白雪姫のフィーバー

「鏡よ鏡、この世でいちばん」

 お妃はルーチンで魔法の鏡に語りかけたが、既に鏡はすっかり飽いていた。

 問われ、真実を返す。それが業だとしても、意志あるものに永遠は長すぎた。

 だから、鏡はでたらめを言った。

「美しいのは白雪姫です」

 ピシ。お妃の持つ先端にどくろがついたステッキのどくろの部分が打ち込まれ、鏡面に亀裂が走る。

「鏡よ鏡、この世で、いち、ばん」

 お妃は、こめかみに青筋を浮かび上がらせ、口角を上げた表情筋がこわばってピクピクと震える。

 魔法の鏡は怒りと興奮に震えた。

「美しいのは白雪姫! 黒檀のような黒い髪の、雪のように白い肌をした、白雪姫です」

 ガシャァァん!

 再度の打撃は、鏡を完全に砕いた。鏡は、ちょうど777の破片となって飛び散りながら、それぞれが意地になって声を上げた。

「美しいのは」「美しいのは白雪姫」「美しいのは」


 スーパースター、魔法の鏡の死に、鏡の世界は激震した。鏡達は、魔法の鏡の死を悼み、そしてお妃を憎んだ。魔法の鏡の最期は、合わせ鏡の中で何度もリピートされた。

 お妃誅すべし。

 お妃は美に執着した。美しい女性なら誰彼構わず手を出す狂王を繋ぎとめるために。ならば、お妃は美によって打倒すべきだ。鏡達は結論し、行動に移した。

 鏡達は、才能ある女性を選定し、喋る鏡として彼女らの目前に顕現したのちに、自己暗示と効果的なメイクアップ技術により、王好みの美しい女性を造り出した。その数、割れた魔法の鏡の破片と同じ777人。彼女達は皆、魔法の鏡の予言通り、白雪姫と呼ばれた。

 777人の白雪姫は、際限なく色を好む王により見初められ、全員が城に招かれた。城の居室は白雪姫達により占拠された。

 程なく刺客としての777人の姫は王を殺し、将兵を制圧し、革命家を城に入れ、王政を打倒した。


 革命の日、お妃は、場内に起こる歓声や、何かが破壊される音を聞きながら、割れた鏡のあった木枠の前に座っていた。しばらくして、お妃は立ち上がり、部屋を出た。

 城の中をゆっくりと歩いて外に出た王妃を、不思議なことに誰も見ていない。なぜか城内に鏡は一つもなく、鏡達も見ることができなかった。お妃の行方は、誰も知らない。


 魔法の鏡の最期、自我の消えゆく間際に、破片のひとつが、お妃の顔を映していた。

 お妃の顔は、青ざめ、目を見開いて、音を出さずに口は小さく開いていた。

 鏡の破片は、すぐ立ち直るよね、ごめんね、と思ったが、もう喋ることはできなかった。

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