夏休みの宿題 暗黒日記編

青水

夏休みの宿題 暗黒日記編

 私は某公立小学校で教師をやっている。


 夏休みが明けて、二学期が始まった。幸い、私の受け持つクラスでは不登校児は出ていない。夏休みが楽しいからか、長期の休み明けに不登校になる生徒が毎年一人はいるらしい。気持ちはわからなくはない。私も長期の休みの最終日には、『明日から仕事か。嫌だ、働きたくない。仕事なんて辞めてやる』などと半ば自暴自棄になるのだから。私の受け持つクラスで不登校児が出たとしても、彼あるいは彼女を責める気にはなれない。


 夏休みのような長期の休みには、たくさんの宿題が出される。休み明けに先生――つまり私にそれらを提出することになる。仕事熱心な私は彼らの宿題をきちんとチェックする。夏休みの宿題で私が一番楽しみにしているのは、日記である。夏休みの中で印象に残った日のことをいくつか日記として記すわけなのだが、これがなかなか面白い。生徒たちがどのような夏休みを送っているのか、それぞれの個性がよく出ている。


 空調のきいた職員室で、私は生徒の日記を読んで、一言コメントをかりかりと書く。今のところ、問題のある日記は見られない。みんな楽しそうな夏休みを送っていて、先生としても嬉しくなる。


 さて、次の生徒は真野優斗くんか。優斗くんのお父さんは某有名企業の会社員(エリートサラリーマン?)で、お母さんは専業主婦だったと記憶している。優斗くんは運動も勉強もできて、なおかつ性格もいいというとてもよくできた子だ。彼の日記はどんなことが書かれているのだろう。私はワクワクしながらページをめくった。


『8月3日。今日もお父さんは朝早くに出かけました。お父さんは朝から夜おそくまでお仕事をがんばっています。さびしいけど、お仕事なのでしょうがないと思います。お父さんが出かけてからしばらくして、知らないおじさんがかっこいい車でやってきました』


 ……知らないおじさん? 

 私は首を傾げた。親戚だったら知らないおじさんではないはずだ。不穏な響きに私はぶるりと体を震わせた。続きを読む。


『おじさんとお母さんはお友達みたいです。どこかに出かけようとして、僕を家においていくかつれていくかなやんだみたいです。「お父さんにはないしょよ」というと、お母さんはぼくを車に乗せてくれました。

 おじさんはぼくにおもちゃやおかしをたくさん買ってくれました。お父さんはあんまり買ってくれないのでうれしかったです。それから、ごはんを食べて、大きなお城みたいなホテルに行きました。ぼくはお部屋のはしっこで買ってもらったおもちゃで遊んでいました。お母さんとおじさんが何をして遊んでいたのかはよくわからなかったです。

 何時間かして、そのホテルを出ると、家に帰りました。お母さんはぼくに「お父さんにはないしょよ」ともう一度言いました。「うん、わかった」と僕は言いました。先生はお父さんじゃないので、ないしょにしないで日記に書きました』


 私は頭を抱えた。

『大きなお城みたいなホテル』が何を示すのか、当然大人の私にはわかる。不倫の現場に息子を連れていく意味がわからない。そういう特殊な趣味・性癖を持ち合わせているのだろうか? バレるかバレないか、その瀬戸際のリスクを味わう。狂気的だと私は思った。私にはまるで理解できない。

 優斗くんの日記は続く。


『8月11日。今日は智樹くんの家に遊びに行きました。おひるになって智樹くんのお父さんがごはんにつれていってくれました。ハンバーガーを食べました。車の中で外を見ていると、大きなお城みたいなホテルがありました。そこにお父さんが知らないきれいな女の人と入っていくのが見えました。智樹くんのお父さんに、大きなお城みたいなホテルについて聞いてみましたが教えてくれませんでした』


 私は再び頭を抱えた。優斗くんのお父さんも不倫していたのか。同じ穴の狢というやつか。


 一言コメントをどう書くべきか悩んだ。悩んだ末に、『大変よく書けました』と書いて、はなまるマークを書いておいた。それから少し悩んで、『大人になればすべてわかると思います。日記の内容についてはだれにも言わないように』と付け加えておいた。やれやれ、今度の三者面談が憂鬱だ。


 気を取り直して、次の生徒の日記を見ることにした。優斗くんみたいな闇の深い暗黒日記がこれ以上存在しないことを祈りながら、私はページをめくるのだった。




 

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