第21話 覚悟
「最近大変らしいじゃないか、黒騎士殿」
そう言って、突然宿の部屋まで訪ねてきた閣下はにこやかな顔をしていた。
「ええ、まあ、何と言うか……ちょっと魔物を討伐しただけだというのになんでこんなことになるのか」
俺がそう言うとちょっとだけ閣下が不思議そうな顔をして間が空いたが、それでもまたにこやかな顔を張り付けながら。
「まあ、力と名声は色んなものを運んでくる。それこそ、君を騎士に推挙して王子の護衛につけたような私みたいなのがね」
反応に困るたとえを出してくるのは止めにしていただきたい。と口に出して言えればいいが、言えるわけがない。
「あははは」
なので少しだけ乾いた笑いで胡麻化すことにしておく。
「あ、あの、お茶が入りました」
俺と閣下が寒々しい会話をしている間にライラがおもてなしの準備をしてくれていたらしい。閣下と俺の間にあるテーブルに茶菓子と紅茶が並べられていく。
「この娘が黒騎士殿の付き人になったと噂の方か」
「ええ、ライラと言います」
俺が紹介するとライラはペコリと礼をして、音を立てずに席を離れてく。
「ほう、ここで名乗らず、別室に離れるとはねぇ。教養のある子の様だ」
「一応は庄で行商を担っていたようですから、礼儀作法については学んでいるようです」
「で、事情は知っているのか?」
閣下の目がスッと鋭くなった。
「ええ、口は固そうですし、何より決意に満ちた目をしていましたから。裏切ったりすることもないでしょう」
一切のためらいもなく言い切ると、閣下の顔にまた笑みが浮かべられた。
「ならいいさ。君のやることだ。そもそも私に口出しする権利なんかないのだからね」
ふふふと笑いながら閣下がライラの淹れた紅茶に口をつけた。
「して、このたびはどのような用件で?」
「君はせっかちだなぁ。少しは会話を楽しもうとは思わないのかい?」
そんな風に笑いながらも、閣下の手は懐へとのびていく。
「まずはこれを君に」
取り出されたのは一枚の封書と、丸められた羊皮紙だ。どちらにもシェーンハイム家の紋章を模した封蝋が押してある。
「これは?」
「こっちの羊皮紙は通行要請書だ。ここから北に行ったロンディニアという国、そこの交易都市プラスタに入る際に見せるといい」
丸めた羊皮紙が机の向こう側から押し出されてくる。
「そして封書はそこを治める我が義父イラリオ・デ・コーネット侯爵への紹介状だ。私からの餞別といったところだね」
封書は直に手渡してこられたので両手で恭しく受け取ることにした。
「ということはプラスタというのは」
「うん、妻の実家だ」
にっこりと笑う閣下の顔が先ほどまでとは違って少しだけ柔らかい。
「ロンディニアは魔物を飼いならす
「つまり、私のようなものでも活躍できる場があるってことですか?」
「うん。そういうことだ。この間のフォルタビウスの卵のおかげで私も随分と得をしたからね。オディゴの代金を差し引いてもおつりが出るくらいだったんだ」
「助かります。正直、王都に留まるには騒ぎが大きくなり始めていて……」
「はは、丁度良かったかね?」
「ええ、なんにせよ、いずれは他国に渡らねばならなかったのです。丁度良かったと言えます」
頷き、こちらが笑う。しかし、閣下の目は逆に細まった。
「だが、君には最後にもう一働きしてほしい」
その言葉には今まで以上に力が込められていて、交渉ごとに不慣れな俺でも大事な話なんだということが痛いくらいにわかった。
「お受けします」
「まだ詳細も聞いていないだろうに」
呆れたように閣下がちょっとだけ笑う。それでも俺は自分が真剣な顔で続けた。
「閣下には色々とお世話になりました。家族の下に戻る道を示してもらわなければ、私は力を振るい怠惰に過ごすだけのナニカに成り下がっていたかもしれません」
閣下の顔に張り付いた笑みが消えた。
「だからこそ、私は今回の依頼をお受けします。それが私に出来る精一杯の恩返しです」
「……っまったく、君ってやつは」
閣下が俯いた。その表情はこちらからうかがい知ることは出来ないが、ほんの少し、声が震えているような気がした。
「まあ、いいさ。ならちょっとだけ私と一緒に危ない橋を渡ってもらおう」
言葉と共に顔を上げた閣下の顔にはいつもの笑みが戻っていた。
「明後日、なにがあるかわかるかい?」
明後日といえば、なんだろうか。祝日ではないし、街で催事が行われるという話も聞いた覚えがない。あと、王都で何かが行われるというのであれば……
「王立学園の遠征ですか?」
「その通りだ」
少しだけ思い出すのに時間がかかったが合っていたようだ。心の中でほっと胸をなでおろしていると閣下の顔が真剣なものへと移り変わった。
「遠征と言っても、王都から北東にあるルダス湖で一泊して周囲にいる魔物を討伐するという遠足に毛が生えた程度のものだがね」
閣下が息を吸って間を取った。
「この遠征がテロの標的にされているという情報を掴んだ」
「なるほど、それを事前に防ぐ……」
「いや、テロそのものは起こさせる」
「なっ!!!」
あまりの驚きにそれ以上言葉が出なかった。
「そのうえで、被害を極小に抑えて下手人を捕らえ、黒幕を法廷に引きずり出す」
「一体、なぜ、そんなことになったのですか?」
自分の口から出た言葉が震えているのを、どこか別のところいる自分が聞いているような変な感覚がある。頭の中に冷静な自分と混乱しているが二人いるような奇妙さだ。
「つまらん政治の話だ。聞きたいかね?」
俺は深く頷いた。
「昨今の政治的な混乱というのはだね、三代前の王から始まっている婚姻外交が原因なんだ。当時は王国貴族内での婚姻が主流で血が濃くなりすぎていた」
「遺伝病、ですか」
「そうだ。これを避けるために積極的に友好国の貴族と婚姻を行い、二代前、先代も外国から正妃を迎えている。これに貴族も乗っかった」
それだけなら、何も問題が無いはずだ。血の濃さは薄まるし、外交的にも友好関係をアピールできるし、いいことづくめではないのだろうか。
「だが、ここ最近は王国の政治に外戚として口を出そうとして来たり、貴族の家の中でも後継争いだなんだに外国からちょっかいを出されているようで問題が出始めてきているらしい」
どうやら俺の考えというのは浅はかなものだったらしい。これだから政治とか貴族関係というのは厄介なのだ。もっとこうお互いにウィンウィンでいけるように上手いこと配慮しあえばいいのに。と、こんなことを考えられるのは、俺に日本人として、それも庶民の生まれの記憶があるからだろうけど。
「特に外国からタラタラと文句を言われているのが王立学園の制度だ。この制度がある限り、我が国の考え方というのが子供たちに植えつけられるわけだからな」
なるほど。確かに貴族の子は全員、学園にくる決まりだったし、ココを卒業していなければ後継者にもなれなかったはずだ。
「今代の王はそうした諸外国からの介入や干渉が多くなってきたことを危惧して自身の子が生まれるとすぐに国内の有力貴族の子らと婚約を結ばせていった。貴族の多くもそれに倣っている」
ああ、そういえば、学園にはやたらと
「今、思えば聖女の騒動もこうした動きに対するカウンターのようなものだったのだろうな。留学生として送り込んで婚姻関係を絡めとろうとしたわけだ」
「ハニートラップだったわけですね」
「はは、そうだね。君の言った通りあざとくやってくれたのかもしれないね」
シーっと唇に手を当てて内緒話だと強調してくる閣下の顔は、笑っていなかった。
「そうした策が不発に終わったから、今度は事故を装って生徒たちを危険にさらすつもりなんだろう」
「ということは、テロで生徒のいるところに直接魔法を叩き込んだり、暗殺者がやって来たりするわけではないんですね?」
「ああ、そうだね。ルダス湖に魔物を召喚する予定だと聞いている」
ホッと、とりあえず、安堵のため息が出た。さすがに爆弾や暗殺者から生徒全員を守ったり、超広範囲魔法を何とかしなくちゃいけないとかいう無茶苦茶はやらずに済みそうだ。
「では私の仕事は普段通りに魔物を倒せばいい、と」
「その通りだ。君以外にも多くの実力者が付近で待機しているし、王都からもすぐに騎士団が駆け付けられるように手配をされているそうだ」
閣下の言い方に少し、気になったところがあった。
「つまり、この情報は閣下だけが知っているわけではないのですね?」
『手配されているそうだ』ということは実際に手配したのは閣下ではないということだ。
「ああ、誰かから王へと報告され、王から信頼のおける少数の貴族に手勢を用意するように依頼があった。私もその一人ということだ」
シレっと言ってのける閣下の顔に汗が浮かんでいるのに気が付いて、俺は少し背筋が冷たくなった。
「ってことは、この依頼、しくじったらかなりヤバいのでは?」
「ああ、情報が漏れたり、失敗したりすると、最悪の事態が待っているね」
俺は今更ながら依頼を受けるといったことを後悔し始めたが、もう遅い。前言を撤回するつもりもさらさらないし、やるしかない。
「最善を尽くします」
「頼んだよ、黒騎士殿」
閣下からの握手に応じて、俺の覚悟は決まった。
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