幼馴染がかぼちゃの着ぐるみで不法侵入した話

月之影心

幼馴染がかぼちゃの着ぐるみで不法侵入した話

「何やってんだオマエ?」


 学校から帰宅して自室に入ると、ベランダへの出入口に幼馴染の乃愛のあが居た。


 いや、『居た』というのは正確な表現では無いな。


 頭にオレンジ色の帽子のようなものを被り、首の周りには緑色のギザギザした何か、体もオレンジ色の丸い着ぐるみ姿で、ベランダへ出る窓にいた。


「あ、暁斗あきとくん……ハッピーハロウィン……」


 乃愛は俺の顔を何か訴えたそうな情けない弱々しい笑顔で見て言った。

 あぁ、あのオレンジ色はかぼちゃで緑色のはかぼちゃのヘタか。


「お、おぉ……」

「ちょ、ちょっと……助けてくれないかな……」


 反応に困る俺と、身動き取れずに困る乃愛。


「ていうかホント何やってんだよ?」

「へ、へへっ……いやぁ……このガラス窓って勝手に閉まるの忘れててさ……」


 ベランダへ出る大窓は昔、開けっぱなしが多かった俺に業を煮やした親父が、色々工夫してバネの力で自動的に閉まる窓に改造していた。

 簡単な構造だしそんなに閉まる力が強いわけではないが、見る限り、乃愛はそのかぼちゃの着ぐるみのせいで手が窓に届かなくて開けるに開けられない状態になっていたようだ。


「もう子供じゃないんだからベランダ伝いに来るのは危ないから止めとこうって言っただろ?」

「だって普通に玄関から出入りって面白くないでしょ?」

「別に面白くなくてもいいから普通に玄関から入って来い。」


 俺はジタバタする乃愛を見ながら呆れていた。


「分かったから……とにかく助けてよ。」

「無断で俺の部屋に入ろうとした奴を何で助けにゃならんのだ。」

「いいじゃんか。私と暁斗くんの仲だろぉ?助けてくれないならとりーとするぞ!」

Trickトリックな!Treatトリートは『お菓子くれ』の方だ。」


 乃愛は少し涙目になってきたが、その表情と着ているもののアンバランスさが面白くて暫く眺めていたくもなってきた。


「因みにどんなトリックをしようとしてたんだ?」

「そ、それは言えないよ。言ったら面白くなくなるじゃん。」

「面白くなくていいけど、言わないならそのままにしとくぞ。」

「酷いっ!」

「人んちに不法侵入しようとする方が酷いわ!」


 乃愛が目に涙を浮かべて、窓に挟まれていなければそのまま俺に飛び掛かって噛み付きそうな顔になっていた。


「べ、別にヘンな事しようとしてたんじゃないよぅ。ただこっそり入って部屋の真ん中に鎮座しとこうかと。後は暁斗くんが帰ってきてから臨機応変に。」


 学校から帰って来て部屋の真ん中にかぼちゃの着ぐるみが鎮座してたら怖いわ。

 しかも臨機応変って何を臨機応変にしようとしてたんだ。


「はぁ……」


 俺は溜息を吐くと、ガラス戸に手を掛けて窓を開けてやった。


「ふぅぅ……やっと解放された。」


 乃愛は挟まれていた窓から部屋の中に入ると、えへへっと笑いながら俺の前に立って着ぐるみの穴から出した手をこちらに向けた。


「お菓子ちょうだい!」

「色々アレだけど、その前に言う事あるだろ。」

「言う事?んー……あぁ!とりっくおあとりーと?」

「ぶっ飛ばすぞ。」


 俺は勉強机の上に鞄を置いて椅子に腰掛けると、乃愛は当然のようにテーブルの横にちょこんと座った。

 何だか……出来の悪いオブジェのようだ。


「とにかく、ベランダからの出入りは危ないから禁止な。」

「はぁい……」


 乃愛は不満を隠そうともしない顔で言った。


「それから最初の質問に答えてないぞ。ハロウィンはまだ先なのに何やってんだよ?」

「それは……時代を先駆けようと思って……」


 俺は知っている。

 乃愛は嘘を吐く時、誤魔化そうとする時、必ず瞬きが早くなる。

 そう、今のそれ。


「本当の事を言え。」

「う……」

「言わないつもりなら明日から出禁な。」

「うぇっ!?い、言います言いますです……はい……」


 乃愛は上目遣いに俺を見ながらかぼちゃの着ぐるみの上で絡めた指をもそもそしていた。


「あ、あのさ……明日って何の日か覚えてる?」

「さすがに俺でも自分の誕生日を忘れる事は無いぞ。」

「正解っ!」

「バカにしてんのか?」

「まぁまぁ話は最後まで聞きなさいな。」


 いきなり得意気な顔になるのは何だか腹立たしい。


「でね。折角の誕生日、誰もお祝いしてくれない暁斗くんの為に一計を案じたわけですよ。」

「サラっとディスるの止めてくれない?それとそのかぼちゃの着ぐるみとハロウィンに何の関係が?」

「ま、まぁ……実はかぼちゃもハロウィンもあんまり関係ないんだけど……」

「無いのかよ。」


 乃愛が『えへへ』と照れ笑いをした。

 いや、今の会話に照れる要素無いぞ。


「隠すにはこれしか無くってさ……」

「隠す?」

「ほら、普通の服じゃ面白くないでしょ?」

「かぼちゃの着ぐるみ持ってるだけで面白いわ。」


 乃愛は膝立ちになって俺の方に体をぐっと寄せて体を捻ると、背中のファスナを指差した。


「ほらこれ。」

「ファスナがどうした?」

「ゆっくり下ろしてみてよ。」


 乃愛の意図が分からなかったが、俺は言われるままにファスナーに指を掛けてゆっくり下へ下ろそうとした。


「ゆっくりだよ?」

「分かってるって。」


 俺は着ぐるみの首元を指で持ち、ファスナーをゆっくり下ろしていった。


「え?」


 開いていく着ぐるみの中は背中だった。

 『背中のファスナー開いたんだから背中があるに決まってるだろ!』ってツッコミ入れたくなるかもしれないが、経験すれば分かる。




 着ぐるみの背中を開けた中に乃愛の首筋と同じ色の明らかな人体の皮膚色が見えたら『え?』としか言えない事を。




「お、おまぇ……」


 乃愛は着ぐるみの首元を手で持つと、真っ赤になった顔を横に向けた。


「じゃーん……」


 顔どころか耳も首も、そして背中まで徐々に赤く染めながら乃愛が恥ずかしそうに言った。


「な、何で……中……何も着てないんだ……」

「だから言ったじゃん……暁斗くんの誕生日のお祝いだって……」

「だ、だからって……何で乃愛がそんな格好して……」


 まさにそれは、裸エプロンならぬ『裸着ぐるみ』だった。


「暁斗くん……前に言ってたじゃん……」

「は?な、何を?」

「『裸のエプロンって凄いなぁ』って。でも、さすがに裸エプロンは恥ずかしくて出来なかったからせめて着ぐるみでとか思って……」


 いやいやいやいや!

 いくら思春期真っ盛りの俺でも、いくら相手が気心知れた幼馴染だとしても、『裸のエプロンって凄いな』なんて言った覚えは無いぞ。

 てか『裸のエプロン』ってどういう言い回しだよ?


「そ、そんな事いつ言ったんだ?」


 乃愛は少し上を向いて考えてから言った。


「えっとね……前に一緒に映画観てた時。」

「何の……映画……?」

「んーっと……誰だっけ……シュワちゃん出てたやつ。」


 最近乃愛と一緒に見た映画でシュワちゃん出てた作品……ター○ネーターでもないしコマ○ドーでもないし……


「トゥ○ー・ライズ?」

「それそれ!それ見てた時に暁斗くんが言ったの。」


 あの作品に『裸のエプロンって凄いな』なんて思うシーンあったっけ?

 確かにちょっとエロティックなシーンはあった気はするけど……。


「何かね……シュワちゃんが飛行機に乗ってビルの横に浮いてた時に言ってた。私もね、裸の人もエプロンも映って無いのにどういう事かなぁ?って思ってたんだけど。」


 あの作品で出て来た飛行機って……確か『ハリアー』……エプロン……


 !!!


「それ多分『ハリアーのエルロン』って言ったんじゃないかな?」


 因みに『ハリアー』はイギリスやアメリカで使われている垂直離着陸機で、『エルロン』とは補助翼の事。

 一応、ハリアーはヘリコプターのようにその場で浮かんで静止(ホバリング)する事が出来るんだけど、微妙な補助翼の操作が必要(基本的にはコンピュータが代行している)になる。


 恐らく、シュワちゃんが操縦するハリアーがビルの横でホバリングしているシーンを見てつい口走ったのだろう。

 乃愛は『えっ?』みたいな顔してるけど、普通そんな聞き間違いするか?


「や、やっぱり違った?そんな気はしてたんだけど……」

「人をどれだけ欲求不満だと思ってんだ。」

「ま、まぁ、暁斗くんの性癖を知る事が出来たのは収穫だね。」

「勝手に俺の性癖にするんじゃねぇ。違うって言ってんだろ。」


 乃愛は『えへへ……』と力なく笑っていたが、目の前に乃愛の真っ白すべすべな背中が露出したままなのは変わらないわけで……


「まぁけど……その……何だ……」

「ん?」

「誕生日プレゼント……ありがとう……」

「ふぇ?」


 思い出したように乃愛は俺の方に勢いよく振り返ると、胸元を両手でぎゅっと押さえた。

 顔は先程より更に赤く染まり、目を見開いて俺を睨み付けてきた。


「あ、ああああ暁斗くんのえっち!!!」


 乃愛の勘違いのとばっちりをくらった俺は、こいつと映画を観る時は絶対に独り言は言わないと固く誓ったのだった。

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