第10話 新たなる祖母の奥義 3
「親に辛い思いをさせて平気な顔してるなんて!あんたみたいに、心も思いやりもない人間は、見た事がないよ!」
自分でも驚くんだけど、忘れてしまった方が間違いなく楽になれるような言葉っていうのは、不思議と忘れられないものなんだね。
仕置きとして押し入れに閉じ込められたり、今回と同じように叩かれたりなんてことは、私にとっては全くもって珍しいことじゃなかった。
だけど、伝えられた数々の言葉たちは、そんなものよりもさらに強烈に、私の中に透明な痛みをはっきりと刻み込んでくれたんだ。
『心も思いやりもない』という、母の言葉は当時の口癖のようになっていた。
今となってはとても否定なんてできないこの言葉だけれど・・・。
恥ずかしながらこのころの私は、この言葉に小さくはない衝撃を受けていたし、極めて諦めが悪い人間でもあったんだ。
祖母の家に住み始めた4つの頃から「心も思いやりもない人間だ」と、毎日根気強く教えられた私は、これ以上ないほど素直にそれを受け止めていた。
「どうやったら、自分もみんなのように、心をもつことができるんだろう」ってね。
幼少のころから実はかなり最近になるまで、私は大真面目に悩んでいたし、本気で探し続けていたんだ。
結果、極めて残念なことに、私は自分の中に心というものを見つけることも、新しく手にすることもできなかったんだよね。
ひたすら人を観察して、マニュアルを作るみたいに『心』と『思いやり』を作ってみようとしたんだけど、焦がれて求めれば求めるほど、きっぱりと思い知らされてしまったんだ。
自分は「心が無い冷たい人間だ」ってことをね。
それにね、私が心を欲しいと願ったのは、単純に母に喜んで欲しかっただけなんだ。
だから今は、もういらない・・・・・・。
・・・・・・さて、話が尋常じゃないくらい吹き飛んでしまったけれど。
とにかく、母に哀しい真実を教えられ平手で打たれながら、私はただたちすくんでいることしか選べないでいた。
奥歯を噛みしめ、一体どれだけ打たれていただろう・・・・・・。
もはや打たれた数を数えることも諦め、何でこんなことをしているのかすら分からなくなるほど長く打ち据えられたころ・・・・・・。
ついに母の手の方が音をあげた。
母はだんまりを決め込んだ私に、残った罵りの言葉を一滴残らずきっちり丁寧に絞りきると、どうにか気が収まったのだろうか。
それ以上なにも言わず部屋に下がっていった。
打たれた太ももは血のように赤く腫れあがり、母の手の形はもはや跡形もない。
まだらな青紫の点が無数に浮き上がっているのを見て、「明日は体育がある日だったかな」と頭を悩ませてみたりもしたけれど、誤魔化すためのそんな淡い思いつきなんて、痛みに負けてあっけなく霧散してしまう。
私は母の気配が完全に消えたことを確認すると、耐えきれず結局その場に座り込んだ。
かっこつけていたくとも、そんなに私は強くないし、あまりにも幼すぎたんだ。
叩かれた跡は凄く痛くて、これ以上なにをどうしたらいいかもわからない。
真実を打ち明けていい相手も、欲しい言葉をくれる人もいなかった。
傍にいて欲しい何よりも大切な人は、めちゃめちゃ怒っていなくなってしまったしね・・・・・・。
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