門の名は

登美川ステファニイ

極位相汎次元異界門

 異世界からのゲートが開いたのは唐突だった。東京のとある山林部に青白いゲートが現れ、その向こうから異世界人が現れたのである。その時やってきたのは男性二人だった。

 最初に接触したのは現地の自営業の女性だった。農作業をしている途中で話しかけられたが、しかし、まったく言葉が通じなかった。その為駐在所のおまわりさんが呼ばれたが、やはり言葉が分からない。機転を利かせた近所の若者がスマホの翻訳アプリを使ったが、それでも言葉は分からずじまいだった。

 そして夜になっても誰なのか、何をしたいのかが分からないままだった。異世界の二人も身振り手振りで何かを伝えようとしているのだが、さっぱり伝わらない。そのためその日はとりあえず最初に接触した女性の家で宿泊することになった。女性は夫である男性と一緒に住んでいたが、六年前に子供が家を出たため、ちょうど空いている部屋があったのだ。服のサイズもちょうどだったので借りることとなり、その日は無事就寝した。

 翌日になり、異世界人はお巡りさんと市役所の職員と連れだってゲートに向かった。そこで異世界と行き来する様子を見せられ、初めて異世界人と分かったのである。

 そして近隣の大学から研究者がやってきて調査を始めた。また言語学者が彼らの言語を解析し、簡単な意思疎通が可能となった。それによって彼らの目的が判明した。

 彼らはたまたま異世界と移動できるゲートを作ることに成功したそうだ。そして技術や文化の交流のためにあなた方と友好的な関係を結びたいと言っていた。最初は侵略を目的としていることも念頭に交渉がすすめられたが、二人の異世界人の真摯な態度に疑念も晴れていった。

 そしてさらなる交流のために文化を伝えるべく、外務省の担当員は今日も資料を作っていた。

 これは、そこに端を発する一連の騒動である。


 その執務室には三人の男がいた。外務省職員の坪田、谷川、そして言語学者の上田である。

「いやーちゃんと交流が進みそうで良かったですね。異世界人の人、ドニュエさんの方は特に顔が怖いからさ、ほんと攻めに来たのかと思っちゃったよ」

 担当員の坪田が言った。

「おい、失礼なこと言うなよ。顔なんかで判断してたら、それこそ諍いの元だよ」

 谷川がたしなめるように言う。谷川の方が四歳年上であり、仕事上でも四年先輩であるため、二人とも役職は関係ないが上司と部下のような関係であった。

「普段の口癖、言葉がいざという時に出ますからね。言葉には気を使った方がいいですよ。失言で出世が止まるとか、普通にあるでしょ、あなた達は」

 上田は異世界人である二人との会話記録を見ていた。上田は言語学者として異世界人との交渉に参加しており、解析した言語が実際の会話で通用するか、動画を見ながら確認していたのだ。

「それにしても、あれの名前何とかならないですかね? 言いにくくってしょうがない」

「あれって? 何だよ」

 坪田の言葉に、谷川があまり興味なさそうに聞く。

「何でもあれって言うのは老化の症状ですよ」

 上田が茶々を入れる。こちらも坪田の発言には興味なさそうだった。

「異界門。極位相汎次元異界門でしたっけ。舌噛みそうですよ」

「そうか? 異界門。普通だろ。堅苦しくはあるが」

 坪田が答える。

「政策はキャッチ―なカタカナ英語で名付ける事が多いが、別にあのゲートはゲートとか門で通じるし、観光名所でもないんだから、親しみやすいような名称をつける必要もない」

「そうですか? 異界門。堅苦しいって言いましたけど、まさにそれですよ。これから仲良くなろうっていうんだから、ゲートの名称から親しみやすくするのは一考の余地があると思うんですよ。どうです。上田さん。真面目に」

「そうですね。親しみやすい名称があると、確かに心理的な距離も短くなります。なんとか君ってマスコットもいますが、今後のイベントで、例えば看板にして記念撮影のスポットとかね。そういうのは確かに考えられそうです。そこで異界門よりは、別の……柔らかい名称と言いましょうか。そういったものがあるといいかも知れませんね」

「ほら! 聞きましたか、谷川さん! 言語学者がこう言ってんだから、やっぱ何か考えるべきですよ。文化交流もするんだから、そういう名称をつけて親しむってのもちゃんと考えた方がいいですよ」

「ふむ。長い目で見ればそういうことも考えられるか。じゃあ、何だ? 例えばなんて呼ぶ。ゲート君とかは安直すぎるよな」

「駄目ですよそんなもん。もっと格好いいとか可愛いとか、見た目から何かつけないと。でも丸くて平たくて……今川焼みたいだな。今川焼ゲート! いいんじゃないですか」

「何で愛称がお菓子の名前なんだよ。それに今川焼? お前違うだろ。あれは大判焼きだ。名付けるなら大判焼きゲートだ」

「は?」

 谷川の案に苛ついた声で坪田が反応した。

「大判焼きって何ですか? 今川焼でしょ」

「大判焼きだよ。何言ってんだお前」

「近所にだって今川焼の店があるじゃないですか! 今川焼ですよ」

「それはそうかもしれないけど、日本全体で言うと大判焼きが主流なんだよ。今川焼なんて関東の片隅でだけ呼ばれてるマイナーな名称だよ」

「は? 人口比率分かってます? それに首都ですよ? ここで今川焼って言うんならそれが日本の代表ですよ」

 谷川は溜息をつきながらかぶりを振る。そして坪田を睨みながら言った。

「東京もんは何かって言うとすぐ東京中心で物事を考える。たまたま首都だからって何だ。より広いエリアで呼称されてるんだ。それに東京にだって全国のいろんなところから人が来てるんだ。今川焼という名称が主流とは言いきれんだろ。現に俺もその一人だ」

「まあまあ、二人とも落ち着いてください。そんなお菓子の名称で喧嘩してどうするんですか。それにあれは回転焼きですよ」

「は?」

「あぁ?」

 二人そろって気色ばむ。

「関西、九州では回転焼きが主流の呼び方です。それに人口で言っても少なくはない。この事から考えられることは一つ。あのお菓子は回転焼きですよ」

「うちの今川焼に変な名前つけないでもらえますか?」

「何がうちのだ! それはこっちの台詞だぞ! あの子は大判焼きだ」

「醜い争いだな。回転焼きという事で手を打ちませんか」

 三人の口論は留まることを知らず、そのうちに外務省全体を巻き込んだ騒動となった。今川焼、大判焼き、回転焼き。更には小判焼き、円盤焼き、おやきなども加わり収拾がつかなくなった。一種の紛争にまで発展しつつあったが、局長の命令が下されひとまず勝負なしとなった。そして今回の騒動を受け、公的な名称は異界門で統一することとなった。


 坪田と谷川は異世界人との交流の開始を記念する式典のためにゲートのある場所へ来ていた。外務大臣が挨拶することとなっており、警備も厳重だ。マスコミも来ており、気が抜けない。

「あーくそ。まだ奥歯がグラグラする」

「俺だって左耳がまだ聞こえない」

 しかし二人はどこか上の空だった。まだ異界門愛称の乱が尾を引いているのだ。

「お、もうすぐ式典は終わりか」

「つつがなく終わってよかった。異世界人の人も……お、こっちに来るぞ」

「上田さんにあいさつしに来たんじゃないか。あの人が居なかったらこんな式典もできなかった」

 坪田の予想通り異世界人は上田と挨拶をしている。せっかくなので坪田と谷川も挨拶をしに行く。

「ドゥーモリテ」

 向こうの言葉でこんにちはだ。時間に関係なくこの挨拶らしい。

「ドゥーモリテ」

 異世界人が答える。彼らの表情も式典を終えてどこかほっとしているように見えた。 

「そうだ。上田さん。この人たちにあのゲートの事聞いてくださいよ」

「何をだい」

「この人たちの言葉で何と呼ぶのか。この人たちの言葉で呼ぶんなら、一番しっくり来るような気がします」

「なるほど。それはいい考えかも知れない」

 そう言うと、上田さんは異世界語で彼らと話した。

「サールト、だそうだ」

「へえ、門って意味なんですか?」

 上田がもう一度聞く。

「お菓子だって。焼き菓子」

 異世界人の人が手で形を作る。丸い円の形だった。

 すると、後ろにいたもう一人の異世界人の人が言った。

「タリック!」

 同じように手で円を作りまくしたてる。

「焼き菓子だが、名前はタリックだって」

 二人の異世界人は顔を見合わせる。そして相手の体を突き飛ばし、激しい口調で口論をし始めた。

「サールト!」

「タリック!」

 何を言っているかは分からないが、何を言っているかが分かる。

 誰か早く、あのお菓子の名称を統一してくれ。

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