第2話

「騎士団長なんて、無理です。私には過ぎたお方過ぎますので」


 どうにかこうにかレオンの襲撃をやり過ごした翌日。

 宮廷画家に肖像画を描かせている国王夫妻の横で、クレアは小声で喚いていた。


 何故クレアが話し相手を勤めさせられているのかと言うと、おそらくポーズをとったままろくに身動きができない国王夫妻の暇つぶし目的である。

 その目論見はクレアも気づいていたし、できれば騎士団と繋がりの深い国王が席を外してくれているときのほうが、と思わないでもなかったが「言いたいことがあれば今言って」と王妃フランチェスカに唆された以上、この機会を逃すわけにはいかない。


「過ぎたお方過ぎるって、マイナス×マイナスでプラスになるんじゃないか?」


 背筋を伸ばして屹立していた青年国王カールが、音に聞こえたまばゆいまでの美貌で、豪奢な椅子に腰掛けているフランチェスカに囁きかける。

 フランチェスカは微笑みを浮かべたままカールの手に手をそっと重ねて「そこはプラス×プラスだからプラスって言うところよ。いきなりレオンをマイナス査定するのはおよしになって」と優しく答えた。

 そうか、と生真面目な表情で答えてから、カールはクレアにちらりと視線をくれる。


「クレアはレオンのどこが気に入らないんだ。プラスなら問題ないだろう?」


(私はプラスだなんて一言も申し上げておりませんが? いまご夫婦の間でそういう話になっただけじゃないですか?)


 言いたいことを飲み込みつつ、クレアは「私のような地味な女には、もっとこう、おとなしい感じの男性が向いているように思うのです」と答えた。ふむ、とカールは思案げに遠くを見る。


「たとえば?」

「たとえなんて恐れ多いですけど、そうですねー。宰相閣下のような……、もちろんもちろんご本人様という意味ではなく、ああいう知的で大人な男性です」


 くす、とフランチェスカがふきだした。「あれがおとなしい男に見えているなら、クレア、さすがに男を見る目がないわ。宰相なんか、白い戦場最強の論客でもなければつとまらない仕事ですもの」と。

 見る目がない、と言われたクレアはつい前のめりになりながら力説してしまった。


「知的な男性が良いんです!! 筋肉には興味ありません!!」


 しん、と静まり返った。


※国王カール(26):王太子時代、十二歳で初陣を飾り、以降騎士団に身をおいて激戦を渡り歩いていた。筋肉。


※王妃フランチェスカ(24):聡明と名高く、王宮内外で人気。婚約者時代からカールにベタぼれ。筋肉に一家言ある。


(あ~~~~ああ~~~~)


※しまった、と瞑目する王妃の侍女見習いクレア(19):やや嫁き遅れ気味の子爵令嬢。結婚相手募集中だが騎士団長は受け付けていない。筋肉に否定的。国王夫妻を前に大失言をしたことには気づいている。


※とんでもない空気にハラハラしていた宮廷画家ダナン(35):クレアに同情し、場を和ませようと思案中。筋肉ではない。


「そういえば、いま描いているのとはべつに、王妃様の別のお姿の絵も描いていたんですよ。その、勝手に描いていたのではなく、きちんと宰相閣下の許可を得ているので、おかしなものではありません。ご安心を。いまお見せします」


 ダナンは絵筆を置いて、背後に布をかけて置いてあったキャンバスを指し示す。サイズが大きいので持ち上げるのではなく、丁寧な仕草で布を取り払った。

 描かれていたのは、麗々しい正装の国王カールと、なぜか侍女に身をやつした王妃の姿。


(この絵はたしかに王妃様に見えるのだけど、王妃様は由緒正しき公爵家の出身で、侍女などをなさっていたことは無いはず……? なぜこのような絵を?)


 王宮に勤めて日が浅いクレアは事情がわからず首を傾げたが、フランチェスカは笑みをこぼしながら「あら~」と照れくさそうに声を上げた。


「わたくし、ときどき皆さんの声を聞くために、侍女の姿で王宮のあちこちで聞き込みをしているの」


(なるほど。王妃様は民の声によく耳を傾ける方だと聞いていたけど、そんなことまでなさっていたのですね)


 クレアは感心しきり。

 国王カールもまた満更でもない様子で「フランチェスカの変装は実に上手い。もっとも、他の誰が気づかなくても、俺だけはフランチェスカを見誤ったことはないが」と愛妻家らしい発言をした。

 まあ、うふう、とフランチェスカが嬉しそうにカールの脇腹をつつく。


 ――どうです? この空気、ばっちりじゃないですか?


 宮廷画家ダナンは、自分の策で場が持ち直したことで、得意げにクレアに目配せを送っていた。

 しかし、国王と侍女姿の王妃の寄り添う絵をしげしげと見ていたクレアは「でも、これ」と思わず声に出して呟いてしまった。


「後世のひとが見たら、事情がわからなくて悩むでしょうね。まさか王妃様が侍女姿で描かれるなんて思わないでしょうし。愛妾? 陛下は侍女と浮気していたのか? みたいな」


 しん。


(あ~~~~ああ~~~~)


 もう助けないからね! と言わんばかりのダナンに、クレアは目だけで(ほんとごめんなさい~~!!)と謝る。

 そのどうしようもない沈黙の中、カールが力強く言い切った。


「俺には愛人などいない! フランチェスカだけだ!!」


 フランチェスカはにこにこと笑って「わたくしも陛下だけです」とカールを見上げて淑やかに言ってから、クレアに視線をくれた。


「若い頃から武勇にばかり注目されてきた陛下だけど、こういうところがすごく素敵なのよ。クレア、覚えておいて。筋肉は裏切らないわよ」


 はい、と素直に頷けばよいのに、クレアはつい言ってしまった。


「裏切らないのは陛下であって、筋肉ではないですよね?」

「同じよ、同じ」

「陛下=筋肉でも筋肉=陛下ではないですよね??」


 騙されまいと頑張ったが、フランチェスカから鋭い視線で刺されて、ついに口を閉ざす。

 服従を示すため、心にもないことを言った。


「筋肉はうらひらな……」


 心にもなさすぎて、噛んだ。


 * * *

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