第25話 きょうだい

 国が動いている。

 しかもいじめの原因究明にまでだ。

 当然、僕の家にはたくさんのマスコミと警察関係者が訪れた。

 マスコミの圧が強く、玄関先は人でごった返していた。

 いじめの原因やその詳細を求める人であふれかえっていた。

 近くを通っていた人々もぎょっとした顔を向ける。そんな人にですらインタビューしようとマスコミが群がる。

 まるで光を求めるのようだ。

 ひどく醜悪なものに見えた。

 人の憎悪が固まったかのように、押し返すマスコミたち。

 ここだけじゃない。恐らく魔林家や、菟田野、呉羽、それに天沢のところにも群がっているのだろう。

 僕は光の膜を張り、庭から出ていった。

 この混乱に乗じて魔林の妹を殺す。

 あの家は途絶えるべきだ。

 生きている価値などない。

 まずは妹、母親、それに父親を殺す。

 学校で名簿も見たし、ネットでも加害者、被害者の住所が公開されている。

 僕が魔林の家を見つけるのはたやすかった。

 ネット民が味方をしてくれている。そう思えた。

 魔林家に行くと、マスコミが集まっていた。その合間を縫って、僕は魔林家に潜入した。

 ガラスを溶かし、鍵を開け、忍び足で屋内を見渡す。

 リビングは暗く、人気ひとけがない。その端で母親らしい人物がやつれた顔をしている。

「どうしてこんなことに。いい子だったのに」

 呪詛のようにブツブツと呟いている。

 自分の子をちゃんと理解していないあたり、万死に値する。

 僕は光を放ち、母親を殺す。

 溶けた母親はぐったりと倒れ込む。

「母さん、そろそろ料理を作るよ」

 その凜とした声には聞き覚えがある。

 紗菜。

「まさか、君があいつの妹だなんて……」

「あたしは知っていたよ。だから懺悔のつもりで介抱した」

 目を伏せる紗菜。

 その手はきつく握られ、母を見やる。

 悲鳴を上げ、失神する紗菜。

 どれほどの恐怖に映ったのだろうか。

 その声を聞きつけたマスコミが庭に入ってくる。家庭菜園でもしていたのか、プチトマトが転げ落ちる。

 咲いていた花びらが舞う。

 あの花の名前はなんだっただろうか。

 僕はすぐに光の膜で姿を消す。

 どっと押し寄せてくるマスコミ。

 マズい。このままじゃ。

 僕は慌てて紗菜を光の膜で覆い、玄関から出る。幸いにも庭に押し寄せていたため、手薄になっていた。

 僕は紗菜を半ば誘拐し、走り出す。

 行きつけのネットカフェに入り、そこで紗菜を椅子に寝かせる。

 失神するものだから、運ぶのに時間がかかった。

 と、扉がノックされる。

「八神くん?」

 声のした方を見ると、そこには犬星がいた。

 犬星は僕を認めたあと、紗菜に目を向ける。

「え。紗菜ちゃん!?」

 驚きの声を上げ、口元を覆う。

「なんだ。知り合いか?」

「うん。わたしのテニス部の後輩」

 それは初耳だ。

 もともと人に興味がないわけじゃない。むしろそういった会話には積極的に交ざっていた方だ。

 いつの間にかヒエラルキーの底辺にいたが、そういった気持ちが消えたわけじゃない。

「まさか、紗菜ちゃんも殺す気なの?」

 俺は分からないと、かぶりを振った。

「僕も彼女には助けられた。でも、僕の腹の内は」

 怒りで渦巻いている。今にも〝殺せ〟とささやく声が聞こえる。

 実際殺した方がいいに決まっている。

 僕の顔と能力を見られたのだ。それをこれ以上知られるのはマズい。

 もう女の子だからという言い訳は通じない。

 呉羽を殺しているのだ。

 自尊心が許さない、なんてことはもうない。

 女だろうが、男だろうが、僕の邪魔をしたものは殺す。

 障害は取り除く。

 それがどのようなものであっても。

 僕は果たす。僕の意思で。

「事情は聴く。だが死んでもらうことにかわりない」

「そ、そんな……!」

 必死の形相で止めようとする犬星。

「紗菜ちゃんはいい子だよ。魔林久楽とは違う! ちゃんとした心を持っているの」

「なら余計に殺したくなる。普通の感性で兄の愚行を受け止められるものか」

 犬星は言葉を失い、そのまま青ざめた顔で心配そうに見つめるのだった。

 しかしいつの間に犬星に見つかってしまったのか。

 それを思うと気がかりではある。

 どうしてここに犬星がいるんだ? 分からない。

 聴いてみるか? でもはぐらかされるかもしれない。

 うまく情報を聴き出さなければ危険が及ぶ。

 でもなぜ、この子は僕を警戒しないのだろう。

 自分が殺されかけているのに。

 その右腕を見て、ふと視線を落とす。

「わたしは、これ以上罪を重ねてほしくない。八神くん、本当は優しいもの」

「僕が? 優しい?」

 クツクツと笑う。

 優しいわけない。それに優しさだけじゃ人は救えない。優しさは弱さだ。

 見捨てる覚悟もできない。助けられないという道を選ぶこともできない。不実な偽善者。

「優しいなんて言われたって嬉しくなんてない。人類は生き残るので精一杯くらいがちょうどいい」

 そうだ。いじめなどの余計なことに力を費やすよりも、生き延びるので一杯一杯くらいがいいんだ。

 今を生きるのに必死な人々はきっといじめなんて悠長なことをする時間がないのだから。

 そして世界中に見せつけてやればいい。争いが悲惨で醜いものと。

 その傷を負えば、みんな理解する。もう二度と争いのない暖かな世界になる。

 今はそう思える。

 今ならそう思える。


 しばらくして顔を上げる紗菜。

「は。お母さんは!?」

 目の前で殺された記憶が蘇ったのか、紗菜は取り乱した様子で立ち上がる。

 ふらっとし、その場に崩れ落ちる。

「僕が殺した。君たちは害悪だ」

 言い切ると、僕は手のひらを紗菜に向ける。

「脅すつもり!?」

 犬星が困惑したように呟く。

「いいよ。殺して。それで八神先輩が納得できるのなら。救えるのなら」

 なんだ。なんでそんな目で見る。まるで僕を挑発するかのうような目線に戸惑いを覚える。その瞳にはもう死を意識しているように思える。

 救いとはなんだ。願ったことが叶うことか、それともこんなはずじゃなかったと、時が戻れと祈りが届くことか。ならば次は間違えぬと確かに言えるのか?

「あたしの死に意味があるのなら」

 死。

 すべての生き物は産まれ、やがて死んでいく。

 ただそれだけのことだ。

 だから何を願おうと、望もうが無意味だと?

 だが、我らが足掻きながらも生きるそのわけは?

 いいや、そうではない。だがそれが我らの愛しきこの世界。

 そして人という生き物ということ。

 どれだけ、どう生きようと。

 誰もが知っていることだが、忘れていること。

 僕はそれを忘れない。決して忘れない。

 こんな僕に価値があるとすれば、それを知ったときから片時も忘れたことがないということだけなのだろうか。

 でもそれでも僕は生きている。何かにあらがうかのように、求めるかのように。

 求めている?

 僕が?

 何を?

 分からない。

 でももう死んだようなものだ。

 理不尽で残酷なこの世界に、生きていけるだけの力がない。

 救いなんてないんだ。

 僕は救われたいわけじゃない。

 救いを求めていたわけじゃない。

「どうして、あたしを殺さない?」

 紗菜は顔を近づけ、手のひらの光を受け止めようとしている。

 なぜ。殺さない。

 なぜ、殺す?

 あの魔林の妹だから?

 じゃあ、あの兄の弟である僕は?

 兄のせいで僕が死ぬ。それは決して望んだことじゃない。

 じゃあ、本当の望みはなんだ?

 僕が求めていたものは?

 僕は光を納める。

「な、なんで撃たないの?」

 嗚咽を漏らしながら、紗菜はその場に崩れ落ちる。

 それを介抱する犬星。

「もう、分かっているよね。八神くん」

「うん。復讐からは何も生まれない。何も解決できない」

 僕が望んだのはこんなものじゃない。

 僕が願ったのはこんなものじゃない。

 いくら振り返ってみても、もう戻れはしない。何も変えることなんてできない。

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