第28話 変化

「ケーシャ、俺……出れ、た、な……」

「良かったな! エータ! 何か見たいものとかしたいこととかあるか? あ、まず仲間が帰ってきたら紹介するからな」


 俺が言葉に詰まったのは、俺より喜んで俺の両手を掴んで振り回しているケーシャに引いたわけでも久しぶりに感じる太陽に感動したわけでも足元の近くの1か所に積まれた小枝の山に驚いたわけでもない。


「……ケーシャ、振り返れ」

「どうした?」


 ケーシャが言われたとおり振り返る。そしてきょとんとした顔で俺を見る。


「空間酔いでもしたか? あの通路そんな感じじゃないが俺とエータは違うもんな」


 うんうん、とケーシャは俺を虚弱と認識して勝手に納得をしているようだ。


「そうじゃない! ホールがない!!」

「ない? まさか、俺見えてるけど……」

「は??」


 なんでケーシャに見えてて俺だけ見えなくなってるんだ?!

 出てきたと思われる辺りの空間を両手で探る。空を切るだけでなんの手応えもない。


「俺のお部屋さんっ!!!!」

「何だって?」


 今生の別れになるならもう少し別れを惜しんでから来たのに……。


「というか入れるだろ。ほら」


 そう言うとケーシャが消えていく。いや、ホールをくぐっているのだろう。そしてすぐに現れる。


「来ないのか?」

「見えてないんだって」

「なら手を引いてやろう」


 俺の手をケーシャが掴むとホールに向かって行く。しかしケーシャだけが消えていき、俺の手はケーシャの手の感触を失った。そのままこちらだと思う方へ、もう少し歩いてみるが森しかなくあの場所に行くことはなかった。


「俺と紐で結んでみればどうだ?」


 引き返してきたケーシャがそう提案してくる。


「うーーん。多分ホールが見えなくなっている時点で無理なんだと思う」

「やっぱりか。仲間を連れて行こうとしたが抱えてもおぶっても乗っても駄目だったからな。元々中にいたエータならいいかと思ったんだが」


 気まずそうに頬をかいているケーシャ。

 まあ俺としてはこうなってもいいように準備は万端だ。それでも少し悔しい。いや嘘だ。もっっっっのすごく悔しい。

 それは好きなものが食べ放題で服も靴もその他もいくらでも出てくるという便利さを失ったことよりも俺のことを気にかけてくれる人を失った損失感だろうか。いや、人ではないけどな。

 俺が黙って考え込んでいるうちにケーシャが縮こまってしまっている。ちょっと面白い。


「ほら見ろ〜疑うことって大切だろ?」

「悪かったって」

「良いって、どっちにしろあのまま中にいたんじゃ落ち着かないしさ」


 ま、決めたのは自分だし。

 戻れないなら次を考えればいいだけだ。ゆっくりしたから鋭気もエネルギーもばっちり充電完了したに違いない。寝たりない気がするのはもうこれはどうしようもない。早寝をすれば大丈夫。

 便利から不便になるのは大変だが、こういう遊びだと思えばいくらかは楽しめるだろう。

 お部屋さんのことだけが心残りだがまぐれでも最後にありがとうって言えたから許してもらおう。掃除くらいしてくればよかったな。いつでもピカピカで掃除の必要性がなくても。


「そうだ。ケーシャは入れるんだろ? 様子見てきてくれないか?」

「変化がないかってことか?」

「そう」


 もしかしたら今度はケーシャがお部屋さんの扉が見えるようになっているかもしれない。


「いいけど、ここに一人で平気か?」

「あ。俺死ぬな?」


 危ない森だということを忘れていた。急に周りに何か大きな獣でもいる気がして左右を見渡す。しかしむしろあの空間よりも獣の声がしない分風の音しか聞こえない為に平和だ。リラックスできる。


「一応仲間が結界をはっていてくれてるから、危険というより言葉のままだったんだが」

「それなら平気だ。何なら寝てるから」


 リュックからレジャーシートを出して地面に敷く。クッションも出してごろりと寝転んだ。


「エータはエータだな」


 どういう意味だと文句を言おうと思ったがもうその相手はいなかった。



「おい、本当に寝てるやつがあるか」

「んあ?」


 寝るとなればいくらでも寝れるのでしっかり寝てしまったようだ。しかし周りの明るさはさっきとさほど変わらない。


「中は別に変化はないぞ。人形は動いてないし俺に魔方陣は見えない。食料のある部屋も消えてない。開かない扉はなかったし一周しただけだがエータが見たっていう影らしきものはいなかった。ただ気になったのは獣の気配が強くなってることだな」

「……ちなみに俺が寝てた部屋の扉は」

「なかった」

「ま、そうだよな」


 人形を壊せば戻れるのではとも思うがせっかく注いだ自分の血がもったいないのとそれを用意してくれたケーシャに悪い。

 出来なくなってしまったことをとやかく言ってもどうにもならない。閉じた空間から出れたことを喜ぶべきだろう。うん。体力に自信がなくたって。不安でいっぱいだとしても。


「ケーシャ」


 ぼんやりとしている間にケーシャが火を起こしていた。


「ん?」

「俺絶っっ対足手まといだからな。お前の仲間にも悪いけど」

「いいって。それを承知で俺が外に出ようって誘ったんじゃないか。守ってやるから」


 ケーシャがそう言ってもまだ会っていないケーシャの仲間がなんて思うか。


「いや、ずっとは悪いからどうにか方法を探したい」

「やっぱり鍛えるか?」

「少しずつ頑張るよ」


 吹き抜ける風が心地良い。魔法が見てみたいな。

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