エピローグ 新たな地獄への誘い

 組合長のサリアに連れられて、オレはとあるチームに合流することになった。


 チーム名は『疾駆する咆哮』。

 その名の通り、肉食獣を中心に編成された草原フィールドボスを撃退するチームだ。

 そのチームに志願するにあたって、気にかけていたのがチームを率いるボスの名前。


 そこに尊敬するジョージの名があったに他ならない。


 ノック後、部屋の住人は重苦しい声で「入れ」と言ってきた。

 扉を開けた先には強面の虎獣人の姿。

 一週間も前に見たまま、ジョージが顎に手を添えてオレを見やる。


「ついにここまで来たか、マサ坊」

「はい。未だ若輩の身ですが、よろしくお願いします」

「ハッハッハ、礼儀があるってのはいい事だ。だが組合長、こいつは使えるのか?」


 ジョージの横に控えていた、黒豹の男が軽快に笑う。どうもオレの実力を疑っているらしい。


 サリアはハァと息を吐き、ジョージを睨みつけた。

 その瞳にはどんな教育をしているんだと書いてある。ジョージは手のひらを上にあげて肩をすくめた。


 オレはただそこにじっとして様子を伺う。

 黒豹の獣人の実力を見定める。

 先ほど言った様にオレはまだ未熟。曲がりなりにも先にそのチーム入りを果たした先輩でもある。多少の大口くらいは許せる。

 だがその態度が良くなかった。


「生意気な奴だ。おい、組合長こいつの実力を見る。PVPの準備を……」

「必要ない」

「おいおいボス、止めてくれるなよ。まさかこのボクちゃんを痛めつけるのが悪いことってわけじゃないだろう?」

「やめておけ、ルクスィ。こいつはあのラフィットとスピードで張り合う男だぞ?」

「はぁ?」

「いいや、結局あの後勝負はつかなかった。あの試合はなかったことにされたんだ」

「ほら見たことか。こいつは組合長に守られたんだよ。ボス、やっぱりこいつは外しましょうぜ? こんな軟弱者が来たんじゃ戦線は崩れちまわぁ」


 なおも食い下がるルクスィに、ジョージはやれやれと後頭部をボリボリと掻く。

 サリアは自分で巻いた種だぞと嗜めるようにジョージを見やるばかりだ。


「仕方ない、サリア。こいつらを試合わせよう」

「良いのか? 作戦前に負傷者を出して」

「俺ら獣人は上から口で言われても飲み込めねぇ哀れな獣なのよ。だから実力の差を自分の目で確かめてみねぇ事には言うことを聞きやがらねぇ。面倒な性分をしてるのさ」

「ああ、本当に面倒な奴らだと思う。その口は飾りなのか?」

「エルフほど会話に重きを置かんだけだ」

「よーし、その喧嘩買ったぞジョージ。今のうちに体を温めておけ。その次は我らで拳を交える時ぞ?」

「冗談だよ、バカ。いちいち真に受けるな。そんな安い挑発に乗ってちゃトップの名折れだぞ」

「ふん、相変わらず良いおるわ。リニア、準備を」

「既に出来ております、組合長」

「重畳である。さて、これで満足か? せいぜい互いの理解を深めると良い」





 ここに『旋風』のルクスィと『雷光』のマサムネの非公式試合が開催された。


 ──しかし勝負は一瞬で着く。



「その程度か?」


 ルクスィからの全ての攻撃を受け流し、鼻で笑いながら距離を詰める。


「このっ! こっから全力だっての!」


 さらに速度を上げる。

 蹴り上げる速度はまるで二つ名の旋風の如く。そこから生み出されたカマイタチはオレがさっきまで場所に大きく顎門を開いた。


「これでチェックメイトだ!」


 ルクスィが吠える!

 だがその動きは予測済み。オレの体は既に地上を離れ、滞空していた。

 ストレージから取り出した刀を抜き放ち、威嚇の一撃を放つ。

 直後、圧縮された刀の一撃がルクスィを襲った──稲光と共に。


「アガッ……ギギッ!? なんだぁ?」

「上だ、ルクスィ!」


 ジョージさんの声にオレの居場所が露見した。

 だが抜かりはない。太陽を背に、オレは直視されるのを免れる。


 ひゅう、軽く放っただけでこれかよ[炎帝・灼牙]。

 摩擦を伴って空気の壁を突き破りやがった! だが、それすらも心地の良い一迅の風がオレを払う。


「あいつ……いつの間に上空に!?」

 

 その疑問は正しい。だが、戦闘中には余計な感情だ。すぐに距離を詰め、抜刀した[石の刀]で【払】う。

 既に諦めた表情がそこにある。先ほどまでの威勢は何処へやら。

 オレは納刀しながら挑みかかってきた相手に問いかける。


「さて、まだやりますか?」

「参った、降参だ」

「よし、それまで」


 組合長が腕を振りあげ、黒豹の獣人の降参を認めて決着。正直これ以上続けていても、戦力を浪費するだけでチームにとってなんの利益もない。

 オレも暴れられたし良い準備運動になった。

 本気? 全然出してないけど?

 これはただの武器のお披露目会だ。後は牽制の意味も込めた試合。

 得意な得物も違えば戦闘スタイルだって違う。勝負したところで意味なんてないのさ。

 ただ実力を疑われていたのだけは事実として認める。


 オレ個人は未だ道半ば。これから先人に教わることばかりだ。


 やべーよと騒ぐ黒豹の獣人にようやく納得したかとジョージさんは深いため息を吐く。


 喧嘩っ早い獣人の性分。これを恨めしく思ったのは一度や二度では利かない。

 だが拳で語りあってこそ獣人だと言う暗黙のルールとかがあるみたいな雰囲気。


 これからもどちらが格が上か一悶着起きそうだが、それはそれとして楽しむとしよう。こういうのは面倒くさがらずに楽しんだもの勝ちであるとオレは思っている。


「またあの時より力をつけたか?」

「オレなんてまだまだですよ」

「バカヤロウ、そんなこと言ったらこいつがイジケらぁ」

「ではそこそこ腕をつけた、ということにしておきます」

「謙虚なのは良いが、現場はもっと我欲を持っていけ。あまり舐められるような真似をするのはご法度だ。向こうにゃこいつみたいなバカがゴロゴロ居やがるからな」

「肝に命じておきます」

「ボス、ひでーぜ。こいつの実力を知ってたんなら最初に言ってくれりゃあ俺だって」

「話を聞かなかったのはどなたじゃったかの?」


 ジョージに言いよるルクスィに、ジトッとした視線を落とすサリア。


「マサ坊、オメェレベルは幾つになった?」

「9です」

「あれから一週間も経ってねぇのにもう3も上げたか! ハハッこいつは予想以上だ。な、ルクスィ?」

「おいおい、俺よか上かよ!」


 どうも彼のレベルはオレよりも低いらしい。

 だがこの世界、レベルよりもスキル構築と想像力でなんとかなる。レベルは後からついてくるもの! オレとはビルドからして違うのだ。同じような高レベルがいるというわけでもないのだろう。


 パーティで組めば羊も倒せるが、オレの様にソロでやってきたものは少ないのだと聞いた。

 そう言われればレベルが低い理由は納得する。

 役割分担があるのはこの世界で嫌というほど知ったからな。


 だがジョージさんは違う。

 彼ならあの羊を前にしても真っ向から立ち向かい、善戦をした上で倒しきるだろう。

 数で攻めてきてもそれは変わらない。

 なんならば乱戦の方が強い。ジョージさんはそういう男だ。故にいつまでもオレは彼の背中しか見えない。本当に遠い存在、ヒーロー。


 オレのように空へ飛び上がることもなく、陰に潜ることもなく。己の拳と体捌きのみで巨悪を打ち滅ぼしてきた。【鉄拳】そして【格闘王】の二つ名は伊達ではなかった。


 そんなジョージさんですら手を焼く場所へとオレは足を向けることになる。


「ようこそ地獄の一丁目へ。オメェのように活きの良い奴はいつでも大歓迎だぜ?」


 ジョージさんは種族特有の獰猛な笑みでオレを迎え入れた。

 その先に待つのは希望の光が見えぬ地獄だと知っていても、オレの足は前を歩き続ける。




 これは後に英雄と呼ばれる男の物語。

 -Imagination βrave-


 その手のひらで掴むのは未来か? はたまたまだ見ぬ厄災か。

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Imagination βrave -ワーウルフの侍道- 双葉鳴🐟 @mei-futaba

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