第25話 蛇が出ます
ヒミカ城の大広間。
城の一階に位置し、およそ400畳程の広さと高い天井を有する空間であり、ヒミカ城で最も広い部屋である。
普段はヒミカと家老達やヒミカ軍団での会議に使用される部屋らしいが、会議に使用するだけでこれ程の広さが必要なのだろうかと疑問に思ってしまう程、やたら広い。
下は全面畳みが敷かれ、外部と部屋を隔てる襖と壁の障壁画には何体もの蛇が描かれている。
絵の蛇は胴が長く、全ての蛇がそれぞれ別々の方を向いており、その色は白や黒だけでなく赤紫に緑など怪しいものもあり、室内にいる者に不気味な印象を与える。
蛇に囲まれて睨まれている様な不思議な空間であるヒミカ城の大広間。
その部屋の出入口となる襖がガラッと勢いよく開かれた。
部屋に入って来たのは、
「ようやく来たっすよ、魔王軍幹部の所に!」
自分の背丈程の大きな弓を担いだ、ブライン。
「龍蛇の女王 ヒミカに終焉の王 リオン、再び相間見えたな。」
草色のロングコートを身に纏う、 レシン。
以上の二人。
………………。
(あれ、あの魔女っ娘みたいのがいないぞ?)
確か森を抜けた時、三人いたはず。
「…お前達の仲間の、あの魔導士の少女はどうした?」
なんとなく気になって聞いてみる。
「あ~、メイラっすか? なんかいつの間にかいなくなったんすよね。どこに行ったんだか」
「蛇にでも、喰われたか」
メイラがいない事を露程も気にしていない風に、レシンが言う。
「ちょっレシンさん、物騒な事言わんでください!」
(…相手は二人か。)
よくわからんが、相手側の戦力が一人減ったようだ。
とはいえ、ブラインとレシンはかなり強い。
ヒミカ軍団の屈強な鬼兵隊を数多く倒し、この城に配置されていたヒミカの蛇をも突破してこの大広間にたどり着いた奴らだ。
(…そんでこっちは、魔王軍幹部が二人。)
実際戦うのはヒミカで、実質1対2なんだが。
一軍団の頭張ってるくらいだから強いんだろうけど、万が一ヒミカが倒された場合、人間側は確実に俺の
チラッ
隣でおっとりした様子でふふっと笑うヒミカを見る。
(俺の命運は、この和服のねえちゃんに委ねられている。)
魔王軍幹部がどれほど強いのか気になり、俺はリオンの記憶を覗いてみる。
魔族の強さには、「上級」「中級」「下級」という位があるらしい。
「下級」は、武器を持った何人かの村人でも‘‘頑張れば倒せる‘‘レベルであり、
「中級」は、戦闘に長けた兵士等が一個隊を組んで、‘‘まあ頑張れば倒せる‘‘レベル、
「上級」は、国の最高戦力を集めて、‘‘めっちゃ頑張れば倒せる‘‘
ていうレベルらしい。
(ふむふむ、なるほど。)
例として、リヴァイアさんを挙げてみる。
‘‘生きた島‘‘とまで呼ばれ、広大なジャホン国の海を守り、東の国の船団を何隻も沈めた巨大な龍。
『破魔の光』という、魔族の力を弱体化させる特殊な力を持つ勇者に敗れたものの、本来は大軍を率いて挑まなければならない上級魔族であった。
そんなやばい「上級」レベルの更に上にいるのが、「魔王軍幹部」である…らしい。
(そんな最上級にやばい強さなら、負けることはないだろうな。)
などと考えてると、
「…ふふっ。しかし、二人だけで来るとは無謀すぎるのではないでしょうか?」
やはり人間と魔族では戦力差があるのか、ヒミカが二人にそう言った。
「こちらは魔王軍幹部である私に加え、なんと、あのリオンさんがいるのです!」
「あの」の部分を強調し、手で俺を示す。
敵を恐れさせるために連れて来られた
「見た目はリオン、中身は俺!」なハリボテの王がはたして敵の戦意を削ぐ事が出来るのだろうか。
「やはりこの国に来てたっすか、あのリオンが。 ヒミカも怖いけど、リオンはもっとおっかないっす」
ブラインの弓を担ぐ手に力がこもり、自身の顔を伝う汗を空いた手の甲で拭く。
(鬼どもを倒すような奴にさえ、おっかないと言われるのか。)
緊張と恐怖からか、ブラインの顔に再び汗が伝う。
リオンを演じてキリッと険しい顔をしていた俺とブラインの目が合う。
「うっ…、なんて鋭い眼光っ、まるで静かに獲物を狙う獣の様っす!」
…目が合っただけなんだが。
「くっ…、この緊張感ッ、夜の暗い森の中で猛獣に睨まれたあの恐ろしい感覚と似ているっす!」
…別に睨んでないけど。
「うおおおおッ、暗雲に隠れていた月が漆黒の夜空に現れ、月光により森の影というヴェールから外れたその姿を見せるとともに、闇から死神の鎌の如き牙と爪を振るおうとする魔獣を見ている様っす!」
(うるせえよ!お前、本当に怖がってるのか!?)
「ふふっ、恐ろしいでしょう?うちのリオンさんは。 さあ人間達よ、跪きなさい!そして、震えながら命乞いをするのです!」
(隣の魔王軍幹部はなんか楽しそうだし…)
「非力な小動物の様にぶるぶる震えながら跪いて命乞いをするあなた達を、ゆっくりいたぶってあげますわ! 」
「な、なんて惨い!これが魔王軍の幹部!? まるで、獲物をその鋭い牙と毒で苦痛を与えつつ、徐々に呑み込もうとする蛇の如くっす!」
「ふっふっふっふ~」
勝手に焦るブラインに、ドS気全開に笑うヒミカさん。
楽しそうやな…。
(相手の戦意を削ぐためのリオン役として連れてこられたのだが、ブラインのあの反応を見るに、一応役割は果たしたのかな、これ)
少し困惑する俺。
「…先ほどからレシンさんは何もしゃべらないのですが、恐怖で言葉も出ないということでしょうか?」
ヒミカの流し目が、レシンに向けられた。
「…バカバカしくて呆れていただけだ。」
両腕を後ろに組んで、俺達のやり取りを黙ってみていたレシンが口を開く。
「まあ、ノリの悪い方ですね」
「命乞いだと?笑止。 魔王軍幹部が二人であろうと、そのうちの一人があのリオンであろうと問題ない。貴様らまとめて、討ち倒すのみだ。」
レシンがポキッポキッと指関節を折り曲げて鳴らす。
それを見た
「怖いなら部屋の隅で震えていてもいいぞ―」
(えっ!?)
「—ブラインよ。」
(あ、そっちか)
俺に言ったのかと思ってドキッとしてしまったじゃないか。
「そうはいかないっすよ。 後でここにヘレナさんが来たら、俺どやされますって。 あの人怒ったら、魔王軍幹部並みに怖いっすからね」
そう軽口をたたきながら、ブラインは担いでいた大きな弓をブンッと振り回して、前に構える。
戦いへの切り替えのスイッチが入ったのか、先ほどまでの焦りが消えたかのように落ち着きはらい、その目は真っすぐに俺とヒミカを捕らえていた。
レシンとブライン、二人からピリつく様な気配が放たれる。
(さすが、この城にたどり着いただけはあるな。あの二人からやばい感じがする)
「…ふふっ。私とリオンさんを前にしてなお、戦意を削がれるどころか闘気を向けてくるとは。なかなか骨のある方々の様ですね。」
ひらりと和服の袖を揺らしながらヒミカが前に出る。
「よろしいですわ。東の国最強の武人レシン、狩人ブライン、あなた方の相手はこの私、ヒミカが致しましょう。」
俺の正面に立ち、そうヒミカが宣言する。
「…後ろにいるもう一人の魔王軍幹部は、戦わないのか?」
(ぎくッ!)
レシンの鋭い視線が、ヒミカの後方に控える俺に向けられる。
(町外れの森で、家老Dに成り済ましていたレシンに攻撃されそうになったのが、若干トラウマなんだよな)
目を合わせるのが怖いので、俺は誰もいない方向へとスィ~と視線を移す。
「…ふん、くだらん。俺と戦いたければ、まずはヒミカを倒すんだな。そうすれば、遊んでやる。」
誰もいない壁を見ながら言う。
何言ってるんだか…的なジト目をヒミカから向けられた気がする。
「敵である俺から視線を外すとは…、人間ごとき見るまでもないということか?」
レシンの射殺すような視線が、チクチクと後頭部に刺さる。
振り向いたら、レシンの背景にゴゴゴゴゴ!!ってやばそうな効果音があるんじゃないかと思うくらいの圧を感じる。
「……………」
「……………」
無言のレシンが目を合わせようとしない俺を見ながら、ポキッ ポキッと指関節を鳴らす。
(あっ、やべえ…、怒らせたか? そうだよね、人が話す時はちゃんと相手の目を見なきゃね。)
だが、怖いもんは怖い。
指関節鳴らして睨んでくるやつとか、目合わせようと思わないもん!
「まあいい。なんにせよ、貴様ら二人とも倒すことに変わりはせん。」
レシンの視線がヒミカへと移る。
「まずはヒミカ、貴様から葬ってやろう。」
ダンッと、地面を強く踏みしめて半身で腰を低くした構えを取るレシン。
草色のコートがゆらりと揺れる。
「…来い、魔族」
ニヤリとした顔で、揃えた四指を上に向けてクイクイッと動かして手招きをするレシン。
「魔王軍幹部である私を相手に、人間ごときがいい度胸ですわね」
口が裂けるんじゃないというくらいに、口端を吊り上げてヒミカが笑みを浮かべる。
「…ふふっ。 それではいざ—」
ヒミカが、スッと一歩前に出る。
俺は、ススッと静かに後ろに下がる。
「―参りますよ!」
ヒミカが両腕を前方に投げ出すように勢いよく振る。
振った腕の袖から、明らかに和服の袖口よりも大きな二匹の大蛇が飛び出す。
現れた全長10メートルに幅3メートル程の二匹の大蛇が、飛び出した勢いのままレシンとブラインに襲い掛かる。
「シャァァァーー」
「サァァァァーー」
毒が滴る牙を露わに、広く口を開ける大蛇。
レシンは、向ってくる一匹の大蛇に一瞬で詰め寄ると、
股が180度に開く程に片脚を素早く真上に上げて、凶悪な広い口を開けた大蛇の顎を蹴り上げた。
蹴り上げられた下顎と上顎が合わさり、口を閉じた状態で上を向いてのけ反る大蛇。
レシンは続けてその場から高く跳び上がると、
「おおおお!!」
空中で体を捻り、胴回し蹴りで大蛇の頭を真下へと大広間の畳に叩きつけた。
叩きつけられた衝撃で畳が捲れ上がり、大蛇の頭がめり込む。
レシンが大蛇と戦うその横で、
もう一匹の大蛇が、ブラインに迫っていた。
ブラインは、低く這って来る大蛇を上に跳んで
大きな弓を下に構えて大蛇に狙いを定める。
大蛇は攻撃を躱された後、すぐにUターンしつつ、体を上へと伸ばして頭上に跳んだブラインを飲み込もうと口を広く開けて再び襲いかかる。
ブラインは、掌に集めた炎を凝縮した矢を弓に添えて大蛇に向ける。
「喰らえ、『爆炎矢』!」
放たれた炎の矢が大蛇の口に入っていき、
腹の辺りで爆発して、上に伸びあがった大蛇を火柱へと変えた。
「シャアアアアアアアアアーッ!!」
炎に包まれた大蛇が断末魔の叫びを上げて、その大きな体が崩れて倒れる。
高く跳び上がったレシンとブラインが、倒れた大蛇を背に同時に着地する。
(うわっ…、すげぇ)
先ほどまで見ていた円い鏡越しでなく、間近で見た戦闘に俺は舌を巻く。
「今出した子達は、私が従えてる蛇達の中では中級の位だったのですが…。それをあっさり倒すとは、やりますね。」
レシンとブラインに倒された二匹の大蛇が、煙となって静かに消えていく。
「あの程度では俺達は倒せんぞ。 さあ、次はどうする?」
「レシンさん油断しないで下さいっすよ。相手は魔王軍幹部、何をしてくるかわからないっすから。 鬼が出るか蛇が出るか…」
「ふっ…、既に鬼も蛇も倒したわ。」
蛇はヒミカの使役してる大蛇で、鬼とは鬼兵隊のタツとオリョウの事だろう。
「では…、ご期待通り、また蛇を出しましょう!」
''今からうさぎを出します''と、宣言するマジシャンの様な調子で言うヒミカ。
「誰も期待してないっすよ」
「ふふっ… 出なさい、『ウキヨエ』」
ヒミカは不気味な笑みで、パンッと掌を鳴らし合わせる。
すると、
大広間の襖や壁のあちこちに描かれていた何十匹もの蛇の絵がクネクネと動き始める。
平面から立体となって、ゾーブボール程の大きさの頭が水面から浮き上がるかの様に顔を出す。
「うげえ…、これは」
「ほう…」
ブラインとレシンが、立体化した大きな頭を覗かせた大蛇達に包囲される。
「お行きなさい、蛇達よ!」
ヒミカの合図により、一匹一匹が5メートル以上はある大蛇達が一斉に飛び出す。
『シャァアアアアアアアアアアーーーーー!!』
「ちぃっ、吹き飛べ!」
ブラインは、掌で風を凝縮した矢を射る。
凝縮された矢が空中で解放され、暴風となって向かってくる大蛇を数匹吹き飛ばす。
しかし、吹き飛ばされなかった他の大蛇達が暴風を掻き分けて襲いかかる。
「うわっ、やばっ!?」
『シャァアアアアアー!!』
大蛇達が、ブラインの間近にまで接近する。
「…ふっ」
自分に襲い掛かる大蛇達に応戦していたレシンがブラインに近づいき、その服の後ろ襟首を掴んで引っ張る。
「ちょ、ぐえっ!?」
「蛇どもに囲まれては分が悪い。一旦、移動するぞ」
ダンッと、レシンの脚が地面を強く踏みしめる。
ブラインの後ろ襟首を掴んだままのレシンが弾丸の如く直線に高速移動し、大蛇達を掻い潜っていく。
「んんッッ!!」
その間、後ろ襟首を引っ張られて首が絞まっているブラインが苦しそうにタップするが、
レシンは構わず移動を続ける。
『シァァァァァァーッ!!』
襖や壁からさらに次々と大蛇が飛び出し、レシン達を逃がすまいとあらゆる方向から捕まえにかかる。
レシンは速度を維持したままジグザグに移動をし、大蛇達を躱す。
途中迫り来る何匹かの大蛇を蹴り飛ばしながらも、
大蛇の群れから距離を取った後、レシンは掴んでいたブラインの襟首を離す。
「ゴホッ…ゴホッ、助かったっすレシンさん。」
「ヒミカを討つには、蛇どもが邪魔だな。何か手はないか?ああいうのを狩ることを生業とするお前ならなんとか出来る
ヒミカを守る様に、うねりながら柱の様に体を立てて立ちはだかる大蛇達。
「そうっすね、あの蛇達は俺がなんとかするっす。 蛇どもがいなくなったら、レシンさんは一気に突っ込んで行ってください。
ヒミカは蛇を使役して戦う遠距離型、接近すれば近接戦闘の達人であるレシンさんに分があるはずっす。」
「…了解した。」
ブラインの掌に青白い小さな光が出現する。
さらに複数の小さな光がブラインの周囲に現れて、掌の青白い光に引き寄せらて集まっていく。
光が掌で集まると無形だった光が形を成していき、一本の光の矢へ変わる。
自分の背より大きな弓を、細いながらも引き締まった腕で持ち上げて、上に向ける。
光の矢を弓に添えると、
「飛んでけ、『流星矢』!」
弦を弾いて、天井に向かって光の矢を放った。
光の矢は、天井を突き抜けて城の上空まで上がると、
一本だった矢が無数の矢へと数を増やし、
豪雨の様な無数の光の矢が、城の天井を蜂の巣にしながら降り注ぐ。
『ッ、シャアアーッ!?』
光の矢は大広間に満遍なく降り注ぎ、その場にいた全ての大蛇達を貫いていく。
当然、部屋に居る俺にも光の矢が降ってきた。
(うわああ、きたーー!)
「あらまあ、よっと。」
降ってくる光の矢をピョンピョンとバックステップで避けながら、俺の近くまでヒミカが来る。
「来なさい、『カラカサ』。」
ヒミカがそう呼ぶと、和服の袖から一匹の蛇が飛び出す。
蛇は、首周りから胴体を覆う様に硬い襟巻きが生えており、
俺達の頭上まで飛び上がると、首周りの襟巻きを広げて傘となって、降って来る光の矢から俺達を守った。
(おお!助かった)
「まさか室内で傘をさす日が来るとは、とんでもない雨漏りですわ。 まあ、この子…カラカサは襟巻が硬い鱗で出来ているので安心してくださいね。」
カラカサという蛇の尻尾を持って、傘をさす格好のヒミカが言う。
畳一帯に光の矢が刺さり、室内は剣山の様な状態と化していた。
障壁画から現れた大蛇達は、矢が刺さって横たわり、消えていった。
「しかし、私の出した蛇達をあっさり全滅させるとは。狩人ブライン、さすがは西の国の『魔獣狩り』の一族ですね。」
(また、すごそうなワードが出てきたな…)
―ダンッ
畳を強く踏みしめる音が大広間に響き、弾丸の如く高速で真っ直ぐ移動したレシンが、ヒミカの目の前にまで迫ってきた。
ヒミカを守る様に立ちはだかっていた大蛇達は、ブラインの光の矢により全て倒され、
進行を阻むものは無くなった事で、レシンは一瞬で近づく事が出来た。
(うげっ、レシンも来たーー!)
「あらまあ…」
「その首、もらうぞ!」
ヒミカを攻撃範囲内に納めたレシンが、その腕を伸ばす。
指を揃えて、槍の様な鋭い貫手がヒミカの首を狙う。
カラカサを差したままのヒミカは不意を突かれて反応が遅れたのか、
レシンの貫手が迫っているにも関わらず、新たに蛇を出す素振りを見せない。
(なっ、これは避けられない!)
皮膚を簡単に穿つだろう貫手の指先が、ヒミカの首に届こうとする。
俺の脳裏には、ヒミカの首が貫かれる想像が浮かんでいた。
だが、
―ガシッ
事態は俺の想像とは違う事が起こっていた。
「…ふふっ」
「なに………、ぐっ!?」
レシンが驚きから、苦悶の表情に変わる。
―ミシッ ミシッ
一瞬で間合いを縮めて放ったレシンの貫手を、ヒミカは片手で捕み、
さらに潰さんばかりに強力な握力で握り込んでいたのである。
「…ッ、おおおお!!」
レシンがヒミカの手を蹴り上げて弾き、強力な握力から自身の手を引いて逃がす。
ヒミカは空かさず、持っているカラカサをレシンの頭目掛け振り下ろすが、
さらに間合いを詰めて、レシンが防御のため振り上げた腕に持ち手を払い除けられ、カラカサを手離してしまう。
近くに使役する蛇は無く、袖から出す隙を与えない程の近接の間合いで、
レシンが、攻撃を素早く繰り出す。
「おおおおおお!!」
顔面と胸への拳打に、首をへし折ろうとする回し蹴りの三連撃。
疾風の如き速い連撃を、ヒミカはひらりと紙一重で避けていく。
ヒミカは全ての攻撃を避けると、拳を握り締め、振り投げる様な軌道でそれをレシンに打ち込む。
「ぐぅっ!?」
両腕でガードするも、予想外の重い一撃に僅かに体勢を崩す。
「っふふ…」
その隙を逃がさず、
口端を吊り上げたヒミカが、拳に体重を乗せて振り回す軌道で重い拳打を、レシンのガードの真正面へと打ち込んだ。
「ぐっ、おおッ!?」
ガード上から押し込まれたレシンの体は浮き、そのまま遥か後方へ。
着地することなくブラインの横を通過し、大広間の襖を突き破って、外へと飛ばされていった。
「………………」
俺は腕を組んだままのポーズで固まり、
「………………」
ブラインは、レシンが飛んでいった方を見て唖然としていた。
パキッ パキッ…
静かになった大広間で、ヒミカが数を数える様に指関節を折り曲げて動かす音が響く。
「さすが東の国最強の武人、素晴らしい体術ですわ。 ですが」
パキッ
「殴り合い…もとい近接戦闘は、私の得意分野ですよ。 …ふふっ。」
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