口は何故一つ

 口はどうしても近くに住む目と耳と鼻がつがいになっているのが羨ましかった。

 天之御中主あめのみなかぬしに不満を述べて唇とひげと歯と舌を貰っても心の間隙かんげきは埋まらなかった。


 一番近くの鼻の所に行って髭を共有しているのだから仲良くしようと誘ったが鼻はひくひくと膨らんだり縮んだりするだけだった。

 次に近い耳の所に行って寂しさを訴えたが耳はひたすら聞いているだけだった。

 最後に目の所に行って愚痴を述べようとしたが、目にじっと見つめられて口は何も言えなかった。


 隣人達に取り合ってもらえなかった口は再び天之御中主の元に登っていって不満を述べた。

「彼らは番なのに私は独り身なのはやはり不公平です。私にも番を与えて下さい」

 天之御中主は呆れながら言った。

「彼らは多様な刺激を受け取る為にこそ番なのだ。お前には舌を与える事でそれにこたえてやったろう。そんなお前に番まで与えてしまっては彼らの立つ瀬がなかろう。お前は受け取るだけに飽き足らず、与える事も出来るのにまだ足りないと欲張るのか」

 こうして天之御中主に無下にされた口はすごすごと地上に戻ってきた。それ以来、隙あらば不平不満を口は述べるようになったのである。


 受け取る時は多様だが発する時は一様であるという事をこの話は説き明かしている。

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