第26話 神

 なぜ僕はこんな力を持ったのだろう。

 そうか。あのとき、希望の丘でアシャにもらったんだ。

 今度はそれを返しにいく。

 それですべてが終わる。

 今回の事件は終わる。

 もういじめなんて起きない世界を。

 もう殺してしまった僕だから。

 だから変えるこの世界を。

 望んだ未来へと持っていく。

 その覚悟も、力もあるのは僕だけだ。

 でも僕には過ぎた力だ。

 暴走してたくさんの人を殺した。

 魔林、魔林母、菟田野、呉羽、鎌倉、竹林。

 たくさんの人を殺し、僕にはこの力は無用の産物。

 僕は希望の丘にたどり着くと叫ぶ。

「アシャ! どこにいるアシャ!」

 悲鳴に似た声を上げていると、一人の少女が姿を現す。

 銀糸を思わせる銀髪の少女。

 アシャだ。

「よく来た人間」

「なぜ、僕にあんな力をわたしたのですか」

 神と呼べる人が目の前にいる。こんな力、神しか扱えない。

 神様なのだ。アシャは。

 ならこの力を返却したい。

 でないと精神が狂ってしまう。

 おごり高ぶってしまう。

「その力は、時を戻す力。今の君には必要な力じゃないか?」

「どういう、意味です……?」

 困惑し、戸惑う僕。

 神はまだこの力が必要だと思っている。

 しかし気になったことがある。

 時を戻す力?

 つまり今までの力はすべて時を戻していた?

 いや、結論づけるのは早い。

 それにどれくらいの時間巻き戻せるのか、どのくらいの範囲に適用されるのか、分かったもんじゃない。

 そんな力持て余すに決まっている。

 それに変えたいのは過去じゃない。未来だ。

 これから始まる未来はきっと良い方向へと導くのだ。

 僕が、いじめられていた底辺の人間がのし上がっていくのだ。

 僕の過去は終わった。だからもういい。

「過去に戻りたくないのですか?」

 アシャが問う。

 過去に戻りたくない。そう言ったら嘘になる。

 僕は過去に戻ってすべてをやり直したい。

 魔林も、竹林もなかったことにしたい。いじめがなければ天沢も死なずにすんだ。

 レオも、呉羽も助けることができる。

 でもそのために力を使うのは間違っている気がする。

「あなたは変わりましたね。なぜでしょう?」

「神様ならすべてお見通しじゃないんですか?」

 クスクスと笑うアシャ。

 でも僕は全然笑えなかった。

 犬星如月。

 彼女は常に僕を思っていてくれた。

 彼女と一緒にいる時間は心地よい。

 犬星は僕の味方であろうとしてくれた。

 すっと消えるアシャ。

「あ!」

 まだ聴きたいことがたくさんあったのに。

 神様は消えてしまった。

 まるで僕を置いてけぼりにするかのように。

 願ったこと。祈ったこと。望んだこと。

 僕が願った未来は、こんなところにはない。


 地鳴りがする。身体が揺れる。

 立っているのが難しくなる。

 地震だ。

 それもかなり大きい。

 時間にして数分、揺れた。

 公園にあるブランコが揺れる。

 近くにある家々が、崩れ落ちる。

 スマホが緊急地震速報を告げる。

 ここだけじゃない。

 この町全域で同じような被害を受けている。

 僕は〝希望の丘〟から離れ、自宅のある方へ向かう。

 自宅に帰ると、父と兄が避難をするために近くの小学校に向かっていた。

「輝星も、はやく!」

 焦りの声は僕の心を響かせはしない。

「ごめん。友達が心配だ。行ってくる」

 僕はそう言い、近くのネットカフェに立ち寄る。

 そこには紗菜と犬星がいたはず。

 探ってみるが、店内にはいない。もう帰ったのか?

 僕は彼女らの帰路を歩き回る。

「紗菜、犬星――っ!!」

 叫んでみるが、二人の返事はない。

 地震であちこちの家屋が倒壊している。

 火の手があがり、火災旋風が巻き起こる。

 消防団員が対応し、マスコミが災害を見て、騒ぎ立てる。

 近くの中学校に一時避難する。

 僕が訪れると人でごった返していた。

 犬星は無事だよな。そうだよな。

 そう願うと、僕は再び町の中を歩き出す。

「誰か――っ! この下に娘が!」

 声のする方へ走り出し、光を足に集約させる。

 とんでもない速度で駆け寄ると、父と思われる人に話しかける。

「僕で良かったら手伝います」

「頼む」

 目の前の家屋は崩れ落ち、冷蔵庫と食器棚で三角形の空間を作っているらしい。その上に屋根が落ちてきて、狭い空間ができている。そこに娘がいるらしい。

 光を使い、腕の筋力を強化。

「いきます」

 そう言って屋根をはねのける。

 と隙間ができ、娘が手を伸ばす。その手をとる父。

「ああ。良かった」

 嬉しそうに抱きしめる父。

「なんとお礼を言っていいのやら」

 父は財布からなけなしの紙幣を取り出す。

「いただけません」

 これは僕の懺悔でもある。罪滅ぼしだ。

 今まで見ようとしていなかった僕への罰だ。

 受けとれない。

 そう主張し、その場から離れる。

「こっちに来てくれ!」「助けてくれ!」

 阿鼻叫喚の大惨事に、僕は神様からもらった力を利用する。

 これだ。これこそ、と言える。

 僕は今まで生きていなかった。死んでいた。

 心が殺されていたのだ。

 ずっと昔から。

 いじめられた頃から。

 でも僕はもう解放された。

 すべての矛盾をはらみ、存在し続ける。

 すべての光を集め、僕は前に進む。

 すべてを引き連れて。

 僕はまだ生きていたい。

 死にたいと思ったこともあったけど、僕はみんなを救える立場にいる。

 だから救う。

 僕が人類全体の底上げをする。

 底辺の人間であっても、いじめを乗り越え、家庭環境を乗り越え、そして人を導く。

 それは僕にはできる。

 救える。

 まだ死んでいない。

 まだ希望は生きている。

 まだ人類に絶望していない。

 そうだ。昔の人はその切望を、祈願を次の世代に託していった。

 ずっと昔、疫病でなくなった人々は今では簡単に救える。

 かっけ、ペスト、天然痘、結核。

 様々な病気を乗り越え、戦争を乗り越え、なおも正しい道を探し歩いている。

 その通過点にいる僕は未来を変えることができる。

 これからも願った未来へと導くことができる。

 それは誰しもがよく知っていること。

 未来はこの手の中にある。

 未来へ導くのは神じゃない。僕たち人間だ。

 僕たち人間が前を向いて歩き出すのを観測していたいのかもしれない。それが神である、と。

 神はなんだ?

 みんなが認める人格者ということか。人知を超えた存在だとでも言うのか。

 違う。

 僕はそんなみんながすがるような、人格者ではない。

 罪も罰も背負って生きる。

 そんな僕にもできることがある。

 崩れかけた家屋を押しのけ、中にいる人を助ける。

 今の僕にはこれくらいしかできないけど。

 でも僕は未来を照らす光になるんだ。

 じゃないと、本当に生きていた意味がない。

 生きている意味を探すためにも、僕は力を与えられたのかもしれない。

 僕はただの人間だ。

 ただの一人の人間だ。

 数十億いる中の、たかが一人で、たった一人の人間だ。

 たかだか一人。僕が頑張ったところで世界は変えられない。

 でもたった一人でもある。みんなと違う、輝ける原石でもある。大小様々ある小石の中に一つだけ違う形のものがあれば、そこに価値が生まれる。

 違うのだ。

 家庭環境も、いじめも。

 その者にしか分からない。

 僕のことは僕しか知り得ないのだ。

 だから僕は僕の立場で意見を言う。それでいいのだ。

 僕の意思もまた、人類の言葉でもある。

 人類の応えを僕はまだ聴いていない。

 だから生きていられる。

 応えが見つかるまで僕は生き続ける。

 もし、生きている価値がないというなら、その証拠を見せてほしい。

 生きている意味があるのなら、それを教えて欲しい。

 まだ世界の応えを聴いていない。

 生きている意味も。死ぬ意味も。

 それまで僕は生きる。

 きっと、まだ生きていられる。

 みんなが地震で弱っている中、僕は一人駆け出す。

 ボロボロになった靴が、悲鳴を上げる。

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