第3話 獣に、堕ちる
甘かった。
何もかもが甘かった。
リベンジを誓った相手に、俺は何度も敗北を喫した。
想定内? バカを言え。こんなものは想定外だ。
残り資金は1Z。
それ以降は何をしてもこれ以上減らないまさに最低値。
教会を出入りする際の司祭の表情にもだいぶ良くない感情が混ざってきている。
きっとロクデナシと思われてるのだろう。
きっと、そうなのだろう。
まさにどん底。
底の底。
くつくつと笑みが漏れる。
何がサムライだ。
何が余裕で対処できる、だ。
そんなものはただの思い込み。
希望やプライドなんぞ、このゲームではなんの役にも立たない。むしろ不要とばかりに叩き折られた。
ここで暮らすために必須な事はどんな手段を用いようとも生き抜く生き汚なさ。
デスペナが安いからと死んでばかりいればもはや生き恥。
そうなってしまえばすぐに余裕はなくなる。
焦りは油断を生み。油断は慢心を作り。慢心は失敗に繋がる。
まさにジリ貧。
それがさっきまでのオレだ。
世の不条理を詰め込んだ社会の縮図が、ここのゲーム形成されている。
打ちひしがれる。ただ自分の無力さに。
だからこそ首を上げる。この絶望を糧にしてでも生き抜いてやるのだと。
「すぅ──ふぅ……」
腹一杯に溜めた空気をゆっくりと外へ吐き出していく。
そうすると、強張っていた体に血液が巡っていくのを感じ取った。
それを幾度か繰り返し、全身までしっかり巡らせ、前を向く。
まだ体は動く。気持ちは折れかけたが、体が動けばまだ負けじゃない。
そしてこの程度で負けていては、己のサムライ道は閉ざされてしまう。
それだけは認められない……だから。
目を開き、周囲を見据える。
毛皮に覆われた顔の先、鼻の表皮を夜風が通り抜けていく。
「少し頭が冷えたか」
全てを失ってからようやく頭が冷えるあたり、オレはよほど救いようがなかった。
それほどまでに慢心仕切っていた過去の自分に、呆れて物も言えない。
「これからは慢心しない。いや、する必要もないの間違いか」
毒づき、吐き出す。
ウサギは強敵だ。それは覆しようのない事実。
たかが食料が300Zもするわけだ。
それだけ生け捕りにするのにテクニックがいる。
だからこそ今の今まで仕留めるどころか仕留められている。
10回から先は数えてない。ウサギ達にとっての餌になりに通っているようなものだ。
それ程過去のオレは鴨ネギ。
今度は相手にそう取られないよう気持ちを切り替える。
武器を構える。構え方など最早どうでもいい。
人間に合わせた構えに意味はない。
今の俺は獣人。
人間とは骨格からして違うのだから。
だから我流で行く。
無様でもいい。
何が何でも勝つ。
それが俺に唯一残されたプライドだ。
草原フィールドに足を踏み入れる。
相変わらず草の背が高い。
自身の腰全体を覆う草原が地平線の向こうまで続いている。
目を閉じる。呼吸を整える。耳を澄ませる。
人では感じられない匂いと、音を拾い、足音を立てずに歩みを進める。
武器はインベントリにしまってある。
装備すれば、それだけ敵視を取ることを体に教え込まれてきた。
たまたま装備し忘れた時のあの感覚を思い出せ。
いつもより生き延びたあの時。
何が原因で敵視を取った?
ウサギが危険を感じる行為だ。
それを極力減らす。まずはそれを身につける。
サァアアァアア……
風が吹く。草を薙ぎ、ターゲットの位置をプレイヤーに教えてくれる。
白が5、黒が2。そしてホーンラビットが1。
一個大隊か。黒を先に無力化しないと厄介な布陣。
だが最重要はそこじゃない。
ここのウサギ達は、敵対行動を取った時点で一斉にアクティブ化する厄介さにある。
白と黒は攻撃手段を持たぬが、ターゲットを棒立ちさせる厄介なスキル持ち。そこへハンターのホーンラビットに強襲されて、だいたい一撃死する。これが奴らの必勝パターンだ。
今までの俺はどれから先に始末をしようかに拘っていた。
それはきっとジリ貧だったから。
追い込まれていたからこそ、取り返そうと焦った。
だから安易な誘いに乗った。
そして返り討ちだ。
だからそうならぬように仕掛ける。
相手に敵視を取らせず、仕留める。
それこそが今の俺に求められるテクニック。
そしてスキルもいくつか使い方がわかってきた。
だがその前に、4つのゲージを紹介しよう。
HP、MP、ST、ENの四つ。
常に視界の端に表示されているゲージ。
これがスキルを使う上で重要な役割を持つ。
それぞれが最大100%で、消費すると下回る。回復手段は今のところ自然回復のみ。
HP<ヒットポイント>
言わずもがなこの脆弱な肉体に残された体力の限界値を示す。0%になると教会に飛ばされて全財産の半分を失うおまけ付きだ。
MP<マナポイント>
あいにくとこの種族には必要とされてないが、自然属性の魔術を行使する際に消費する……らしい。
俺のスキルは基本的にこれらを消費しないので、常に100%のまま微動だにしない。
ST<スタミナ値>
これは連続行動に制限をかけるゲージだ。
歩く、走る、攻撃をするなどで消費し、立ち止まってる時に微回復していく。回復量はEN値に依存するようだ。
EN<エネルギー値>
俗に言う満腹度がこれに値する。100%であった時など一度もない。ログイン時で既に30%。食料を食べることで回復していくらしい。
これの数値は単純に自然回復力に影響を与えるので一番大きな要素と言える。
多少HPやMP、STが減少していようとも、ENさえあれば回復する。それくらい重要な立ち位置。
だから掲示板でもあれほどしつこく言われていたわけだな。
さて、これらのゲージ。実はスキルを扱うたびにも消費する。
例えば【刀】。
これを使用すると減るのはHP。
消費量がたったの1%だが、100回使えば死ぬ。
実にわかりやすい。
自然回復も混ぜ込めば100回以上使えるが、それは常に死の淵に立たされることを意味するのでおススメはしない。
が、ウサギごときにいいようにされてきた取るに足らない命だ。
死なない限りはガンガン攻めていい。
そして【斬】と【払】。これはSTが減る。
スキルに頼ってばかりいると、あっという間に追い込まれるのだ。罠だと言われる理由もわかると言うもの。
だが俺にはこのスキルを使い熟す必要がある。
自分で選んだスキル、自分で信じずどうすると言うのだ。
まだレベルアップすらしていない、させてもらえない現状。
だから俺は一つの可能性に賭けていた。
「疾ッ」
身を屈め、手を地につけて駆け出した。
四足歩行。
人であることを捨て、獣に堕ちた今のオレにふさわしい歩行術。
あっという間に背後を取る。
まだ白は気づいてない。そして黒はそっぽを向いている。
ホーンラビットは感知能力が低い。
あいつが動き出すのは白と黒が脅威を感じ取ってからだ。
──ザシュッ
インベントリより柄の部分だけ抜き出し、勢いのまま抜き放つ。普通に抜き出すだけじゃ力不足。
だからオレはここで【払】を右手に乗せた。
思惑は成功。その一閃は今までの攻撃速度をはるかに凌駕する勢いをつける。
ブパッっと首から勢いよく茶褐色の粒子が吹き出した。
もちろん抜き出した白刃へは【刀】と【斬】を両方載せてある。
今までの攻撃がなんだったのかと言うほど鮮やかに白ウサギのそっ首を刎ね飛ばした。
咄嗟にウサギの首を噛み締め、血を止める。
そして用は終えたとばかりに踵を返し、脱兎の如くその場から逃げ出した。
まだ息はある。
すぐに追っ手が来るだろう。
だが四足歩行のオレの速度には追い付けなかったのだろう。
途中で諦めてくれた様だ。
「ふぅ、ふぅ……はは、ハハハハハ!」
逃げ切った。逃げきれた。
初めての勝利に背筋が震える。
首を噛み締めていた事で白ウサギの命の灯火は消えようとしていた。まだ死んでない。なんたるタフネス。
だから……その命に敬意を評し、己の糧とした。もう空腹も限界だったのもある。
さっきからヨダレが止まらない。
新鮮な血の匂い、鼻をつく肉の香りが空腹を加速させた。
ばくり、もぐもぐ、ムシャムシャ、ごくん。
生命として当たり前の行為。腹を満たすための食事に思わず涙が出た。
そして口の中にウサギの血肉が溢れる。
美味しい。とても美味しい。もっと食べたい。
生で食べてそう思うほどに美味しいと感じた。
気づけばENが50%になっている。そこのゲージがそんなに伸びていたのは初めて見る。
「ハハハ……」
乾いた笑いが漏れた。
なんだ、こんな簡単なことにオレは今まで気づかなかったのか。
弱肉強食。それが自然の摂理。
今までのオレは、どこか他のゲームをなぞらえて行動していた。
狩をしてドロップ品を売って装備を揃える。
そんな当たり前をここに求めた。
けどここじゃ違うんだ。
獣は獣らしく、狩をしたらそのまま食えと。そう言われて、腑に落ちた。
単純でつまらないと言っていたゲームをここに押し付けていたのは他ならぬオレの方だったのだ。
だからここの環境は理不尽だと、怒鳴りつけた。
けど、ここで生きている人たちからしてみればそれこそお笑い草だったのだろう。
もぐもぐとウサギを食べきり、一息つく。
すると全身を覆うようにまばゆい光に包まれた。
「なんだ? 力が漲る。それとこの高揚感は一体……?」
いつもの疲れた様なあの気持ちはなく、どこかスッキリとした充実感。今ならなんでもできる様な気がする。
思い当たる節があるとすれば白ウサギを食べたこと。もしかして……
ステータスを確認すれば、案の定ステータスに変化があった。
【ただの】マサムネ
【称号】なし
【種族】ワーウルフLV2
【STR】0→3
【AGI】0→3
【DEX】0→3
【特色】凶暴化、武器苦手、格闘得意
【性格】獰猛、獣人上位
【取得スキル3/3】
【初級/刀】刀装備時、会心上昇
【初級/斬】斬撃ダメージ増加
【初級/払】対象をノックバック
【スキルポイント:10】
【装備】なし
<ストレージ内>
【武器】石の刀×1
それはレベルアップを意味するステータス更新。
そしてようやくそれらしいものが姿を現わす。
ああ、クソ。
そう言うことか。
オレはようやく腑に落ちた。
今まで何かが足りないと思っていた。
あって当たり前の物がない。
最初こそは普通にそういうものだと思っていた。だがこうやって姿を見せてようやく理解する。
つまり今の今までは種族特性とスキルだけで戦うチュートリアルのようなもの。
LVアップしてからが本番とばかりに重要なステータスがオープンになった。
たったそれだけのことなのに、いつしかオレは笑っていた。そして怒りが湧き上がる。
ふざけるな!
これが、こんなものがチュートリアルだと!?
何もかもを失った。プライドも、サムライとしての矜持も何もかもだ!
今ではただの獣に成り下がったサムライになりたかっただけのガキが一人。
でもその結果、一つの可能性を見つけた。それがスキルはもっと自由に扱っていいんだという可能性。つまりは想像力。
タイトルにあったImaginationだ。
そういう設定か。
このゲームがここまでプレイヤーを追い込む理由……
「つまりシステムの枠に囚われすぎるなって事か?」
自分で言っててよくわからない。
ただ、ソレを捨てた途端、見違えるように動きが良くなった。
そしてソレを理解をした途端、このゲームの奥深さの虜になった。
「クソ、上等だ。だったら出された皿ごと食い尽くしてやる……!」
その憤怒が、オレをこの過酷な世界に留める理由の一つになった。
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