第16話 東の国での戦い
―東の国 シラーン国―
(まさか、向こうにも間者がいたとは‥)
ヒミカ軍団所属の諜報員 【サカキ】は、東の国の王が住まう城の城内の通路をゆっくりと歩いていた。
サカキは長く東の国に潜伏し、諜報活動で得た情報を活かして東の国の国民との信頼関係と実積を長い時間を使って築き上げていき、遂には城を自由に出入りする事が出来る程の高い地位を得る事に成功した。
元の姿が三メートルを越す巨躯を持つ鬼であるサカキは変身魔法を得意とし、魔族特有の気配をも隠すその特殊な能力を持ち、ヒミカ軍団の中では随一の変身魔法の使い手と言われている。
それに加えて軍団の中でも個人としの戦闘力も高く、諜報員としても戦闘員としても、高いレベルに位置する魔族である。
サカキは東の国で得た情報をテレパシーにより、ジャホン国にいる仲間の魔族に送り、動きがあれば随時報告していた。
諜報活動の傍ら、東の国の人間として日々こなしている業務を終わらしたサカキは、日がすっかり暮れた頃に城を出ようとしていた。
( リオン様がジャホン国に居る事を知られてしまったが、なんの問題はない。知った所で、簡単にどうこうできないだろう。しかし問題は、ヒミカ様達の作戦や行動が筒抜けであること。なぜ…)
そんな考え事をしてる事など一切顔に出さず、城内ですれ違う人に挨拶しながら、ゆっくり歩くサカキ。
長い潜伏生活で身に付いた作法や仕草は、考え事をしている時でさえ自然と出る。
それゆえに、すれ違う人に怪しまれる事はなかった。
城内の長い廊下を歩き、城の出口へ向かう。
外はすっかり暗くなっており、月の光が出入口を抜けた先の広場を照らしていた。
黒を基調とし、大きな唐笠の様な屋根が各階の天井に備え付けられた高く巨大な建物である、東の国の城。
その敷地の広場は、黒い石畳が広く敷かれ、周囲をよく手入れされた花壇が囲んでいた。
城からその広場へ出るサカキ。
( ジャホン国にいる間者が誰なのかをつきとめるしかないな。東の王の側近やレシンから上手く聞き出し―)
「失礼、 そこの御仁。 少し、よろしいでしょうか?」
城を出て少し歩いた所で、サカキは呼び止められた。
「はい、なんでしょうか―」
(ッッ!!)
愛想の良い顔と声を作り、振り返ったサカキであったが、その声の主を見て内心凍りついた。
城の影から現れ、月の光によりその姿が照らされた人物は、胴をを鎧で包み、その腰に長い両刃剣を差した、
(―ゆ、勇者!?)
「すみません、お忙しいのに呼び止めてしまって。」
「い、いいえ、構いませんよ。 私は仕事が終わって、これから家に帰るつもりでしたから。それで、ご用件はなんでしょうか?」
「用という程の事ではありません。 ただ聞きたい事がありまして。」
ヘレナは、散歩でもするかの様なゆっくりとした足取りでサカキに近づく。
顔に出さず、警戒心を強めるサカキに真っ直ぐな目を向けて、
「…あなた、魔族ですよね?」
静か、問いかけた。
(な、なぜわかったっ!?)
と、驚きのあまり危うく声に出す所だったが堪える。
自身の変身魔法に絶大なる自信を持つサカキはひどく動揺していたが、直ぐ様落ちつくと、ひとまずこの場を誤魔化し、何処かへ身を隠そうとする考えへと頭を働かせる。
サカキから数歩の距離でヘレナが立ち止まる。
「私、魔族がどんなに上手く化けて気配を消していても、わかるんですよ。 魔族だな~って。」
サカキは、自分が敵の攻撃範囲に入ったと直感した。
それにより、誤魔化しても無駄だと考える。
「…チッ、さすがは勇者だ。よくわかったな。」
彼女から静かな殺気を感じて、元の魔族としての本性を表す。
人を安心させて信頼を得るための作った人の良さそうな顔から、口をきつく閉じて目を見開いて睨み付ける表情になる。
ヘレナは、その変化を気にせず真っ直ぐな目を向ける。
「あなた、ヒミカ軍団の者?」
「さぁて、どこの軍団だろうな‥。 それより、大人しく見逃してくれないか? 今日の所は、俺もこのまま大人しく帰りたいんだ。」
「そうはいなかいわ。 魔族は見つけ次第、倒すから。」
「魔族からしたら、まるで通り魔だな。」
「いいえ、 勇者よ。」
腰に差した剣を鞘から静かに抜く勇者。
「覚悟しなさい、魔族。」
(…さすがに、勇者を一人で相手するのはまずい! ここは逃げ―)
タンッ
と地面を蹴り、一瞬でサカキとの間合いを詰める勇者ヘレナ。
(速いっ! だがッ…)
サカキは、迫って来たヘレナに対し口を大きく開くと、
「ハァーーッ!」
口から大量の煙を吐き出す。
「…ッ!?」
一瞬視界を奪われた勇者であったが、即座に剣を横に薙ぐ。
その一振りで、眼前に広がっていた大量の煙が振り払われるが、そこには先程までいたサカキの姿は消えていた。
「あらら…。どこ行ったのかしら。」
(ハァ… ハァ…)
サカキは、城から大分離れた木々が覆い繁る暗い森に逃げ込んでいた。
無数の木々の葉によって辺りは空を隔たれて暗いが、木々の隙間から漏れる月の光が僅かにその場を射す。
( まさか、勇者に待ち伏せされていたとはな。)
サカキは斬られた胸の傷を抑える。
逃走のための煙を吐いた時、即座にヘレナが振った剣により斬られたのである。
ザッ… ザッ…
地面を歩く足音が暗い森に入って来る。
(俺もここまでか‥)
ザッ…
「いるのはわかっているわ。」
確信のある勇者の声が響く。
「大人しく滅されなさい。」
(…ふん、何が大人しく滅されなさいだ。 倒されるにしても、ただではやられんぞ!)
サカキは変身魔法を解除し、真の姿である鬼の姿に戻る。
額からは鋭く尖った角が生え、頭部から胴体、手足の指に至るまで体全ての部位が肥大化し、明らかに人間離れした姿と成る。
膨張し、巌の如く強固な筋肉により胸の傷は塞がった。
人間ぽさを一切残さず、完全に元の姿をさらけ出すと、隠れていた木の上から木の葉を掻き分けて飛び出す。
「勇者ぁあ!!」
木の幹の様な太い腕を振り回し、伸びて鋭くなった爪でヘレナの首を切り裂こうとする。
しかし、ヘレナは一瞬でその場から姿を消し、サカキの爪は空を切っただけであった。
(ッ!? 勇者は、どこに行った―ぐはっ!?)
ヘレナの姿を見失い、動揺したサカキの背中に焼ける様な痛みが走る。
後ろを振り返ると、サカキの背中を長い両刃剣で袈裟切りしたヘレナがいた。
「があぁっ!!」
再び、腕を振るサカキ。
続けて幾度もその鋭い爪でヘレナを襲うが、ヘレナは鎧を着ているとは思えない程、軽やかに後ろへ数歩跳んで攻撃を避ける。
(今だ、くらえ!)
—ダダダダダッ
サカキが大きく開けた口から無数の大きな鋼鉄の杭を連射する。
弓兵の大群が同時に矢を放ったかの様に眼前一体を覆い、豪雨の如く飛んでくる鋼鉄の杭が、ヘレナを襲う。
「すぅ…」
小さく息を吸い、剣の柄を握り直すヘレナ。
そして、
「はああああぁっ!!」
気合いとともに剣を素早く振るい、迫り来る巨大な鋼鉄の杭を払い落とす。
カァンッカァンッという金属音がぶつかり合う音が響いた後、払い落とされた鋼鉄の杭は全て地面に転がっていた。
「ふ~… 危なかったわ。」
一つの掠り傷を負う事無く、一息つくヘレナ。
(ば、化け物が…ッ!)
「もう、私の攻撃でいいかしら? 」
ヘレナがゆっくりサカキへと歩み出す。
「―ッ、いや、まだだ!」
サカキはそう言うと、再び口から逃走時に使用した大量の煙を吐き出す。
「ハァァーーッ!!」
辺り一体が煙により隠され、 夜の森の暗さと相まってヘレナの視界は完全に奪われた形となった。
「…うん、なるほど。」
煙によりサカキの姿を見失ったヘレナだが、慌てる事無くサカキの次の手を予想していた。
(私の視界を奪い、さっきの無数の鋼鉄の杭を撃つつもりね。)
煙を吐き出した後、素早く木の上に隠れたサカキは大きく口を開いた。
(見えない中、さっきよりも多く鋼鉄の杭を増やして撃ち込む!どんな化け物だろうが、無傷ではいられまい。 )
木々の影から煙で覆われたヘレナがいる場所へ意識を集中させて照準を合わせる。
(死ね、勇者ぁ!)
—ドドドドドッ
連射された大量の鋼鉄の杭が、ヘレナへ向かって飛んで行く。
(…いける!)
飛んで行った杭達が、まだ濃く残る煙の中に入って行き、サカキが勝ちを確信する。
しかし、突如として煙の中から真っ直ぐに長く伸びた強く輝く光線が現れる。
光線はヘレナの剣の刀身から放たれたれ、両刃の形を成していた。
ヘレナは剣を後ろへと引いて構えると、大きな弧を描き、その長く放たれた光の剣を振るった。
自分を中心に周囲360°に大きな斬撃の円を描く。
その一振りで周囲に充満する煙を斬り払い、森の木々を斬り倒しながら迫り来る無数の鋼鉄の杭ごと、術者であるサカキを横一文字に斬った。
(なっ!?…くそっ!)
胴を斬られたサカキは上下に別れながら、隠れていた木から落ちて地面に転がった。
「…………」
勇者は地面に転がるサカキを見下ろすと、刀身から光が消えた剣を鞘に納めた。
タッタッと、森の中を駆ける足跡を聞き、ヘレナが音の方を向く。
「おーい、ヘレナさーん!」
「大丈夫だった?ヘレナさん。」
そこには、走ってヘレナの方へ向かうブラインとメイラがいた。
「あっ、二人とも。 今、終わったところよ。」
「…そうみたいすね。」
地面に転がるサカキの胴体と倒れている木々を見てブラインが状況を理解した。
メイラがサカキを指差す。
「これ、ヒミカ軍団の?」
「たぶん、そうね。 」
「ありゃ、東の国に魔族が入り込んでたって事すか。」
「魔王軍も間者を送っていたとはね…。しかも、かなりの変身魔法の使い手だね。
『魔導師』の私が全然気配を感じなかったよ。 」
見た目魔導師らしく大きめのローブを着たメイラが、地面に置かれたサカキをしげしげと見る。
その隣で、ヘレナがう~んと小さく唸る。
「おそらく、この魔族はジャホン国に潜伏している間者の事を伝えてるはず。 向こうも今頃、間者を探してるんじゃないかな。」
「シラーン国の間者さん、明日の朝に俺達がジャホン国に向かうまで無茶しなきゃいいすけどね。」
「 そうね‥ 」
(…………………くっ―)
サカキは僅かに残った意識で、ヘレナ達の会話を聞いていた。
(…明日の、朝か…)
体が崩れ、薄れゆく意識の中、サカキは最後の力を振り絞ってテレパシーをジャホン国の仲間の魔族に送る。
―ユウシャ ト ヒガシ ノ グン …アス ノ アサ ムカウ…―
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