第10話 まどかとさとる(4)

 午後六時。


 二人は、いつもより遅く学校を出た。



「わー、すっかり遅くなっちゃったねー」

「うん。委員長気合い入ってたもんね」


 今日は文化祭に向けた合唱練習があったのだ。

 音楽好きの委員長が異様な熱意を持って取り組んでおり、先生が止めに来なければまだ続きそうな勢いだった。


 九月の空はすでにかなり暗く、いつもとは少し違った雰囲気だ。



「まどか、怖くない?」

「ちょっと! ばかにしすぎ!」



 からかうさとるに、まどかは頬をふくらませる。



 大きな木の下で門をくぐり、二人のスニーカーがアスファルトを踏みしめた。


「でも、わたし帰りがこんなに遅くなるの初めてだなー」

「そっか、まどかは部活やってないもんね。僕たちはよく暗くなるまで活動してるけど」




 静かな秋の夜。虫の声を聴きながら、二人は並んで歩く。


 あまりに静かな空気に、まどかは急に恥ずかしくなってきた。



(やば……。心音聞こえそう……!)



 いつもと違う薄暗い空。初秋の涼しい気候。隣を歩くさとるの呼吸。


 なんだか胸がドキドキして、口から心臓がとびだしてきそうだ。



「ね、ねぇ」

「まどか」


 ふたりは、同時に口を開いた。


 ぎょっとしたまどかの肩がはねる。


 さとるは冷静な声で、言葉を続けた。


 まどかの方は見ないまま、空を見上げてささやく。





「月、きれいだね」





(え……?)


 ならって見上げると、夕空にはきれいな丸い月が。


 けれど、まどかの心中はそれどころではない。



 今日の国語の授業で見た、『坊っちゃん』のあとのコラムにあった一文が脳内をぐるぐるとまわっている。


(え、でも、さとるはあんなとこ見てないで先生の話きいてるよね。でもでも、さとるなら知っててもおかしくない……!)


 月を褒めたのか、それとも?


 真っ赤な顔で目を白黒させるまどかを、さとるはこっそり見下ろしてくすりと笑った。


 そうしてしばらく待っていると。





「さとると一緒だから、きれいなんだよ」





 暗闇でもわかるほど赤面したまどかが、恥ずかしそうに返した。


 想定の斜め上をきた答えに、さとるの顔も赤くなる。



 秋の月に見守られ、想いを確認しあったふたりなのだった。

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