆ハーレム』。略して『逆ハー』と言うらしいのだけれど、詳しく説明しましょうか?」

 マリアはロキシーに嬉々として尋ねる。


「遠慮しておくわ」

 長くなりそうだし。


「そう・・・」

 マリアは残念そうに呟いた。


「マリア、レンズを少し改良して総勢何人いるか分かるように出来ないかしら?」

 ロキシーはマリアにお願いする。


「え……何故?」

「何となく」

 それは単なる好奇心か、はたまた愚弟を徹底的に叩きのめす材料にするのか判断しかねたマリアだったが、ここは素直に頷いておくことにした。



 それからマリアはオペラグラスからレンズを取り出し、そこに描いている魔術の数式に改良を加え始めた。


「つまり全ての糸数を分母、太さランキングを分子へ……」

 ブツブツ呟きながら作業すること5分余り。天才と呼ばれるマリアに不可能は無い。あっという間に完成したレンズをオペラグラスにはめ込み、再度彼等を観察した。


「出来たわ」

 マリアは満足気に頷き、オペラグラスをロキシーに手渡した。


「流石天才ね」

 ロキシーは嬉しそうにマリアから受け取ると、再度彼等を観察する。


「うん。総勢7名」

 微妙ね。

 ロキシーは、何とも言えない表情を見せて笑った。


「それにしても面白いものね」

 マリアは感心したように呟く。


「何が?」

「殿方の身分が高い程に順位が低いのよ。これは偶然では無いでしょう」

「……確かに」

 彼等の中で一番順位が高かったのは、2位である子爵令息ゾルンだ。

 現時点での最下位は言わずもがな王族のジン、50歩100歩の次席も皇族であるキースだった。


「地位に胡坐をかいた傲慢さが見て取れるわ」

「確かに」

 ロキシーは頷いた。


 王族や高位貴族の令息は、ある程度顔が整ってさえいれば黙っていても令嬢が寄ってくるのだ。


「さぞ自分本位な行為なのでしょうね」

 ロキシーはぬるくなった紅茶を一口飲むと、大きく息を吐いた。


 ロキシーの婚約者も皇族だ。色々と思うところがあるのだろう。マリアは未来を憂うロキシーを慰める言葉を持ち合わせてはいなかった。


「しかし、彼等は総勢7名の兄弟がいる事に気付いていないなんて……将来国を背負って立つ方々なのに大丈夫なのでしょうか?」

 マリアは話題を変えることにした。


「え?彼等は兄弟では無くてよ?」

 至極真っ当にロキシーが言う。


「同じ方とナニが被った場合、異世界人達はそう呼ぶらしいの」

 マリアお得意の異世界人語録である。


「成程、7兄弟とはなかなかね。でもこうなったら俄然長男と末っ子が気になるわね」


 またロキシーの悪い癖が始まった。

 そう思ったマリアだったが、

「確かに……」

 今回ばかりは好奇心に負け、静かに頷いた。



「まあ、これできちんとした証拠が手に入りましたわ。陛下にお見せして、婚約解消をお願いする事にしましょう」

 マリアは嬉しそうにほほ笑む。


「徹底的にジンを潰しても良くてよ?」

 ロキシーは冷たく言い放つ。

 勿論マリアもそのつもりであったが、思わぬところでロキシーの賛同が得られた。


「ええ、そうさせて頂くわ」

 実はこのレンズ、映像を保存する機能も付いているのですわ。



「それにしても、やはり男性の下半身とは不思議ですわね」

 マリアはううんと唸りながら目をつぶって考え込むが、しばらくして名案を思い付いたとばかりに両手を叩いた。


「そうだわ!父と兄に聞いてみましょう!」


 何事も探求し、理解しなければ納得しないマリア。女性だけで話しているから真実が分からないのだ。きっと男性ならばその答えは直ぐにでも出るだろう。


「そうね。それは良い考えね。私も聞いてみるわ」

 ロキシーもマリアの意見に同意した。




 その後2人は意気揚々と帰宅し、男性の下半身事情と、マリアの立てた仮説を父と兄に尋ねると言う暴挙に出たのだった。


 彼等は何故か一様に涙目だったそうな。


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