第34話 騎兵退治

 前を見る。向こう側にいるのは騎兵が十。陣形を組んでいるわけではない。散兵だ。弓を警戒しているのだろうか。まとまっていたら良い的になってしまう。


 それがわかっているからこそ、敵はバラバラにこちらに進んできている。対して、俺は盾を持たずに剣のみ。その後方、関所では拒馬を設置して陣地を構築。そこで兵士が防備を固めている。


 ならば俺は兵士達の邪魔にならないように動きつつ、その上で敵と戦わなければならない。


 だから俺はあえて敵のド真ん前へと走り込んだ。


「バカが!!!」


 それを好機と取ったのか、それともただ眼前の障害物を吹き飛ばすだけのつもりだったのか、最前列にいた騎兵が拍車をかけて一気に迫ってきた。


 槍を構えてこちらを串刺しにしようと狙いすましたその視線を受けて、俺は剣に手をかけた。


 騎馬の足音を間近に感じる。眼前に土塊と砂埃が舞い、それを纏うように騎兵の槍が俺を捉えようと突進の威力を上乗せして放たれる。


 その穂先を避け、馬体を躱し、交差するところで剣を振り抜く。すれ違いざまの一瞬。刃が浅く、馬の脚を斬った。わずかに血がにじむ程度の傷だけれどもそれだけで十分。


 馬がわずかばかりにバランスを崩したのだ。


「うおっ!?」


 突然のことに驚いた騎兵が槍を手放して、馬を立て直そうと慌てて手綱をひっぱる。しかし騎兵が力任せに手綱を操ったせいで馬はさらに混乱して、暴れてしまい、変な方向に走りだしていった。


 その隙に俺は槍を拾い上げて、敵全体を見回した。どいつもこいつも今の一瞬のやりとりに驚いているというのに、ただ一人動じていないやつがいる。


 俺は石突の付近を持って大きく後ろ手に回したところで、サイドスローの要領で思いっきり放り投げた。


 横回転がかかったまま飛んでいった槍は俺の狙い通りに一番後ろから悠然とやって来ていた一騎に迫り。


 簡単に弾かれた。


 まあ、そうだろう。騎兵から槍を奪ったくらいじゃ驚かないってことは修羅場慣れしてるってことだろうし。


 奴は冷静にこっちを見据えている。だから俺はあえて手招きしてやった。もちろんわざと挑発するためにだ。


 奴は何も言わずに高々と手に持った朱槍を掲げると。


「殺せ!!!」


 バカでかい声で命令していた。つまり、こいつがリーダーだ。


 散っていた騎兵が俺を目掛けて殺到する。それを見て、俺は後ろへと走った。


 背後に聞こえてくる地鳴りのような蹄音は一騎、また一騎と増えていく。もちろん、馬から逃げられるなんて訳はない。背中から迫る音は明らかに近くなってきていて今にも引き飛ばされそうな気がしている。


 だが、それで大丈夫。


 目の前にいる味方の陣地の動きがバッチリと見えているからだ。


「放てぇええ!!!」


 守備隊長らしい髭面の男の号令一下、矢が恵みの雨の様に降ってきた。


「クッソ!?」


「うわ!?」


「グ……」


 後ろから聞こえてきた音は急激にしおれていった。


 その隙に俺は全力で走り続けた。


「こっち!! こっちです!!」


 すると陣地の中から一人。俺を手招きして読んでくれている人がいた。ルアナ嬢だ。


 俺は何層か拒馬を飛び越えてからルアナ嬢の待つところまで逃げ切った。


「まったく!! 無茶をなさる!!」


「いや、まったく」


 その言葉には同意しかできない。


「でも、おかげで随分と手早くことがすんだでしょう?」


「それは! まぁ、そうですけど……」


 スッと顔を出したルアナ嬢に続いて、俺も敵の方へと顔を向けた。さっきまで俺を追いかけていた騎兵の集団は、いまや背を向けて逃走を始めていた。


 数騎の兵と馬を置き去りにして。


「急ぎ賊を捕まえろ!! 一人に対して五人以上で囲めよ!! 捕虜の収容で反撃を喰らうのが一番情けない失態だからな!!!」


 守備隊長の指揮のもと、兵士が何人か陣地から飛び出して言いつけ通りに取り残された敵を囲んだ。


 最早馬に乗って逃げるのを諦めて下馬したり、馬から放り落とされたりしていても抵抗する気は満々だった敵だが、分断して囲まれてしまえばあっけないものだった。

ここで無駄に抵抗してもあとの待遇が悪くなるのを理解しているんだろう。早々に武器を下ろし、両手を上げて降伏していた。


「いや、助かりました。黒騎士殿。あなたの計略のおかげで随分と楽に襲撃を凌げました」


「いえ、こちらこそ。矢を射っていただけなければ背中から串刺しにされていたか、馬に跳ね飛ばされていたところです」


「はっは。いや遅くなって申し訳ない。事前に何かしらの相談でもあればもう少しタイミングを掴めたんですがなぁ。あっはっはっは」


 からからと笑う守備隊長は相当にご機嫌なご様子だ。


「あの……」


「どうなさいましたルアナ様」


 ルアナ嬢から声をかけられた守備隊長が笑うのを辞めて真剣な表情を取り繕った。


「黒騎士殿の計略とは一体全体どういうことなんでしょうか? 私には黒騎士殿が一騎を倒した後で敵を引き連れてにげ……戻ってこられただけにしか思えませんでしたが」


 いま逃げてきたっていおうとしたな、絶対。


「ふむ……」


 あごひげを撫でつけながらこちらを一瞥した守備隊長に俺は頷いた。


「では、僭越ながら私めが説明しましょう。端的に言えば、黒騎士殿は自ら囮を買って出てくださったのです」


「囮、ですか?」


 首を傾げるルアナ嬢に、守備隊長は頷いてみせた。


「まずひとつ。敵は弓矢を警戒して騎兵を広く展開していました。おそらくは関所の正面を避けて迂回するつもりがあったのだろうと思います」


 守備隊長が右手の指を一本立てながら説明する。


「これに対して、我が方では突発的な事態に対して正面に拒馬を展開することは出来ましたが迂回路の封鎖は完全ではなく、このまま一騎でも通せば何らかの被害が出るところでした」


「それは……」


 ルアナ嬢がわずかに言葉を詰まらせるのを見て、守備隊長が頭を下げた。


「これに関しては私どもの想定不足、訓練不足ですな……。して、その状況において、黒騎士殿は単独で突出したのです。その狙いは……」


 守備隊長がタメを作ってわずかに視線を後方に向けた。そこには、関所の兵士たちが集まっている。


「分散していた敵の騎兵を集め、関所の正面へと集中させることです」


 おお、とか、なるほど、とかいう声があたりから聞こえてきて、俺は急に恥ずかしくなってきた。自分がやったことをこう持ち上げられつつ説明されるのは何だかこう背中がこそばゆくなるような感じがする。


 だからと言ってここで悶えて変な動きをして守備隊長の邪魔をするわけにはいかなかった。


「黒騎士殿は単独で敵前に向かい注目を集めてから一騎を簡単に無力化し、敵からの関心を引きました。そのうえで、敵の隊長格へと攻撃を仕掛け、さらには挑発を加えたのです」


 一気に俺に視線が集まってきたような気がする……


「こうなれば、敵からすれば黒騎士殿を無視して我々を攻撃するわけにはいきません。騎兵が九。これがただの一兵に恐れをなしたとでも噂が広がれば関所への攻撃を成功させたとして、彼らの評判には手痛い傷を負います」


 いや、そこまでは考えていなかった。敵が乗ってくればそれでよかったし、乗ってこなければ、そのままリーダーっぽい奴を倒せばいいやと思っていただけだ。


「結果、傭兵共は黒騎士殿を倒すために兵力を集中させ、黒騎士殿はそいつらを我々が手柄を立てやすいところまで連れてきてくださった、というところでしょうか」


 守備隊長、にこやかにこちらをみないでください。


「いや、そこまでたいしたものではありません。こうして私の命があるのも隊長殿を始め、皆様の活躍があってのことですし……」


「はっは、いや黒騎士殿は実に謙虚で頼もしいお方で御座いますなあ」


 守備隊長はにこやかに笑って。


「説明は以上です。納得いただけましたかな? ルアナ様」


「ええ、これ以上なく……此度の一件については私からお父様に先んじて報告を上げておきます」


「お頼みします。こちらでは反省改善も含めて警備計画の見直しを進めますゆえ……」


 スッと一礼して守備隊長殿は下がって関所の中へと戻っていった。それに続いて、兵士もそれぞれの持ち場へと帰っていく。


「さて」


 ルアナ嬢があたりを見回す。そして近くに誰もいないことを確認してから。


「此度の助力に感謝します。黒騎士殿」


 頭を下げた。


「そして、ようこそプラスタへ。コ―ネット家を代表して歓迎いたします」

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