第42話 パンの山

 杖でぽこぽこと出した水を飲みながら何を食べようかなと部屋に戻る。ベッドサイドにリュックが置いてあり寝袋は別に置いてあった。覚えがないのでしてくれたのだろう。

 さてと、何を食べるか迷った。いや、何を食べるかではない。


「食べるもの残ってるか?」


 そんなに入れた記憶もない。食べてしまった気がする。

 入れた時に書いておいたメモも使ったものを消していないので役に立たない。疲れるとだめだな。

 フタを開けることもせずにリュック持ち上げる。もう広げてしまおう。


「ケーシャー」

「ん?」

「このタイプのカバンって食べ物って思ったらそれが出てくる?」

「出てくるけど。するならこっちでしろよ」


 座っていたケーシャが立ち上がり俺の方へ歩いてくる。


「流石にベッドには出さないって」

「しそうだったから。今机の上片付けるからそこに出せばいい」

「さんきゅー」


 残ってるものが乗らないくらいあったらどうしようか。限定すればいいのか? 長期保存がきかないもの、いっそパン、果物、野菜って感じにすればいいか。


「いいぞ」


 ケーシャが空にしてくれてきれいな布を広げてくれた机にリュックを持って近づく。腐ったらまずいのでまずはと、逆さにして『果物』と思った。

 するとぽぽぽんとメロンパンを先頭にクリームパンあんぱんチョココロネフレンチトーストねじりドーナツ粉糖がけマフィンチョコチップメロンパンデニッシュクロワッサン……最後にサーターアンダギーがコロコロと出てきた。


「なぜだーー!!」


 ぎりぎり乗った。机の上はパンだらけだ。しかも甘いパンオンリー。デニッシュにはチョコレート、クロワッサンも上に美味しい甘い白いアイシングがかかっている。美味しそう。じゃない! 入れた記憶がない。


「……」

「ケーシャ黙るなよ! どうしようこれ。とりあえず戻すか?」

「……」


 反応のないケーシャ。じっくりパンを観察している。


「エータ」

「なに? 果物がパンで俺ちょっとパニックなんだけど!」

「まぁまぁ落ち着け。そんなこともあるから」

「……そう、か?」


 言われてみればそんな気もするしそんなことはないような気もする。


「これいつ入れた?」

「入れた記憶はない」

「出来たてっぽくないか?」


 パンをよく見てみると確かに日が経って残念なことになっているパンには見えない。

 クロワッサンを掴んで食べてみるとさくり、と生地がこぼれるほどだった。


「うまい」

「いや、そうじゃなくて。それ一日でもその状態でいられるパンか?」

「いやそれはないと」

「エータ。やっぱりそのリュックはどうにかしたほうがいい」

「え? 話が見えないんだけど?」

「杖が出てきただろ? これは同じように出てきたパンだと思う」


 リュックの中も見ずに逆さにしたのは俺だが。キーホルダーを見ればカウントがマイナスの付いた4。これはケーシャの言うとおりそうなのではないか。しかしマイナスか。

 そういえば必死で歩いていた時に疲れたなー甘いパン食べたいなーと思った気がする。それでこれか? 可能性しかないな。


「そうかもしれない」

「で、だ。そのメロンパン? エータ数日前に食べてたんだけど覚えてるか?」

「なんとなくは」


 あまいうまいという感情だけなら。


「同じものだと思うんだけど、何で日が経ってないんだ?」

「いや、ほら多分これは今出てきたんじゃないか? 知らないけど」

「確かめてみる必要がある」

「何を?」


 妙に真剣な顔をしないでくれ。何の検証をするんだ。


「ただいま〜」


 グロリアさんは出かけていたようだ。大きな紙袋を抱えている。


「あれ、ロアは?」

「昨日楽しかったみたいでまた走りに行っちゃった」

「そうか」

「あら? パン?」


 机の上の山のパンが見えたらしい。


「エータが出してくれたパン」

「あ、食べます?」

「え、いいの? どれにしようかな~」


 楽しそうにグロリアさんが選びに行った。


「ケーシャも食べる?」

「そうだな。食べてからにしよう」


 ケーシャは気になっていたのかメロンパン。それとクリームパン。グロリアさんはチョコレートがけのデニッシュにサーターアンダギー。

 俺もフレンチトーストとチョココロネを取ってあとはリュックにしまった。

 二人とも美味しいと言って食べてくれた。俺が作ったわけじゃないけど嬉しい。



 ケーシャとグロリアさんと向き合って曰く。


「多分だけどエータのリュックは時間が止まる」

「なるほど??」

「で試してみようってことでこちらです」


 グロリアさんが出したのはフルーツトマトくらいの大きさの山吹色の縦に丸いハリのある果物だ。


「と、いうことでリュックにこちらを入れてみましょ〜。これさっき買ったんだけど、すぐ水分が抜けていくのよ」

「実験にはピッタリというわけですね?」

「半分入れて、半分外に置く。同じ部屋に置いてどうなるかな〜」


 楽しそうなグロリアさん。

 リュックはさっき置いてあった俺の寝ていたベッドサイドに戻すことにしたので同じ部屋に残りの果物も置く。

 結果、分かってる気もするなこれ。


 少しでもとケーシャに付き合ってもらって体を動かしておく。体力つかないかな。

 そうしているうちにくっつき虫を付けたロアが帰ってきた。どこに行ってたんだ。ケーシャと二人で逃げようとするロアにくっついている草を取る。追いかけっこじゃないんだぞー。


「昨日は泥もつけてたからな」

「え、そうなの?」


 ふいっとロアはそっぽを向く。まあグロリアさんがいるし洗うのが大変ということはないので遊び放題なのだろう。

 ついでにとビニールプール式の浴槽を膨らませる。ケーシャがいたので早かった。


「意外とでかいな」


 家にあった浴槽よりも大きい。いや、大きいどころじゃない。


「人が入れるほどだとは思ってたけど四人ぐらい入れそうだな。柔らかいけどしっかりしてる」

「でも水は嫌だな。お湯がいい」


 沸かすにしてもこの量のお湯は……時間がかかるよな。でかい釜があってもそれをどうここに注げばいいんだ。熱いだろ。


「それ使うの?」


 グロリアさんがやってきた。ロアにお肉を持ってきたらしい。焼いた香りがする。


「お湯入れてあげようか」


 指を振ってざあっと入った水。手を入れてみるとそれはお湯!


「すごい! お湯だー!」

「エータ君も杖を使いこなせば出来そうだけどね」

「水に火をかけるイメージで?」

「そうじゃなくて元々お湯をイメージすればいいのよ」

「なるほど」


 水を出してそれを下から火で炙ろうと思ってた。時間かかるわ。


「後でそれ貸してね〜」


 ケーシャと二人でお湯をかけ合いながら久しぶりの風呂を堪能した。露天風呂だなー。


 グロリアさんの手にかかればお湯の張替えも一瞬だ。

 ずぶ濡れの俺たちの乾燥も一瞬だ。魔法最高。


 膨らました浴槽は空気を抜こうかと思ったがそのまま仕舞えるだろと言われてハッとした。利点を理解しきれていないな。また使うときはお湯を頑張ってみよう。



 さて、翌日のこと。


「で、エータのリュックから取り出すとしよう」


 隣に置いておいた果物は悲しいくらいにしなびてしまった。もっと経てばドライフルーツになりそうだ。

 対してケーシャの手にはピチピチとした皮の黄色い果物。ビフォーアフターかよ。


「つまり?」

「短い時間だから止まったと断言は出来ない。でも時間の流れが遅いというのはあるな」

「となると?」

「これは隠しておかないといけない」

「え」


 それは困るんだけど。


「最悪エータは殺されてしまう」

「そこまで!???」


 なんで!? この魔法のある世界でこのリュックごときで俺殺されちゃうの??


「誇張じゃないわよ。エータ君」


 二人の真剣な瞳にぶつかる。そういえば食べ物を持ち運ぶのに保存が問題なんだっていっていたことが、このリュックで解決してしまうということか。魔法を駆使することなく食べ物の保存がきいてしまう。

 これは、本当に俺危ないのでは?


「そのリュック私達でも取り出せるでしょ」


 確認済みというかその黄色い果物入れたのはグロリアさんで出したのケーシャ。間違いない俺専用ではない。


「つまり」

「盗っても使える」


 ぞっとした。まずいものを持っている。誰もが欲しがり、高価取引が確定しているものじゃないか?

 そんな、俺はただいっぱい入るだけのリュックで良かったのに、ってもしかして俺のせいか? こういうのって定番で入れたものの時間止まるよなって、考えなかったこともなかったけど。それはまだリュックを持っていなかった時ような。まさか俺の持ってるいっぱい入る空間袋は、全部この仕様じゃないだろうなお部屋さん?

 気にしたこともなかったからな。


「ま、隠すのは現実的じゃないよな。うーん。デザインもシンプルだし名前でも書いておくか?」

「そうねぇ、取られたとしても言い逃れできないように。もしくはデザインをちょっと派手にしておくとかどうかしら!」

「持ちたくない方向にもっていくのか」


 それはちょっと勘弁してほしいが、何の力もない俺に選択肢はないのではないだろうか。二人でどうしようかと悩んでいる。


 結局リュック問題は人前でバレそうなものを出さない。ということで落ち着いた。それ以外に現状どうにもならなかったからなのだが。

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