挑戦し続けるレスラー! ピーチタイフーンの尻が乱舞する! はるか高きところまで届け我が必殺心!

フェイ! タル! ハーツ!」


 叫び、突撃するピーチタイフーン。全身の細胞に活を入れるように意識し、挙動の一つ一つに全神経を集中する。流れるような動作、見る者を魅了するレスラーの動き! 気迫と鍛え抜かれた肉体が融合し、ガルドバに迫る!


 ピーチタイフーンはガルドバの頭を太ももで挟む形で肩に乗る。そのまま勢いをつけてガルドバの股をくぐるように体を逸らした。超高速のウラカン・ラナ・インベルティダ! 否、否、否! この技は彼女の代名詞ともいえるフィニッシュホールド!


 桃 尻 大 颱 風ピーチタイフーン


 回転と同時にフォール! ガルドバは高速回転による三半規管の乱れと叩きつけられた時の衝撃、そしてピーチタイフーンの凄みに押されて動けない! そのまま3カウントが刻まれる!


「なるほど、これが敗北か」


 フォールによる敗北。レスラーなら当然の摂理。その摂理を受けて敗北したガルドバはピーチタイフーンの股下から姿を消す。そして、


「見事だ。だがそれはあくまで魔王オレの分身。本体は指の皮が裂けた程度の痛みしかない」


 何事もなかったかのように少し離れた場所に現れるガルドバ。


 魔王ガルドバの『本体』はピーチタイフーンが認識している世界よりもはるか高次元に存在する。この世界を見下ろす場所に鎮座し、そこから分身を送り込んでいるに過ぎないのだ。


「だが痛かったのだろう? ならば戦う価値がある!」

「針にすら及ばぬ刃に何の意味がある。徒労と知れ」


 ガルドバが撃ち放つ闇の散弾。それを受け止めながらピーチタイフーンは走る。そしてガルドバの肩に向かって跳躍。空中で横ひねりに反転し、頭を足で挟み込む! そのまま再度また下をくぐるように回転し――!


 桃 尻 大 颱 風ピーチタイフーン垂 直 落 下ダウンバースト


 ガルドバの頭を地面に叩きつけた! その衝撃でガルドバの体はまた消え、そして別の場所に現れる。


「無駄だというのがまだわからぬか。魔王オレには遠く及ばぬ」

「無駄かどうかは――」


 ピーチタイフーンは止まらない! 全速力で走り、己の持つ最大の武器であるお尻を相手にぶつける! 単純! だからこそ有効! 自分が信じる部分を余分な要素を除いて最大活用する。基礎こそが、最も最も最も素晴らしい!


 跳 躍 尻 圧 直 撃スカイスターヒッププレス


「終わってみなければわからない!」


 必殺のヒップアタックを受けたガルドバは、三度消失する。しかしまた何事もなかったかのように現れた。


「こんなことをして何の意味がある? 貴様は魔王オレの生み出した影に挑んでいるにすぎぬのに」

「わずかでも積み重ねること! そのことに意味がないのなら、すべての勉学や修練に意味はない!」


 現れたガルドバに組み行って、地面に伏す。そのままピーチタイフーンも腰を下ろし、足首のロックとガルドバの顔面を腕で締め付ける。そのまま反転し、お尻で背骨を圧迫する! リバース・ステップオーバー・トーホールド・ウィズ・フェイスロック! いいや、この技は!


 桃 色 砂 地 獄ピーチ・デザートヘル


「今こうしていることはお前にとって小さな事だろうが、それがいつか高みに届くこともある!」

「戯言を。現に貴様の攻撃は微々たるものだ。早々に諦めるのが賢明だぞ」


 ピーチタイフーンに技を極められていたガルドバはいつの間にか消え、新たな場所に現れる。限界以上のダメージを分身が受けても、すぐに新たな分身を生み出しているのだ。


 ガルドバにしてみれば、それはさしたる痛みもないことだ。ログインが途絶えたから再ログイン。接続が途切れたから、少しイラつく。そんな程度の感覚でしかない。


「私よりも多くの事を知っている貴様の意見だ。それは正しいのだろう。それでも――!」


 現れたガルドバの股をくぐるようにタックルし、肩で掲げる。そのまま相手に自分の背中とお尻を見せる形で抱えたまま後方に回転して倒れこむ! 流れるような水車落とし! 魔国最強のドラゴンを陥落したこの技こそ!


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「正しいことに従うだけが生き方ではない! 間違いかも知れないけど突き進む。それを人は冒険と呼び、挑戦と言う! その気持ちが、行動が、新たな道を開くのだ!」


 起き上がり、倒れたガルドバを見下ろしピーチタイフーンは吠える。ガルドバにとっては愚行でも、それが何かを生むかもしれない。否、愚行だとしてもそれが無意味だとはいえない。人は冒険し、挑戦し、失敗しながら歩んできたのだ。はるか高き視点から見ればわずか数ミリでも、這うような歩みでも。


「つまらぬ歩みだ。愚者はいつだって無意味に道を誤り滅び去る。正しき道があるというのに、何故それを歩まぬのか」


 叩き付けられて倒れたまま言葉を返すガルドバ。多くの『世界』を知るからこそ、多くの愚行を見てきたガルドバ。何故、この者はこう歩まないのか。そう思わせる存在はたくさんいる。


「魔王ガルドバ。貴様にいる高みからはその挑戦も愚行に見えるのだろうな」


 倒れたままのガルドバに向かい跳躍するピーチタイフーン。跳躍と同時に自らに回転を加え、そのまま高く飛び上がる! 体を「く」の字に曲げ、そのままガルドバに尻をぶつける! 回転、回転、また回転! 宙を舞うエルフの尻が、満月を描く!


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「だからこそ見えないのだ! 歩む者のすばらしさを、挑む者の尊さを、挫折しても立ち上がる者の強さを!」


 ピーチタイフーンの一撃を受けて、ガルドバの分身は消失する。再び分身が現れるが復活の度に余裕は薄れ、少しずつ疑念と焦りが浮かび上がってきていた。


(なぜこのような行為を繰り返す? 無駄な事だと分からぬはずもないのに)


魔王オレに与えるダメージは微々たるもの。分身を置く手間とその際の浪費を含めても、さしたる傷は追わぬ)


(――否、少しずつ代償は大きくなっている。同じ分身のはずなのに、労力も何も変わらないはずなのに。何かが違う)


(まるで、少しずつ魔王オレに肉薄するように――)


 ピーチタイフーンに分身が倒されるたびに、ガルドバはじわりじわりと迫りくるピーチタイフーンと言う存在に気づき始める。はるか高い次元に位置する魔王ガルドバ。そこに届くことなどありえないのに。


『レスラーに不可能はない』


 ピーチタイフーンが幾度となく繰り返した言葉。その言葉を思い出す。捕らわれたエルフでは勝てない相手。常識ではありえない戦力の差。その相手に幾度となく覆してきたピーチタイフーン。


「ならばそこから降りて来い。貴様の傲慢を私の尻で叩きなおしてやる!」


 ガルドバは自分が引っ張られるような錯覚を感じた。はるか下の次元から延びてきた手につかまれ、そのまま力任せに落とされる感覚。気が付けば、はるか高次元から分身を送っていた魔王ガルドバの本体はピーチタイフーンと相対していた。


「なんと……! 七階梯を一気に落とされただと!? バドレクスラ理論も無視して、ゲベル=リルイエフロの二重監視さえも突破たというのか!?

 どういう方法を用いたというのだ!」


 自らが引きずり出された事実を認識し、ガルドバは叫ぶ。ガルドバの常識からすればありえない話だ。


「驚くことではない。戦い続けて実績を積めば、頂上チャンピオンへの挑戦権が得られる。ただそれだけだ」


 しかし事も無げにピーチタイフーンは言葉を返す。


 プロテストを受けて合格し、新人レスラーとして戦歴を重ね、若手として活躍し、中堅選手としてレスラーに恥じぬ試合をし、そしてトップレスラーとなる。そしてトップレスラー同士で世界一をかけた戦いにはせ参じ、チャンピオンベルトを手に入れる。


 それがレスラー!


 戦い続け、勝ち続けることで頂上うえに手が届く。レスラーとはそういう存在だ。分身相手に勝ち続けたピーチタイフーンが、その頂上であるガルドバ本体に手が届くことに何の不思議があろうか。


 はるか彼方に存在する魔王に手が届き、ガルドバをリングに引きずり込んだのは、レスラーなら当然の流れなのだ!


「ふ、ふふふ、ふはははははは! 面白い。面白いぞピーチタイフーン! そうか、そういう事なら仕方ない!」


 それを理解し、大笑いする魔王。考える事をやめ、目の前の敵に目を向ける。


魔王オレの傲慢を叩きなおす、か。ふん、存外それも不可能ではないかもな。

 だが、勝ちは譲らん。魔王オレもバカをやってみたくなったのでな」

「当然だ。戦うなら、勝つ。レスラーなら当然の思考だ」


 戦うことにすべての意識を向けたガルドバと、常に戦い続けるピーチタイフーン。


 両者の本当の戦いは今、始まったのだ!

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