Crystal Clear Story

一ノ瀬 水々

第1話

「ホントに全部凍り付いてる・・・」

 凍り付いた国、ソフィアの城下町を歩きながら少女はポツリと呟いた。少女の名前はイーリア、小柄な体に似合わない鎧と剣を携えている。見渡す限りの光景は氷で真っ白く染められていて、空を飛ぶ鳥から、家々の中の家族たちまですべてが停止した状態であった。そっと触れたガラス窓から突き刺すような冷気を感じる。

「!!?」

 その時、背後から突然氷の礫が浴びせられた。咄嗟に剣を振るい、回避するイーリア。振り返ったその先には、氷の中からパキパキと音を立てながら現れる異様な生物がいた。いや、生物と形容するには余りにも悍ましい姿をしている。大きさ1m程の大きさで、手と足であろう部分が鋭く尖った氷でできている。

「こいつらに先遣隊は、お兄ちゃんはやられたのか!」

 剣を握るイーリアの手に力がこもる。氷の化け物を睨みつけるその目の奥が赤く変色してゆく。素早い動きで化け物がイーリアめがけて近づき、右の手を勢い良く降り下ろした。

「業火に散れ!灼火焦炎斬!!!」

 目にも止まらぬ速さで剣を一閃するや否や、一瞬にして辺りが火炎に包まれた。「ギギギ・・・」と耳障りな音を立てながら化け物は崩れていった。イーリアがもう一度剣を振るうと、火炎は剣に戻っていった。ふっと安堵の溜息を漏らしたが、「パキッ」と氷が鳴る音がイーリアを再び戦闘態勢に引き戻した。

 10m先に、先程と同じ化物が5~6体蠢いている。しかし、剣を構えても襲ってくる気配はなく、そのままイーリアに背を向けて去っていった。

「待てッ」

 躊躇うことなく逃げる後姿を追いかけていく。化物達は国の中心地にある城の城壁まで辿り着くと、壁を覆う氷と同化し消えてしまった。

「この城が元凶か、どこから入ればいいんだ」

 イーリアが城の周囲をいくら探しても、城壁は高く、門は分厚い氷に覆われている上に鋼鉄でできているようだった。途方に暮れ、悔しそうに城を見上げていると、空から何かが降ってきていることに気付いた。それは真っ直ぐにイーリアの目の前の地面に、落ちた。

「普通、掌で受け止めるよね」

 砂煙の中でぶつくさと文句を言いながら、落ちてきた何かが姿を現した。15㎝ほどのウサギである。その姿を認めると、イーリアは剣を抜いた。

「いや!待って!僕はシロ!妖精!君がこの城に入れるお手伝いをしてあげる!」

 その言葉に手をを止めるイーリア。にやりと笑い、ウサギはすぐに喋りだした。

「この城の大広間にいる化物が全部の原因なんだ。あいつはこの国のトカナ姫を奪うため、凍らせたんだ。君がこの呪いを解く勇者になってよ」




―――時はさかのぼって、トカナ姫の結婚式当日・ソフィア城の大広間

 豪華に飾り付けられた祭壇の前で、たくさんの参列者に見守られながら結婚式が執り行われていた。神父が恭しく語りかける。

「イヴァン国のユンオス王よ、そなたは永遠なる愛の誓いを叶えるか」

「もちろん」

 これまでソフィアと長く戦争を続けてきた隣国のイヴァンの若き王が、自信たっぷりに答える。対照的に横に並んだトカナ姫は俯きがちに暗い顔をしていた。煌びやかなドレスがその美しい顔に花を添えている。

「ではソフィア国のトカナ姫よ、そなたは妻として気高き夫の土となり支えるか」

 神父の問いに姫は答えない。大広間がシンと静まり返った。ユンオスが「何してる、早く答るんだ」と小声で諫めると、涙を流しながら意を決して口を開いた。

 その時、大広間の中に冷たい風がドッと吹き込んだ。目を開けていられない程の凍てついた気温が一帯を包む。トカナ姫が体勢を崩して倒れかけた、その背中を優しく支える手があった。

「リヴ!?どうして!?」

 姫の目の前には、精悍な顔つきをした青年が穏やかな目でこちらを覗き込んでいた。

「極北の地に住む白の魔女と契約をしました。僕と一緒に逃げて、これからもずっと二人で暮らしましょう」

「そんな、魔女との契約なんて・・・それにダメよ。こんなことをしたらイヴァン国が全戦力をもって報復に来るわ」

「僕はあなたをずっと昔から見てきた。あなたが幸せになるためならすべてを凍らせてでもあなたを守る」

 青年の言葉によってトカナ姫は決意を固めた。強く頷くと、青年の胸に飛び込んだ。

「・・・ずっと会いたかったわ、リヴ!」

 ニッコリと微笑みながら、「僕もだ」と青年は姫の体をしっかりと抱きしめた。その瞬間、姫の体が氷に一瞬で覆われてしまう。強すぎた魔力を制御できなくなったのか、氷が城を、国を覆っていく。

「!!!?うわぁぁぁぁ!!!」

 自我を失った青年の体は、叫びとともに獣のような醜い化物へと変貌していった。


 雄叫びをあげる化物の頭上から、低くしわがれた声が響いた。

「ククク、戦え、愚かな人間共。そして存分に楽しませてくれ」

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