【新たな出会いと門出】

 次の日の早朝、走りに行って体幹を鍛えシャワーを浴びて一息ついていると、携帯が鳴った。

 出ると卓三で鳴き声だった。

「もしもし連くん。申し訳ない。やはり無理です・・・」

 俺は何が何だかわからず「え?何が?どうしたの?」と聞くと、卓三は泣きながらも興奮した状態で一気に話した。

「申し訳ないけど郵便物の投函はやめてください。お願いします・・・僕は、僕にはやっぱり復讐なんてできない・・・人の人生を狂わすことなんてできやしないんだ。それができる人間なら、はじめから死のうとは思わないことに気ついた・・・だから僕はもう・・・先に死のうと思います・・・」

 卓三の性格から、ある程度は予想できたが「先に死ぬ」とまで言ってきたのは予想外。俺は超焦った。

「ちょ、ちょっと待ってよ!わかった。全然大丈夫だよ。投函はやめよう。卓三さんの復讐はもうやめよう。でも死ぬのはちょっと待ってよ!あっほら言ってたじゃない。俺の復讐にも付き合ってくれるって・・・国家と戦おうって。この社会をダメにした政治家に痛い目を見せてやろうって・・」

「・・・でも僕はもう心が折れたというか・・・いや、もともと僕にはとてもそんな大それたことはできっこない・・・そんな人間じゃない・・・もうこの世に居る意味なんてないし、正直どうでもいい・・・」

 電話越しに聞こえてくる卓三の声が急激に無感情で冷たく冷めきっていくのかわかり、俺はその声に何て言えば温度を足すことができるのかと、必死に考えながら言葉を発する。

「わかったよ。死ぬこと自体は止めないけど。今ここで卓三さんに死なれたら、この先の復讐が何もできなくなっちゃうから、せめて今日だけ、機材の使い方とか・・・そうだ。なんて言ってたか・・・あっお化けアプリ?の使い方も教えてよ!それからでも遅くないでしょ?たかこさんの復讐にそのお化けアプリを使いたくてさ。だからちょっとだけ死ぬのは待ってくれないかな。っていうかお願いします!」

 しばらく沈黙が続いた。そして若干、ほんの少しだけ温度が戻った声で卓三が言った。

「・・・わかりました・・・ちなみにゴーストアプリね」

 電話を切り、俺は急いで昨日新聞の切り抜きで作った手紙を修正し、会社の住所で三人の宛名入りの三通の封筒を作り上げた。

 十時を過ぎた頃に卓三以外の皆が集まってきて、そこで俺は卓三の復讐について詳しいことは言わずに、もう終わったとだけ告げた。

そして、今日は俺だけ出かけることを伝えて、皆にはここに残ってもらい、卓三が来たらコンピューターの使い方などを全員で習ってもらってくれと頼んだ。皆は快く了承してくれ、俺はカバンに必要な物を入れてアパートを出た。

 行先は卓三の会社。行く道にあるポストに早朝作った封筒を投函。

会社の前に着き、俺は深呼吸を一つして両手で顔を叩いて気合いを入れ、会社へと入って行った。

 入るとテレビドラマで見るような結構大きな会社で、真正面に受付があった。そこに二人の受付嬢が居て、近づくにつれて見覚えのある顔を発見。そいつに話しかける。

「すいません。村上常務に面会したいんですが…」

 普通、会社の受付嬢というものは会社の顔であり、愛想が良くなければいけないと思うが、この見覚えのある受付嬢は書類をめくりながら俺の目も見ずに答えた。

「お約束はありますか?」

「ありません」

 俺が答えると受付嬢は書類から目を外し、一瞬だけ俺の顔を見て、すぐに視線を書類に戻す。

「基本的にお約束が無ければお取次ぎできませんので、お引き取りください」

『基本的にってなんだよ。つか、まずちゃんと目ぇ見て話せよ』と思いつつ・・・

「いや、急なお話なのでぜひお会いしたいのですが・・・」

 俺がそういうと受付嬢は、相変わらず書類に目を向けたまま話す。

「失礼ですがどういったご用件で?」

「退職した従業員の件で、お話がしたいんです」

 受付嬢はあっさり言った。

「無理ですね。お引き取りください」

 俺は『こいつには何回お願いしても無理だ』と思い、切り札となる写真をポケットから出して、もう一人の受付嬢には見えないように見せた。

「これで何とかお願いできないですかね?」

 受付嬢はすごいわかりやすい二度見をしてから、もう一人の受付嬢に「ちょっとここいい?」と言って、その場から離れた。俺がついていくと、大きな植木の陰に行き、若干切れ気味に口を開いた。

「何ですか?これ」

 俺はポケットからUSBを出して言う。

「俺は別にあんたをどうこうしようとは思ってないから顔は加工してあるけど、原本はここに入ってる。もうこれには用はないし、あんたにもこの先関わることはないから、これで何とか村上さんに会えるように交渉だけでもしてくれないかな?」

「断ったら?」

 俺はふと、前に思った復讐に巻き込む人間の範囲のことを思い出した。『なるべく巻き込む範囲を狭くしたいな』と思いつつ答える。

「別に断ってくれても全然構わない。俺がこの場からすぐに立ち去るだけだよ。でもこれは俺が持って帰る。そして永遠に俺が持ち続けることになる。それだけの話だよ」

 受付嬢は一瞬の間をおいて、聞いてきた。

「本当にそれだけ?他に何か持っているとかじゃないの?」

 不倫するだけあって結構疑い深い。

「本当にこれしかない。あんたをどうこうってなら、初めから顔に加工なんかしやしない。っていうか結局は信じるか信じないかの話になるけど、もし何かあったら警察に通報してここの防犯カメラの映像を見せて俺を逮捕させればいい。俺は逃げも隠れもしない。ただ上川を救おうと思って、通報するならやめた方がいい。俺は命を懸けているし、なんならすでに命は捨てている。警察でも国家でも相手にする覚悟はあるし、絶対に負けやしない。もちろんこの会社ごと潰すし、その時は全力であんたにも追い込みをかける。あんたの大事な人間、家族や友人ペットまで全てを壊しに来る。必ずだ」

 受付嬢は俺の目をジッと見たあと、黙って写真とUSBを受け取って受付に戻り、電話を手にした。数分後電話を切って俺にメモを渡し、エレベーターの場所を教えてくれた。

俺はエレベーターで4階にあがり、メモに書いてあった応接室らしき所で待つ。

数分後にドアがノックされ一人の男が入って来た。若干白髪交じりのきっちり七三に分けられた髪に高そうなスーツ。

 誰がどう見ても紳士といった風貌だった。その男は態度も紳士的だった。

「すみません。お待たせしてしまって。常務の村上と申します。何やらうちで働いていた人間について話がしたいとのことですが・・・」

 村上は俺に低姿勢で名刺を渡しながらそう言った。俺はその紳士的な態度に、こちらもそれ相応の態度で示さなければいけないと思った。

「突然すみません。自分は、名刺はないんですが国定連と申します。実は以前ここの会社に勤めていた卓・・・いや木内卓三さんの友人なんです。覚えていますか?木内卓三さんのこと」

「えぇ。覚えていますよ。仕事ができる男だったので、辞めたと聞いて本当に残念に思っていました」

 村上はソファに座るように促してくれた。座ると驚くほど柔らかかった。

「実は木内さんが会社を辞めた理由が、同じ部署の連中による理不尽極まりない嫌がらせだったんですが。それはご存じでしたか?」

「いえ・・・そうだったんですか?」

 村上は若干驚いた表情になる。

 俺はカバンから小型のDVDプレイヤーを出し、卓三が三人に会いに行った時の映像と卓三に持たせたICレコーダーの音声を合成したものを見せた。

「これは最近の映像で、これだけ見ても嫌がらせがあったことはわかりますが、会社に居る時はもっとひどくて。毎日三人分の昼飯代を支払わされ、しかも会社の業務連絡を教えてもらえず、ミスばかりしていたと言っていました。しかも上司に怒られているところを動画で取られて部署内に拡散されたりして・・・挙句の果てにうつ病を発症して仕方なく会社を退社したと言っていました」

「・・・そうでしたか・・・それで木内くんは、今は何を?」

「無職です。実は退職後はそれを家族には言えずに、サラ金に借金して生活費を入れていたんですが、疲れ果ててしまって自分に保険金をかけて自殺しようとしているんですよ」

 村上は黙り込んだ。そして何かに気づいたらしく重い口を開いた。

「それで・・・今日の国定さんの用件というのは何でしょうか?もしかしてこれをネタに会社を訴えるとか・・・」

 俺は慌てて言う。

「いやいやいや、違いますよ。まったくそんなつもりはありませんし、本人も、今だに自分が悪いと言っていますので、そういうことではないです。僕が今日来たのは、友人としての想いというか・・・卓三さんを会社に復帰させてほしいんです。できればあの三人をクビにして」

 それを聞いた村上はまたしばらく黙り込んだ。そして、さっきとはまた別の感じの重さで口を開く。

「そうですか・・・仕事ができる分、木内くんを会社に復帰させるのは彼の意志もありますが、そう難しいことではありません。しかし、会社としては会社に損害を与えていない三人をクビにするのは極めて難しい問題です・・・」

 以前の俺なら、それを聞いて「会社に損害を与えてなけりゃ、何をしてもいいってことか?おい!」と怒鳴りちらすが、今日は違う。

「そうですよね・・・会社ってそういうものですからね。あの三人が居るうちに卓三さんが復帰してもまた同じことが繰り返されますし・・・あっじゃもし、もしですよ、あの三人が自分の意志で自ら退職したら、その時は卓三さんが復帰できるように、手回ししてもらえますか?」

 村上は明らかに困惑した表情になった。

「えぇ?そりゃ、そうなれば会社としても彼の技術は必要ですので、可能だとは思いますが・・・」

 俺は村上に、その先を言わせずに言った。

「そうですか。良かった。用件は終わりです。今日はお忙しいなか、時間を取っていただきありがとうございました。それでは失礼いたします」

 俺がドアから出ようとすると、村上が焦った感じで声をかけてきた。

「あの、国定さん。用件は本当にそれだけですか?」

 俺は振り向いて答える。

「え?・・・もちろんですよ。本当にそれだけです。それでは失礼します」

 俺はドアを閉めエレベーターに乗った。その中で、今回村上が突然来た訪問者に会った理由になんとなく気づいた。

『おそらくあの受付嬢は村上とも関係がある。それをあの受付嬢が村上に匂わしたから、村上が探るために俺と会ったに違いない。え?だとすると、あの受付嬢は何者だ?何で会社の幹部連中複数と関係を持っているんだ?・・・金か。ただ者じゃないな・・・』

 俺がエレベーターを出て受付嬢に会釈をして会社から出ようとすると、例の受付嬢が追いかけてきた。

「あなたに興味があるの。あなたも私に興味を持ったはずよ。今日六時にここに連絡ちょうだい」

 そう言うとポケットからメモを出して俺に握らせ、さっさと持ち場へと帰っていった。メモを見ると「新藤めぐみ」とあり連絡先が書いてあった。俺はそれを財布にしまい外に出た。太陽が眩しく気持ちも晴れやかだった。

『これで卓三の件は解決だ』

 そう確信するのは、ここに来るときに途中で投函した三通の封筒の内容にある。

上川、田中、溝口のそれぞれに、「この封筒が届いて三日以内に辞表を出さなければ、それぞれの写真をすべて大量にコピーして会社と家族、ネットに拡散し続ける。永遠に」と記しておいたからだ。

これで辞表を出さなかったら、俺は本当に実行に移す。実行に移せばおそらく辞めざるをえないだろう。どちらにしても卓三は会社に復帰できることになる。

後は卓三に打ち出の小槌で協力してくれたお礼金をあげ、借金を返させればすべて解決。

 卓三と家族との関係性は別にしても、卓三の死ぬ理由はなくなる。

『やはり人のために良いことをすると気分がいい』

 晴れた天気に加え、気分も晴れやかでウキウキしながら高円寺へと帰った。

部屋に帰ると皆が机を囲み、お茶しながらワイワイしていた。

 俺も荷物を置き、手を洗ってその輪に入ろうとすると卓三が改めてと言った感じで口を開いた。

「みなさん。全員揃ったところでお話しがあります。私ハンドルネーム卓三は、今日限りで皆さんとお別れをしたいと思います」

「はぁ?突然何言ってるの?」

 卓三の隣に座っていたりんが言う。

「実は今日皆さんに色々教えておいたのはそういうことで、私の復讐をいうか、それは終わりましたので、お先に失礼しようと思います」

 卓三はりんの質問には答えずに、冷静な表情だ。

「え?え?お先に失礼ってどういうこと?」

「全然良くわからないんだけど。どうしたの?本当に・・・」

 剣とたかこが続けて口を開いたが。俺はそれを予測していたので、落ち着いて卓三の次の言葉を待った。

「色々と皆さんには、私の復讐のために力を貸してもらったのに、最後の最後で私の勝手な想いでキャンセルしてしまって本当に申し訳なかったです。でも僕自身は納得しています。皆さんには本当に感謝しています。人生の最後に皆さんと出会えて本当に良かったです・・・」

 俺はここで卓三の言葉を遮った。

「卓三さん。ちょっと待って。俺今日ちょっと考えがあって色々最後に手を打ってきたんだよ。とりあえず五日、五日たっても卓三さんの身の回りで何も変化がなかったらってことにしてくれないかな?それまでは、ほら俺自身は何も機材について教えてもらってないからさ。5日間だけ待ってはくれないかな・・・」

 俺の言葉に皆が注目した。りんが何か言いたそうにしていたが、その前に卓三が口を開いた。

「ごめんなさい。連くん。僕はもう・・・」

「わかった。じゃ三日でいい。三日間だけ時間をくれよ。本当に本当にお願いします。この通りです。それまではどうか待ってください・・・」

 俺は床に頭をこすりつけるように土下座をしてお願いした。卓三は明らかに困惑した感じで答える。

「ちょっと困るよ。頭をあげてよ・・・」

「いや、ほんとに三日でいいから待ってください。お願いします。このままだと誰も幸せにならないし、必ず後悔するから・・・お願いします。ほんとにお願い・・・」

 しばらく沈黙が続き、卓三が口を開いた。

「わかったよ・・・わかりました。なんだかよくわからないけど、三日間だけ待つことにします」

「良かった。絶対に大丈夫だからさ。俺に任せてよ!よしっこれで一件落着だ。とりあえず飯食おう!」

 俺が言うと皆も全てを理解していないだろうが、とりあえず俺に便乗してくれたようで、りんとたかこが食事の準備に取り掛かった。

 俺というと、すぐにあることに気づいた。

『俺があの三人の手紙に三日以内に辞表を出せと書いたが、ポストに投函したから手紙が会社に届くのはおそらく早くても明日・・・そうなると卓三に待ってもらう三日間では一日足りなくなる・・・』

 俺はすぐに「やっぱり四日間ってのは、どうかな?」と言ってはみたが、卓三をはじめ、皆が冗談としてしか受け止めてくれず、すぐに却下された。

 結局あとは神頼みしかなくなり、各手紙に「辞表を出さなかったら殺す」くらい書いておいたほうが良かったかなと思いつつ、不思議と絶対大丈夫だという根拠なき自信もあった。

皆でちょっと遅めの昼食をしたあと、俺も皆と一緒に夕方まで機器について学ぶことにした。

 パソコンに向かい動画の編集ソフトや音声編集ソフト、画像編集ソフトの使い方を学ぶ。

それが一通り終わると続けざまに小型カメラとパソコンのつなぎ方、無線機とパソコンをつなぐ方法などの説明に移った。

 卓三は誰にでもわかるように丁寧に教えてくれているようだが、基本的に機械に弱い俺にとって、一日では到底覚えられない量だ。

『こんなに一気に詰め込んだら頭が破裂する・・・』

 そんななか、剣がその才能を開花させた。一人また一人と脱落する中で、剣だけが夢中になって教えてもらっていたのだ。

 それを見た俺は、もしかしたら剣も死なせないで済むかもしれないと思い、嬉しくなった。

『人は何か夢中になれるものを見つけると何十兆という全ての細胞の中にある本来の性質、生きるということ、逆に言えば死に全力で逆らう力が目覚めるらしい。もしかしたら剣にも同じことが起こるかもしれない・・・』

 そんなことを考えていると、いきなりりんが耳打ちしてきた。

「良かったね二代目ができて。ちみにはちょっと無理だもんね」

「何をおっしゃるウサギさん。僕もね、本気を出せばあんな人間が作った機械なんて、お茶の子さいさいなのだよ」

 りんは呆れて冷たい視線だけ送ってきた。その冷たい視線で、ふと思い出す。

「あっそうだ。今日さちょっと気になる人に会ってさ。後で連絡してくれって言われたんだよね」

 俺がポッケから名刺を取り出すと、りんがサッと奪った。

「何々、新藤めぐみ?」

 俺は卓三に聞こえちゃまずいと思い、すぐにりんの口に手を当てた。

「しぃ!今は卓三さんに聞こえちゃまずい」

 卓三に目をやると剣が真剣にパソコンに向かう後ろで、たかこと雑談している。

 そして、りんの唇の感触に気づいた俺はあわててりんの口から手をどけ、りんの唇の感触に若干惑いというか照れていると、りんは何とも思っていない感じで、今度は若干小さ目な声で聞いてきた。

「どういうこと?っていうか誰?気になるってどういう意味?」

 その目は鋭かった。俺は若干ビビりながら小声で説明する。

「あっいや、変な意味じゃなくて、これあの卓三さんの上司の不倫相手でさ。俺の勘だと、どうもその上の上司とも不倫関係という気がして・・・会社で二人と不倫ってさ、何だか気になるっていうかさ・・・」

「ふぅん・・・で?そもそも君は、今日はどこに行っていたの?」

 俺はりんには話してもいいかと思い、三人からちょっと離れて今日の行動をりんに全部話した。

するとりんは卓三については褒めてくれ、もし新藤に連絡して会うことになったら一緒に行くと言ってきた。

俺もそうなったら一応ICレコーダーは持って行こうと思ってはいたが、撮影もしておいた方がいいと思い了承。今何時かと思い時計を見ると五時四十五分だった。

りんにこういう連絡は女性的に時間きっかりにした方がいいのか、それとも遅らせたり早めに連絡したりした方がいいのか聞くと「もちろんきっかりでしょ」とのことだったので、六時きっかりに外へ出て電話をかけた。

 三コール目で新藤は出たが、ものすごい警戒心を持った声。

「もしもし?誰?」

「あっ、えっと新藤さんの電話ですか?国定連といいますが・・・」

 すると若干警戒心が抜けた声に変わった。

「やっぱり私に興味があったのね?いいわ。とりあえず電話じゃあれだから、今からどこかで会わない?っていっても、池袋で会うのはNGよ」

 俺は断る理由もないので了承した。ちなみに新藤は茶目っ気を含めて池袋で会うのはNGだと言ったかもしれないが、女性の気持ちに疎いと自分で自覚しているため、そこはスルー。その他どの場所がダメなのかも聞かずに、とりあえず高円寺ではどうかと提案した。高円寺にも何件かラブホはあるが、さすがに密会するにあたってコア過ぎると思ったからだ。

新藤も高円寺でいいとのことだったので、七時に高円寺駅の改札で待ち合わせることにして電話を切った。

 電話を切ったすぐに、俺はやはり新藤は村上と何かしらの関係あると思った。

なぜなら、俺は会社で新藤には名前を聞かれなかったし、自分からも言っていない。この電話で新藤が国定という名を聞いただけで俺と気づいたってことは、俺が帰った後に村上と連絡を取り合ったということになるからだ。

 とにかく俺はりんと会う場所を確認して、皆にはちょっと買い物に出てくると言って、バレないように無線機やら小型カメラなどを準備して六時四十分に家を出た。

駅までの道のり、りんと横並びで歩くと何だか急に照れくさくなって改札まで無言で歩いてしまった。改札に着き、りんの姿が無いのに気づく。

 俺がきょろきょろしていると、突然イヤホンから声が聞こえた。

「何やってるの?私はちょっと離れた所から張ってるって言ったでしょ!」

「あぁそうか。ごめんごめん・・・」

 どうもりんと一緒にいると色々と乱される。

深呼吸を一つして待っていると、七時三分前に新藤が現れた。自信に満ち溢れ颯爽と歩いてくるその姿には、元モデルでファッションショーにでも出た経験があるのではないかと感じさせるオーラがあった。

 とりあえず俺たちは北口をちょっと歩き、ビルの三階にある喫茶店に入ることに。喫茶店に入っても、どうしてもりんがどこにいるのかが気になってしまい、席に着いて新藤がトイレに行った隙にりんの姿を探した。

 するとまたイヤホンからりんの叱咤が飛び込んだ。

「キョロキョロすな!」

「すいません・・・」

 俺はすぐに姿勢をただし、新藤を待つ。

新藤が帰ってきてブレンド二つと新藤はサンドウィッチ、俺はピザトーストを頼んだ。

 りんはと一瞬気になったが、また怒られるので新藤に集中しようと思い水に手を伸ばすと、不意に新藤が聞いてきた。

「つかさ、国定さんは何をやっている人?」

 突然の質問に驚き、しどろもどろになる。

「え?俺はあれだよ・・・えっと・・・何?探偵?・・・とかそんな感じ?・・・かな」

 新藤は間髪入れずに言う。

「嘘だ。何かとんでもないことしようとしてるんじゃないの?例えばテロとか」

 俺は水を口に含んでいたが、それを吹き出しそうになり、何とか飲み込んで言った。

「な、何を言ってるのよ。そんなことする訳ないじゃん。やめて大きい声でテロとか言うのは・・・」

 それでも新藤は引き下がろうとはしない。

「じゃ何で?何で会社であんなこと言ったの?命捨ててるとか、国家相手に負けやしないとか」

「あぁ、あれは何だ。そういう覚悟で日々生きているというか・・・」

 新藤の疑いの目は、全く変わらない。丁度その時頼んだメニューが届いて二人共それを口にし、長く感じる沈黙が続いた後、また突然新藤が口を開いた。

「私はね、会社の社長を含めて重役達七人と不倫関係を持っているんだよ」

 俺は飲んでいたコーヒーを今度は吹き出した。俺はテーブルに噴き出たコーヒーを拭きながら答える。

「あぁ、そうなんだ・・・」

「そう。何のためかわかる?もちろんお金のため。私は片親で母親が風俗嬢でね、昔から本当にひどい目に遭ってきて・・・だから人は絶対に信用しないことにしてる。お金と自分しか信用しない。だから私はお金さえ貰えれば、たいていのことはするよ。不倫なんてお茶子さいさい。もし私の力が必要なら・・・」

 俺はここで言葉を遮る。

「ちょっと待って。何でそんな話を俺に?」

「だって、あなた全然胸襟ひらいてくれないんだもん。だから私が先にひらいたんだよ」

 その言葉を聞いて何だか男として情けなくなった。普通はそういう時は男から胸襟を開くものだろう。

「・・・ごめん。そうだったんだ。えっと、俺は元々自殺するつもりだったんだよ。でもどうせ死ぬなら薄汚い奴らすべてに復讐してから死のうと思っているんだ。ただそれだけ。あっ、でも会社に行ったのは、なんていうか仲間を生かすというか、幸せにしたくて行っただけで。まぁ、自分以外のことだから詳しくは話せないけど・・・俺自身のことでいうと相手は国家そのものでさ。最後はこのくだらない国家社会を作った政治家たちを殺ろうかと思ってるよ」

 新藤は、俺の話の始めは真剣に聞いていたが、最後の「政治家たち」と聞いて半笑いで言った。

「やっぱテロじゃん」

「あっ、違うんだよ。テロは関係のない人を巻き込むけど俺は・・・まぁ正直どこまでが関係ない人間なのかは、常に考えて葛藤はしているというか・・・そのつもりなんだけど・・・とにかく世間一般的なテロとは違うというか・・・そういうのにはしたくないというか・・・まぁそんな感じ」

 新藤がりんと同じような愛おしい表情になっていることに気づき、俺はふともしかしたら女性の母性本能を擽るのが上手いのかもしれないと思い上がっていると、新藤の携帯が鳴った。

 電話には出ずに携帯画面だけを確認して言った。

「あぁ、ごめんなさい。私もう行かなきゃ。とにかく国定・・・連くんでいいか。私は連くんを気に入ったよ。何かあったら、連くんなら優先的に何でも半額で引き受けてあげるからさ。その時は連絡してよ」

「あぁ、ありがと・・・」

 新藤は去る前に伝票を取り上げようとしたので、俺はそれを遮った。新藤は今ではあまりしないであろうウインクをしながら「サンキュ!」と言ってその場を去っていった。

 俺は半額って元々の値段っていくらなんだろうとか、どうでもいいことを考えながら、しばらくボーっとしていると、いきなりりんの姿が視界に入ってきた。

「おいおい、ちみは何を見惚れているのかな?」

「は?見惚れてないよ。っていうかどこに居たのよ?」

 りんは目を細め疑いの表情で、顎で自分が居た席を指し、自分の伝票を俺の顔に押し当て不機嫌そうに店を出た。俺はすぐに二枚の会計をしてりんの後を追い、何だかわからないけどとりあえず謝った。

 するとりんは、にやりと笑いながら振り返る。

「なぁんちゃってね。別にいいよ。だって童貞君だもんね」

 俺は何か腑に落ちずにいたが、まぁりんが怒ってないので良かったと思った。俺たちは歩きながら新藤について話した。

「ようするに、どういうこと?新藤って子は色気仕掛けを武器にして、連の力になってくれるってこと?」

 りんの質問に対し、俺は色仕掛けって若干古い言葉だなと思いつつ。

「そうらしいよ。あの子は使える。最終的に芸能人や政治家を相手にする時は、そういう力も必要になってくるかもしれないから・・・でもなぁ・・・」

「何さ」

「やっぱ何か女性にそういうことをやらせるのはね・・・」

「何を言ってるのかね。童貞のくせに」

 りんが間髪入れずに言ってきたので、俺は若干カチンを来て反撃開始。

「あのね、さっきから・・・っていうかいつも童貞童貞とバカにしますけどね、童貞の何がいけないんだろうね?大体セックスってのはね、この世でたった一人の伴侶と愛し合って自分の子孫を残すという、とても崇高で尊い行為だと思うんですよ!」

 りんは俺が若干切れてセックスとか大きい声を出したことに驚き、恥ずかしくなったのか、俺を制しようとしたが、俺の勢いは止まらない。

「それをね、何人とセックスをした方が凄いとか?童貞がダメ男とか?その考え方がね、俺にはさっぱりわからんのですよ!何なのよその発想は!どこから来たんだろうか?え?どこ?どこですかねぇ!」

「わかった。わかったから静かにしようね」

 俺の勢いは、まったくもって止まらない。

「静かになんかしませんよ!だってどう考えてもおかしいじゃない!いやいや絶対におかしいわ!俺は童貞ですよ!三十路になっても童貞!これの何がいけないんですか?ねぇ!」と少し前を歩き俺の大声に反応して何度か振り返っていたまったく関係のないサラリーマンに同意を求めた瞬間、俺は首に重みを感じた。

 次の瞬間、目の前が暗くなり唇にぬるっとした感触が。りんが俺の暴走を止めようと首に手を回しキスをしたのだ。

「わかったから、ここは公衆の面前だから大声は出さずに、とりあえず帰ろうね」

 りんが耳元で言ったので、俺は茫然としながら答えた。

「・・・はい。すいません・・・」

 俺たちは二人肩を並べて歩いた。

俺はふと、公衆の面前で大声でセックスとか叫ぶのと、キスをするのはどっちが恥ずかしいんだろうと思った。しかもぬるってことは舌も入ったんだと思うと、嬉しさと興奮で胸がいっぱいに。行きと同様、それ以降は何も話すことなくアパートに戻った。

 アパートに戻ると卓三と剣はパソコンの前で色々とやっていて、たかこは一人でスマホをいじりながらお茶をしていた。三人はすでに夕食を済ませたとのことで、たかこが俺たち二人の食事を作ってくれ、夕食を食べていると作業を終えた卓三と剣がやってきた。

そして、たかこを加えた三人で買い物にしては遅いだの、本当はデートしていたんじゃないかとか、前々から二人は怪しい関係だとかしつこく追及された。

俺はキスの件があったため若干あたふたして色々と反論していたが、りんは何事もなかったように軽くあしらい、普通に振舞っていた。

 次の日りんには火咲について調べてもらい、剣には一応皆川を追って一日の行動について調べてもらった。

俺は卓三からマンツーマンでパソコンを習い、たかこには前日同様、家事などを頼んだ。

 この日の成果はりんが実際に店に侵入して火咲を指名し、今度は自分で直接火咲本人から連絡先を聞き出した。皆川に関しては特に怪しい行動はなく、何もなかった。

 そして、卓三最後の日。

待ちに待ったことが動き出す。

 午前中に皆が揃い、りんが火咲、剣が皆川の恋人について調べるための準備をし、卓三が今日で最後だと挨拶をして、俺が歯痒い思いをしながらパソコンに向かおうとすると、卓三の携帯が鳴った。

 卓三が奥さんからだと言い、出ずにそのまま放置していた。

俺は内心必死になりながらも言葉は柔らかく「とりあえず出てみてはどうか」と促すが、卓三は頑なに出ようとしない。

 俺が再度、「今日で本当に最後なんだから!」と少々強めに勧めると、卓三はしぶしぶ電話に出た。

「もしもし・・・あぁ僕だよ・・・すまない。本当にすまないと思っているよ・・・え?村上常務から?」

 俺は「よしっ!」とガッツポーズをし、卓三の電話が終わるのを待った。

卓三の表情や言葉から、奥さんにとにかく一度家に帰ってきて欲しいというような言葉を投げかけられたことが推測できた。

 そして、迷ったあげく最後は渋々一度帰るような感じで電話が終わると同時に、俺は卓三と皆に言った。

「卓三さん。今すぐに家に戻りなよ。みんな聞いて!卓三さんは今日でサヨナラだけど、無事に家に帰ることになったから」

 たかこと剣が、何が何だか全く分からないと言った顔をしている。

「どういうこと?」

「うん。全然わからない・・・」

 俺は全ての過程を話すと凄い時間がかかるので、端的に言った。

「ようは、卓三さんは死ぬ理由が無くなったというか、これから全て無くなるんだよ」

 この発言には卓三も疑問に思った顔をしたが、俺は急がせた。

「とりあえず早く帰った方がいい。俺ちょっと卓三さんを駅まで送ってくるよ」

「えぇ?じゃみんなで駅まで送ろうよ!」

 りんが言うと、たかこと剣もそれに賛成した。

俺はできれば卓三と二人で駅まで行きたかったが承諾し、皆を先に外に出して押し入れを開け、毎日コツコツ複数の銀行から降ろしてあった札束を封筒に入れて外に出た。

 外は秋晴れで心地よい気温。皆でワイワイと駅まで歩いた。そして駅に着き、皆がそれぞれ別れの言葉を掛け合い、最後に卓三が言った。

「本当に色々お世話になりました。何だか急でまだよくわかってないけど、とりあえず家に帰ってみます。みんなには本当に感謝しています。本当にありがとうございました」

 卓三は深々と頭を下げてくるりと振り向き、改札へと歩いて行った。

俺は感動的なシーンだなと思いながら卓三の背中を眺めていたが、お金のことを思い出しダッシュで追いかけた。

 改札に入る前に追いつき、卓三に金の入った封筒を渡しながら言った。

「とりあえず五百万あるからこれで借金返しなよ。今まで手伝ってくれた報酬だから遠慮なくさ。これでもう完全に死ぬ理由はなくなるよ」

 卓三は、ただただ驚いている。

「え?え?何を言っているの?」

 俺は卓三の借金の詳しい額を知らないことに気づいた。

「あっ、これじゃ足りないかな。ごめん足りなかったら連絡ちょうだい。いくらでも用意するから・・・って言っても何千万単位はすぐ用意するのは無理だけど・・・」

「な、何を言っているの?借金はこんなにないよ・・・っていうかそういう問題じゃなくて、こんな大金もらえないって・・・」

 俺は安心して言った。

「良かった。いやいや、卓三さんには本当に世話になったからさ。全然気にしないでよ。とにかく、これで何とか生き直せると思うから無理なく頑張ってよ。で、何かあったらまた連絡して。あっ、でもその時はもうみんな死んじゃっているかもしれないけどさ。アハハ。じゃあね!」

 卓三は小さく涙声でお礼を言うと、改札の中へと消えて行った。

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