第35話 墓まで持っていく秘密
「と、まあこんな感じで関所に押し寄せてきた騎兵たちを追い返したってのが本当のところだな」
翌日、関所からプラスタに向けての道中で俺はライラに昨日の騎兵と戦った一連の流れについて説明をしていた。
「はぁ~~。なるほど。そういうことだったんですねぇ……」
こちらの話を聞き終えたライラは何遍も頷いてから。
「いやぁ、関所の兵士さんたちが『黒騎士様がお一人で騎兵を追い返した!!』だなんて騒いでおいででしたから、ぼくはてっきり黒騎士様が騎兵を一人でバッタバッタとなぎ倒したのかとそう思っていましたよ!」
「そんなこと、できるわけがないだろう?」
「いや~、それでも出来てしまいそうなのが黒騎士様だと思ってるんですけどね~」
あははは、と楽し気にライラが笑う横で思わず苦笑してしまう。ライラの中で俺は一体どんだけチートキャラになっているんだろうか?
「しかしあれですね。黒騎士様ってただ単にお強いってだけでなくてこういう、戦術? ですか? そういったことにも精通されておられるんですね?」
その質問に俺はすぐさま首を横に振った。
「いやいや。今回のはアッシュウルフの群れに故郷が襲われたときに兄貴が使った策を流用したのがたまたま上手くいっただけだ」
それを聞いて、ライラが首を傾げた。
「そうなんですか?」
「ああ。一応実家でも学園に通ってた時にも勉強自体はしてたけど、大抵は一人で戦うことが多かったからなぁ。自分で考えたりしたことはないな」
「なるほど。それはつまり、黒騎士様が昔からお強く! 大抵の敵をお一人で倒しきることが出来たから! ということですか?」
「う~~~~ん……」
ライラがちょっと興奮気味にそう聞いてくるのを俺はもう一度苦笑を浮かべながら受け止めて、はたと考え込んだ。
「いや、昔は弱かった。なんなら、ゴブリン相手に逃げ出したことだってあったな」
「えっ!? そうなんですか!?」
「そうそう。あれは五歳ぐらいのことだったか。集落の近くにゴブリンが巣を作ろうとしているって聞いて乗り込んでいって、武器を持ったゴブリンに追い回されてほうほうの体で逃げ帰ったな」
「えぇ……」
正直に答えたところで、ドン引きされた。何故だ?
「ちなみに聞いておきますけれど……どうして五歳児の頃にゴブリンの巣に突撃なんかされたので?」
どうして。どうしてか。
「どうしてだったかなぁ……」
今となっては昔のこと。既に忘れ去った頃のことをよく思い出してみる。
五歳の頃というと、丁度、前世に二十一世紀初頭の日本で生活していたころの知識を朧気に思い出したころだ。
そのときには確か覚えていた知識を利用して内政チートをしてみようと思い立ったはずで、マヨネーズだコンクリートだ、耐火煉瓦だなんだに手を出そうとしていた。
そんなころにどうして俺はゴブリンの巣に飛び込もうなんて考えたんだろうか……
「ああ! そうだそうだ! 手っ取り早く魔物を倒して金を稼ごうと思い立ったんだった!!」
「えぇ……」
二回目のドン引きだ。
「ああいや、ちょっとその頃はこう、家族の為に自分にも何かできることはないか、と考え込んでいてだなぁ」
内政チートを考えていたことはここでは秘密にしておく。
でも、思い出した。色々と実験してみようと思ったけどそのための資金が無くて、それで魔物を自分で倒して金を稼ごうと思い立ったのだ。
結果は、大失敗だったわけだけれど。
父にはこっぴどく叱られ、母と姉二人には思いっきり泣かれてしまったっけ。そういえばあの時は兄だけが、唯一俺を慰めてくれていたっけか。
「家族にはもう二度と勝手なことをしないと約束させられて、でも次の日から兄が剣の稽古に参加させてくれるようになったんだ」
「と、いうことは、黒騎士様の剣の師は兄君ということになるので?」
「いや、関係的には兄弟子だな。最初は兄とその師匠の稽古に俺が交ぜてもらう形だったんだ」
そうだそうだ。そうだった。
「でも兄は学園に入校する直前だったから剣の稽古が出来るのは午前中だけ。兄は午後から勉学や礼儀作法の授業があったけど、俺は師匠に午後も稽古をつけてもらってたんだ」
師匠からは本当に色んなことを学んだ。
「それで七歳の頃から実戦に出る許可を貰って、ギガスアントを投げ槍で仕留め、ゴブリンを投石紐で狩ったり、アッシュウルフを追いかけまわしたりして過ごしていたら、次第に強くなっていった」
「な、七歳ですか……ご家族は反対とか心配とかされなかったので?」
「まあ、そうだなぁ」
反対、されたなぁ。姉二人からは特に。
父に言って師匠を辞めさせようとしてたし。
両親は、かなり心配していた。
まぁ、そりゃそうだろう。昼ご飯を食べたかと思えばそのまま屋敷どころか集落からも飛び出して魔物を狩りに行ってるんだから。
あ、あと勉強の時間に抜け出したりしてたのもそれに拍車をかけていた、と思う。
というのも、平均的な日本庶民だったはずの俺からすると礼儀作法だのなんだと言うのは子供心にとてもつまらないものだったからだ。
だからだろうか。俺が夕方頃に家へ帰ると家族が総出で出迎えてくれて、叱られたり、心配されたり、たまには褒めてくれたり、甘やかしてくれたりと、随分と構ってもらっていた。
「あ〜〜〜」
そこまで自分の過去を振り返っていたところで、俺はある事実に気が付いた。
「? どうされました? 黒騎士様?」
「いや、あれだ、ほら……自分の子供の頃を思い出してついつい恥ずかしくなるやつ」
「あー、あるあるですよね! で?」
「で? って?」
「どんな内容だったんです?」
真っ正面から問いかけられて、俺は思わず視線を逸らした。
「いや、ほら、恥ずかしいから……」
「え〜!? そこまで言われたら気になりますよ〜〜!!」
いつになく、ライラがグイグイと推してくる。
「おや? なんのお話ですか?」
「あ! ルアナ様! 実を言うと今、黒騎士様の小さな頃のお話についてお伺いしてまして!」
「ほう! それはまた楽しそうな話題ですね!」
そこにルアナ様まで食いついてこられたが、余計に言うわけにはいかなくなった。
自分が鍛えたり、魔物を狩りに行ったりしていたのが、『家族にかまって欲しかったからなのかもしれない』だなんてそんな幼稚なことに思い至ったなんて。
このことは、生涯、俺だけの秘密だ、墓まで持っていく。
「黒騎士さま〜、教えてくださいよ〜!」
「黒騎士殿、出来れば私にもいくつか話して聞かせてほしい」
「あ〜〜〜、まぁ、あれだ。こっちが思い出して恥ずかしくないようなやつだけ、ってところで」
俺がそう言うと。
「えぇー!?」
ライラが不服そうに頬を膨らませて。
「では、黒騎士殿が修行を始めたきっかけなど!!」
ルアナ様は実に乗り気で。
「あぁ、それはさっきも話していたんだが……」
結局、プラスタへの道中、俺は小さな頃のことを延々と話し続ける羽目になった。
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