無様、無意味、無価値、無駄! 魔王が告げる終わった世界! そして刻まれるカウント!

「すべての生き方に価値がある、か。無知ゆえの言葉だな」


 ピーチタイフーンの言葉に嘲笑するガルドバ。


「貴様は他人を信じすぎる。可能性を重んじすぎる。良き行為に対して帰ってくるのは善性だけではない。醜い嫉妬やつまらぬ悪意も存在する。

 そう言った『世界』があることを知るがいい」


 ガルドバが指を鳴らすと同時に、ピーチタイフーンの周囲に光で描かれた幾何学模様が展開される。立体多層構造魔方陣。円、文字、色、角度、時間、星の位置……そう言った様々な要因を含めた魔法。魔術を知る者がそれを見ればあまりの情報量の多さに気が狂うだろう。


 それはピーチタイフーンが反応する間もなく発動する。陣の中心にるピーチタイフーンを世界から消し、ガルドバがの望んだ別世界に転送したのだ。


『先ずは文明を極めたと勘違いした生物が、欲の為に戦争を行い滅んだ世界だ。世界のリソースを食いつぶし、地上波汚染されて住むこともできず、極少数の生物が地下で希望なく生きる。

 生物のエゴの末に滅んだ世界の痛みと苦しみを知れ』


 星の表面をえぐり、大気の組成さえ変えるほどの兵器の応酬。それにより悲鳴を上げる間もなく消えたおびただしい命。生き残った人間は何時か潰える食料を細々とかじりながら、死んだ瞳で生き続ける絶望の日々。


 あの発明は未来を素晴らしくするはずだった。あのエネルギーは未来を照らすはずだった。なのにそれを欲望に利用され、そして独占するために争いだして! こんなことならあんなエネルギーなんてないほうがよかった! あんな発明なんて、しなければよかった! 未来は明るいと信じて生み出されたのに、それが未来を閉ざすなんて!


『次は魔龍を倒した英雄が平時は要らぬと迫害され、その復讐で滅びゆく世界だ。身勝手な追放。そこから生まれた復讐。そして戦争。その末に生まれたのは屍山血河。

 果てなき戦いの末、頂の上で涙し朽ちる英雄の慟哭を刻め』


 死闘の末に国を救った英雄。身勝手な民や政治的な力不足で王女は愛する英雄を捨てなければならなかった。捨てられた英雄は愛する王女と世界に刃を向ける。愛憎の炎は全てを飲み込み、愛する者の返り血をぬぐうことなく英雄は丘の上で叫ぶ!


 なんで笑顔で斬られたんだ!? なんで嬉しそうだったんだ! お前は俺を捨てたんだろう! お前は、俺が嫌い、だった、はずなのに! ありがとう。あいしていました。なんて呪いを最後に残してくれたんだ! 俺は、俺は、俺は、お前を、憎んで……るはずなのに! なんで涙が止まらないんだ!   


『学校という閉鎖コミューンで虐げられた女が人外の力を得てコミューンの人間を食らいつくす世界。助けようとした親友や恋人の声も届かず、狂っていく。その絶望と肉を食らう感覚を覚えろ!』


 信じていた信じていた信じていた! なのに助けてくれなくて、汚されて! そんな私に希望の糸が下りてきたの。それにすがって何が悪いの! だって助けてくれなかったんだもん! だからみんなたべちゃった。


 ぐしゃり、ぐしゃり、ぐしゃり、ぐしゃり、ぐしゃり、ぐしゃりぐしゃり、ぐしゃり、ぐしゃりぐしゃり、ぐしゃり、ぐしゃりぐしゃり、ぐしゃり、ぐしゃりぐしゃり、ぐしゃり、ぐしゃり……ごっくん。まだ、たべたりないよ。あれ、なんでわたし、ないてるの? おいしいのに。ねえ、おしえてよ。


 様々な『終わったデッドエンド』世界。様々な『報われないバッドエンド』世界。その苦痛が、痛みがピーチタイフーンを苛む。


『無様、無意味、無価値、無駄! 貴様が信じる生き方などこんなものだ。希望など絶望に落とされるための前振り。希望を信じたから、愛を信じたから、助かると信じたからこそ余計に落とされた時の絶望は深いのだ。

 その痛み、その身に受けろ!』


 終 焉 世 界 転 移 垂 直 落 下デッド/バッドエンド・ドライバー


 百を超えるバッドエンドを迎えた『世界』の苦痛を味あわされたピーチタイフーン。希望を抱いていたからこそ落下の痛みは大きい。それは物理的な落下ダメージとしてピーチタイフーンの全身を苛んだ!


「終わったな」


 地に伏し動かないピーチタイフーンを見て、ガルドバが腕を組む。生命賛歌を掲げていたからこそ、その生命の堕ちゆくさまがそのままダメージとなったのだ。


 1!


 どこからともなく、カウントが響く。テンカウントまでに立てなければ、ピーチタイフーンは敗北してしまう。誰にも説明されていないが、なぜかガルドバは理解していた。


「貴様は自分以外の者を背負いすぎる」


 2!


「それだけの力を持ち、高潔な精神もある。戦神としては超一流と言ってもいいだろう」


 3!


「あるいは破壊のみをもたらす神としてもだ。どうあれ、貴様の真価は戦う姿にある」


 4!


「他人のために戦うなど、その価値に反する」


 5!


「今貴様が感じている痛みは、その誤りだ。他人を見捨て、自分の為だけに戦えばよかろう」


 6!


「事実、頂点は一人。他の者に勝つことがそこに至る道。ならば他人など要らぬはず」


 7!


「抱いていた誤りを捨てるがいい。すべてを捨て、孤独に戦え。それが、レスラーというモノのはず」


 8!


「ピーチタイフーン、素晴らしき存在よ。貴様の『世界』は魔王オレという魔法の中で最も輝いている。その輝きに敬意を示そう」


 9!


「この痛み、この敗北が貴様をさらに研磨するだろう。貴様が歩む『世界』。孤独に生きる苛烈な戦士。その軌跡の一歩となるのだ」


 テ――


「あいにくだが――」


 カウント9.8! 震えながら身を起こすピーチタイフーンがガルドバに向かって口を開く。


「敗北するつもりもない。孤独に生きるつもりもない!」


 よろめきながら立ち上がり、ファイティングポーズをとる。戦意はある。体力もある。それを示すように。


「貴様は阿呆か。人が生きる世界が美しいものばかりでないと知ったはずだ。希望を信じたからこそ絶望が深くなると理解したはずだ。万人が救われるわけもなく、むしろ貴様の与えた希望が深く傷つける可能性があると知ったのに。

 なのにそれでも他人のために戦うというのか。それが貴様を『弱く』しているというのに!」


 信じられないという顔をするガルドバ。ピーチタイフーンが信じる価値観には穴がある。無価値な人生もある。報われない世界もある。そんなモノの為に戦うよりも、自分自身の為だけにその力を注げばいい。その方が自分のためになるというのに。


「ああ、正しい。希望を信じたから、深い絶望がある。友情や愛情があるから、裏切られた時の傷は大きい。

 それでも、その世界に意味はある。その生き方に意味はある。結果として報われなくても、懸命に走ったことには意味がある!」


 終わった世界で受けた傷を感じながら、ピーチタイフーンは顔をあげる。今感じているこの苦しみ。今痛みを訴えるこの傷。この苦しみが、この傷が、明日の自分を構成する。苦難から踏みとどまる爪となる。


 報われなくても、無駄に終わっても、理想に届かずとも意味はある。


 いいや、生きた結果に意味や価値を求めることに意味はない。人生の評価など、しょせんは他人の判断。その高低など、今生きる生物にとって何の価値があろうか。


 己の評価こそが、己の信念こそが、己の生き様こそが、生きるための道標。己を測る物差し。


 生物は己の価値や意味など考えず、ただひたすらに走り続けるモノなのだ!


「貴様にとって無価値で弱くとも、私にとっては価値がある。そしてこの在り方こそ、私にとっての強さ!

 魔王。貴様が弱いと言ったその力、その身で味わってもらうぞ!」

 

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