第4話 ガチャにはずれまくる私がガチャに大当たりした日の話。




辛気臭い話ばかりだったので、楽しかった話も書こうと思う。




私の運は正直あんまりよくない。

ゲームのガチャはもちろん、親ガチャを始め、仕事でも貧乏くじばっかり引いている。

先日、たまたまお局様と新人がもめている場面に出くわし、間に挟まれて調整役をさせられた。私にはなんの得にもならないし、なんなら2人から不満をぶつけられてヘロヘロだ。その時のことを職場の友達に愚痴ったら、笑いながら「なんでそんなタイミングいいん?」と言われた。知るか。


そんなあまり運がよろしくない私だが、数年に一回の確率で大きな当たりを引くことがある。



数年前、私が推している俳優さんが、近所の大学の文化祭にやってきてトークイベントをするというニュースが飛び込んできた。他の俳優さんを推している職場の友人についてきてもらって、文化祭に行くことになった。

前の方の席に座れるよう早めに行こう、という話になり、大学へのシャトルバスが出るバス停で友人と待ち合わせをした。


だが文化祭の当日、待ち合わせの時間になっても友人は来なかった。

遅刻するような子じゃないのでおかしいな、と思っていたら、慌てた表情の彼女が向こうから必死に走ってくるのが見えた。

彼女は家を出た後でスマホを持ってくるのを忘れたことに気付いて取りに帰ったらしい。遅刻したことをめちゃくちゃ謝られた。

早めに行くように段取りしていたのでトークイベントには充分間に合うし、大きな遅刻でもない。何より私の用事に付き合ってもらっているのだから感謝こそすれ、彼女を責める気は全くなかった。


だが、彼女は数分の遅刻をものすごく気にしていた。


シャトルバスの中でもそわそわして心ここに在らずという感じだし、大学に着いて会場に向かう足もいつもよりかなり早足だった。

当時の彼女はどうにか私を推しの近くに連れて行こうと必死だったと思われる。


会場の外ではすでにそこそこの人が開場を待っていた。

その光景を見て、彼女の焦りはピークに達した。

「前に行こう」

まだ列形成などはされておらず、人の間を縫って行けば前に行けないこともない。

確かに推しはできる限り近くで見たい。

でも、自分が反対の立場で、後からきた人が横入りしてきたら絶対嫌な気持ちになる。

彼女の気持ちはとてもありがたいが、例えズルして推しを近くで見れたとしても、後ろめたい気持ちが大きくて楽しくなくなるだろうなと思った。


「いやいや、じゅうぶん前の方に入れると思うし、ここで待とう」

と友人を説得した。

彼女はまだ諦めきれないように前を見ていたが、やがて納得してくれた。

そのまま会場の時間を待っていたら、係の人が右端にカラーコーンを置き、カラーコーンの間にロープを張っていた。

なにをしているんだ? と思っていたら、カラーコーンの終わり、私達から見て後方で係の人が声を張り上げた。

「今から列形成はじめまーす! ここから入って並んでくださーい!」




な ん で す と ?




一気に形勢が逆転。後方に並んでいた人の方が有利になったのだ。(時間前に待つのがダメとは告知されていなかった気がするけどあのルールは未だに謎)

私も友人も早足で列に並んだ。

並んだ後で友人が「ズルしなくてよかった……」とホッとしていた。

いや本当それな! と2人で笑ってトークイベントが始まるのを待った。

トークイベントではいくつかの企画があり、推しへ質問ができる、というものがあった。待ち時間で推しへの質問を紙に書いて、その中から推しが紙を引いて質問に答える、というものだ。

自分の運の悪さは承知しているので、きっと推しに引いてはもらえないだろうな、と思いながらも一生懸命質問することを考えた。

こういう時に気の利いた、場を盛り上げる質問が思いつかなくて自分の才能のなさを恨む。


質問を読んでもらえるかどうかドキドキしながら会場に入った。

会場に入る時、アンケートの紙を受け取って席に着く。

結構舞台に近くて、今でも思い出すだけでドキドキしてしまう。

そしてトークイベントが始まった。

もともとお話が上手な俳優さんで、1つ1つのお話がすごくおもしろく、ファンサービスも豊富でとても楽しかった。

質問は残念ながら読んでもらえなかったけれど、そこまで面白い内容を書けなかったのでホッとしたのも覚えている。


しかし、サプライズは最後に起きた。


最後にプレゼントコーナーがあり、抽選で名前入りのサインがもらえるとのこと。

抽選のやり方は推しが抽選箱から番号を引いて当選者を決める、というものだった。

抽選番号は会場に入る時に渡されたアンケート用紙の角に書かれている数字だ。

一応ドキドキするし、当たって欲しいけど、本当にこういうの当たらないしな……と思って完全に気を抜いていた。

推しが抽選箱に手を突っ込んで最初の数字を引く。


「32番!」


……ん?

一瞬呆けて自分のアンケート用紙を見つめ直す。

32番だ。

「32番の方いらっしゃいませんかー?」

推しと司会の人が少し困ったように会場を見回していた。

「は、はい!」

震えながら手を挙げてことなきを得た。

後に隣に座っていた友人に聞けば、「えっ、当たってるのになんで固まってるのって思ってた」とのこと。実際自分が固まっていたことに笑ってしまった。


一番に引いてもらえて、名前入りのサインをしてもらえて、おまけに握手までしてもらった。

マジで死ぬかと思ったし、舞台に上がる前から降りるまで足は震えっぱなしだった。


推しにサインをもらえたことも嬉しかったけど、何より嬉しかったのはズルしなかった自分が報われたことだ。

あそこでズルをしていたら、番号が変わっていてサインはもらえなかったかもしれない。


正しいことをしても無駄なことって結構ある。時には損をすることだってある。

社会人になってから正しいことをしてよかった、と思えることはあまりなくなった。

職場で困っている人を助けても、自分も一緒に怒られてしまったり、ひどい時には助けた人に裏切られたりした。

でも、人を見捨てる自分が嫌で、後で後悔するから、損をするかもしれないと思っても助けるようにしてきた。

今回はそれまで損をしてきた自分を救ってもらえたような気がした。

他の誰でもない、推しの手によって。


正しいことをして嫌な気持ちになっても、この時のことを思い出して私はこれからも推しに恥じない生き方をしていきたいと強く思った。


ちなみにこの時推しにもらったサイン色紙は家の神棚に飾ってある。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る