オトロシ


【おとろし】

 長い髪に覆われた巨大な顔を持つ妖怪。伝承がほとんどないため詳細は不明だが、神社に悪戯いたずらする者を見つけると、突然上から落ちてくると言われている。



「天罰ってあると思います?」


 小野寺さんの知り合い(友達と呼びたくないとのこと)は、とても粗暴な人物だったそうだ。

 高校に通っていた頃、同じグループに所属していたその知り合いの行動は、目に余る酷さだった。金を度々無心するくせに一切返そうとしない。それどころか貸してもらえないと暴力すら振るう。

 本人はじゃれているだけ、と言い張るのだから性質たちが悪い。

 小野寺さんはなるべく距離を置こうとしていたのだが、あちらから絡んでくることも多く、巻き込まれてばかりの日々。

 その自分勝手さに心底うんざりしていた。


「我慢の限界というか、心が持たないというか……ギリギリでしたね」


 学校に行きたくない、不登校になろうかと思い始めた頃の朝だった。

 くだんの知り合いがイライラしながら登校してきた。なんでも道を歩いていたら、上から花瓶かびんが落ちてきたらしい。しかも、落とした人はわからないまま。

 寸前で回避して事なきを得たが、一歩間違えれば重症だ。下手すれば死んでいただろう。

 まるで古い映画のワンシーンみたいで、作り話だとしか思えなかった。しかし、本人の憤慨ふんがいっぷりからして本当にあったのだろう。「嘘だろ」と言った者を片っ端から殴っていた。


「そしたら、落ちてきたんです」


 暴力を振るっていた知り合いの真上、天井の蛍光灯がなんの前触れもなく外れた。がしゃん!と床に叩きつけられて粉々。砕けた破片が一面にばらまかれた。

 これまた紙一重で回避していたが、偶然にしてはできすぎだ。短時間で似たような事故が起きるなんて。知り合いも薄ら寒さを覚えたのか、そっと拳を収めていた。


 翌日、知り合いは死んだ。

 担任教師の話によると、下校中、工事現場を通りかかったところで不運にも鉄パイプが落下。頭に直撃して即死だったらしい。

 たった一日の間に、ひとりに対して三度も物が落ちてきた。

 普段の行いが悪かったこともあり、クラス中、ひいては学校中で「天罰が下った」と噂になった。おかげで小野寺さん達が卒業するまで、校内は至って平和。いじめや暴力沙汰は全くなかったそうだ。


「こればっかりは、あいつに感謝ですね」


 冥福めいふくを祈るように、小野寺さんは手を合わせていた。



 ろうそくは残り――九十四。

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