異世界トリップ~0.02の世界で私に出来る事

@Dot-J

第1話 『0.02の世界で』





 どっかの木こりがどっかの川に斧を吹っ飛ばす話。このままじゃ仕事が出来ないと焦る木こりの前に現れたのは神だった。その手には金の斧と銀の斧。木こりは鉄の斧が自分の物だと正直に答えた。正直者な木こりに感心した神は鉄の斧は勿論、金の斧も銀の斧も与えたそうで……



「いや、だから!私は普通のでいいの!」

「だから!正直者な貴女には金をあげるって!」

「じゃなくて!私のが欲しいのっ」

「分かったわよ金と銀どっちもあげるわよ!」

「要らねーわ!普通の!無色透明な!コンタクトをくれ!!」

「こんの……わからずやっ!」

「お前だよ!!!」


 気が付いたら森の中に居た。よくある異世界トリップかな、と呑気に思いながら歩いたら泉があった。とても綺麗な泉だったから、手くらいは洗ってもいいかと立ち寄ったのが全ての始まり。

 目が痒くて軽く掻いたら右目用のコンタクトが泉の中に落ちてしまったのだ。手ぶらでトリップした私には予備もなく、予備予備の眼鏡もない。左目良好、右目0.02の世界は果てしなく気持ちが悪いわけで……


「あっ、こら!帰るな!コンタクト返してよっ」

「この泉に落ちたのは全て私の物になるから~?えー、あげてもいいよ?いいけどさぁ?」

「なに…」

「金のコンタクトと銀のコンタクトも受け取ってよー!」

「要らっねーわっ!!」


 つい巻き舌で返すと泉から出て来たビチャビチャの女が唇を噛んで顔を顰めた。今にも泣き出しそうな顔で、此方も後味が悪くなるのは嫌なため「ごめん」と謝罪しておく。

 そうだ。金のコンタクトも銀のコンタクトも使えないが、手ぶらの私が唯一換金出来るモノに成り得るかもしれない。視力補正をしたいがあまり意固地になっていた……


 私は諦めたように笑みを零し、ビチャビチャの女に向かって手を出した。


「私が落としたのは普通のコンタクトです。金でも銀でもなく、無色透明のコンタクト」

「!!正直者な貴女にはこの金のコンタクトと銀のコンタクトを授けましょう」


 今度は大人しく受け取ると、ビチャビチャの女が嬉しそうに涙を流している。

 金のコンタクトも銀のコンタクトも完全に目に入れてはいけない代物だった。最早コンタクトではない。コンタクトの形をした金塊と銀塊である。


「これでいいの?」

「うん、うん!私、ヘルメース先輩に憧れてたのよ」

「ヘルメ…、あぁ、そう」


 ビチャビチャの女はヘルメース先輩とやらの武勇伝を語り出した。どうやら女の先輩が金の斧と銀の斧の神らしい。

 私はどんな世界観の異世界にトリップしてしまったのか…いや、もしかしたらただの夢かもしれないが、とにかく右目の視力を元に戻そう。

 長々と語りきった女の機嫌を損ねないように拍手して「すごーい」と盛り上げた。



「どう?どうかな?素晴らしい先輩でしょ?」

「うん。金の斧も銀の斧もあげちゃうなんて太っ腹だね」

「えぇ?太ってはいなかったけれど……」

「あ、そういうボケは要らないんで。ちなみに先輩はしっかり金の斧と銀の斧と鉄の斧を渡してるよね?私まだ貰ってないよ」

「金のコンタクトと銀のコンタクトあげたじゃない!」

「いやだから普通のコンタクトどうした!」

「ふふふ、ちょっとした冗談よ。ほら、ここに……」

「…………」

「……………あ、誰かがタバコの吸い殻を落としたみたい!次は金のタバコと銀のタバコよ!」


 明らかに瞳孔がヤバイ感じに揺れた女が突然訳の分からない事を言って泉の中に沈もうとした。慌ててその髪の毛を鷲掴みにすると口まで沈んで空気をぶくぶくさせている。


「恐らく、恐らくね?」

「な、なぁに?」

「タバコの吸い殻は落としたんじゃなくて捨てたのよ」

「!!それは大変だわっ!早くお掃除しなくちゃっ」

「えぇいちょっと待てぇえええ!」


 ほら、ここに。そう言って見せたのは女の手だった。グーに握られた手。その中に私のコンタクトがあるのだろう。


「開けてごらん?ん?ほら、ここにあるんでしょう…?」

「あははははははは、えっと……サプラ~イズ、なーんにもありませーん」

「………………」


 無言の睨みから数秒で女はまた泉から出て来た。そして手の平を見せるとそこにはくしゃくしゃになったコンタクト。


「……」

「大丈夫よ!ほら、こうして…あ、こう……えっと」

「………………」


 女によって粉々になっていくコンタクトなんて見たくなくて、だけど目を閉じることが出来なかった私は左目を隠す。0.02の世界では粉々になったコンタクトなんて何処にもない。そう、コンタクトなんて……何処にも…………






「して、貴様は何故遅れたのだ?他の勇者等は既に旅立っておるというのに」

「この世界のステータスやマップが右目で見れる仕様じゃなければ私も間に合ったでしょう。私の右目はポンコツです。ポンコツのせいでポンコツになりました。元の世界に帰してください……あそこには予備もあるし予備予備の眼鏡だってあります」

「しかし…この召喚は片道……こちらの世界から帰還の儀を執り行うには伝説である金と銀の こんたくと、若しくはメガネ なる物が必要で……今、選ばれし勇者達も魔王の討伐と同時に探している最中だ。無論、魔王が討伐されない限り貴様の世界の扉は開けっ放し状態だが……」

「え?」

「ん?」








 量産出来るものなのか知らないが取り敢えず私は一人だけ元の世界に戻った。得た物と言えば何もなく、帰ってからすぐにした事と言えば左目のコンタクトを外して眼鏡を掛けたくらいか。

 右目が使い物にならなくて森から王都に辿り着くまでに無駄に歩いたし、当然のように疲れが溜まっていた。ウトウトしながら、今度ゆっくり金の斧銀の斧の本でも読んでみようかなと考える。気が付けば寝ていたのか、目を擦りながら起き上がると……



 森だった。しかも目の前にはあの泉がある。




「貴女が落としたのは金の眼鏡?それとも銀の眼鏡?」

「……またお前か!!!!」



 元の世界の扉が開けっ放しなのにこの世界の扉は閉まっているそうだ。つまり、魔王を倒さない限り元の世界に戻ってもまたこの世界に来てしまう。一方通行の理不尽な異世界トリップ。

 ビチャビチャの女が手渡してくれた金の眼鏡も銀の眼鏡も形だけでレンズは入っていないし、普通の眼鏡を返して貰いたいため手を出すとバキッと軽快な音が聞こえた。


「手の平の中で、また、やった?」

「おほほほほほ……ほほ、ほ……」


 今度は両目ともに0.02の世界。右目を酷使するこの世界で、私が見れるものといえば夜のイルミネーションくらいだろうか。勿論、ただの街明かりだが。

 既に帰る術を持っている私に出来る事。それは勇者の帰りを待つ事だ。早々に魔王を討伐してくれると信じて。

 そして、私に0.7の世界を…。




───


 勇者一行は旅に出たばかりなので数年はかかるでしょう。


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