第20話 反響

 王都に戻ってきた俺を待っていたのは、ちょっとありえないような出来事の数々だった。


 まずは冒険者ギルドからの勧誘。ちょっと歩くだけで、ギルド職員や現役の冒険者。さらにはちょっと買い物に寄った店でも店員や客と思わしき人物がしきりに冒険者を勧めてくるのだ。


 これにはちょっと辟易としそうだった。なにせ綺麗めな女性から小さな子供までちょっとした世間話のように「冒険者ってカッコいいですよね」とか「冒険者って憧れちゃうなぁ」なんて言ってくるものだから、嫌になる、というか警戒してしまう。


 明らかに裏があるのが分かってしまうのだ。


 なのでそういう連中を避けながら街を歩いていると、見かけるのだ。街のそこかしこに鎧を黒く塗った冒険者や傭兵を。


 鎧の修理の為に“土竜の金床”へと寄ったことでようやくその理由が分かった。


「ま、黒騎士殿の活躍にあやかろうって連中が鎧を黒く塗りこんでいるようでして……」


 親方によると傭兵や冒険者連中が俺の真似をしているらしい。もっとも動きやすい革鎧を黒く塗ったやつらの方が多いようで俺を騙ったりは出来ないようだが。


 が、今の王都では防具を黒く塗るのが流行しているようで、黒色の塗料が不足気味だという。


「じゃあ、この鎧の修理は時間がかかりそうか?」


 鎧をすべて外した状態で親方に聞いてみると、親方は大きく横に首を振った。


「んなわけないでしょう? いつだって黒騎士殿の要請に応えられるように塗料から材料まですべて在庫を取り置いていますよ!」


「助かるよ。フェルケイロンにフォルタビウスと連続で戦ったせいであちこちヘコんじゃってて、脱ぎ着するのがちょっと手間なんだ」


 特にフォルタビウスと最後にぶつかった時に出来た胸部分のヘコミは動きを制限するほどではないが、着るときにひっかかって面倒だったのだ。


「確かに、えらくヘコんじまってますなあ」


「直すまでどれくらいかかりそうだ?」


「そうですなあ……大急ぎでやって五日ってところでしょうか」


「じゃあ、それで頼む。代金は言い値で払うぞ」


「へっへっへ、相変わらずディルク様、じゃなかった黒騎士殿は金払いのいいお客様でいらっしゃる」


「あ、ついでに予備の鎧も用意してくれないか?」


「確かに、鎧を修理してる間に何かあったら大変ですもんね」


 俺は鎧を預けて、そして馬車の中に姿を隠して宿に戻った。


 馬車に揺られて少ししたところで御者台から声が聞こえてきた。


「黒騎士様着きましたよ」


 そう声をかけてくれたのはライラだ。彼女は今、俺の付き人になってくれている。


 あれはデヴォンを出立しようとしていたときだった。



♦♦♦



「黒騎士様!! 僕をあなたの付き人としてください!!」


 馬車を降りて、膝を地面に突きながらライラが俺に頼み込んできた。


「いや、付き人って言ってもだな……俺はそもそも無役だぞ?」


 そう、今の俺は無職。収入があると言っても魔物を倒したときの素材を売り払うくらいしか収入の当てはない。そんな中で付き人を雇うというのは、ちょっと考えづらい。


「構いません!! いざとなったらデヴォンの庄から仕送りを貰う手立てもついています!!」


 いや、それは俺が構う。実家から仕送りを貰っている部下を無給で働かせるなんて言うのは最早ブラックを通り越してダーク。そんな職場は存在してはならない。


「そんな奴隷みたいな扱いが出来るわけがあるか」


 言い切ると、うるんだ目でライラがこちらを見上げてくる。


 ギュッと結んだ口に力強い視線、握りしめた手からは決して引かないという感情がひしひしと伝わってくる。


「はぁ」


 俺は一つため息をつくと。


「厄介ごとばかりに首を突っ込むぞ」


「構いません!!」


「あちこちの国を巡ることにもなるぞ」


「構いません!!」


「面倒くさい事情だってあるんだぞ?」


「覚悟しています!!」


 即答だ。


「はぁ」


 もう一度、ため息が漏れた。


「わかった」


 その一言で、ライラの目が輝いた。


「とりあえず、王都の宿まで行こう。そこで諸々の事情を説明する」



♦♦♦



 ということで、ライラの馬車で宿まで戻ってきたのだ。


 そこで俺はライラに一連の事情を説明した。聖教国と揉めたから騎士号のはく奪、そして黒騎士となった流れを説明したところ、ライラはパッと明るい顔つきで。


「黒騎士様って、本物の騎士様だったんですねぇ」


「今は自称騎士なんだけどな」


 二人して顔を見合わせて笑う。


「で、黒騎士様はこれからどうするおつもりで?」


「辺境伯閣下からの依頼待ちってところだな」


「なるほど」


「というわけで、ライラもここの宿に部屋取ってこい」


 俺は自分の懐から金貨を取り出してライラに放り投げた。


「わ、っわ。分かりました」


 慌てて金貨を受け取ってから、ライラは部屋を出て行った。


「ふう」


 俺はベッドに身体を横たえながら天井をボーっと眺めた。


「なんかすごいことになってきたな」


 ちょっと魔物を討伐しただけで冒険者ギルドからの勧誘やら黒塗りの鎧が流行ったりと、ちょっとわけが分からない。


「これ以上ヘンなことが起きなきゃいいけど」


 その期待は簡単に裏切られることになる。



♦♦♦



「ですから、是非とも黒騎士様に我が商会の危機を救っていただきたく……」


「断る」


 鎧が修理から戻ってきて、オディゴを走らせるついでに付近の魔物を狩った帰り道。もはやここ最近の定番ともいえるような声掛けをされてしまった。


「そこをなんとか! 黒騎士様は弱き者の味方であると聞き及んでおります!! どうか戦う術の無い我が商会に救いの手を……」


「だから断ると言っている。魔物退治ならば冒険者ギルドに依頼すればいいだろう?」


「しかし冒険者ギルドには頼めば依頼料が嵩みまして……」


「それが払えんと言うならしょうがないのでは?」


「しかしアルスクの庄には」


「デヴォンは食うにも困り、わずかな金品を集めて売り払ってまで、冒険者ギルドに魔物の討伐を依頼しようとしていたが……。そちらの商会はそこまで困窮しているのか?」


「ぐっ……」


 さすがに往来のど真ん中で食うにも困っているというわけにもいかないのだろう。そんなことを言ってしまえば『うちの商会は潰れる一歩手前です』と自分でアピールする形になって、取引先との関係が悪化してしまう。


「じゃあ、そういうことで」


 苦虫を嚙み潰したような顔でこちらを睨みつけてくる商人をその場に残して俺はオディゴの足を進めた。


 ここ最近は似たようなことを言ってくる奴らが多い。冒険者ギルドに金を払うのを渋り、無給でこちらを働かせようとする連中だ。


 フェルケイロンは辺境伯閣下の依頼で、フォルタビウスは俺のわがままで依頼料だの無しに討伐したわけなのだが、それを自分勝手に解釈して、こちらが名誉だけを求めてタダ働きするアホだとでも思っているのか、毎日のように声をかけてこられている。


 そうしてこういうやつらが来ると。


「ね、ね? ああいう商人連中って鬱陶しいでしょう? でもでも、冒険者ギルドに加入すればそれも防げます!!」


「間に合ってます」


 もう何と言うか、すべて仕込みなんじゃないだろうかと疑いたくなるくらいに嫌なコンボが成立してしまう。


「はぁ、ホントありえない」


 どうして魔物を討伐しただけでここまでの影響が出てしまうのか。俺は頭を抱えるようにして宿まで戻った。

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