第12話 新たなる祖母の奥義 5


 極めて素晴らしい性格をお持ちの我が愛すべき祖母は、私と母のやり取りを、それはそれは辛抱強く、だんまりで陰からこっそりとうかがっていたんだろうね。


 果たして彼女は、この話の結末に全く納得がいかなかったんだ。

 彼女は、最後まで無言を貫き通した私の強情さが、これ以上ないほどお気に召さなかった。


 祖母ときたら、私が風呂に入った直後に居間に出現し、妹二人を手当たり次第にひっぱたき始めていたんだ。


 叩きながら祖母は、

 「お前らが叩かれてるのは、京のせいだ。京が悪いことをしたから、お前たちが代わりに罰をうけてるんだ。良く覚えとけ!」

 と、私が現れるまでの間、せっせと妹たちに言い聞かせていたんだよね。


 風呂から出てその光景を目の当たりにした私は、何が起きているのか始めのうち全く理解できなくて、言葉につまった。


 そりゃそうだよね。

 だって祖母を怒らせたのは私のはずで、まだふにゃふにゃな妹たちなんて、全く関係なかったんだからさ。


 そんなわけで、状況が飲み込めるまで私は、妹たちが祖母の理不尽な導火線に火をつけてしまう、しょうもない何かが起こったのかと思っていた。


 ようやく祖母のセリフを耳の奥へしまいこめた私は、あまりの事態に思わず声を荒げた。

 だって、祖母は私への腹いせに小さな妹たちを痛めつけていたんだから、我慢なんてできるわけがないでしょ。

 

 「やめろ!」


 日頃従順な私がそんな風に怒鳴ると思っていなかったせいか、祖母は悪態をつきながらも気まずそうに庭に出て、番犬を蹴り飛ばし、ただ寝転んでいただけのシロに悲痛な声を上げさせた。


 濁り切った噴煙のような悪口を怒涛のごとく吐き出しながら、祖母は裏口から家に入りそのまま部屋に戻っていく。


 祖母の姿が消えたことで、ようやく少し落ち着きを取り戻してくれた妹たちの、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになってしまった小さな顔を、ティッシュでふいてやる。


 この時の私は、すっかりこれで終わったものと思い込んで、ほっと息をついちゃってたんだけど。

 もはや笑ってやることしかできないことに、実は今回のこのイベント、全くイージーモードじゃなかったんだよね。


 直後。

 いつものように夕食を作っていた私の背後に、私を無視することに決め雲隠れしていたはずの母が、父とともに立っていた。


 「うわっ。びっくりした・・・・・・。なに?」


 このころにはすでに、『感情の切り替えを一瞬で行う』という非常に便利なスキルをすっかり手に入れていた私は、つい今しがた起きた母との間の出来事など棚の奥の奥へとしまい込んでいたから、何事もなかったかのような軽い口調で二人にたずねることができた。


 「そういうのいいから。・・・・・・話があるから、ちょっとこっち来て。早く!」


 嫌な予感に、生きた虫が何匹も入り込んで這いずってるんじゃないかってくらい、胃がぞわぞわと酷くざわめく。


 瞬時に血の気が下がって指先が凍え始める。

 いくらなんでもこれ以上の盛り上がり、今日はいらないのに・・・・・・。


 どん底まで気持ちを落ち込ませながら、誘われるがまままだ酷く痛んだままの重い足を引きずるようにしてついていく。


 「ばあちゃん。あんたが土下座して謝れば全部許してやるって・・・・・・。お願いだから、みんなのために、どうか頭を下げて謝ってきてください。」


 客間に入り、扉をしめると母は唐突にそう言って、父とともに私に深々と頭を下げてきた。

 それまでの人生・・・といっても短いけど・・・の中で、こんなに言葉にできないようなでっかい衝撃を受けたことはなかった。


 だって、私としてはこれっぽっちも悪い事をしているつもりはなかったし、他に選ぶべき選択肢はなかったはずだったんだ・・・・・・。

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