第15話 家政婦 茶屋
「お帰りなさいませー♪お代官様~!」
「…ふん、くだらん。」
ヒミカ城での会議後、俺は『家政婦 茶屋』にいた。
閉会してすぐ、サクタロウに半ば強引に連れて来られてきたのである。
決して、『終焉の王 リオン』のキャラを忘れて興味本位で一人で来たわけではない。
店内を見渡すと、やはりと言うか 日本のメイド喫茶そのままである。
違いがあるとすれば、頭に生えている獣耳が本物だという事と、客を『お代官様』と呼んでいるくらいである。
『ご主人様』でもいいと思うのだが、そこは異世界版日本式なのだろう。
「いやぁ~、不躾ですまんのう。 ワシはリオンさんと話がしたいき、ここに連れてきたんじゃ。」
男二人で向かい合って座る席で、俺の前にいるサクタロウが言った。
漆塗の木製のテーブルはあまり多くの料理を注文しない前提なのか、少しこじんまりとしていて、手を伸ばせば向かいの相手の手に触れることが出来るほどだ。
「…ふん、構わん。」
(しかし、なぜここなのか‥)
魔王軍幹部である俺と話っていうから真面目な話だと思ったが、どう見ても店のチョイスがそれじゃない。
かと言って接待というには、明らかにリオン向きじゃない。
(まあ、俺は少し興味があったからいいか。)
席に着いて、サクタロウが二人分の料理を注文する。メニューだけ見ても、実際にどんな料理があるのかわからないから、ここはサクタロウのおすすめに任せる。
しばらくすると、サクタロウのお勧めだと言う料理を、ガチ猫耳の家政婦さんが運んできた。
「お代官様~、お待たせしました♪ 当店人気の『コカトリスの 卵焼きご飯包み』でございます!」
(…オムライスかな?)
聞きなれない料理名に頭をフル回転させ、それっぽいものを思い浮かべる。
しかし、実際に運ばれたものを見ると…―
(え、皿の上に卵と…生米…だと?)
皿の上には、丸く大きな卵と、生米が置かれていた。
(…材料が来たんだが?)
目の前に置かれた調理前の材料が乗っている皿を疑問に思っていると、猫耳メイドさんがそれに掌を向ける。
「では、美味しくなるおまじないをかけますね~! 美味しくな~れ、美味しくな~れ―」
(……そう言ってもな…)
「もえもえ~―」
(…これ、材料だし‥)
「【燃えよ業火 全てを破壊し無に帰せ。 そして再生し、新たな姿を示せ! 『フェニックス ブレイズ』!】 」
(え!?)
―ボォオオオオオッ!!
メイドの掌から鳥の形状をした炎が放射され、炎が材料を包み込む。
(………………)
今何が起きて、何を見せられてるんだ…
しばらく皿の上で燃えていた炎がボッと最後の灯火を輝かせた後、消えた。
炎が消えた後の皿の上を見ると、
先程まで生卵と生米だったものが、見事なオムライスに変わっていた。
しかも、ケチャップぽいソースでハートマークが描かれていた。
「はい、美味しくなりました~♪」」
(美味しくなったっていうか、ようやく食べれる物になったのでは?)
「どうぞ、召し上がってくださいにゃん☆」
(は~い、いただきま~す!)
リアル猫耳メイドのにゃんという語尾、なんかいいな。
「ひゃー、相変わらず派手で面白い演出じゃのう! そう思うだろ?リオンさん。 」
「…あぁ、そうだな。」
どうやらこのオムライス、客の前で調理(?)するまでがサービスらしい。
その後、二人でオムライスを食べてる中、俺は用件を聞く。
「モグモグ… それで、俺に話というのはなんだ?」
「ん? モグモグ‥ングッ。 あ~、実はこれと言って特にない。」
口に含んだ物を飲み込んで、サクタロウがあっけらかんと応えた。
(…さっき話があるって言ってなかったか?)
「ワシは、単にリオンさんにお近づきになりたいだけじゃ。」
そう言って、ニンッと無邪気な笑顔を見せるサクタロウ。
「ここに連れてきたのは、お互い気持ちを楽にして親睦を深めようと思っての事じゃ。」
「…なぜだ?」
(悪意はなさそうだが、一応、用心しとくか。)
「さっき会議の時言うたが、ワシはこの国を他の国に負けない大国にしたいんじゃ。 そのために、魔族を利用する。 ワシが終焉の王と呼ばれる高名な魔族であるリオンさんに近づくのは当然じゃろ。」
「…ふん、この俺をも利用しようというのか?くだらん。」
(ここにいるのは、終焉の王(仮)だからね…。利用価値ないよ?)
「利用という言い方は良くなった、すまぬ。ワシが言いたかったのは、協力し合う同士にならんかという事じゃ。 困ったら助け合い、お互いが相手にとって得な存在になる。 つまり、ワシはリオンさんと ウィンウィンな関係を築きたい。」
(なるほど。 魔王軍三傑である
海軍司令官 サクタロウ。まるで商人の様な人だな。
「今のジャホン国はまだまだ弱い。 だから魔王軍の軍団の一つ、ヒミカ軍団にあっさり占領されたんじゃ‥。」
いつの間にかオムライスを食べ終わったサクタロウが、摘まんだスプーンを見ながらため息混じりに言う。
「…お前達は、ヒミカ達と戦ったのか?」
「いや、戦わずに降伏したぜよ。」
「え?」
「ある日突然、ヒミカ軍団が大っきな黒い龍に乗って現れてのう。『ジャホン国よ、国を寄越しなさーい』て、迫ってきたんじゃ。」
(‥そりゃ大変だ。)
「そいで、家老連中が慌てまくってのう。 どうするんじゃ、どうするんじゃ~って。うちのような小さい島国と魔王軍じゃ、戦力に差がありすぎた。」
(ヒミカ軍団にとっては、他の大きいな国に比べて、兵力の少ないこの島国は簡単に占領できる場所だったのか。)
「ありゃ怖かったぜよ‥。 最初は、『一年考える猶予を上げるので、よく考えて決断してくださいね。』って、言って帰っていったと思ったら、次の日に現れて、『やっぱり、一日あれば充分ですよね?返事聞かせてください。』って、言うたんじゃ! 」
(…なんと、理不尽な…)
「家老達もワシもなんの対策も用意もできないまま不意打ちを食らった気分じゃき、 泣く泣く国を開け渡すしかなかったぜよ。」
「な、なんという悲劇だ…」
ジャホン国、憐れすぎる。
「そうじゃろ、そう思うじゃろ~? 血も涙もない非道い話ぜよ!」
「あぁ、相手は人でなしか悪魔の様な奴だ!」
「相手はあんたと同じ魔族ぜよ。」
「まったく、その卑劣極まりない悪人顔を見てみたいものだ!」
「さっき会議で、おんしの隣に座ってたぜよ。」
悪質な地上げ屋に会った様なサクタロウの話に同情していると、
「お姫さま~、まだ熱いのでお口が火傷しないように、ふぅ~ふぅ~しますね~。」
横の席から接客中の獣耳家政婦さんの声が耳に入り、
「ふふっ、お願いしますね~。」
続いて聞いた事ある声が聞こえた。
「………………………」
「………………………」
俺とサクタロウは、ゆっくり隣の席へ顔を向ける。
「ふぅ~、ふぅ~」
「蛇舌で熱いのは苦手なので、助かりますわ。」
(…蛇の舌って、熱いものが苦手だったけ?)
スプーンで掬った小さなオムライスに、息を吹きかける家政婦さん。
「ふぅ~、ふぅ~…」
(…いいな。俺もふぅ~ふぅ~してもらえばよかっ―)
「ふう~…—【『風神の息吹』!】」
―ブォオオオオッ!!
家政婦さんの口から凄まじい風が吹き、スプーンの周りだけ小さな嵐が起こる。
(…………………)
「はぁ~い、お待たせしました。 はい、あ~ん。」
「あ~ん。 モグモグ… ふふっ、初めて食べましたがこれ美味しいですね。」
笑顔で『コカトリスの 焼き卵ご飯包み』(オムライス)の味を褒めた後、
「…ね? お二人とも。」
ヒミカは、くるりと俺達の方を向いた。
(地上げ屋!…じゃない、ヒミカ!?)
「ヒミカ様、なぜここに!?」
「サクタロウさんが拐う様にリオンさんを連れて行ったので、気になってついて来たのです。…案の定、余計な事をリオンさんに吹きこんでいるみたいですね。」
ニッコリと圧のある笑顔をサクタロウに向ける。
「いや、し、しかし、ワシは嘘は言うちょりませんよ!」
「そうですね~。 嘘は言ってませんでしたね~。 ただ今の話方だと、まるで私が悪者みたいじゃないですか?」
(いや、 悪者だろ。 理不尽なやり方で国ぶん取って、占領してるし。魔王軍幹部だし。)
「ふぅ~‥まあいいです。」
ため息を小さくついて、一旦話を終わりにする。
「‥ 少し気になる報せがあるので、お二人にお伝えしようと思いまして。」
話を変えると、ヒミカは少し声のトーンを落とす。
「…なんだ、言ってみろ。」
「実は、東の国に忍ばせている私の部下からの報せですが…」
そう言うと、険しい顔になるヒミカ。
「どうやら、ジャホン国に東の国の間者がいるみたいです。 」
(間者!?)
スパイってことか。
「本当ですか!? そりゃ」
「はい。 そして、敵はこの国にリオンさんがいる事を知ったようです。 そうなると…」
「…そうなると、‥なんだ、言ってみろ。」
嫌な予感がするな‥
「敵は総力を挙げて、私よりもまず、真っ先にリオンさんの首を取りに来るでしょう。」
「……ふん、なるほど。」
なるほど…
なるほどな。
…………………。
( ま、マジですかァァーーーー!!)
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