第11話 そんな気はしてた
あれから数日。
顔を合わせれば少しでもいいからと、体の動かし方を教えてもらっていた。攻撃面は諦めたのだろう受け身や躱し方など防御の方向を教えてもらっている。
そんなことより必要なのは絶対基礎体力だけどな!!
ケーシャがケロッとしているのに俺は息も絶え絶えなのだから。情けない。
起きて部屋から出たら例の扉の前でケーシャがいつぞやのように食材を詰め込んでいた。
塊の肉、膨らんだ紙袋、膨らんだ布袋……明らかに容量以上のものが入っていく袋に当然興味が湧いた。
その様子を無言でじっと眺めていた。
「何か気になったか?」
「そりゃー気になるわ。その袋どうなってるんだ?」
「これか? 特殊な加工がしてあって見た目よりたくさん入るんだ」
「すごいな」
「エータのとこにはこういうのなかったのか?」
「空想上の産物だなー」
青いたぬきの半月のポケットを思い浮かべる。あれは実現はしなかった。
「そうなのか」
「いいなー。ちょっと欲しいなそれ」
「便利だぞ」
「そこに食べ物を入れておくと腐ったりしないのか?」
「それはする」
「時は止まらないのか」
「それ俺が欲しいわ。食料保存そこがネックなんだよな……」
真顔でケーシャが俺の方を振り向いたので笑ってしまった。
「魔法が使えるのにできない事があるんだな」
「エータは魔法を何だと思っているんだ」
「攻撃はもちろん何でも出来ると思ってた」
ケーシャははっと大きく口を開けて馬鹿にしたように笑うとまた食材を詰めだした。
しかしすぐにこちらに首だけ向ける。
「そういえばこの食材ってエータが揃えてるのか?」
「そんなわけないだろ。扉見えなかったし」
「そういえばそうか」
そう、そこの扉の中も不思議である。俺の寝ている部屋とは違い料理として置いてあるのではなく、調理前の食材が入っている。来訪者用なのだろうか?
それに中身は魔法で増えているものだと思い込んでいたが違うのか? ここの世界の魔法は万能ではないようだしな。
……ここ本当に何なのだろう?
すべて魔法で作った空間で魔法だから欲しいものが際限なく現れるんだと思っていたが。変な空間だ。
疑問は尽きないが、だらけ癖がついてきていて考えるのも面倒だ。そろそろ修正しないとだめな気がする。人間際限なく怠惰になれるって何かで読んだしな。正にそのとおりだと実感しているところだ。
「…………エータ」
「ん? なんだ?」
詰め終わったらしいケーシャが真剣な顔をして俺の前まで来ていた。言いにくそうに口ごもる。
ふと、言いたいことが分かった気がした。違っててもいいから、とりあえず笑っておこう。
「もう行かないとなんだろ? 気にするなよ。いいって言ってるだろ」
僅かにケーシャの体が動いた。当たりだろうな。
かなり長く滞在していたのだ。そろそろなのだろう。
「でも」
「いやー俺の方が本気出して出ようとしてなくて悪かったな」
「そんなことない。……どうにかできなくて……希望持たせるようなこと言うだけ言って」
「いいって」
ぽんとケーシャの肩を叩く。あまりにもしょんぼりとしているからわしゃわしゃと頭を撫でた。
されるがままだ。気にしいだな。
「またいつか遊びにきてくくれればいいよ」
「……分かった。何か珍しいものでも持ってくる」
「期待しておくよ。今日もう行くのか?」
「いや、もう少し準備があるから明日かな」
「そうか」
そりゃあ、ここ毎日ずっと話してたのだし寂しいは寂しい。言ったって困らせるだけだから言わないけど。
「行く前にまた来るから」
「なら手土産でも考えておく」
とびきり美味しいものでも用意しておこう。俺ができなくてもあの部屋がきっと用意してくれるから。
時間が立つのは早いもので。あっという間にその時が来た。
今日はケーシャが来る前に起きていることができた。
「めずらしい。初めてじゃないか?」
「最後くらいはな」
まあ、いつの間にか部屋にキッチンタイマー的なものがあって、それの最高設定時間が10時間だったっていうだけなのだが。
目覚まし代わりにしたわけだ。
「昼にでも食べるといい」
そう言って専用のビニール袋に入ったオードブル盛り合わせを渡した。よくクリスマスとかに見るあれだ。ローストビーフにエビフライにフライドポテトと骨付きチキン……肉ばかりだな。申し訳程度のレタスは肩身が狭そうだ。
何がいいかあれかこれかと悩んでいたらこれが台所に乗っていたのだが、なるほどと納得してしまった。
俺の好物盛り合わせか。多分あるから後で食べよう。
「荷物になって悪いな」
「いや、そんなことない。美味そうだ」
「……怪我するなよ」
「エータも」
「気をつけるのは風邪くらいだろうな」
そんな他愛のない会話をして。
ケーシャが右手を差し出した。俺も同じように右手を伸ばして握手を交わす。
「またな。必ず戻るから」
「……ああ」
そんなことしなくていいよという言葉をぐっと飲み込んだ。好意を否定されるのは気分が良くないだろうから。いや本当に無理をしないでほしい。それだけなのだ。
最後にぐっと握られて、ケーシャは未だ俺には見えないホールに入っていってしまった。見えないだろうがその背に手を振ってみた。
しばらく後、ケーシャが入っていった壁の彼の身長のあたりにぺたりとマスキングテープを貼ってみる。忘れはしないだろうが、身長は忘れそうだったから。
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