【短編】婚約破棄から処刑のコンボを食らった悪役令嬢が全員殺して解決する話

鶴屋

短編 婚約破棄から処刑のコンボを食らった悪役令嬢が全員殺して解決する話

 

 後世の歴史家から希代の悪女と称されるアンヌ・ジャルダン・ド・クロード・レヴァンティン女伯爵は、眉一つ動かさずに自分への判決を聞いていた。


 法廷は、下卑た空気に支配されている。


 裁判長が笑みをたたえながらもおごそかな口調を取り繕い、長ったらしい判決を述べてゆく。並行して傍聴席のそこかしこから聞こえてくるひそひそ話――アンヌは耳がいい――は、とても聞くに堪えない内容。粗雑で下品で破廉恥な猥談だった。


(愚かな人たち……。自分が”何”を相手にしているのか知らないとはいえ)


 アンヌはあきれ返り、内心でそう呟く。


 不当な裁判だった。

 裁判官、検察、弁護人、証人、果ては傍聴人まで全員がグル。形式的なものにすぎず、有罪は最初から仕組まれていた。


 敵に回したのは、この国の第一王子だ。

 歳は三十の後半。体重は百キロを優に超える肥満児で、数年前に妻が衰弱死してからは、新しい女をとっかえひっかえ婚約しては結婚する前に別れることを繰り返している。いけ好かない男だった。


 アンヌがしたのは正当防衛である。

 王子に強姦されかけたから撃退した。その際に多少の傷を負わせたが、それが何だと言うのか。


 しかし王子にとって、抵抗したことそれ自体が許されざる大罪だった。腕力では勝てないので権力を使って潰しにかかり、アンヌは法廷の被告席に立たされていた。


 取り調べの長さに反比例し、裁判開始から判決まで、わずか半日のスピード裁判。


 下されたのは、婚約破棄の追認。身分の剥奪。全財産の没収。国内におけるあらゆる人権の剥奪。処刑の当日までは刑務所で監禁され、魂を浄化するためという名目での”更生修行”――実態は彼女の美貌に惹かれたお貴族様と聖職者様に身体をもてあそばれる――を数か月にわたって課されるというもの。


 処刑当日は着衣が許されず、下着すら纏わぬ全裸の彼女の肢体を馬の鞍に乗せ、ロープで固定し、長い時間をかけて市中を引きずり回し晒し者にした挙げ句の火あぶりだという。


「最後に、言いたいことがあるなら聞こうか」


 ひひっひひひ、はははぁはぁと、後世で強姦公との蔑称を受けるこの国の第一王子、トッド・マルキス・エマニエル・アルケミーが、ヒステリックな引きつり笑いを浮かべて濁った深縹ふかはなだ色の瞳をむけてきた。

 楽しくて仕方がないらしい。勝ち誇っているようだが、実に滑稽だとアンヌは思った。


 濡れ衣なのだ。何もかもが。


 浮気をしたこともなければ、目の前にいるバカ王子の暗殺を企んだこともない。その隣に座って声を立てず笑っている顔だけは綺麗な侯爵令嬢に危害を加えたりいじめたりなんて覚えもないし、そもそも論としてバカ王子と婚約すら交わした覚えもない。


 するわけがないではないか。


 血筋だけでちやほやされ、自分が何をしでかしどれほどの恨みを買っているかすら気づけない真正のバカ王子。他人の恋人であろうが妻であろうが欲しいと思ったら手段を選ばず、そのくせすぐに飽きてあっさりと捨てる。気にするのは自分の保身だけ。ちょっとでも目先のことを読める女なら、そういう男を夫にしたいなんて思うわけがない。


 しかし、トッド王子のバカさ加減はアンヌの想定の斜め上をいっていた。


 やたらと歯の浮いた口説き文句を並べ立てる自意識過剰な王族を相手に、めんどうくせえなあと思いつつ適当にあしらっていたら、いつの間にか噂を流され外堀を埋められて婚約したことにさせられていた。


 初手からぶん殴るべきだった。


 社交辞令にくるんだ拒絶を曲解して『恥ずかしがっているだけ』『気を引きたいから断っている』『本当は喜んでいる』とトッド王子が受け取っていることを理解できなかったのがアンヌの失点だ。”王子様”というブランドの価値に多少の幻想を抱いていたせいだろう。もっと理知的であることを期待してしまった。まさかこれほどまでバカではないと。


 今後の反省点を挙げるとするなら、一点目がそれだ。


 それと、もう一つ想定外だったことがある。

 アンヌは自分の美貌が、才覚が、社交スキルの高さがどれほど有象無象の嫉妬を買ってしまうのか、その程度を見誤っていた。


(いるのね、世の中には……。まさかそんな馬鹿なことを平気でやるなんて、っていう馬鹿が)


 まとめると、裁判での敗けた理由はアンヌの認識不足だった。


 頭痛が痛い、という言葉遣いよりも頭が悪い連中がいることを、聡明な彼女は実際に体験するまで理解できないでいた。今後の反省点の二点目がそれだった。


 辺りを見回す。いた。やはりいた。義理の妹が。姉が綺麗なのが気にくわないというわけのわからない理由でつっかかり、自分の持ち物を何でも欲しがるワガママ娘。王子と口裏を合わせ、ないことないことを吹聴したのが彼女だった。


 これまで王子の陰に隠れ、アンヌにバレないようにせこせこと工作活動にいそしんでいたようだが、アンヌの破滅が確定する瞬間をながめるために出てきたのだろう。


 笑っていた。

 口をおさえ、必死に声を殺しながら、楽しそうに笑っていた。


(やれやれ……)


 ちなみにだが、アンヌの両親は現在行方不明ということになっている。


 親の代理後見人となっている某貴族は金の魅力と権力を前に屈してしまった。情けなく感じはするが、第一王子が相手では、木っ端貴族など吹けば飛ぶような存在なので情状酌量の余地はある。


 許せないのは目の前でサルのように嗤うバカ王子と、そのバカ王子の意向に沿って不当な裁判をおぜん立てした阿呆どもだ。


 特に、義理の妹とバカ王子の現婚約者。


 この二人は口裏を合わせ、彼女の無罪を立証するありとあらゆる証拠をつぶし、罪をでっち上げて一方的な有罪判決の立役者になった。


 度し難い。


「冤罪ですわ」


 凛とした声が、法廷に響く。


 居並ぶ観衆とバカ王子たちは、アンヌが恐怖と屈辱に打ち震え、惨めったらしく泣きわめきながら命乞いする姿を想像していたのだろう。けれどもアンヌが見せたのは、命乞いどころか堂々たる態度。虚勢でも現実逃避でもない真逆の姿。


 あまたの修羅場をくぐり抜けた者が持つ、豪胆さだった。


「わたくしがしたことといえば、そこにいる王子という肩書を持った恥知らずのサルが婚前交渉という名目で乱暴をしかけてきたので、お返しにタマタマを潰したことくらい。それも片方だけです。本来なら両方のタマタマを潰してついでに目も潰して舌を引っこ抜いて……というところ、わたくしの方も誤解させてしまった落ち度が少しはあるかもと思い、手加減して片方だけにして差し上げたのに――」


 アンヌが肩をすくめると、じゃらりじゃらりと音がした。金属の鎖が擦れ合う音だ。


 法廷に連行される際に、彼女は厳重に拘束されていた。手錠から鎖が垂れ、重りが繋がっている。足首にも同様に拷問にも使える足錠が着けられていて、こちらも鎖と重りつきだ。

 常人ならば、一人で歩くことはおろか動くことすらほとんどままならない状態にされている。


「こ、こここ、ここにきてまだ反省していないのかお前は!?」

「反省。反省ですか。たしかに反省すべきところはあると思いましたわ」


 絶望的な状況の中、アンヌはどこまでも忌憚がなかった。


「王子様のタマタマを潰した後にふと思い立って、わたくしと同じような流れで無理やり恋人や婚約者に仕立て上げられて乱暴された女の子がいないかどうか調べましたの――親しくしている諜報機関を使って。そうしたら、出るわ出るわ、泣き寝入りした被害者の方々に、暴行を揉み消されて行き場のない怒りを抱えた親族の方々。まったくもって……」


 ふぅ……、と、流麗なカーブを描く可憐な唇から小さな吐息が漏れる。

 四肢を拘束されて被告席に凛然と立つアンヌの姿は、まるで一枚の宗教画のように神々しくさえあった。


 髪の毛は鮮やかな珊瑚珠色。ランタンの光を華やかな赤橙色に反射させたそれは、濃紺のドレスと相まって人の視線を引き寄せる。細く長い眉は神秘的な印象を与え、その下にある黄土色の瞳はトパーズのような輝きを宿していた。


 意志の強そうな鼻っ柱。気の強さが表情に表れており、凛とした印象を与える。


 誰にも屈しない、そんな気丈さと実力の伴った強さがない混ぜになって、アンヌを取り巻く空気に並々ならぬ威厳をもたらしていた。


「すぐに殺しておくべきでした」


 物騒なことを言うアンヌの口調は、『花についた害虫を処分すればよかった』程度の軽さ。


「き、ききき、貴様っっっ!?!?」


 青筋を立ててぷるぷると震えるトッド王子は、あまりの怒りに言葉が上手く出てこないらしい。上等な仕立てのジャケットをはち切れそうなほどパンパンにした脂肪が、王子の動きに合わせてゼリーのようにぷるぷるしている。


 ろくに運動もせず美食を尽くす王子様は、まんまるに肥えていて、顎も二重どころか三重だし、近づくと香水のキツい匂いでも隠し切れないほどの腋臭と口臭がする。


 小物め、とアンヌは思った。


 裁判の結果は出たのだから、大物ぶって口先だけでもお悔やみなり同情なりの言葉を述べれば多少は男も上がるだろうに……と。

 まあ、そこまで頭が回るなら彼女の拒絶の言葉も理解できていただろうにと、自分の感想に首を振って却下した。


 この男に、知性を期待する方が間違いなのだ。


「お、おおお、覚えてろよ。泣きわめいて後悔しても俺は助けないからなっ! あんなことをしておいて、ただで済むと思うなよ、これから処刑の日までお前の身体をたっぷりと――」

「お盛んですこと。前世は種馬だったのかしら」

「きさまっ、きさまきさまきさま、きき、キキキキキ!」


 それにしても不可解なのは、王子の隣でニヤついている今の婚約者の侯爵令嬢の想像力のなさだった。


 前の王子の婚約者――アンヌのことだ――と肉体関係を結ぶのに失敗したら、濡れ衣をでっち上げて凌辱するような王子の人間性を目の当たりにしながら、してやったりと笑っている。


 数週間後、自分が王子に飽きられたらどうなるのか、考えはしないのだろうか。


 まあ、考える頭があるのならばトッド王子との婚約を受けるわけがないかと、アンヌはまた小さく吐息をついた。ここにいるのはどいつもこいつもバカばかりだ。


「静粛に!」


 禿げ上がった裁判長が、カンカンカンとハンマーを何度も振り下ろす。


「判決は下りました。被告アンヌ・ジャルダン・ド・クロード・レヴァンティンはこれより処刑の日まで"更正修行"を受け、きちんと自分の罪と向き合うように。閉廷!」


 プレートメイルを着込んだ屈強な兵士たちが現れ、手錠に足錠に重りまでつけられたアンヌを囲んだ。

 威圧感を与え、抵抗しても無駄と心を折るのに十分な光景だっただろう。


 アンヌが普通の貴族令嬢であったならば。


 ばきぃぃん、と、澄んだ音が法廷内に響いた。


「まったく……」


 よっこいしょ、とアンヌはこともなげに素手で手錠を千切っていた。ついでにしゃがんむと、足錠も千切った。


「こんなでわたくしを拘束できるとお考えでしたか。甘いというかなんというか……」


 その場にいたアンヌ以外の全員が、目を疑った。


「え」

「ええ」

「ええええええ……!?」


 鋼鉄製の錠である。カステラでも薄っぺらい紙でも縄でもない。鍛えぬいた騎士ですら歯が立たない硬さと強靭さを備えた代物だ。


 腕力だけで引きちぎるなんて、できるわけがないのだ。ましてや、女には。


「兵士さん達、あんたらは命令に従っているだけだから見逃してあげてもいいかなって思ってたけど、聞こえちゃったのよね。わたくしを剥いてひぃひぃ言わせたいとかなんとか、下品な話をしているのを」


 アンヌが手をパーの形にし、手刀を作った。その手刀が袈裟懸けにプレートメイルめがけて振り下ろされると、中身の身体ごと真っ二つになった。


「ば、ばかな……っ」


 あり得ないやり方で仲間を殺され、呆然とする兵士たち。

 容赦なくアンヌが畳み掛ける。


「大の男が十人以上も集まって代わる代わる順繰りに女を犯すのってどーなの? 普通だったら死んじゃわない?」

「ぎゃあ」「ぎゃっ」「ぐわああ」「ば、ばけもっ」「うわわわっ」


 大の男、のあたりで一人が死に、どーなの、のあたりで五人が死んだ。


 十数人いた兵士たちの半分近くがあっという間に屠られて、残った者が及び腰になった。返り血にまみれたアンヌから後ずさり、ガタガタと震えている。


「今さら仲間を置いて逃げたいだなんて、都合がよろしすぎない?」


 ひるんだ兵達を追いかけ回し、ばっさばっさと斬っていく。


 鍛えているとはいえ、兵士は鎧を着ているために鈍重な動きになる。

 彼女が手刀を振りかざすたびに兵の数が減ってゆき、全滅するのに1分とかからなかった。


「めちゃくちゃな言いがかりで拷問して強姦して殺すつもりだったってことは、自分たちも同じことをされても仕方がないっていうことよねえ」


 返り血を浴びるのをものともせず、アンヌは兵たちの遺体を担ぎ上げ、跳躍した。

 わずか1歩で、被告席から出口の扉までの距離およそ50メートルを跳んでいた。


 未だに状況が飲み込めずに呆然とする人たちの前で、アンヌはてきぱきと扉の前に兵達の遺体を積み上げていく。

 鎧を着けた男たちの死骸はとても重く、それが十数人も折り重なったとなれば、普通の人間が短時間でどかすのは困難だ。


「これで誰も逃げられない」


 ニィィィ……と、アンヌが笑う。


 珊瑚珠色の髪の毛と紺色のドレスが血まみれになった状態でのその笑みは、肉食獣を思わせる凄絶なものだった。


「ひ、ひえええっ!」

「たすけ、たすけてくれっ! だれかっ!!」


 わずか数分で、法廷内の空気は一変していた。

 ようやく理解したのだ。自分たちが追い詰めたと思った相手が、とんでもない化け物であることを。


 今まさに、彼らは、この女にしようとしていたことをやり返されようとしているのだと理解した。


 そして、一切の抵抗が無意味であることも。


「裁判官。ろくに裏もとらず、一方の利害関係者の証言のみを証拠として採用される理由は何ゆえですか? おまけにその証言すら穴ぽこだらけ。わたくしが浮気をしていたという日時にアリバイがあるとわかると、記憶を間違えていたのだろうと聞き直し、時系列を改竄するようなていたらく。ひど過ぎません?」

「わ、私はトッド王子に脅迫され――」

「死刑」


 最後まで言わせず、アンヌは裁判長の喉を潰した。


「検察さん。わたくしが無罪との証言をした使用人に拷問をかけて無理やり撤回させたようですね。家族を人質にとられ、それでも主張を曲げない彼女にろくな睡眠もご飯も与えず、爪を剥いで……可哀想に。まだ年端もいかない子なのに、あんまりじゃありません?」


 検察の生爪を一枚一枚丁寧に剥ぎながら問いかける。


「ぎゃぁぁっ、悪かった、わるか、ぎゃあああああ」

「死刑」


 両腕をねじ切った。

 即死ではないが、苦しみながら死ぬには十分な出血量であり傷である。


「ところで、どうしても分からないのですけれども初対面の侯爵令嬢様。わたくし、何かあなたに恨まれるようなことをいたしまして?」

「ご、ごごご、ごめんなさ」

「もう遅い」


 心臓をえぐり取った。


 ついでに近くにいた妹は、会話を交わすのも嫌なので無言で頭を蹴って胴体から吹っ飛ばした。

 書記を殺し、王子とグルだった弁護人を殺し、法廷にいた者たちを1名を除いて全員殺した。


 生存者は、アンヌとトッド王子だけになった。


「さて、王子様。お祈りの時間です。リピート・アフター・ミー」


 言葉を切り、手で十字を切って、祈るアンヌ。


「”どうか楽に死ねますように”」

「ひ、ひえええええええっ!」


 王子は恐怖そのものの顔でアンヌから逃げようとする。しかし腰が抜けており、もがくのがやっとだった。


「お、おおお、お前は、何者なんだ、あ、あああああ!?」


 全身をぷるぷると震わせて、肥満の権化たる王子は問いかけた。

 アンヌはちょっとだけ考えたが、答えてやることにした。


「そうですね。冥途の土産に教えて差し上げますわ」


 股間を蹴り上げ、残っているタマを潰す。ブーツは後で焼却処分しなきゃ、なんて思いながら。


「ぎゃあああああああっ」


 転がる王子。

 構わず、アンヌは口上を続ける。


「父はマスターニンジャ」


 嘘である。


「母はバイオゴリラ」


 大嘘である。


「そしてわたくしは、”人生を何度繰り返してでも必ず報復するスキル”を手に入れた女」


 これは事実だ。


 異世界転生の女神とつるみ、死んではスキルを貰って生き返り、死んではスキルを貰って生き返りを繰り返した結果、転生七回目で人間の限界を超越した。


 勇者と共に魔王を討伐したこともあったし、女王として君臨したこともある。人の上に立つのは相応の責任が伴って面倒なので、ほどほどのところで隠遁するのが常だった。


 他人に迷惑をかけずひっそりと生き、ひっそりと死ぬのが今の彼女のライフスタイルだ。

 レヴァンティン公と身分を偽装し、多額の金銭を差し出して地方領主の居候として暮らしていた。

 そんなある日、不運にもバカ王子に見初められて今回の裁判を迎えることになった。


「貴方は簡単には殺さないわ」

「あが、がっ、がががががっ」


 唯一のタマタマを潰された王子が、白目になって泡を吹いている。


「だって、何十人もの女の子を自殺に追い込んだですもの。同じ分だけ苦しまないとね」

「ぎゃ、ぎゃあああああああああああああ」


 トッド王子の悲鳴が、法廷にこだました。



 ***



 数時間後――


 血まみれになりながらも法廷の外に出たアンヌは、信じがたいものを見た。


「不当裁判反対!」

「レヴァンティン公を開放しろー!」 


 数十人……いや、百人はゆうに越えているだろうそれは、彼女の無実を訴える群衆だった。


 どれもこれも知っている顔だ。彼らの行動にも心当たりがある。


 裁判にあたり、トッド王子の被害者を調べて協力をお願いしていた。全員、怖がりながらも勇気を振り絞り、アンヌの無罪釈放に協力すると約束してくれた。


 見返りというわけではないが、アンヌは生活の支援をした。

 過去に受けた理不尽な仕打ちによって心を病み、ひどい生活をしている者たちが多かったからだ。お金を渡した者もいたし、仕事の紹介をしてあげた者もいた。告発されているアンヌに出来ることはたかが知れていたが、多少の役には立ったらしく、感謝された。


 結局、彼らの証言は採用されずに潰された。

 庶民や下級貴族では、司法権力を掌握している王子一派の前には無力だった。

 それでも諦めずに裁判所に集まり、我が身をいとわずに声をあげている。他ならぬ、アンヌの為に。


「馬鹿ね……。あの王子のことだから、こんな抗議を見たらただじゃおかなかったでしょうに」


 同じ馬鹿でも大違いだと、アンヌは思った。


 く、く、く……と。


 含み笑いが、彼女の口から漏れていた。


(怒った勢いで、暴れつくすつもりだったんだけど)


 皆殺しにしようと思っていた。

 クソ王子をのさばらせていた国王と、その国王に唯々諾々と従っている国民の全部を、連帯責任として。


 けれども駄目だ。皆のおかげで狂気が薄れ、代わりに良心が戻ってしまった。


「私は無事です。トッド王子は死にました。不当な判決を出した者たちも死にました」


 人間の血を浴びたすさまじい姿で、アンヌは声を張り上げる。

 群衆が何か言い、拍手をした。


「これからわたくしは、国王に話をつけてきます。皆様はどうか、家に戻って普段通りに生活してください!」


 大声で言うべきことを言うと、彼女は答えを聞かずに王宮へ向かって飛び立った。

 飛ぶ際に発生した超音速の衝撃波が風となり、周囲を薙いだ。


 夕焼けに染まり、空を飛ぶ血まみれの魔女。

 それはさながら、伝説にうたわれるくれないの竜だった。










 その後。



 ヤキを入れられた国王は顔をボコボコにされ、前歯が全て折られた状態で片腕を差し出して、『これで勘弁してつかあさい』と土下座したので命だけはとりとめた。



 国は婦女暴行とは無縁な第二王子(まともすぎるので第一王子の陰謀により国外追放されていた)が引き継ぐことになり、アンヌはまた悠々自適な生活に戻ったという。

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